28 スキル
「気を付けて行ってらっしゃい」
「はーい」
「行ってきまーす」
ノームさんとガイアさんに挨拶して家を出る。私たちの村が滅んで4年と少し、私は9歳、ネルは10歳になっていた。あの事件の後、村の唯二人の生き残りで身寄りの無かった私とネルは、ノームさんとガイアさんに引き取られて生活していた。
「あ、今日は早めに帰って来てね。ウルカちゃんの誕生日会するから。私たちも早めに帰っておくわ」
「「はーい」」
「ごめんね、せっかく誕生日なのに一緒に居られなくて。すぐ仕事終わらせてくるから昼間は二人で楽しんどいで」
「うん」
「わかった」
私は9歳と言ったが、100%正解かというと微妙なところだ。今日は私の誕生日で10歳になる。まあまだスキルを貰っていないのでギリギリ9歳なのだが。
「ネル、どこから行く?」
家を出て今からどうするか相談する。ノームさんとガイアさんは冒険者の仕事が入ってしまったらしくて午前中は家にいないらしく、今日はお使いを頼まれていた。
「うーん…とりあえず商店街の方でお使い終わらせちゃおっか」
「そうだね。そうしよっか。帰りに何か買ってこっか」
「うん」
相談の結果、二人に頼まれた食べ物のお使いを先に済ませて、帰りに何かおやつでも買って帰ることに決めた。おやつに関しては、好きなもの買ってねとお金を多めに渡されているのだ。
「行こっ!」
「うん!」
ネルの手を取って歩き出す。ネルは元気に笑顔で返事をしたものの、その歩みは遅い。怪我の後遺症のせいで、今でも普通の人の半分の速さですら歩けないのだ。
「…ごめんね、遅くて」
「ううん。全然。それに、怪我は私のせいだもん」
「それは違うよ!」
「うん。じゃあネルも遅いのなんて気にしないでよ」
ネルが手をぎゅっと握ってそう言ってくる。私やノームさん、ガイアさんと一緒に出かけた時なんかはいつも気にしていて、私はいつも通りの返しをしてそのことを喋らせない。ネルの暗いところなんて見たくないし、歩きが遅いことなんかよりネルが暗そうにしていることの方が大問題だ。
「うん…ありがと」
「ううん」
ネルはそう言うと私の手をぐっと引っ張って肩と肩が触れ合うくらいの距離にまで近づく。
「っ…ネル…」
「早く行こっ?」
「う、うん」
ネルと顔の距離が一気に近づいて一瞬ドキッとしてしまう。最近、というか結構前から、不意にネルにドキッとして心臓の鼓動が早まることが多い。何か変になっている気がする。
「え、えっと、商店街はこっちだね」
心臓の鼓動を誤魔化すように早口で言って、ネルとその方向に向かう。
「ウルカ、何買ってって言われたっけ」
「えっと、野菜とお肉だよ。メモが…あった」
ネルに聞かれて、答えながらポケットのメモを取り出す。メモを見ると、キャベツ、ピーマン、ジャガイモ、ニンジン、などの野菜類と、鶏肉を丸ごと二匹分買ってきてという旨が記されていた。
「じゃあまず野菜買いに行こっか」
「うん」
八百屋に向かうことに決めて商店街を歩き出す。いつもきている場所なだけあって、迷うこともなくすぐに八百屋に到着した。
「おう、嬢ちゃんたち、久しぶりだな。何がいるんだ?」
「えっと、キャベツと、ピーマンと、」
「ん?あっ」
「…ん?ウルカ?どうしたの?」
「…スキルだ」
私が生まれてちょうど、1秒も違わずぴったり10年が経ったその瞬間、ネルが八百屋のおじさんと話している、そんな何でもない日常の一コマで、唐突に「理解」した。自分の、たった今貰ったスキルのことを。
「今!?」
「うん」
「おお?なんだ嬢ちゃん、今日10歳の誕生日なのか。そうか。じゃあちょっとサービスしとくぜ」
私がスキルと言ったのを聞き逃さなかったのか、八百屋のおじさんは私の誕生日ということで少しサービスしてくれて、普通よりも安く野菜が買えた。
「ありがとう、おじさん」
「はっはっはっ、別にいいさ。あんま嬉しかねぇかもしれねえが、誕生日の祝いだ。ああ、あと果物つけといたから家帰ったら食いな」
「はーい。ありがとうございます」
果物もつけてくれたようで、大分得をした。
「ねえねえウルカ、どんなスキルだった?」
「んー?えっとねぇ…」
ネルに聞かれて話し始める。人に教えない人も多いらしいが、ネルもスキルは教えてくれているし、何よりネルなのだ。教えても良い、というか教えて当然だろう。
「《強化感覚》っていって、なんか目とか鼻とか色々強くなるみたい」
「へー。よくわかんないけど、私の《精密》よりは便利そう。いーなー」
「そんな事ないよ。私、《精密》の方が欲しいし」
ちなみにネルの《精密》とは、身体能力の範囲内で自分の体を100%思った通りに動かせるというもので、理想と現実の差がなくなるというものだ。手先がものすごく器用になったりするので、戦闘に活かせないネルは手工業や薬作りなんかをしたいと言っていた。
「まあ、スキルなんて良いよ。なんか思ってたよりすごいことじゃ無かったし。今はお肉買いに行こっ!」
「んー、まあそうだね。とりあえずお肉買いに行こうか」
スキルを授かる、というのはもっとどこか仰々しい、神々しい何かかと思っていたが、別にそんなことはなく、スキルは自分がかつてから持っていたもののように自分に浸透していた。
「私もスキルもらった時はそんなだったかな?確かにそんなすごい感じじゃ無いよね」
「うん。なんかもっとありそうだったけど特に無かったね。こう、すっと来た感じ。ずっと前から使えたみたい」
ネルとスキルの話をしながらお肉屋さんに向かう。スキルを授かるのがあまり仰々しい感じじゃないということはネルも賛成らしい。
「おばさん、こんにちは」
「あらあら、こんにちは。今日は何を買いにきたの?」
ここも八百屋と同じで行きつけの店で、おばさんに挨拶する。
「えっと、鶏肉ちょうだい」
「どれくらい?」
「二匹分丸ごとください」
「今日は多いねぇ。分かったよ。ちょっと待っててね」
肉の種類と量を伝えると、おばさんは陳列されているものとは別に店の奥から持ってきて、袋にさっと詰めて渡してくれた。
「ありがとうございます」
「いいえ。またいらっしゃいね」
買ったものを受け取り、最後に挨拶だけして店を後にする。
「じゃあ、ウルカ、何か買いに行こっ!」
「うん!行こ行こっ!」
ノームさんたちに頼まれていたお使いは終わったので、いつものようにお菓子でも買って近くの広場に行くのだ。
「ついたー。ネル何にする?」
「えー、どうしよっかなー」
お菓子を売っている店に着き、扉を開けて中に入る。この店は高級街なんかにあるケーキ屋さんとかとは違って、安く作ったお菓子を安く売っているのだ。何でそんなことが出来るか分からないが、このお店の会社の社長さんが何やら特殊な事情を持っているらしかった。
「えーっと…あ、チョコあるよチョコ」
「ほんとだ。私これ買う」
「私もー」
普段はあまり見ない商品を見つけて少し嬉しくなる。前になんでチョコレートがあまり売っていないのか聞いたことがあるが、材料を安く手に入れるのが難しいからと言っていた。
「これくださーい」
「ああ。はい、どうぞ。いつもありがとうね」
この店もいつも利用しているので店員は顔見知りだ。会計して店を出る。
「ウルカ、チョコ好きだよね」
「うん。甘いの大好きだし。ネルも好きでしょ?」
「もちろん好きだよ」
「っ…あ、うん。でしょ?みんな好きだよ、甘いものは」
少し離れた広場に向かう途中でそんな会話をしていたが、ネルの「好きだよ」のところで一瞬思考が停止してしまった。すぐに持ち直したからネルにはバレてないと思う。多分。
「ついたついた」
「ふー…」
「ネル大丈夫だった?」
「うん。全然大丈夫。ありがと」
広場に着くとベンチに座ってそう話す。今日はそこそこ長い距離を歩いたし、足の悪いネルに負担になってないかと思ったが、笑顔で返せるくらいには元気なようだった。
「んーと…はい」
「ありがと」
さっき買ったお菓子を袋から取り出してネルに渡す。
「ん、美味しい」
「ん、ほんとだ」
ベンチで並んで2人でゆっくりお菓子を食べる。ネルが足を怪我してからはこういう時間を過ごすことが多い。
「甘いね…」
「うん…美味しいね」
今ここでだけ時間の進みがゆっくりな気がして、心が温かいもので包まれる。
「ねえ、ネル…」
「なぁに?」
ネルの肩に頭を預けて話しかける。ほぼ同じ生活をしているはずなのに、ネルからは何かいい匂いがした。使う道具だって同じものだし、何でなのだろうか。
「…んーん、なんでもない」
「何それ?」
話しかけてから特に喋ることが無かったのに気がつく。ネルに不思議がられてしまった。私も何で話しかけたのだろうか。
「ま、いっか」
ネルはそう言うとこっちに頭を預けてきた。私は少しだけびっくりしたが、そのまま受け入れて二人の間でゆっくりしたと時間が流れる。私は隣に座るネルの体温を感じながら、何となく景色を眺めていた。もう永遠にこの時間が続けばいいとさえ思うほどに、私は満たされていた。
「…あ、今日早めに帰んなきゃ」
「ん!そうじゃん」
しばらくしてネルが朝早く帰ってきてねと言われていたのを思い出したようで、小さくそう零した。
「んー…」
ネルに預けていた頭を自力で支え、大きく伸びをする。この時間が終わってしまうのは非常に名残惜しいが、自分のために誕生日を祝ってくれるノームさんとガイアさんの二人に悪いし帰る準備を始める。
「ごめん、ネル、私ちょっと行ってくるね」
「んー?ああ、待ってるね」
ネルに断って席を外してお手洗いに向かう。朝家を出てから行ってないしちょっと限界が近かった。ネルはまだゆったりとした雰囲気を纏ったまま返事を返してきたが、朝から行ってないだろうし大丈夫なのだろうか。
「ネルー、戻ったよ…って、え?」
少し急いで10分程でベンチに戻ったが、そこにさっきまでいたはずのネルの姿は無かった。
「どこ行ったんだろ。入れ違いになっちゃったのかなぁ…」
見てみると、ベンチにはお使いで買った品物やお菓子の袋もそのまま置いてあった。
「待ってよっか」
まあ入違ってしまったのだろうと思い、ベンチに腰掛けてネルを待つことにした。
「え…!?」
ちょうどベンチに座った時、突然声が聞こえてきた。
「き、気のせい?ううん、違う…」
微かに、しかししっかりと、今日得たばかりの《強化感覚》で強化された聴覚は音を感じ取った。
「わ、訳がわからないよ…な…なんで?」
頭が混乱して呼吸が乱れてくる。考えの纏まらない頭の中で、今聞こえた言葉を反芻する。スキルのことは全部わかってるし、聞き間違えなんかじゃないことは自分が一番よく分かっていた。
「だって…さっきまで…ここに…」
声は冗談めいているものではなく、そこには恐怖があった。
「助けて」
ネルの声だった。




