31 誘拐の結末
「無事で何より。ただでさえ親を失ったんだ。これ以上何も奪わせないさ…」
「ええ、もちろん。あの子たちが何かを奪われていい道理なんてどこにもないわ……あー、それと、そうね、彼らとお話しする?」
「そうだね。魔物の使役も教会の腐敗も、気になることだらけだ」
私が泣き止んできた頃、ノームさんとガイアさんが何か話していた。スキルの後遺症とまだ落ち着かない思考のせいでちゃんと聞こえなかったが、言葉からはさっきまでの鋭い殺気は感じられなかった。
「ねえ、司祭さん、魔物を操った方法、教えてくれたりしない?」
「【最過重土亜鈴】ああ、後、君自身の犯罪歴もね。ちょっと気になることが多いんだよね」
「ああ、そうか…くそがっ…こんなもの強制じゃないかね。喋らなければ潰されるんだろう?さっきの魔物と同じようにね」
「ははっ、分かってるじゃないか。理解が早くて助かるよ。さて、じゃあ、早速話してくれるかい?」
二人は司祭に尋問を開始する。司祭は猿轡の岩は解除されたものの、体の拘束はそのままだしその頭上にはノームさんの作り出したであろう土と岩の塊が浮かんでいる。
「ちっ…《破砕》、私のスキルだ。効果は触れているものを砕き、壊すこと。生命には効きが薄い上直接触れねばならんという不便な代物だ。私では戦闘に活かせんし、生活でも使えん。」
「…関係無い話はしない方が身のためだよ?」
司祭は観念したように話し始めるが、内容は本筋に全く関係ないものに聞こえた。
「まあ直接は関係無いがな。しかしだ、これならどうだ?…《破砕》!!【聖撃】!!」
司祭はタイミングを見てスキルで拘束を破壊し、攻撃を仕掛けてきた。
「【咀嚼土亀・帰巣】流石にその程度じゃあやられないよ」
「ちっ…《破s…ぎいいいいやああああ!!」
「二人とも見ない方がいいわ。まあ、ちょっと今更感あるけど…」
しかし、ノームさんに完全に読み切られていて、いつの間にかノームさんの元に帰ってきていた亀に攻撃を防がれる。その後司祭は雇われを解放しようと手を伸ばしたが、そこで私とネルはガイアさんに視界を塞がれる。
「【治癒】、【治癒】ううぅぅぅぅぅぅ!!」
「…旦那、諦めな。腕が喰われちまえば生半可な聖典術じゃあ繋がらねぇよ。あんたは回復特化じゃねぇんだろう?」
「うるさいいぃぃぃ!!私は、私はぁ、あのお方に力を頂いたのだぁぁぁ!!こんなところで終わるはずがない!!」
「あのお方、とか気になる単語はあるけど今は無理そうだね。錯乱してるよ…ま、とりあえず来てもらおうかな。【岩土捕縛】」
見えていないが、男二人はノームさんに拘束されたようだ。司祭の方が狂ったように叫んでいたが、ちゃんと聞こえなかった。
「ガイア、じゃあ帰ろうか。僕はこの二人を持ってくからウルカとネルを頼むよ」
「ええ。でも、無事で本当に良かったわ…」
「ああ、本当にね…ん?なんだ?…っ!?!?」
「何っ!?二人ともっ!!」
「何だ、何なのだこれはっ!!何っ!?どういうことだ!そんなこと言っていなかっただろう!?ふざっ…けるなぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
「旦那!?」
「おいっ、こっちにも分かるように喋れっ!!…くそっ、【城塞】!!」
ボンッ
突然ノームさんが壁を展開し、私たちはガイアさんに庇われる形になる。視界はガイアさんに塞がれて見えないが、司祭の叫ぶ声が聞こえ、その数秒後に何かが爆発する音が鳴った。
「何が起きた…?人が、爆発した?」
「ちょっと見せれないわね…」
突然のことでノームさんとガイアさんの二人も何が起きたか把握できていないようだったが、司祭が爆発したらしかった。
「ああ…なあ、雇われ、何か知ってるか?」
「はいはい。俺は素直に喋らしてもらうよ。ま、残念ながら俺は何も知らないんだがねぇ……ただ言えるのは、旦那は自分の保身が第一の奴だった。間違っても、情報なんぞのために自爆なんてするような奴じゃ無かったね。あれは外から何かされてやがる」
「そうか…まあそれは信じよう。どうせ尋問はされるだろうけどね」
「へいへい…ほんと、こんな仕事受けるんじゃなかったよ」
殺しはともかく、身体欠損程度なら眉ひとつ動かさず実行されるのを目の当たりにしているので当たり前ではあるが、雇われは観念して素直に喋る。しかし雇われ自身も何が起きたか分かっていなかったようで、司祭の爆発には驚いているようだった。
「とりあえず衛兵の所にこいつを届けなきゃね…さっさと帰ろう。今日はウルカの誕生日だしね」
「そうね。まあでももうそろそろ日が沈みそうだし、ちゃんとお祝いするのは明日になっちゃうかもね」
「まあ、しょうがないさ。二人とも、帰るよ。歩けるかい?」
「うん」
「大丈夫」
地下から出ると、もうすでに日が傾いてきていた。私とネルは手を繋いでノームさんとガイアさんについて行った。
※
あの後はみんなで衛兵の詰所に行って雇われの身柄を引き渡し、そのまま家に帰った。
「ふー…帰ったね。ネルもウルカも無事だし、何とかなって良かったよ」
「ほんとそうね…」
「あ!!買ったもの置いてきちゃった」
家に帰ってくると、今日の昼間に買ったお使いの品を広場に置いてきてしまったことに気付いた。
「ああ、そうなのかい?まあそうなのって言っても当然か。一応見に行くかい?」
「うーん…まあ良いんじゃない?ウルカの誕生日祝いは明日になっちゃうけど、今日は早く休みましょ」
「まあ…そうか。ウルカ、せっかく誕生日なのにごめんね…明日ちゃんとお祝いするからね」
ノームさんとガイアさんの二人はお使いを忘れてきたことは気にしていないようだった。
「ううん。私も疲れちゃった。ネルは?」
「私は疲れては無いよー。動いてないし。でも今日は早く休みたいかな…」
「そうか。じゃあさっさと夕飯にして今日は休むと良い」
「「はーい」」
私は走ったりスキルを限界まで使ったりと大分疲れていたし、ネルも疲れていないと言いつつもどこか辛そうにしていた。ノームさんは私たちと少しだけ話した後ガイアさんと一緒にキッチンに向かっていった。
「ガイア、今何がある?」
「夕飯の材料あんまないわ…あ、でもちょっとぐらいは残ってるのがあるかな…」
キッチンからノームさんとガイアさんの話す声を聞きながらソファでぼーっとしていたら、いつの間にかネルと寝てしまっていた。
「ほら、起きて二人とも。寝る前にご飯食べて着替えちゃいなさい」
「「ん…ふわぁーい…」」
夕飯の準備が終わったらしく、私とネルはガイアさんに起こされて眠ってしまっていたことに気付く。二人であくび交じりの返事をしながら食卓につき、ノームさんとガイアさんと一緒に4人で夕飯を食べる。しかし、眠いのと疲れていたので何を食べたかなどちゃんと覚えていられなかった。
「ごちそうさま…ふわぁ…」
「んー…ウルカぁ、寝よー」
「うん…」
「あ、二人とも寝る前に着替えなね?」
「「はーい…」」
夕飯を食べ終わってもずっと眠いままで、そのまま寝室に行こうとしたらガイアさんに止められてしまった。私とネルは素直に従って、着替えてから寝室に向かう。
「ネルぅ…」
「ん…?」
ベッドにはネルと一緒に入り、私はネルを抱き寄せる。
「今日ね…ネルがいきなりいなくなって、すっごく、怖かった。ねえ、ネル…ほんとに、いなくならないよね…?」
今日ネルがいなくなった時のことを思い出して不安になる。ネルを抱きしめる腕に自然と力が入り、声が震え始める。ネルはそれに気づいたのか、同じように強く抱きしめてくれる。
「…うん。いなくならないよ。ウルカさ、攫われたのは私なのに、私よりもっと泣いてたんだもん。ウルカが泣くようなことは絶対しないよ」
「うん」
「私だって怖かったんだよ?いきなり誰かもわかんない人に攫われて」
私の後にネルも自分の思いを吐き出す。
「それとさ、戦ったのはノームさんとガイアさんかもしれないけど…私ね、ウルカが私を心配してくれたのが嬉しかったんだ。ウルカが助けに来てくれたのが、嬉しかったんだよ」
「…そうなの?」
「うん。だから、ありがとね」
ネルにそう言ってもらえるのは嬉しい。ただ、私は感謝されるようなことは何もしていないのだ。ただ、私がネルを失いたくなかったんだ。ネルがいなくなって、私が不安に押しつぶされてしまいそうだったんだ。
「ううん…私は…私が、ネルと離れたく無かったんだ」
「それでも、嬉しかったよ。それに私もね、今日一番怖かったのがね、もうウルカに会えないんじゃないかなって思ったのが、一番怖かったんだ」
今度はネルがそう言って、私を抱きしめる力が強まる。
「私、攫われたのよりも、何されるか分かんなかったのよりも…ウルカに会えないって思ったのが…一番…一番怖かったんだ」
ネルは繰り返しそう言う。ネルの声が震え始め、体も震えているのが分かった。私はネルを抱きしめる力を一層強める。
「ウルカぁ…また…ぐす…また会えて、良かったよぉ…もう…会えないんだって、最後だったんだってぇ…ぐすっ…ひっぐ…」
「ネル…」
ネルの弱いところなんていつぶりに見ただろうか。村が魔物に襲われた時も、もう走れないと言われた時も、どんな辛いことがあったって、ネルは、強くて、明るくて、優しくて、いつも私の前に立って、私に手を差し出してくれた。私はいつも、そんなネルに甘えて、後をついて行くだけだった。ネルがいなければ何もできなかった。自分の持てる全部を、投げて、任せて、押し付けていたのかもしれないと気付かされる。
「ウルカ…ウルカの方こそさ…私のところから…どこにも…どこにも行かないよね…?ずっと一緒に居るよね…?私は…ウルカがいなきゃだめなんだ…」
「うん…うん…!私も、どこにも行かないよ…ずっと…一緒にいよう…」
私もネルがいなきゃだめなんだ。もしネルがいなくなったら、私は自分がどうなってしまうのか想像もつかないのだ。ネルが嫌がったって、私がネルから離れるなんてありえない。
「うん…!約束、だよ…?」
「うん。約束…」
ネルはまだ目尻に涙を溜めたままで、どこか儚い笑みを浮かべて私の手を強く握る。私はそれに応え、手を握ってお互いに強く抱きしめあう。
「すぅ…すぅ…」
「んぅ…すぅ…」
しばらくそうしてお互いの体温を感じていると、私とネルはいつの間にか寝息を立て始めていた。お互いにお互いがいれば一番安心できるのか、私もネルも、とても穏やかな寝顔をしていた。




