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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
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3 埋葬とこれから

 雨が止んだころ、私は村の中心から動き出した。怒りと勢いでここを焼きにきてしまったので、まだ、ネルをちゃんと埋葬していない。

 少しだけ休んだ後、すぐに村を出発して家に戻る。もう昼が過ぎ、太陽が傾き始めていた。


「む、クマがいるな…」


 帰る途中の山道でクマの痕跡を発見した。


「しかも結構近い…あ、音…。もしかして私に気付いて戻ってきた?」


 実際その懸念はその通りのようで、すぐに目視できる範囲にクマが入ってきた。


「どうする?」


 少し思案する。戦っても良いが、万が一森に火が付いたら問題だ。ネルと暮らしていた家はそのままの形で残しておきたいのだ。


 クマがこちらの存在に明確に気付いたのが分かった。戦闘か…、と思ったが何故かクマは私を見てすぐに逃げ出した。


「どういう?…あ!」


 動物は人間よりも感覚がすぐれているのか、私の()()()()()を感じ取って逃げたらしい。


「もう、私は人間じゃ無いんだもんね。もう化け物だし、そりゃクマでも逃げるか」


 ちょっとだけ思うところはあったが、まあ安全は確保できるみたいだし良しとしよう。


 クマと会ったのはまだ山の中腹あたりだったが、その後は何事もなく家にたどり着いた。その頃には、もう辺りは暗くなり始めていた。


「…ただいま、ネル。今帰ったよ…」


 当然返事は無い。


「ごめんね…。ちゃんと埋葬もせずに飛び出しちゃって」


 ネルの前に座りながら言う。


「何で、何でこんな、安らかな…!」


 ネルの顔にそっと触れ、髪をかき上げる。ひどく冷たいその感触に、やっぱりもうネルは帰ってこないんだなと、現実をもう一度突きつけられる。


「理不尽に、不条理に、なんの訳もなく、殺されたのに、なんで、こんな顔なの…!」


 もう、何度も何度も流し、枯れたとさえ思った涙。ネルのことを思えば、際限なく、その目から溢れてくる。


「化け物、になっても…涙は…止まらないん、だね」


「…。埋葬、しちゃおう…」


 涙も乾ききらないうちに、ネルを外に運び出し、即席ではあるが棺桶に入れる。少しでも動いていないと、涙が止まらなくて何もできなくなってしまいそうだ。


「ちゃんとしたものじゃなくて、ごめんね」


 掘った墓穴に棺桶を入れて、埋める。

 墓穴は炎を使わず自らの手で掘ったものだ。理由などは無いが、何となく、自分の力で掘ろうと思ったのだ。


 埋めた上にネルの名を刻んだ碑を建て、花を供える。ネルも自身も、宗教に属していなかったので祈り方などは分からないが、とりあえず手を合わせて目を閉じる。


「もし、死後の世界があるのなら、来世なんてものがあるのなら、そこでは、今度は、幸せになってね…」


 祈り始めてどれほどの時間がたっていただろうか。長い祈りが終わり、墓の前から立ち上がり、真っ暗な闇の中を歩き家に戻る。


 形見のペンダントが、ほんの少しだけ、光った気がした。


 ※


 今日は、最悪な日だ。

 恋人が殺された。

 化け物になった。

 沢山の人を殺した。

 恋人の仇を討った。

 恋人を葬った。


「疲れたよ、ネル…」


 もう帰ってこない恋人の名を呼び、目を閉じる。すると本当に疲れ切っていたのか、いくらかの思考もできず、意識が闇に溶けていく。


「おや…すみ…」


 誰にという訳でもなく、意識が途切れる直前に言葉が漏れる。

 いつの間にか、意識は闇に溶けきって、泥のように眠っていた。


 ※


 次に目が覚めた時には、太陽は一番高くに昇り、朝を超えて昼になっていた。一日寝ずに夜を超えていたのもあって、大分長いこと眠ってしまった。


「おはよ、ネル…ああ、そうだったね…」


 本当なら今日も隣で寝ているはずだった恋人は、今墓の中で眠っている。

 もう散々泣いたはずなのに、また性懲りもなく涙が溢れてこようとする。


「泣かないよ、うん」


 言葉を口に出して無理やり涙を止める。今は、ネルのことは考えないことに決めた。

 思考を切り替える。寝起きの鈍い頭ではあまりいい考えが浮かぶわけも無いだろうが、とりあえず何かしら考えていることにした。


「どうしようか…」


 これからのことを考え始める。教会を潰すことにしたが、私は教会についても、ナート教そのものについてもほとんど知らないのだ。


「とりあえずどこかのおっきな町に出ないとなあ。でも道とか知らないし…。ああ、村に地図とか燃え残って無いかな。そういえば行商人がいたよね」


 埋葬も終え、家に帰ってきた目的は果たしているので山道を降りて村に向かう。村で行商人の死体を探すことにした。山道を下っていく最中には、眠く重かった頭も働き始めた。


 村に行く道中では何事もなく、すぐ村に着いたのだが、行商人の死体探しは、どれがそうなのか全く分からず難航していた。というのも、人だったものはもう全て黒炭になって服も燃え尽きていて、元々それがどんな人物だったかなんて判別できないのだ。


「うーん、わかんないな。どーしようか…。あ、そうか、馬車と荷台があるか。燃えてなきゃ良いけど」


 考えながら探していると、馬車の存在に気付いたので早速探し始める。村の端の方にあったはずだ。


「お、あったあった。荷台の中身は無事かな?」


 村の端の方に来ると、人のものでない、馬らしき焼けた死体と焼け焦げて黒くなった馬車の残骸が残っていた。


「どれ…。お、地図だ。…うん、近くの町までの道も乗ってる。普通に町まで行けそうかな。日用品とかもいっぱいあるし、貰ってこう」


 荷台にあったリュックに地図を入れ、使えそうな日用品などを詰められるだけ詰め、載っていた金庫を壊して中の金銭も頂く。


「他にここですることも無いしなあ。もう出発するか」


 今は昼過ぎ。順調に進めば街道沿いの宿場町ぐらいには着けるはずだ。


「クマとか動物…は化け物(わたし)の気配にビビッて出てこないか。ここから町まで魔物もいないって地図に書いてあるし、行くか」


 リュックを背負い、地図を片手に出発する。


 村から少し行くと、大きめの街道に出る。レンガが敷き詰めてあったりするわけではないが、木が切られこれまでの使用者たちに踏み固められた道は、山道を行くのと比べれば何倍も楽なもので、非常に順調に歩を進めることができた。街道の往来が少ない、というか未だに一人も歩いているのを見かけず人がいないというのも大きいだろう。


 しかし、そんな順調な旅も終わりを迎える。後1、2時間も歩けば宿場町というところで事件は起きた。


「しかし人に会わないなあ。いくら何でもいなさすぎだよ」

「そうだなあ。ま、だからこそ俺等も商売しやすいってもんだ」

「!?だれdぐっ…」

「おっとぉ…余計なことすんじゃねえぞ?てめぇの喉笛かっ切られたくなかったらなぁ」


 自分以外人がいないはずのこの場所で自分の言葉に反応がある。いつの間にか隣にいた男に首筋ににナイフを当てられていた。猛獣も魔物もいないはずだとなんの警戒もしていなかったのは問題だった。長い間家と村の往復だけで生きてきて人の悪意に触れてこなさ過ぎたのかもしれない。あんな事があったばかりなのに、人間を警戒するのをすっかり忘れていた。


「…何者?」

「へえ、この状況でもビビッてねえってか。面白え。が、答えてやる義理はねえよ」


 正直、この男一人だけならサクッと燃やしてしまえばいいのだが、こういう輩は大抵グループで行動している。《強化感覚》をオンにして周囲の状況を全力で探ってみると、予想通り、街道の横の森に沢山の仲間が控えているようだ。こういうのは、1人1人が弱くても数が多いと面倒なことになるのが常だ。


「ほら、歩きな。とりあえず、俺等のアジトに来てもらうぜ。お前は胸はねぇがなかなかいい女だし、身ぐるみはいだ後みんなでかわいがってやるからな。楽しみにしてやがれ」


 男は下品に笑って私を引っ張っていく。肩に手を置かれているのも気持ち悪くてしょうがないが、ここは一旦従っておく。アジトでこの男の仲間もろとも燃やそうと考えたのだ。


 森に入ると隠れていた仲間も合流し、誰が最初だの、どこどこの貴族に売っ払うだの、下衆な会話をしている。復讐と直接関係は無いが、こいつらも無実の者に理不尽を押し付けていると思うと憎悪が湧き上がってきて止まらない。


 しばらく森を歩いていると、洞窟が見えてくる。


「長く歩かせて悪かったなあ。ほれ、そこが俺たちのアジトだ」


 最初の男がそう言ってまた下品に笑う。しかし、今度は周りの仲間と談笑することも無く、緩んだ顔がすぐにシリアスなものになる。アジトに入って少し行くと、椅子に座った男とその周りに取り巻きが見えてくる。座った男は立っていなくともわかるほどの巨漢で、立てば身長は優に2mを超えるだろう。男以外の取り巻きは全員似たようなもので、全部で15人といったところか。


「ボス、そこの街道で一人で歩いてる女がいたんで連れてきやした」

「ほう、珍しいな…。1人旅邪魔して悪いねえ。ま、これも運命さ。恨むんじゃあねえ」


 ボスと呼ばれたその男は下衆な笑みを浮かべ下品な笑い声をあげる。周りの奴らも同調していて聞くに堪えない。


「おい、クスリ持ってこい。しばらく遊んだらどっかに売るだろうが、どうするにしろ、まずはヤク漬けにするところからだ」

「へい!」


 どうやらクスリ漬けにするつもりのようだ。多分クスリを打たれても何とか出来る気はするが、なんか嫌なのでクスリを打ちに近づいてきた瞬間に魔力を解放し、クスリを打ちに来た奴を燃やす。


「うああぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!?!?!?」

「あっづううぅぅぅぅぅ!!!」

「ぎいいぃぃぃやああぁぁぁ!!!」


 距離の近かった他の奴らも巻き込まれて何人かに火が付き、皆で地面でのたうち回っている


「おい!水でもぶっかけとけ。…で、てめえは何をしやがった」


 ボスが下衆な笑いを引っ込めて椅子から立ち上がり、傍らの斧を取って臨戦態勢に入る。

 立ち上がったボスを見上げると、2mを超えるくらいかと思っていた身長が3m近くまであったことがわかる。


「さあね」


 私はボスの質問に適当に答えながらアジトの入口の方に火球を飛ばして爆発させる。大きな爆発音と共に入口が崩落し塞がれる。


「どうせここで死ぬんだし、知らなくても大丈夫だよ」

「言うじゃねぇか、このクソアマ…!!」


 さて、周りの取り巻きはそうでもなさそうだが、このボスは存外に強そうだ。額に青筋を浮かべて相当頭にきているようだが、それでも無策で突撃してこないし取り巻きも制止している。もっとバカだと思ってたんだけど、ちょっと面倒だ。多分、私が何をしたか探るつもりだ。火球と爆発には何かタネがあると思ったんだろう。


「仕掛けてこないなら、こっちから行くよ。はあぁぁっ!!」

「ぐうぅっ!」


 タネは無いが、対策されても面倒なので、リュックを地面に捨ててこちらから仕掛ける。分析する時間は与えない。

 とりあえず大火球ぶつけて爆発させ、戦いの火蓋を切って落とす。


 さて、どうやって殺そうかな。

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