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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
34/139

34 翌日

「ん…ふわぁ…おはよ、ウルカ…」

「んぅ…おはよ…ネル…」


 目が覚め体を半分起こすとネルにおはようを言われる。どうやらほぼ同じ時間に起きたらしく、ネルも自分と同様に眠そうに目を擦っていた。


「んー……ネルぅ…えへへ…」

「んー…」


 半分無意識でネルに抱き着くとネルも抱き返してくれる。


「あ………ごめん」

「ふふっ…んーん。良いよ」


 しばらくそのままでぼーっとしていると、段々意識が覚醒してきて恥ずかしくなってきてしまったので離れたが、顔が少し熱くなっしまっていた。もしかしたらすごい赤くなっていたかもしれない。


「もうちょっとくっついてても良かったのに」

「…私が恥ずかしい」


 本心か揶揄っているのか分からないが、少し返答に時間を要してしまった。それにまた顔が赤くなっていたかもしれない。


「そっか。残念…ま、いっか。今日この後ギルド行くんだよね」

「うん。昨日何か確認とか言ってたけど」


 その話題はすぐに切り上げて今日の予定の話に移る。昨日冒険者ギルドでノームさんのメモを渡した時に明日もう一回来てと言われているのだ。


「あ、そういえば今何時?」

「あ、そうじゃん。この部屋時計は……あ、あった。えーっと…へ!?2時半!?」

「ほんとに!?…まあでも昨日遅かったもんね…」


 部屋に掛けられた時計を見ればそれは2時半を指し、窓から入り込んでくる陽光は今が夜でないことを告げていた。しかし、あまり良い部屋では無いと聞いていたが時計があるとは。白炭(ホワイトコーク)のくずで動かす古代技術の劣化コピーなのだろうが、ここのギルドは中々儲かっているのかもしれない。


「昼って言われてるし、早く行こっか」

「そうだね。でもそんなに寝ちゃってたかぁ…」


 夜が遅かったとは言え、とぼやきながらネルと共に部屋を後にする。荷物など何一つ無いので意識が覚醒しさえすれば、服を着て外出の準備は終わりだ。


「ここの裏だよね」

「うん。泊まったのがギルドの裏だし」


 冒険者ギルドにはすぐに到着し中に入る。昨日の夜とは違い人でごった返していて、受付の列も長く自分たちもその最後尾に並んだ。


「はーい、次の方ー」

「あ、はい」

「はい。あら、女の子二人何て珍しい…今日は何の御用でしょうか?」


 中々長い列だと思ったが、案外すぐに順番が回ってくる。受付の人は昨日の人とは違う人で、昨日と同じように武装もしていない女子二人だけでの来訪に少し驚いていた。


「えっと、昨日の夜にここに来たんですが、明日の昼頃に来てと言われました。ネルとウルカです」

「…了解です。ネル様とウルカ様ですね。こちらに来てください。少ししたら担当のものが参ります」

「え…はい」


 中々物々しい対応に少し驚いてしまったが、すぐについて行き奥の部屋へ向かう。


「昨日ぶりですね、ネルさん、ウルカさん」


 部屋のソファに座り1、2分程待っていると、昨日受付にいた人がやってきた。どうやらこの人が担当らしい。


「…最初から本題に入っちゃいましょう。まず、お二人はあのメモの内容はご存じですか?」

「あー、いえ、知らないです」

「なるほど…でしたら…ノーム氏とガイア氏が…あー、そうですね……逝去されたのは、ご存じですか?」


 担当の人は言いづらそうに聞いてくる。何となくそんな気はしていたが、あのメモはノームさんとガイアさんの死に関係があるもののようだった。


「…はい。それは知っています」

「そうでしたか…分かりました。簡単に言えば、あのメモは簡易的な遺書のようなものでした。そうですね…とりあえず、実物を読んでみてください」


 本人確認はメモのサインを使ってすでに済ませました、と言って担当の人は私たちの方に昨日のメモを差し出してくる。そこには少し雑な字でこう書かれていた。


 ・ルラリアに魔物の大群が発生

 ・冒険者ガイアと精霊ノームはその戦闘で死亡。遺書の開封を求む

 ノーム


「こんな…」

「ルラリアの件は先に衛兵から連絡を受けていましたので、遺書の方の話になります」


 担当の人はこちらがメモを読んだのを確認して話を続ける。私もネルも、ノームさんとガイアさんが死んでしまったのだという事実をまた認識し、少し固まってしまう。しかし、それは一瞬のことですぐに遺書の話に戻っていった。


「私たちの方で先に開封いたしました。こちらになります」

「はい…」


 今度はさっきのメモと違い、大分しっかりした紙に丁寧な字が書かれた遺書が差し出された。


 1、未達成の受諾済み依頼があった場合、それを放棄する。違約金は遺産より支払う。

 2、ノーム、ガイアの保有する財産はその一切をウルカ、ネルの両名に相続する。

 3、ネル、ウルカ両名に相続できない遺産がある場合、その所有権を放棄し冒険者ギルドに寄贈する。

 4、ネル、ウルカ両名の右手の甲には、本人証明のためこの遺書の表に描かれたものと同じ印が不可視の状態で刻まれている


 この4項がそれぞれの遺書に記されており、内容はほぼ同じだった。右手の甲の印は「何かあった時必要だから」と10歳の時にノームさんが付けた物だ。「あと3、40年は使わなくて済むと良いんだけどね」とも言っていたのも一緒に思い出してしまい、気分が沈んでしまう。


「これに従って、冒険者ギルドは遺産相続の手続きを行います。なので、手の甲の印を確認したいのですが、よろしいですか?」

「あ、はい。どうぞ」

「はい」


 私とネルは右手を差し出す。遺書と近づけると、互いに一瞬だけ同じ模様が発光して消える。魔力的な、精霊術的な仕掛けだったのだろう。1度光った後は何も無かったように印は消え失せた。


「なるほど……はい、ありがとうございます。本人確認が取れましたので遺産の相続手続きを行います。少々お待ちください」


 担当の人は模様を確認すると席を立って何かを取りに行った。たぶん相続の書類か何かだろう。


「……ねえ、ネル」

「…なぁに?」


 しばらくの間、どこか重い空気を纏った沈黙が場を支配していたが、私はそれを破りネルに話しかける。


「私さ、今、そんなに辛くないんだ。ノームさんとガイアさんが死んで、すっごい悲しいし、すっごい辛いはずなのに。昨日ネルに好きって言ったこと、ネルに好きって言われたこと、今、私、そのことばっかり考えてるんだ。ネルのこと以外、どうでも良いってくらいに思っちゃってるんだ」

「そっか…」

「ネルはさ……どう思う?二人が死んでどう思う?今の、こんなこと言ってる私のこと、どう思う?」


 正直に言えば、これを言ってネルに何言ってんの?頭大丈夫?とか、薄情すぎるよ、みたいなことを言われる可能性だってあると思っていたし、そしてそれは一番怖いことだった。でも、自分の中のそれをネルには言わなければならないと、何故か、強く思った。たとえそれでネルに見放されても、これは伝えるべきであると。


「……うん。私も、一緒だ。ノームさんとガイアさんが死んで、悲しいし辛い。でも、今はウルカのことで頭がいっぱいだよ。普通ならもっと悲しみとかでいっぱいになってるべきなのかもしれないけど、すごく薄情かもしれないけど、今はウルカが一番だし、ウルカ以外はどうでも良い。私も、ウルカと一緒だよ」

「……そっか」

「うん」


 一緒の思いだった喜びと見放されなかった安堵と、何か温かい気持ちに包まれる。私とネルは最後に穏やかに笑い合って、その後は担当の人が戻ってくるまでお互いに一言も喋らなかった。しかしその沈黙は、最初の重い雰囲気を纏ったものでは無く、どこか心地良ささえ感じるものだった。


「お待たせ致しました。こちらが相続の書類になります」


 ゆったりと心地良さに身を委ねていれば、担当の人がすぐに戻ってきた。


「ここにお二方のサインをお願いします」


 差し出された書類には相続証明書と書かれており、相続品の内容や税についてなどのことが書かれていた。一番下には名前を書くための空欄があり、私とネルはそこにサインをして担当の人に紙を返す。


「…はい、ありがとうございます。これで相続の手続きは完了となります」

「はい。ありがとうございます」

「いえ。それで、相続された品物なのですが、金銭はすぐに用意できるのですが、物品は今この街のギルドで保管しているわけでは無いのですぐにはお渡し出来ません。必要でしたら可能な限り早く輸送致しますが…少し時間がかかってしまいます。スペースもとりますし今保管されているギルドの金庫で預かっておくことをおすすめ致しますが、どうなさいますか?」


 品物の中には何かの毛皮やら巨大な牙やら、居住地の無い身分の自分らでは今引き取るわけにもいかないかさばるものも多く、ギルドで預かってくれるというならこちらとしても有難い。


 ちなみに遺品は無いのに遺書があった理由は、高難度の依頼でこの街に来た際に写しを残していたから、らしい。冒険者の間では高難度の依頼の前に遺書の写しを近くのギルドに預けるのは一般的だそうだ。


「分かりました…でしたらしばらく預かっておいて頂いても大丈夫ですか?今は金銭の一部だけ受け取っておきます」

「はい。承知いたしました」


 そう言うと担当の人は別の職員に何やら指示を飛ばしていた。遺品の保管についてだろう。


「あ、あと昨日ツケていた宿代なんですが、ここで払っても大丈夫ですか?」

「ああ、はい。もちろん大丈夫ですよ。裏の宿に一泊でしたね。えー…1000シエンです」


 指示を出し終わったのを見てネルは昨日の宿の支払いを申し出た。1泊1000シエンとは中々出せる価格ではないし、屋根とまともなベッドがあってこの安さとは、さすがは冒険者ギルドと言ったところか。


「ありがとうございます。あの、それと…」

「どうかされましたか?」

「えーと……ルラリアのその後について何か分かったりしませんか?」


 手早く支払いを済ませた後、ネルが口を開く。今町がどうなっているかは私も気になっていたのでちょうど良かった。なんせ5歳の時から10年、人生の三分の二をそこで暮らしていたのだ。町自体にも思い入れはある。


「なるほど…確か、この町の領主とギルドから使いを送っているはずです。ですが、彼らが帰ってくるまでは何も…」

「そうですか…」


 しかし動いてはいるものの今現在は何の情報も無いようで、私もネルと共に少しだけ落胆してしまう。考えてみれば、普通に歩いてここからルラリアまで行こうと思えば2、3日、馬などを使っても1日と半日程度かかってしまうし、今この町に情報が無いのなど当たり前ではあるのだが。


「はい…ですが、1週間もしないうちに帰還するはずです。また1週間後にここに来ていただければ多少は情報があるかと思います。守秘義務があった場合も…お二人は当事者ですので何とかできるかと」

「そうですか…ありがとうございます。でしたらまた1週間後にまた来ます」


 ただ、今情報が無いのは残念だったが、ルラリアに送った使者と言うのは案外すぐ帰ってくるようで、情報も私たちになら教えられるとのことだった。それならそれなら良かったと安堵して、お礼を言って席を立つ。


「はい。またお越しください」


 担当の人に見送られてギルドを後にする。しかし、歩き出しはしたものの特に行く当てもない。やりたいこともやらなければならないことも何一つありはしないのだ。


「…ネル、どうしよっか」

「うーん…どうしようねぇ…」

「あ、ご飯食べてないや。食べに行く?」

「あー、そうだね。忘れてた。どっか食べに行こっか」


 あてもなく歩きながら考えていると、今日はまだ食事をしていなかったことに気付く。起きるのが遅かったとは言え、朝も昼も食べずに午後の3時くらいになってしまっていたので、自分もネルも、大分お腹が減っていた。


「何か食べたいものある?」

「んー…あんま無いなぁ…ネルは?」

「私もそんなに無いや。どっか見かけたとこ入ろっか」

「まあそうしよっか」


 お腹が減っていても特に食べたいものなんかは無く、結局ギルドから7、8分行ったところにある食堂に入った。


「ふー…」

「…つかれたねぇ、ネル…」


 店に入って席に着き、さくっと注文を済ませる。ネルは中々疲れたようで、椅子に座った時に息を吐いてテーブルに突っ伏していた。ネルの足では2、3分も歩けば疲れ切ってしまうだろうし、昨日今日とほとんどの会話を任せっきりにしてしまった。


「…ごめんね、昨日今日と」

「…?何が?」


 本人はそんなこと気に留めていないどころか思い至ってもいなかったらしく、不思議そうに返されてしまった。


「んー?話すのとか全部任せちゃってたしさ」

「あー、そんなこと?良いよそんなの…それにウルカ、昔っから仲いい人としかちゃんと話せなかったもんね。まあ、仲良くなったら結構おしゃべりだけど」


 ちょっとにやけながらそんなことを言われてしまった。まあ自覚はあるし全く言い返せないので、少し不貞腐れてやる。


「むぅ…」

「…ごめんて」

「……ま、いいや。それで、これからどうする?」


 そんなに引きずることも無くいつもの調子に戻り、これからどうするかを考え始める。なんせ今の自分たちは今日の宿も無いのだ。


「これからかぁ……ねぇ、ウルカ」

「んー?なぁに?」

「どこかの、森っていうか、山っていうか、そんな感じのところ…そういうところに、そんなに大きくなくていいから、家作って二人で暮らしたいなぁ……ほら、昔の秘密基地みたいなさ。良いと思わない?」


 ネルは少しだけ考えた後に、柔らかく笑ってそう言った。今日明日の宿なんかの話をしようと思っていたのだが、中々予想外な方向から話が飛んできた。


「…うん。良いと、思うよ」

「ふふふっ…じゃあ、決まりだね」


 今日の宿のことだ、と言おうかとも思ったが、それより早くに、半ば無意識でネルに言われたような生活を想像した。静かなどこかで、二人っきりで、きっとそこにはゆっくりした時間が流れている。自分の手から溢れて零れて、それでもなお自分を満たし続けてくれるような、そんな幸福がそこにはあった。


「どこか、良い場所探そっか」

「うん。それが良いや」


 最後にそう言われたところでちょうど注文していた料理が来て、その話は一旦止まった。しかし、一度思った幸福のイメージは心から消えず、昨日は真っ暗に染まっていた心も、今は幾分か晴れやかになって、末来を見据えていた。

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