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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
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2 仇の聖騎士

 少女の無かったはずの魔力が燃え上がる。


 愛する少女を、自身に残った最後の大切なものを奪われた少女は、怨嗟の炎に身を焼かれ、その存在を魔に堕した。


 皮肉にも、本物の魔女は、魔女狩りによって生まれてしまったのだ。


 魔女は、その身を燃やす怨嗟を晴らすために進む。その復讐を果たさんと行動を起こす。仇敵を討たんと空を飛ぶ。


 魔女の眼下に広がる村では、愛する少女を奪った聖騎士が、それに手を貸した者どもが、祭りのように騒いでいた。


「許さない」


 言葉が口をついて出る。


 私から全てを奪った奴が幸せそうにはしゃいでいる。そいつに手を貸したクズ供と一緒にお祭り騒ぎだ。見ているだけで怒りと憎悪がこみ上げてくる。


 奴らの声が聞こえてくる。


「しかし、意外と早く見つかりましたね。もっとかかると思ってましたよ」

「そうだな。だが、それも君たちの協力のおかげさ」


 早く見つかるのなんて当たり前だ。別に隠れていたわけでも無ければ隠れる理由も無かったんだ。


「それに、魔女だ魔女だって騒がれてた割にはあっけなかったですね」

「ふむ、私としてもそれは少し気になってな。抵抗する気配も無かったからな。まあ、聖騎士相手に抵抗するだけ無駄と思ったのかもな。ハハハッ」


 弱いに決まってる。彼女は戦闘なんてしたことが無いどころか、運動すらたまの散歩だけだったのだ。


「そうですねえ…でも、これで安心です。もう魔女に怯えなくて済みます。ありがとうございます、聖騎士様」

「なに、当然のことをしたまでさ。礼には及ばん」


 何が「もう魔女に怯えなくて済みます」だ。もともとそんな脅威は存在してなかっただろうが。


「ああ、反吐が出る。死ね」


 言葉と同時に手に集まった魔力を殺意と共に一気に解放する。これまで使ったことのない力のはずなのに、不思議と使い方が分かる。


 解放された魔力は巨大な火球となり、バカ騒ぎしているクズ供の頭上で弾け飛んだ。弾けた炎は雨となり、村の全てを燃やし尽くそうと降り注ぐ。


「な、何事だ!?炎の雨だと!?ぐあぁ!」

「な、何が起きているの!?ぎゃああ!あづい゛!!」

「な、なんということじゃ…火が降るとは…この世の終わりじゃあ…ああ、神よ…」

「うわぁぁぁぁぁあづいぃぃぃぃぃ!ままぁぁぁぁぁ!」


 老若男女、村にいた全ての人々が炎の雨に打たれ、焼けていく。叫び、逃げ惑い、中には祈り始める者もいる。奴らの焼けて苦しむ様を眺めるのは非常に痛快だが、心の内の怨嗟が晴れることは無かった。


「ん?ああ、逃げちゃだめだよ。ちゃんと焼けて、苦しんで、それで死んでくれないと」


 肉の焼ける匂いが空まで漂ってくる頃になると、現状を理解できずとも、逃げなければならないことを感じた者が現れ村の外に逃げようとしていた。当然逃がすつもりは無いので、手を前にかざして火球を生成して打ち出す。思ったよりスピードが出たので、燃える前に火球の当たった場所の骨が数本折れたかもしれない。まあ骨が何本折れようが結局死ぬことには変わりないので、村の外に逃げようとする輩にはどんどん火球を打ち出していった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛」

「う゛う゛あ゛あ゛」


「くっ、いったい何が起きていると言うんだ!?」


「あの聖騎士、炎の雨は防げたんだ。…変なことする前に殺すか」


 悲鳴が聞こえなくなり、うめき声しか聞こえなくなってきたころ、炎の雨が止んだ。すると、燃えて倒壊した建物の影から雨を防ぐのが精一杯だった聖騎士が這い出てきた。奴がネルを殺した張本人だ。逃がすつもりは無い。ちゃんと自分の手で殺すためにも、私は聖騎士の前に降り立った。


「なにっ!?貴様空からっ!?何者だ!!」

「はじめまして。私はウルカ。あなたと、あなたの魔女狩りが生んだ魔女。…じゃあ、死んでね」


 問答に付き合うつもりは最初から無いので、言葉と同時に火球を生成して打ち出す。


「魔女狩りが生んだ?何を言って…くっ、『聖典よ、我に力を与え給へ』!!」


 何やら叫ぶと剣が光りだし、そのまま火球を切り払ってしまった。


「何者か知らんが、貴様、本当に魔女なのだな!?まさかこんな辺鄙な村に2人も魔女がいたとは…。いいだろう!この聖騎士ハrなに!?【聖盾】!」

「防げるんだ。何か知らないけど魔術みたいなものを使うんだね」


 なんか喋ってたから防げないと思って炎の刃を飛ばしてみたけど、突然光の盾が出てきて防がれてしまった。


「貴様、名乗りの最中に攻撃するとはどういうつもりだ!聞k」

「うるさい、死んで。」


 ごちゃごちゃうるさいので今度は火球を5個作って聖騎士の周りから打ち込んでやった。


「【聖盾】!ぐうぅぅ!ぐはあっ!」


 また妙な防御術を使われたけど、今度は攻撃が通ったみたいだ。しかし、ダメージは負っているように見えるが、鎧にも本人にも傷はついていない。あの聖盾とかいう防御術が突破できていないようで、見た目に反して随分厚い盾のようだ。どうしたものか。


「貴様ぁぁぁ、いい加減にしろぉぉぉ!てやぁぁぁぁ!!」

「くそっ!早いっ!はあぁぁぁぁ!」


 少し考えていると、喋るのを邪魔したのに怒ったみたいで今度は攻勢に転じてきた。新しい力の使い方は分かっても、接近戦などやったことが無いので防戦一方に追いやられてしまう。それだけでなく、私は奴のような便利な防御術なんてものは持ち合わせていないので、攻撃を防ぐ手段が少なく確実性も無い。剣撃に火球を合わせて無理やり弾き飛ばして防いではいるものの、少しづつ体に傷が刻まれていく。


「くぅぅぅっ。なにっ!?」


 聖騎士は攻撃の手を緩めることは無く、傷は増え続けていく。こちらの体勢が大きく崩れたところで、私は聖騎士の先程までとは違う動きを察知する。


「ここだあぁぁぁ!!【聖撃】ぃぃぃ!!」

「はあぁっ!…がはあぁっっっ!!」


 今度はさっきの盾と同じ技術と思われる強化された斬撃を放ってきた。火球をぶつけて防ごうとしたが、火球ごと切られてそのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。


「逃がさんぞ、貴様ああぁぁぁぁ!!聖騎士たるこの私への狼藉、許さんぞおおぉぉぉぉ!!」


 私が吹き飛ばされて距離が空いたのを見て、聖騎士は叫びながら私の方へ走ってくる。

 距離が空き少しだけ猶予がもらえたので、呼吸を整えて手に魔力を集めながら考える。今度は弾き飛ばされないように防御する。あの盾を破る方法も思いついた。


「食らえぇぇぇぇい!!【聖撃】ぃぃぃ!!」


 私に斬撃が届く範囲にくると、聖騎士はすぐさまさっきの斬撃を放ってきた。私はそれを防ぐために、手の中の魔力を解放する。


「…そう。もう少し、村の人に何をするんだ、みたいのがあると思ってたけど、違うんだね。狼藉って。まあ良いけどねっ!はあぁっ!!」


 さっきまでは火球で弾いていたが、今度は剣撃に合わせて炎で壁を展開して防ぐ。魔力の籠った炎壁は、剣を素通りさせることも切り裂かれることもなく衝突し、斬撃から身を守ってくれる。しかし、聖騎士がこんな性格をしているとは。こいつの人格が自己中なクズなことが分かってきて憎悪がさらに強まる。


「今度はこっちの番!おりゃあぁぁぁ!!」

「ぬうぅぅん!【聖盾】!ぐうぅぅぅ…がはあぁぁぁぁ!?」


 炎壁が消えた瞬間、手の中の残った魔力を解放し、今作れる一番強い火球を生成する。そしてそれを至近距離で炸裂させて巨大な爆炎を叩き込む。爆発を相手の方に向けているので自分は無傷だ。

 バキィィン、と音を立てて光の盾が崩れる。どうやら許容範囲を超える火力をしっかり出すことが出来たようだ。大分脳筋な方法だが、盾は火力で押し潰せた。

 聖騎士は、その反動で大ダメージを受けていた。


「今!!おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」


 その隙を見逃さず、炎で槍を作り、空から爆炎と共に心臓を鎧ごと貫く。


「ぐうぅぅぅ【聖jごふぁぁぁあああああ!!」


 じゅぅぅぅと肉が焼け焦げる音が聖騎士の心臓の辺りからして、聖騎士は思いっきり血を吐いた。


「はあ、はあ、…倒した…」

「ごふっ、ごふぁっ…待て、こ、殺すんじゃない!私を、聖騎士である私を殺せば教会の上層部が黙っていないぞ!私の死はすぐに知られ、貴様はすぐに討伐される!私以外の聖騎士を殺したとて最後には聖女様や聖騎士団長様がくるのだ!今、今私を見逃せば貴様のことは黙っておいてやる!だからああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 未だ消えない炎の槍によって地面に縫い付けられたまま焼かれ続ける聖騎士は、無様にも命乞いをしてきた。耳障りなので、口の中に小さな火球を放り込んで黙らせる。すると聖騎士はすぐに喉を焼かれて喋れなくなり、呻くことしか出来なくなった。気付けば最初の雨で焼いた人々はもうすでにものを言わない人型の黒炭になり果てていた。


「最期は命乞いか。醜いね…偉そうだし。ああ、大丈夫。上層部が来ても、ちゃんとそいつらも殺すから。ネルを殺したお前も、喜んだこの村の人間も、指示した教会の人間も、同罪だよ。私も、今すぐ聖女やら何やらを殺せるとは思わないけどさ、ちゃんと殺せるようになるよ。だから、大丈夫。」

「な゛…ぐ、狂っで…あ゛あ゛あ゛あ゛う゛う゛」


 もううめき声しか上げない聖騎士を、追加で両手両足にも炎の槍を突き刺して地面にさらに強く縫い付けてやる。人間のものとは思えないような、苦しみと怒りと痛みと熱で歪んだ顔も、肉の焼ける匂いを出し、パチパチと火花を上げながら、すぐに黒炭へと変わっていった。追加で炎槍を突き刺したのもあって、他の死体よりも早く炭に変わっていった。


「狂ってる、ね。そんなの自分が一番わかってるよ」


 聖騎士の言葉を反芻して自らを顧みる。この村の人とはそれなりに仲良くしていたし、それを皆殺しにして罪悪感どころか小さいとはいえ達成感のような物を感じているのは、自分でも頭おかしいんじゃないかと思う。しかし、どれほど考えても「ネルを殺されたんだし妥当。ていうか甘いくらい」という思いを自分で覆せなかったし、思考を中断した。


「私の心は、少しぐらい晴れたのかな」


 周りを見渡してみる。


 家が、店が、教会が、燃えていた。

 そこら中に、黒く炭化した元人間が転がっている。

 村…元村は、そこにあった全てが焼けてなくなった。


「ねえ、ネル。ネルは優しいから、復讐とか、仇討ちとか、望まないかもね。それなら、ごめんね。でも、私も、私が止められないんだ。さっきの聖騎士が、教会とか、上層部とかって言ってたっけ。私は、まずナート教を潰すよ。それで、もし神がいるなら、そいつも殺すよ。ネルのためとは言わないよ。私が、私からネルを、日常を、全てを奪った奴らを許せないんだ。私は、私のために、復讐する。それに、今の私は、きっと、たぶん、人間じゃない。心の奥底から怨嗟が、憎悪が、湧き上がってきて止まらないんだ。その感情が原動力になって、生きてる生き物なんだ。私の本能が、その怨嗟を晴らせって言って、言うことを聞かないんだ。だから、もう復讐しか、私に道は残ってないんだ。ねえ、ネル、もし、私の心が晴れたら、全部やり切ったって言えるようになったら、そっちに行くよ。その時ネルは、何て言うのかな。怒るかな。それとも口も聞いてくれないかな。どうなんだろう。わかんないや。ねえ、ネル、愛してるよ。君が死んでも、私が死んでも、これだけは、ずっとずっと、変わらないよ。ねえ、ネル、すぐそっちに、行くからね…」


 誰にでもなく、私は話す。


 私は、胸元の、形見となってしまったペンダントを、ぎゅっと握りしめて、かつて村だったその地の真ん中で立ち尽くしていた。


 いつの間にか雨が降りだしていて、村を燃やしていた炎は消えていた。


 私は、ずぶ濡れになったままで、立ち尽くしたまま動かなかった。


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