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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
20/138

20 格闘術

「いただきます」


 リルの持ってきたものは米という食材が鶏肉や魚介と共に炒められたもので、パエリアというらしい。


「ん!美味しい」

「ならよかったよ。作った甲斐があるってもんだ」


 食べる前から良い香りが広がっており、魔女の体でさえ食欲がそそられる。なかなか強い味付けなのだが食材一つ一つを殺さずに活かしきっていて、貝や海老は食感が最高で、鶏肉は口に入れると旨みだけをを残して崩れていく。全ての基礎となっている米は、元々が淡白な味なのか味付けを吸収して食材の調和を引き出している。


「やっぱり美味しい。リルの料理は世界一だね」

「やめな。なにも出やしないよ」


 またエギルが誇らしげにリルのことを語っていた。


「はあ…で、午後はどうするかい?魔力も結構使ったみたいだし、体術の訓練でもするかい?」

「そうですね、わかりました。体術の訓練をお願いします」


 半分ほど食べたところで午後の方針が決まり、体術の訓練となった。私は格闘なんてやったことないので、ちゃんと教えてくれるのは嬉しい。


「じゃあまた私が教える感じかい?」

「まあそうなるかね。あたしは裏で畑の手入れでもしとくよ」


 どうやら体術はリルよりエギルの方が得意らしく、午後はエギルに教えてもらうことになった。


「じゃあ、始めようか」

「はい」


 食べ終わって庭に出ると、早速修行が始まった。


「昨日見た感じだと、ウルカは格闘は素人かい?」

「はい。そうです。魔力で身体強化してフィジカルでなんとかしてました」

「ああ、多分B+程度の魔物までなら力押しでどうにでもなるだろうね」


 実際ブラックオーガ程度ならどうにでもなっていたので、その見立ては正しかったりする。


「ああ、聞いておきたいんだが、昨日戦った時に魔力の身体強化が限界に達してたと思うんだが、そこからさらに強化したのはどうやったんだい?」

「ああ、あれですか。あれは魔力で炎を起こすのを途中で止めて熱だけを発生させて、そのエネルギーで強化してたんです」


 熱の強化についてカラクリを聞かれる。


「そういうことだったのか…聞いたこと有るような無いような…わかった。じゃあ多分他の精霊術師や魔族と比べても近距離戦は強くなれそうだね。多分、基礎を覚えたら後はフィジカルで圧倒していく戦い方が良さそうだ。そこに魔術も組み合わせればもっと強くなる。

「そうなんですか…わかりました」


 確かに炎属性でなければ熱の強化なんてできないし、できたとしても魔女の肉体だから壊れずに長く使えてたりするので、私は術師の中で近距離に強い方なのかもしれない。


「じゃあ教えていくよ。まず、私とリルの使う格闘術だが、基本的に二つの目的がある。最小限の動きで敵の攻撃をかわすことと、最小限の動きで最大のダメージを与えることが目的の技術だ。効率的に殺すための技ってことだ」

「なるほど」

「敵の攻撃をかわす方は慣れと経験が一番大事だからあとで練習しよう。まずは攻撃のほうだ」


 エギルは庭のはじから的を持ってきて立てながらいった。


「全力で攻撃してみるんだ。的は消し飛ばして構わないよ」

「はい。すうううぅぅぅぅぅぅぅぅ…はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ…。行きます」


 魔力と熱で最大限身体を強化して構える。


「おりゃあああ!!」


 振りかぶって的を思いっきり殴る。木でできていたらしい的は粉々になって飛んでいった。


「うん、ありがとう。今から教えるのは、今のウルカの動きから無駄を取り除いていくことだ」

「わかりました」

「まず、余計な力が入りすぎだよ。思いっきり力んだところで結局そんなに力は伝わらないから適度に脱力して最高速度を出すのが大事だ」

「はい」


 エギルは教えながらもう一つ的を持ってくる。


「今度は両腕を完全に脱力させたところから攻撃するんだ」

「はい。おりゃあっ!」


 今度も的は粉々になったが、さっきよりも力が入っていないような違和感がある。


「最初だし違和感があると思うけど、脱力っていうのが大事なんだ。攻撃の当たる瞬間だけ力が入っていれば良い。もう一回、今度は的に拳が当たる瞬間だけに力を入れるんだ」

「はい」


 エギルはまた新しい的を持ってきて私の前に置く。私は構えてもう一度殴りかかる。


「おりゃああっ!!」


 最後の一瞬だけ力を込めるように意識して殴る。すると、今度も的は砕け、今度は力の入った拳が綺麗に入った感覚がある。


「うん。なかなか筋がいい。今の一撃、最初の一撃と火力に大した差はない。脱力したところから動き出しているから相手に動きも読まれにくいし技のスピードも上がってる」

「なるほど」


 意識だけで結構変わるもので、人を誤魔化すために始めた格闘だが、練習すればもっと強くなれそうだ。


「今のでわかったと思うけど、意識して欲しいのは二つだけ。脱力して最高速度で動くことと、インパクトの瞬間や切り返しの瞬間の要所でだけ全力で力を込めること。この二つだ。これは守りでも変わらないし絶対忘れないように」

「はい」

「まあ、これが基本だ。攻撃のかわし方を覚えたら軽く戦って実戦で覚えてもらう」


 リルとエギルの使う格闘の基本は簡単で、そこそこ早くできるようになった。しかし、これを極めるというのがはるかに遠いことを、しばらく練習している最中に気づいた。


「一旦切り上げて次に行こう。次はかわし方だ。やることは簡単で、攻撃を紙一枚程度の差で避けるんだ。姿勢を大きく動かさないことで次の行動に繋げやすい。まあ、敵の攻撃の性質が特殊な時や不意打ちを食らった時なんかは別だけどね」

「わかりました」


 しばらく攻撃の練習をしているとエギルがそう言ってくる。


「そうだな…【雫玉】当たっても怪我をしない水の球だ。一度これでやってみようか」

「はい」


 エギルは簡単に説明をした後水の球を生成師、そのまま練習に入ることになった。


「じゃあ行こう。だんだんスピードを上げていくから対処していくんだ」

「お願いします」

「はっ!」


 エギルはすぐに球を発射してくる。最初のスピードはゆっくりなもので、そこらを飛んでいる小さな鳥程度の速さだ。思ったより速かったが、魔女の肉体であれば余裕で対処できた。


「【雫球】今は身体強化してないみたいだけど、それでも結構対処できているね。なら思っていたよりもスピードを出して大丈夫そうだね」


 エギルは追加の球を生成しながらそう言ってスピードを上げてくる。それでも《強化感覚》のおかげもあって、身体強化しなくてもまだまだ余裕だ。


「一気にスピードを上げるから身体強化した方がいい。行くよ」

「はい。すううぅぅぅぅぅ…」

「よし。【雫球】」


 エギルは私が身体強化をしたのを確認して、球のスピードをさらに上げてくる。まだ熱は使ってないが強化の効果は絶大で、球のスピードは上がっているがこれまでよりも余裕ができた。


「流石だ。どんどん行こう」

「はい」


 エギルはさらに球のスピードを上げてくる。


「はぁ、はぁ…」

「余裕が無くなってきたか。もう少しやったら一旦止めよう」


 しばらく続けていると少しずつ余裕がなくなってくる。熱を使えばまだ強化できるが、細かい動きの制御はできない上あまり長い時間使えないので今は使わないことにして続行する。


「はい」

「うん。行くよ。【雫球】」

「くっ…」


 エギルは球を追加して打ち出してくる。余裕が無くなってきて少しずつ判断が遅れてくるようになり、動きが大きくなったり避けきれずに当たってしまうようになってきた。


「…それじゃあ終わりにしようか」

「はぁ、はぁ、ありがとう、ございました」


 何発か食らったところでエギルからストップがかかり、避ける練習は終わりになった。魔女の体でここまで疲れたのはどこかの盗賊に毒でやられた時以来かもしれない。


「思ったより疲れているんだね。身体強化のもう一段上を使うと思ってたんだが、何か理由があるのかい?」

「はぁ、ふうぅ…。えっと、熱まで使っちゃうと細かい動きを制御できないしあんまり長く持たないんです。だから使わなかったです」

「ふむ。そういうことか。そうだね、今日は終わりにしよう。本当はこの後軽く模擬戦でもしようかと思っていたが、大分疲れているようだし今日は休んだ方が良い。別に一日や一週間で完成させなければならないほど差し迫っている訳ではないのだろう?」

「はい。わかりました」


 荒かった息がだんだんと治まってきて、普通に返事ができた。そういえば教会を潰すと言っても期限とかは考えていなかったし、どうした方が良いかわからない。


「しかし悪かったね。熱を前提としたスピードを出していたよ。本来避け切れるはずも無いスピードだった訳だし、疲れるの当たり前だ」

「いえ、先に言ってなかったこっちのせいです。それに熱まで使った身体強化も制御できるようにならないといけませんし」

「そうかい?ああ、それじゃあ明日はその熱の制御の練習もしよう。今日やった脱力と回避の練習をした後熱の制御の練習をしようか」

「わかりました」


 家に戻りながらそんな会話をする。今の実力じゃA+だというリルとエギルにも勝てないし、Sに区分されている聖女やら聖騎士団長やらに勝てる訳もないので、いずれは熱の身体強化も制御できるようにならなければならない。


「ああ、戻ったのかい」

「そっちは?」

「あたしも今戻ったとこさね」


 家に戻ると裏の畑に行っていたリルも戻っていた。


「じゃあ私は夕飯を作ってくるよ」

「ああ、頼むよ。ありがとうね」


 エギルは家に戻ってそのままキッチンに消えていった。


「格闘の訓練はどうだった、ウルカ」

「すごく有意義でした。私が素人なのもあると思いますけど」

「そうかい。なら良かったよ」


 エギルを待っている間にリルに格闘の話を聞かれた。今日の昼まで素人で強化した肉体で無理やり戦う、と言うことぐらいしか出来なかったが、今日の基礎の訓練だけでものすごい前進した実感がある。ずっとこのペースで、という訳にはいかないだろうが、まだまだ強くなれそうだ。


「明日も午前と午後で魔術と格闘をやるかね。ああ、明日は動物の練習をした後ちょっと教えたいことがあるから楽しみにしときな」

「そうなんですか?分かりました」


 明日の魔術の方の訓練で何かやるらしく、少し楽しみだ。


「まあ、今はいいさね。魔力操作の訓練だけやったら今日はゆっくり休みな。席座って待ってようじゃないか」

「はい。エギルさんも料理得意なんですか?」


 リルに促されて食卓の席につく。リルがエギルと交代で料理していると言っていたし、二人ともできるのだろうが聞いてみる。ネルと暮らしていた時はネルに任せっきりだったし二人ともできるのはなかなか凄い。


「ん?ああ、あいつは上手いよ。あたしなんかより全然ね。いつもあたしのことを褒めてくれるが、料理はあいつの方が得意だね」


 リルが得意げに言う。


「そうなんですね。リルさんも凄い上手なのにそれより上手いんですか?」

「あたしは別に上手かないよ。生きてる時間が長いからね。やってりゃ誰でもできるようになるさ。まあ、そんなんだから当然あいつの方が上手いよ」


 リルは謙遜しながらそう語った。確かに自分のことを長命種(エルフ)だと言っていたし、長いこと生きているのだろう。今いくつなのだろうか。


「待たせたね。できたよ」

「お、できたかい」

「ありがとうございます」


 しばらく雑談しているとエギルがキッチンから戻ってくる。


「簡単なもので悪いね。まあそこそこのものにはなっていると思うから安心してくれ」

「いただくよ」

「いただきます」


 珍しくお腹の減っていた私は、運ばれてきた料理を食べ始めるのだった。

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