35 買い物
「美味しかったねぇ…」
「そうだねぇ…」
朝昼の食事を終え食堂を後にし、目的地も無く二人で歩き出す。家が欲しいということにはなったものの、結局今日の行く当ては無い。
「ねぇネル、今日この後どうしよ?」
「んー…そうだねぇ…何かしたいことがあってこの町に来たわけでもないしなぁ…」
手を繋いでゆっくりと大通りを歩きながら今日のことを相談する。
「あ、そうだ。生活に必要なもの買いに行かなきゃいけないんじゃない?ネルは杖もいるし、服とかも無いし。今着てるやつ、昨日からずっと着てるし」
「あー…そうだね。買いに行かなきゃ」
あてもなく歩いていると、今は生活に必要なものすら何も持っていないことに気付く。服も今着ているもの一着のみ、しかも一応外に着て行けるものとは言え寝るときに着ていたものだ。さらにネルに関しては普段使っていた杖がないため、ただでさえ大変な外出が一層苦労を強いるものになってしまっている。
「杖…前は武器屋さんで特注してもらったんだっけ」
「うん。でも杖は後で良いよ。特注するのもあれだし治療院で買うけど、私しか用事無いし」
「いや先に行くに決まってるでしょ」
「…ありがと」
ネルは一瞬何か言おうとしていたが、結局嬉しそうに微笑んで一言お礼を言うだけだった。
ちなみにネルは怪我をした5歳当時よりも運動能力が落ちていたりする。外見は他人と変わらないが骨が脚の中で変な風に成長してしまったらしい。杖も元々は10歳の時に成長と共に骨の歪みが大きくなって歩きづらさが増したために買ってもらったものだ。
「治療院…ここか」
1、2分も歩けば治療院にはすぐについた。食堂も治療院もギルドの近くで助かる。
「私、杖のことそんなに分かんないからなぁ」
「んー、そうだね。選んでもらおうかとも思ったけど、特注するときにでもデザインしてもらおっかな」
杖を物色していると、ネルは少しいたずらっぽく笑って近くの一本を取った。
「それで良いの?」
「今度ウルカに作ってもらうからね。今は使えれば何でもいいよ」
「…なるほどね」
いつの間にかデザインするのが決まってしまった。別にセンスがあるわけでもないのに。
※
会計を済ませて治療院を出て周りを見渡す。ネルは私の手を握るのとは反対の手で買ったばかりの杖をついている。
「服屋さんとかってどこら辺にあるんだろ?ウルカ分かる?」
「んー…何となくだけど、ギルドの反対の方とかじゃない?ルラリアでもそうだったし」
「じゃあとりあえずそっち行ってみよっか」
中々雑な理由だが、急いでいるわけでもないし、町を見たかったのもあってギルドとは反対の方へ向かう。それに今は適当にギルドの反対と言ったが、あながち間違いという訳でもない。客層や立地の問題で大抵の町では武器屋や冒険者ギルド等と服屋や宝石店等はお互いに反対の場所に位置していることが多いのだ。
「でも服かぁ…新しく買うの久しぶりかなぁ…12歳くらいからあんまり身長伸びてないし。ちょっとは変わってると思うけど」
「そう?私は結構買ってた気がするなぁ…12、3歳くらいから身長はあんまり伸びてないけど、たまに胸のあたりがきつくなるんだよね。それで何回か買ったかなぁ」
「……あっそ」
「…?」
全く羨ましい限りである。少しは分けてくれればいいのに。きっとそれで、世界は少し平和に近づく。
「どうかした?」
「…んーん。何でもない」
「…ならいいけど」
ネルに釈然としない感じを出されてしまった。私が何を思っているかは全く分かっていないらしい。富者には貧者の気持ちなど分からないのだろう。全く嘆かわしい。
「お、この辺じゃない?」
「ぽいね。でもどこに何があるかは分かんなけど」
下らない話をしていれば、いつの間にかギルドの反対の、どちらかと言えば高級よりな商店街に到着した。ぱっと辺りを見てみると、宝石店や高級そうなレストラン、商会の本部なんかが見えた。
「……なんか、思ってたより全体的に高そうじゃない?」
「…そうだね。一応そこそこ手持ちはあるけど…あんまり入りやすい雰囲気じゃないね」
これまで関りの無かった高級街に圧倒されてしまう。一応ノームとガイアは日常的に高級街に来れるくらいの稼ぎはあったが、ルラリアにはこういう場所が無く、ウルカもネルも来たことが無かった。
「まあ、でも…入んないとダメだし…行こっか」
「うん…そうだね」
普通は庶民向けの店もあるはずなのだが、この町には冒険者兵士の使う「装備」に近いものを売る店か、今ウルカとネルが目の前にしている高級店かの二つしかなかった。そうなると、戦闘するわけでもないので行く店は後者になってしまう。
「ん-…居心地が…」
「しょうがないよ…でもなんで普通のお店は無いんだろうね?」
「ほんとだよぉ…」
服屋を探して歩いているのだが、場違いな気がして何となく落ち着かない。普通の店が無いのには、この町に住んでいる人々が国の研究施設に勤める金持ちなエリートとそこに商機を見出した商人、もしくはどこの町でも需要のある冒険者と兵士、と言ったような者しかおらず二極化しており、町に一般の中流、下流の人間がいないと言う理由があるのだが、2人はそんなこと知らないのでただ居心地の悪さに耐えるしかない。
「ん…?」
「どうしたの?」
歩いていると服屋がいくつも並んでいる場所に辿り着いた。そのほとんどが他の店と違わず溢れる高級感でこちらを圧倒して来るのだが、ウルカはその中で一軒だけ雰囲気の違う店を見つけた。
「そこの店さ、なんか雰囲気違くない?」
「ん?んー…言われてみればそんな気もしなくは無い、かな?」
その店も他の店と同じで高級感を放っているのだが、スキルのおかげか偶然か、それだけでない何かが感じられた。まあ、具体的に何が違うかわかる訳でも無いのだが。
「どうする?」
「んー…まあ入ってみよっか。他の候補も無いし」
ネルに聞いてみればそう返ってくる。ネルには店の細かい雰囲気の違いなんかは分からないらしく、素直に私に賛同してくれた。
「あら〜いらっしゃい。初めてのお客さんね?バイシュ服飾店にようこそ」
ドアを開けて店に入ると店主と思わしき人に挨拶された。
「???」
「???」
その店主を見た瞬間、私とネルは宇宙の話を振られた猫のような顔になって思考が止まってしまった。店主は、耳が長いのを見るにエルフの男性のようだ。しかし、エルフは珍しいが問題はそこではない。見れば、その逞しい筋肉の発達した肉体が纏っているのは可愛らしい装飾の施されたワンピースであり、本来なら違和感を覚えるような太い腕や足と服の組み合わせには違和感が無いように見え、力強く精悍な顔には各種メイクが施され綺麗に可愛らしく仕上がっており、そこにも違和感は無い。剛健と可憐、強さと弱さ、それらを併せ持った、超常の存在がそこにはいた。
「大丈夫?」
「へ?あ、すいません…」
「ふふっ…良いのよ。私を初めて見た人はいつもそうやって驚くのよ」
「そう、なんですか」
その店主に話しかけられて私とネルは現実に帰ってきた。オカマ、やニューハーフ、と呼ばれる人種なのだろうが、これまで一度も見たことの無いタイプの人種だったため思考が止まってしまっていたのだ。
「ええ、そうよ。それで、何を探しに来たのかしら?」
「あっ、はい。えっと、服も下着もあらゆるものを無くしてしまって…それで、服屋の中で一番雰囲気が入りやすそうだったのがここだったので」
「なるほど、そうゆうことね。なら任せてちょうだい。うちにはよそと違って安くて可愛いものもいっぱい置いてあるわ。こっちの区画よ」
彼(彼女?)はこちらが現実に帰還したのを確認して店にきた理由を聞いてきて、答えを聞くとそのまま店の左の方に向かって案内してくれた。
「すごい…」
「見たこと無い…」
案内された区画にはたくさんの服が陳列されていた。どれもこれまで見たことの無いような可愛らしく、美しい見た目をしたものばかりだ。話で聞く貴族なんかが着るような上品に派手な美しいドレスから、平民が着るようなワンピースやシャツやスカートの可愛らしい装飾の施されたものまで、可愛いと美しいの究極がそこにあった。
「喜んでくれて嬉しいわぁ…ほとんど私のオリジナルなのよ」
「そうなんですか!?すごいです」
「ええ。可愛いに目覚めて冒険者を引退してからもう100年以上経つけど、結構自信ある作品もここにはあるし、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「そうなんですね…なんかもう、すごいとしか…」
長命種だけあって100年以上服を作っているらしいが、15年しか生きていない人の身では想像もできず、ただすごいと言うことしかできなかった。人間の尺度じゃ100年前なんてもう歴史の話だ。
「それで、えっと…」
「バイシュでいいわ。店は私の名前からとったの」
「そうなんですね。えっと、バイシュさん、私たちあんまり服とかに詳しく無いんですけど、おすすめとかってあったりしませんか?初めて見るようなものばっかりで…」
「んー…なるほど…そうねぇ…わかったわ。おすすめね。でもまずは、勘で良いからこれが良い、って感じたのを一着取ってみて。シャツでもスカートでもパンツでもワンピースでも良いわ。そこから考えるわ」
「わかりました。どうしよう…」
「どれが良いかな…」
バイシュに言われ、2人揃って棚を眺めて何か良いものがないかと探し始める。これまでお洒落なんかとは無縁な生活を送ってきたため良し悪しなどわかるはずも無く、本当に勘で選ぶことになりそうだ。
「…これにしよう」
「…私はこれかな」
「決まったかしら?」
5分ほど悩んだあと、2人はほぼ同じタイミングで気に入った服を見つけた。
「どれどれ…あら、いいわねぇ!」
「そうですか?」
「ありがとうございます」
「ええ、いいわ。最っ高よ!…よし、ちょっと待っててちょうだい。今相性の良さそうなの持ってくるわ」
バイシュさんは私たちが持ってきた服を見て、側に陳列された商品を軽く物色して帰ってきた。
「まずはあなたからにしましょうか。あなた、結構運動する?それか外回るような仕事だったりとか」
「あ、私ですか?そうですね…」
バイシュは最初に私の方に話しかけてきた。特にこれまでの生活も無いし、これからの展望も無いので少し悩んでしまう。
「…結構動き回ると思います。仕事っていう仕事も今は無いですけど…普段の生活でも結構歩いたりすると思います」
「ええ、分かったわ。それを選んだのも納得だわ。うーん…そしたらこんなのが良いんじゃ無いかしら」
するとバイシュは物色してきたらしい物の中から数点引っ張り出し、私の持ってきたものと合わせて見せてくれた。
「あなたが持ってきたのはショートパンツって言うのよ。動きやすいしセカイ王国の温暖な気候にもあってると思うわ」
私が持って来たのは淡い黄緑色の短いズボンだ。スカートなんかでは動きづらいか、などと思いながらみていたが、見たこと無いくらい丈が短い物だったので気になって選んでみたのだ。
「まずこれね。シンプルに似た系統の色のシャツを持って来てみたわ」
バイシュが取り出したのはベージュに近い薄い黄色の半袖のシャツだ。私の持って来たものと似たような色をしていて合わせやすいらしい。
「後これもね。いくらうちの国が温暖って言っても季節とか立地次第じゃ寒いだろうしね。それにこれから秋になってくるわ。暖かいものも必要よ」
次にバイシュが出したのは前がボタンで開いている少し厚めの長袖の上着だ。シャツより濃いめの黄色とベージュの色で構成されていて、裾の部分が少しひらひらしていて可愛らしくなっている。
「流石に冬にそのパンツだけってわけにもいかないでしょうし、これもあるといいわ」
今度は膝の上まで来る長めの靴下だ。少し薄めのブラウンで、少しだけ模様が入っている。
「最後にこれね。動くって聞いてるしある程度動きやすいやつにしたわ」
バイシュが最後に取り出したのは、濃いブラウンの、足首を覆う程度の短いブーツだ。靴の裏には何か不思議な模様のようなものが刻まれていて、バイシュによるとそれのおかげで歩きやすくなっているらしい。
「とりあえずこれで全部ね。アクセサリーとかは今回選んで無いから、欲しかったらまた相談してちょうだい。ああ、後その服は全部狼の牙とかクマの爪程度なら弾けるから安心して着れるわよ」
「へ?そんなに硬いんですか?」
「素材が良いのよ」
「そ、そうなんですか」
思っていたよりすごい代物のようだ。それに冒険者の装備なんかとは違って非常に可愛い。
「ありがとうございます」
「良いのよ。あ、支払いは後でいいから、そっちの試着室で着て来たらいいわ。彼女に見せてあげなさい。それにその間に彼女の分の用意もしとくわ」
「分かりまし…へ?彼女!?」
「あら違った?そうなら申し訳ないわね」
「いえ、そうというかなんというか…き、着替えて来ますね」
そんなに恋人感が出ていただろうか。それともバイシュが特別敏感なのか。どちらにせよどうにも恥ずかしい。着替えながら少し悶々としてしまった。
「終わりました…どう?」
「…似合ってるよ、ウルカ。すっごく可愛い」
「そっか」
ちょっと顔が赤くなってしまった気がする。
「ふふっ…いいわねぇ、若いって。私にもそんな時期があったのかしらねぇ…ま、いいわ。今度はこっちのお嬢さんの番ね」
しばらくネルと見つめあっていると、愛しむような微笑みでバイシュがそう言ってネルの分の服を持ってやってきた。
「じゃ、説明するわね」
バイシュはネルの選んだ服を持って語り始めた。




