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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
33/140

33 想い

「うわぁ!」

「あたっ…」


 どれほど空を飛んでいたか分からない。岩が地面に着弾し、軽く衝撃を受ける。岩は地面に着いて数秒すると、砕けて砂になり消えていった。


「…」

「ウルカ…2人は大丈夫かな…」


 私が黙っているとネルが心配そうな顔でそう言ってくる。《強化感覚》のある私と違い、ネルは2人のことが見えていなかったのだろう。


「ネル…私のスキル、話したよね。」

「へ…?うん…」

「私…見えちゃったんだ…聞こえちゃったんだ」

「う…ウルカ?」


 きっと、この時私の顔は、悲痛と困惑でいっぱいだったのだろう。ネルは私の、いつもとは違った雰囲気を感じ取って私の名前を呼ぶ。


「2人は…ノームさんと、ガイアさんは…もう…」

「いや…そんな…そんなこと、無いよね…?きっと、見間違いか何かだよ。うん。そうだよ…」


 ネルは私がこんな嘘を吐かないことを知っている。信じられない、信じたくない、といった様子のネルだったが、私の顔を何度か見て本当に2人は死んだのだと悟ったようだった。


「なん…で?」

「わかんないよ、私だって…2人が死ななきゃいけない理由なんて…」


 5歳の時から10年以上一緒に暮らしていたのだ。もう実の親よりも長い関係だったのだ。15歳にして2度目の「親」の死、そう簡単に受け入れられるものでは無かった。


「…」

「…」


 私とネルは、悲痛な面持ちのままで、その場から動けないでいた。


「あ、人がいます!あそこです!」

「む、本当だ。さっきの隕石と関係あると良いが…」


 その場から動けないでいると、しばらくしてどこかから人の声が聞こえてくる。


「ん…?女の子が2人…?」

「ふむ…?あー、ちょっと良いかな?」


 声の主はこちらに近づいてきて話しかけてくる。


「…私たちですか?」

「ああ、君たちだ。ちょっと聞きたいことがいくつかあるんだ」


 ネルが返事をする。声の主は二人組の男で簡単な鎧を身につけていた。


「じゃあ、良いかな?さっきね、このあたりに隕石が降ってきたんだよ。それでこっちに向かってきたら君たちがいたんだが、なぜこんなところにいるんだい?」

「隕石…多分、隕石は私たちが乗ってた岩だと思います。精霊術で作られたものだったんですけど、もう砂になって消えちゃいました」

「なるほど…?申し訳ないけど、よく分からないね。ちょっと衛兵の詰所の方まできてくれるかい?」

「分かりました…ウルカ、行こう」

「…分かった」


 男2人は近くの町の衛兵だったようで、岩が空から降ってきたのを見てここに来たらしかった。ネルは上手く歩けない足で怯えている私を庇うようにしていて、私はそれについて衛兵の2人に着いていく。


「そこに座ってくれ。それで…隕石についてだが、君たちが入っていたもので精霊術で作られている、だったかい?ちょっとよく分からないんだけど、詳しく頼めるかい?」

「はい…えっと…まず、あの、町に、魔物が来たんです。すごいたくさんの。誰かが引き連れてました」

「!?なんだって…?町が魔物に攻められてるだと!?それは本当か?」

「はい」


 詰所に着くとすぐに質問が開始され、ネルが応答していた。衛兵の人は町が魔物に襲われたと聞いて驚いたようで、2人揃って目を見開いていた。


「町の名前は?」

「ルラリアです」

「ルラリア!?ここからかなり距離があるな…分かった。じゃあ隕石の方の説明を頼む」

「私とウルカの親みたいな…いえ、親が精霊と精霊術師で、町で戦ってる時に私たちを逃したんです。その時に岩の中に入って飛ばされたのでそれだと思います」

「なるほど…精霊術…」


 ネルは衛兵の質問に澱みなく答えていく。まだ現実感が無いだけなのか、それともネルの心が強いのか、さっき親の死を知ったばかりだと言うのに、ネルは不安なところを欠片も見せずに衛兵と喋っていた。


「分かった、そうか…とりあえずルラリアに使いを出す必要があるか…とりあえず上に報告しておけ」

「はっ!」


 話を聞いていた方の上司らしき衛兵が後ろの若い方の衛兵に指示を出し、若い衛兵は詰所を出てどこかに走って行った。


「…もう遅いし、今日は帰りなさい。助かったよ。…ああ、君たち宿はあるのかい?」

「あ…無いです」

「そうか…そしたらどこか空いてる宿を手配するか…それともうちの寮の部屋を貸すか…」


 衛兵は部下に指示を出した後にすぐネルの方に向き直り、私たちの心配をしてくれた。部屋の手配なんて考えてくれているし、たぶん善人なんだろう。


「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。この後冒険者ギルドにも行かなきゃ行けないんです」

「そうなのか?そうか…まあ冒険者ギルドなら安価かツケで宿を取れるしそれも良いか。ただ、夜道を君たち2人だけで歩かせる訳にも行かないな。うちの若いのを1人つけよう。君、すまないが頼むよ」

「はっ!」


 冒険者ギルドに行くから大丈夫だと伝えても、女子に夜道を歩かせようとせずに部下をつけるあたり、本質的にお節介焼きな人なんだろう。それに衛兵をつける余裕があると言うことは、ルラリアと同様に町の治安が良いことを示している。


「ありがとう。気をつけて」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 詰所を出て、上司の衛兵に見送られる。しかし、自分で言うのもなんだが、よくこんな小娘の話に真面目に取り合ったものだ。


「あー、冒険者ギルドに行くんだったね?」

「はい。ご迷惑おかけして申し訳ないです」

「いやいや、良いんだよ。民を守るのが僕らの仕事だからね」

「そうですか…ありがとうございます」

「ああ。ごめんなさいより、そう言ってくれた方がずっと嬉しいよ」


 私たちにつけられた衛兵も、何となく善人感のようなものが感じられた。あの上司の教育がしっかりしているのだろう。


「ほら、着いたよ。何があるのかは知らないけど、気をつけてね」

「はい。ありがとうございます」


 ネルは外面は明るくしていたが、私と一緒に心の内は沈んでいたようで、衛兵も気を遣ってくれていたのか会話はあまり生まれなかった。


 ギルドにはすぐに到着し、そこで衛兵と別れ私たちはギルドに入る。衛兵は、何かあったらいつでも詰所に来ると良いよ、と言って詰所に戻って行った。


「ん?あら、こんな時間にお客さんだなんて…それに戦えなさそうな女の子が2人…珍しいわねぇ…まあ、いらっしゃい。依頼でもしにきたの?」

「えっと、遅くに申し訳ないです。あの、実は渡したいものがあるんです」

「渡したいもの?」


 ギルドの中には冒険者や依頼者と見える人は1人もおらず、受付に女の人が1人いるだけだった。その人はすぐにこちらに気づき、話しかけてくる。私は何も喋れなかったので、ここでもネルが会話をした。


「ウルカ、ノームさんに渡されたメモは?」

「…あっ、えーっと…あった、これだ。あの、これをギルドで渡せって言われたんです」

「ふむふむ…なるほど。わかりました。とりあえずそのメモを見せていただけますか?」

「はい」


 ネルに言われてメモは私が持っていたのを思い出して取り出す。どこかのタイミングで力が入ってしまっていたのか、そのメモはくしゃくしゃに潰れてしまっていた。


「えーと、何々…?ふむ……!?これは…」

「あの、どうかされました?」


 受付の女の人はメモの内容を見ると、一瞬言葉を失っていた。私たちはメモの内容は見ていなかったので、彼女の反応が何を示すのかは分からなかった。


「いえ…あの、お二人のお名前を伺っても?」

「えっと、私がネルで、こっちが…」

「ウルカです」

「分かりました…これはマスターに確認をとらなければいけませんね…申し訳ありませんが、明日の昼頃にもう一度来ていただけますか?」

「そうなんですか…分かりました」

「ありがとうございます。ああ、明日来た際には名前を仰ってくれれば大丈夫なようにしておきますね」

「はい。ありがとうございます」


 内容が中々重篤なものだったらしく、受付の彼女は今はいないギルドマスターに確認をとるようだ。何が書かれているかは知らないし、こっちは従うしかない。


「あの、すいません、実は今日宿がないんです。一部屋で良いので何とかなりませんか…?冒険者ギルドなら最悪ツケることもできると聞いているんですが…」

「そうなんですか?…分かりました。あまり良いところじゃないですけど、どこかしら部屋を用意しましょう。少々お待ちください」


 ネルは了承の返事を返した後、すぐに今日の宿について聞いていた。受付の人はそれを聞くと、奥の事務所らしきところへすぐに消えていく。宿の確認でもしてくれているのだろうか。


「はい、えーと、一部屋ならすぐ空いてました。ツケておきますね。まあ、最悪事務仕事でも手伝ってください」


 受付の女の人はすぐに戻ってきて、宿があとれたこととツケでも良いことを伝えてくれる。ギルドは新人冒険者のサポートもあって宿や食事が安かったりツケられたりと、手持ちが1シエンも無い私たちにとってはありがたいものだった。


「ありがとうございます」

「いえいえ。ああ、これ部屋の鍵です。一階の一番奥の部屋ですね。宿はギルドの裏にあるのですぐわかると思います」


 鍵がネルに渡され、宿の場所が伝えられる。


「行こ、ウルカ。あ、ありがとうございました」

「あ…うん」

「どういたしまして。明日の昼頃にまた」


 ネルは受付の女の人に別れの挨拶をし、私の手を掴んで引っ張って行く。私はネルに手を引かれるままに宿までついて行く。


「…着いたよ」

「うん」


 ギルドの裏にはネルの足でも1分どころか30秒もあれば着いてしまい、渡された鍵で部屋に入る。服と自身以外に持っているものなど何も無いので、二人でそのままベッドに横たわる。


「ん…狭い?」

「んーん…全然」


 部屋は一人用だったらしくベッドも一人用が一つのみだったが、いつも二人で寝ていたからか狭さも感じない。それに、直に互いの体温を感じられる方が安心できた。


「ねえ、ウルカ」

「…なに?」


 ネルは私にそう話しかけてくる。


「…もう一回聞かせて。ノームさんとガイアさんは、本当に…本当に、死んじゃったの…?」

「…うん」

「…どんな風な、最期だった?」

「白い、ローブの男。あいつに…体を貫かれたんだ」

「そう、なんだ…」


 自分で言っていてネルを掴む腕に力が入るのが分かる。それに気づいたネルは私を抱きしめて、私はネルの胸に顔をうずめたままでいた。


「ネルは…強いな…」

「…へ?」


 しばらく経ったあと、私はぽつりとそう零す。


「それは…どういうこと…?」

「すごいよ…ネルは。もし…私がネルに、ノームさんとガイアさんが死んだ、なんて言われたらさ…何も考えられなくて、何も喋れなくて…ほんとに、何もできなくなっちゃうよ。ネルみたいに、外側を取り繕うことすら、私にはできないよ…」


 実際今日も詰所やギルドではほとんどネルが話していたし、私は何もしていなかった。私は何もできなかった。ネルの心の内を何となく察することもできたのに、私は何もできなかった。


「そう、かな……でも、私は強くなんて無いよ。もし、私の隣にウルカがいなかったら、私はもう、5歳の時に死んじゃってる。パパとママがいなくなって、そこでウルカもいなくなってたら、私はたぶん、走りもしないで魔物に殺されてた。ウルカがいなかったら、私はあそこで生きるのを諦めてた。……私はね、ウルカと居たいんだ。ウルカに居てほしいんだ。ウルカが居なくなったら、きっと私は生きるのをやめちゃう。私は、ウルカがいないと生きていけないんだ…私は、ウルカが生きてるから生きてるんだ。そうだね…なんていうか、依存?なのかな…でもちょっと違う気もするけど…うん、まあ、私は、強くなんて無いよ。ウルカがいるから、私がある。そんな、自分一人じゃ何にもできない、弱い人間だよ」

「そう…なんだ…」


 ネルの胸の内を聞いたのはこれが初めてかもしれない。きっと、普通の人ならこんなことを言われたら、重すぎて無理、とか、気持ち悪い、とか、そんなことを思うんだろう。でも、私は違った。ネルの思いは私の中にすっと、なんの抵抗も無く入ってきた。


「……こんなこと言われても困るよね…ごめんね…」

「ううん…全部、言ってくれて嬉しかったよ……私も、一緒なんだ。私も、ネルがいなきゃ生きていけないよ…5歳の時、ネルが私に手を差し出してくれたんだ。ネルが死ぬかもしれないって言うのに、私のところに来てくれたんだ。そうしてくれたから、私は生きてるんだよ。その時には、もう、私にとってネルは不可欠だったんだ。ねえ、ネル、ネルが誘拐された時のこと覚えてる?…あの時、ネルがいなくなったんだって分かった時、私、何も考えられなくなったんだ。すぐ二人に会えて、それでちゃんと助かったから良かったけど、あのままネルが帰って来なかったらって思うとぞっとする。もしそうなったら、私は生きるの止めてた。だから、私もネルと一緒なんだ。私もネルがいないと生きていけないんだ。だからさ、困るなんてことは無いよ」


 なぜだろうか、ずっと昔からあった想いは、言葉にできないまま心の多くを占めていた想いは、今、すんなりと口から溢れてきた。今思えば、友愛も親愛も恋愛も、執着も依存も独占欲も、全部の感情が混ざり合ったこの「想い」は、5歳なんかよりもずっと前から、物心ついてネルという存在を認めた時から、最初は小さかったのだろうが、ずっとこの胸の内にあったのだろう。


 それに、たった今、気が付いた。


「ネル、好きだよ。愛してる。何よりも重くて、呪ってしまいたいくらいに、私はネルを想ってる」

「ふふっ、そっか………一緒だね。私も、ウルカのことが好きだよ。愛してる。すっごく重くてどろどろに、ウルカを想ってるよ」


 私は今初めて形を成したそれをネルに吐き出す。ネルは一瞬だけ驚いた後に、笑って、私と同じくらいに重いものを返してくれた。その常人なら引いてしまうほどの重さが、普通なら気味悪がって逃げてしまうほどの重さが、今は嬉しかった。


「………ふふふっ!」

「………あははっ!」


 強く抱きしめあって、涙を浮かべて笑いあう。ずっと、一緒だったのだ。相手を押し潰すほどに重く、互いに想い合っていたのだ。自分の想いに精一杯で、互いの想いに気付かなかったのだ。


 なんとも幸福な、暖かくてどろどろとしたものに心が満たされていくのを感じるのだ。今は、あらゆる全てを忘れ、互いに視界には相手しか入っていないままで、心を満たす感情に身を任せ、二人の唇がゆっくりと重なり合った。

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