27 生まれ故郷
「ん…」
目を覚ますと眩しい光が目に入ってきて目を細める。
「あ、ウルカおきた?おはよ」
「んぅ…おはよ…」
隣ではすでにネルが目を覚ましていて、声を掛けてくる。まだ朝早い時間だが、ネルはすでに元気そうだ。
「…二人とも起きたかい?おはよう」
「おはよう…ふわあぁぁぁ…」
「おはようノームさん」
起きたタイミングでノームさんが寝室に入ってきた。どこか暗い雰囲気をまとっている。
「朝ご飯出来てるからおいで」
「はーい」
「ふぁーい…」
もう朝ご飯ができているようで、ネルは元気に、私はあくび交じりの返事をする。返事をしてすぐに着替え、寝室を後にする。
「あ、二人とも来たわね。…この後出かけるし早く食べちゃいなね」
「「はーい。いただきます」」
寝室で着替えている間にいくらか目が覚め、食卓では眠気の無い挨拶ができた。
「「ごちそうさまでした」」
すぐに食べ終わりごちそうさまを言う。
「…じゃあ、出かけようか。二人は何か持っていくものは無い?」
「うん。ない。ウルカは?」
「わたしもない」
元々荷物なんて持ってこれていないし、私とネルに持っていくものは無い。
「じゃあ、行こう。ネルちゃんは足の怪我がどうなってるか分からないし、気をつけてね」
「はーい」
「ネル、あぶなかったらいってね」
「うん。だいじょぶだよ」
家の中で生活する分には問題なかったが、ネルは足を怪我して走ったり跳んだりできないし、今はまだ普通に歩くのも危ない。ノームとガイアの二人がついているとはいえ、私もネルのことをいつも以上に気にかけておく。
「こっちだ。森を突っ切るよりは遠回りになるけど、道は整備されてるし魔物や猛獣もでないから、安心していいよ」
私たちはノームについていって町の入口から出て大きな道に入る。
「魔物に関しては本来ならあの森にはいないはずなんだけどね…まあ、それは今はいいか」
ノームが何か呟いていたがよく聞き取れなかった。
「えっと…こっちの方だっけ?」
「ああ、たぶんそのはずだよ。その脇道に入って少し行けば村の入口のはずだ」
その後もしばらく歩いていると、小さな脇道が見えてきた。そこが、私たちの生まれた村への道らしい。
「ネルちゃん、ここから少し道が悪くなるから気を付けてね」
「はーい」
小さな脇道まで綺麗に整備されているわけではなく、道に入ると足元が少し荒れていた。
「うわぁっ!」
「あっ、ネル!…だいじょぶ?」
ネルがガタガタになった地面に足をとられてしまい転んでしまった。私が受け止めたので怪我は無かったみたいだが、これではいつ怪我してもおかしくない。
「うん。ありがと、ウルカ」
「ううん。ならよかったよ」
「ああ、ごめんね。反応できなかった。ウルカ、ナイスだよ」
ノームとガイアはすぐに反応できなかったらしい。
「もう少しゆっくり歩こうか。ネルちゃんも怪我しないようにさっきまで以上に気を付けてね」
「はーい」
転んだばかりだが、ネルは明るそうにして返事をしていた。
「ウルカちゃんには悪いけど、ネルちゃんのことを見ててくれるかい?」
「うん。ちゃんとみてる」
ネルの怪我は想像よりも深刻なようで、これまで以上にネルに意識を向けておく。
「ネル、て、つないどこ?」
「うん。そうする」
転びそうになってもすぐに対処できるように手を繋いでおく。
「あ、ノーム、そろそろじゃない?」
「ああ、本当だね…二人とも、ちょっと止まってよく聞いて」
「「はい」」
村が見えてきたところでノームが立ち止まり、真剣で、少し怖いとさえ思うような雰囲気を纏って話し始めた。
「昨日言った通り…君たちの…親は、死んだ。今から村に入って死体のところへ行く。それでも、大丈夫かい?」
「「…っ」」
お互いにお互いを握る手に力が入る。一夜おいて少しは現実を受け入れる準備は出来ていたが、改めてそう言われると心が締め付けられる。ノームは、嘘だと信じたくても信じられないような雰囲気を纏っていて、逃げ場なんて無かった。
「だい…じょうぶ…です。ちゃんと、パパとママに、おわかれをいいたいから」
「わたしも、だいじょう…ぶ。さいごに、パパとママに…」
二人とも、幼いながらに覚悟は出来ていた。
「そうか…じゃあ、行くよ」
そう言ってノームは歩き出し、私たちもそれに続く。
「え…」
「なに…これ…?」
村に入ると沢山の建物が倒壊していて、ところどころ酸にとかされたような痕や燃えたような痕など、様々な傷跡が残っていた。
「ぜんぶ…なくなった…」
私は動けなかった。生まれた時から住んでいた村の変わり果てた姿に、悲しいのか、怒っているのか、恐怖しているのか、つらいのか、色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った目を向けて固まっていた。
「もう、なんにも、ない?」
声が聞こえて目線を横にやると、ネルも私と同じような目を村の跡に向けて立ち尽くしていた。
「二人とも、おいで。こっちの建物に、全員の…あー…亡骸があるよ…」
しばらく固まっていると、ノームに呼ばれた。ノームがこっちだと指差したのは、逃げろと言われた、あの集会場と言う建物だった。
「うん…」
「いま…いく…」
ノームに呼ばれて固まっていたのが溶け、ネルが転ばないように手を繋いで二人でノームについていく。
「…最後に聞くよ。覚悟はいいね?」
集会場の扉の前まで来てノームに問いかけられる。今もまだ、村のみんなは、パパやママは、もしかしたらどこかで生きているんじゃないかと信じたい。しかし、もう誰も残ってはいないのだ。それを理解できてしまったのだ。覚悟なんて無いし、受け入れたくも無い。でも、最後に一言ぐらい、お別れを言いたい。
「…うん」
「…はい」
ネルも同じようでしっかりと大丈夫だと言えていた。
「…分かった。じゃあ、開けるよ」
返事を聞いたノームは集会場の扉を押し開き中に入っていく。私たちもそれに続いて中に入ると、凄惨な光景に足を止めてしまう。
「う…うぷ…」
中にはおびただしい量の屍が安置されており、そのすべてが見知った顔だった。泣きそうになって気持ち悪くなってしまう。
「う…ウルカ、だいじょ…う…ぶ?」
ネルは一瞬気持ち悪そうにえづいていたが、すぐにこちらのことを気にかけてくれた。私なんかよりずっと強い。
「だ、だいじょうぶ。…ネルは?」
「……だいじょぶ」
無理しているのはお互いに分かり切っているが、今は大丈夫ということにして建物の奥に進む。
「あ…」
「あぁ…」
部屋の奥に進むと、それぞれの親の、パパとママの屍があった。体中に傷があったが、顔がある程度無事だったので判別できた。判別できてしまった。
「うあぁ…あぁ…うあああぁぁぁ!!」
「うっ…ひぐっ…うああぁ…うあああぁぁぁぁ!!」
顔が分かってしまっては、もうもしかしたら生きているかも…なんて思うこともできない。今までどこか現実感の無かった、大事な人が死んだという事実を、目の前の屍が物語っていた。
私も、ネルも、顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
「ひっぐ…うっ…」
お互いを握る手に力が入る。
「なんで…なんでぇ…」
村のみんなが、パパやママが、いなくなるなんて想像したことも無かった。
「…ガイア、僕らのやり方になるけど、祈ろう。あの子たちの親が、いつかどこかで幸せに終われるように」
「そうね…あの子たちも、いつかまた、会えるといいわね」
「ああ…いつか、幸せだったって、自慢しに行けると良い」
泣いていてよく聞こえなかったがノームとガイアが何か喋っていた。ただ、話している内容は分からなかったが、どこか温かい感じがした。
※
「…二人とも、大丈夫かい…?」
しばらく泣き続けた時、ノームにそう言われる。
「ひっぐ…う…うん…」
「大…丈夫」
まだ完全に泣き止んだわけでもないし涙も止まる気配を見せないが、一応普通に返事ができるくらいにはなっていた。
「これから彼等、ウルカちゃんとネルちゃんのパパとママも含めた、村の皆を埋葬する。棺に入れて土に埋めて、休ませてあげるんだ」
埋葬と言われてもよく分からなかったが、休ませてあげるというのならそうしてあげたいと思った。
「さて…『やろうか、ガイア』」
「ああ、『やるぞ、ノーム』」
「え…?なに?」
「なんか、ふしぎなかんじがする…」
何が起きているか具体的には分からないが、ノームとガイアの二人が何か不思議な雰囲気に包まれた。
「あー、僕は精霊って言ってね。何て言うか、不思議なパワーを持った人みたいな感じだよ」
「ちなみに私は何もない普通の人間だよ。ノームと契約…約束してるだけのね」
「そう…なんだ」
「すごい…」
不思議がっていた私たちに軽く解説をした後、二人は集会場の外に出て何かを始めていた。
「「【大地操作】」」
二人が声を合わせて何かを言うと、地面がところどころ沈下していき、村の人の人数分の墓穴が掘られた。
「【岩石招来】」
「【岩操削】」
今度はガイアの声に合わせてそこらじゅうから大量の岩が集まってきて、ノームがそれを加工して人数分の棺が完成する。
「「【大地操作】」」
地面が隆起してうねりだし、遺体を棺に納めていった。大地の蠢きはとても大きいものだったが、その上で繊細で数多の遺体全てに新たな傷が増えることは無く、またノームの言う「不思議なパワー」のおかげなのか、遺体をどこか温かい何かが包んでいく。
「二人ともおいで。パパとママにぐらい、最後のお別れを言っておきな」
「あ…はい」
「いってきます」
棺の蓋が閉められる前にノームに呼ばれてそちらに向かう。さっきまで泣きじゃくっていて何も言えていなかった。
「パパ、ママ、また、あいにいくからね」
「パパ、ママ、いつかまた、いっぱいおはなし…しようね」
「「さよなら…」」
最後に言いたい事など何も思いつかなかった。本当なら、最後なんかじゃなくて、もっといっぱい色んなことが言えたはずなのだ。
「うん…【大地操作】…」
棺が閉じられて土に埋められる。
「きっと別の宗教なんだろうけど、気持ちとして受け取ってくれ………神父ノームの名において請い願う。死した御霊が神の御許に参れるよう、次なる世にて幸福であるよう。ああ、神よ、ああ、自然よ、哀れなる魂を、真世で救われますように…」
すべての棺が埋まり、何も書かれていない空白の墓標が立ち並んだところで、ノームが手を合わせて歌うように何か言っていた。それを言い終えた後、ノームとガイアは目を閉じ手を合わせ、祈り続けていた。
「…ねえ、ノームさん、パパとママに、またあえるかな?」
「…ああ、絶対会えるよ。だからその時は、こんなに幸せに生きたんだ、皆の分まで頑張ったんだって、自慢しな。自慢できるように、精一杯生きな」
「…うん」
帰っているときに、ふとノームに聞いてみる。また会えると、そういってもらえただけで嬉しかった。
無意識にネルの手を握る力が強まり、ネルもそれに合わせてぎゅっと握り返してきた。




