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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
17/138

17 お婆さん

「よお、ウルカ」

「あ、シールくん。ユラちゃんも」


 今日も依頼から帰ると2人に出会う。昨日一緒にご飯に行ったばかりだし、最近はよく会う。


「依頼終わりか?」

「うん。そっちは?」

「まあこっちもそんなもんだ。今日も飯でも行くか?」

「いいね」


 お互いに依頼終わりのようで、これから暇なので一緒にご飯に行くことになった。少し雑談をしていると、気になることを言われた。


「ウルカ、今日聖騎士がこの町に来てるんだって。知ってた?」

「…聖騎士?」


 聖騎士がこの町に来ていると言うのだ。私が聖騎士を殺して一ヶ月以上経つし、不審に思って追加で派遣したのかもしれない。ナート教の本拠地である神聖国からこの町までは馬車で大体二週間だといった距離感だし、来るのなら妥当な時期だ。しかし奴らの関係者にこんなところで会えるとは。どこか隙を見て殺さなければ。


「おーい、大丈夫か?」

「どうしたの?怖い顔してる」

「…ああ、ごめん。なんでもないよ。そんな怖い顔してた?」


 いつもより強い殺意に思考が呑まれかけたが、2人に声をかけられ正気に戻る。


「…ごめん、今日はちょっとやることあったの思い出した。ご飯いけないや」

「そうか?まあしょうがねえな。じゃあまた今度な」

「残念。また今度」

「うん。また」


 今日は聖騎士を確認しに行くことに決め、2人には悪いがご飯に行くのは断ることにした。2人に別れを告げ、とりあえず町の教会の方へ向かう。


「教会か…聖騎士ならそこに居るんだろうけど大丈夫かな。暴走していきなり暴れ出したりしないと良いけど」


 町の教会には最近行っていない。この町に来たばかりの頃に一度だけ行ったのだが、すぐにでもぶっ壊してやりたくなってしまい、破壊衝動が抑えられなくなる前にその場を離れたのだ。怨嗟や憎悪が暴走しかけるようになってからは尚更行けてないので、今日で2回目なのだ。


「えっと、この道の二番目の角を曲がって少し行ったところだよね」


 道を確認しつつ進む。教会はすぐに見えてきて、今日は入り口にたくさんの人が群がっているのが見えた。


「諸君、私はこの町の先にある山で確認された魔女討伐の応援に来たものだ。これまで魔女の悪行に悩まされて夜も眠れぬ者もいただろう。しかし、この私が来たからにはもう安心だ。私必ず魔女を討伐してみせよう!」

「おおー!!」


 近づくと件の聖騎士が演説をしていた。姿を確認し演説を聞くと、怨嗟と殺意が湧き上がってきて制御できなくなる。


「お前らの追っている魔女なんて存在しなかっただろうが」


 乱暴になった言葉が漏れ、手に魔力を集め始める。こんな衆人環視の中暴動を起こすのも戦闘するのも愚の骨頂だが、感情が暴走し体の制御が効いていない。まずい、と思っている部分も存在するが、そこももう殺意に呑まれそうになっている。


「死んで…」

「何やってんだい」


 炎の槍を生成しようとした時、突然肩に手を置かれ、我に帰る。


「っ!!……誰?」

「まあ待ちなさいな、嬢ちゃん。まずはあんたが何をやっていたか、もしくは何をやろうとしていたかを聞かせて欲しいもんだね。…ここじゃ何だ。一回家に来な」


 振り返るとそこには1人のお婆さんが煙草の火を燻らせながら立っていた。お婆さんと言っても背筋はピンと伸びていて力強い空気を纏っている。さらに、おそらくこのお婆さんには聖騎士に攻撃しようとしていたのがバレている。少し冷静になったのもあり、感情の暴走が少し収まって魔力を引っ込めることができた。


「…分かりました。行きましょう」

「素直で宜しい。じゃあ、行くかね」


 ここは素直に従うことにして彼女の家に向かう。下手に逆らえば最低でも大規模な戦闘をする羽目になりそうな上、普通に負けかねない。彼女にはそんな強者独特の雰囲気があった。


 町を出ていつもの森とは反対方向にしばらく歩くと、ちょっとした丘が見えてくる。彼女の家はその丘の上にあり、家自体は大きくないが周りに小さな畑などがあってかなりの敷地を占有していた。


「家が町の郊外でね。長く歩かせて悪かったね」

「…」

「返事ぐらいしてくれても良いじゃないか、魔女さんや」

「!?!?」


 彼女の家に入るとソファに座らされ、質問される。それに答えず少し考えていると、魔女と呼ばれ大きく動揺してしまう。


「その反応は当たりみたいだね。本当に魔女だったとは」

「くっ…」


 気付かれていたのなら仕方ないと、戦闘体制に入り、いつでも戦えるように準備する。


「はぁ……別に戦おうってわけじゃないんだ。その魔力を消しておくれ」


 戦闘体制に入ったことだけでなく、手に集めていた魔力にも気づかれていた。魔力は本来感知し得ないはずなのだがどう言うことなのか。


「…何が目的?」

「別に大した目的なんてないさ。何者かがでっかい魔力を練ってるのを感じたから止めただけさね。後はまあ、最初に言った通り、目的を教えてくれると嬉しいね」


 このお婆さんは見たところ人類のようだしなぜ魔力に気付けたのかわからないが、何かの技術かスキルを持っていてそれを使ったのだろう。


「見た目は人類みたいだし、私を教会にでも売るつもり?」

「…それも有りだね。だがまあ、あんまりそうする気は無いねぇ。静止を聞かずに攻撃してきてたら別だが、あんたはそこで止まった。教会は個人的に嫌いだし、奴らに協力してやるつもりはさらさら無いね」


 教会に渡すつもりがないのは非常に嬉しいが、結局何者かわからないし敵かの判断がつけられない。


「じゃあ、何者?」

「あたしはリルってんだ。エルフの精霊術師だよ。多分あんたが気になってるのは魔力を見られたことだろう?精霊と契約してるあたし達精霊術師は魔力を感知できるんだよ。だから、あんたが何かしようとしてるのを見つけられたって訳さ」


 お婆さんは耳にかかったグレーの髪をかきあげながらリルと名乗り、魔力が見えたからくりを教えてくれた。長く尖った耳が彼女がエルフであることを証明していた。エルフは長命でしかも老化が始まるのが遅いと言うし、老人の見た目をしたこの人は相当長く生きていそうだ。


「エルフ…」

「あんまり驚かないんだね」

「…昔に一度だけ見たことが」


 2、3年前に一度だけ見たエルフを思い浮かべてそういう。ただ、あの人は大分エルフのイメージとも目の前のお婆さんとも似ても似つかない強烈な人だったが。


「そうかい。まあ、あたしのことはどうでも良いんだ。あたしは色々教えてやったんだから、今度はそっちの番だと思うんだけどね。どうだい」

「…分かりました」


 嘘をついている雰囲気もないし、教会が嫌いだというのが本当なら私のことを教えても大丈夫だろう。きっかけなど、話したくないところはぼかしながら自分のことを話し始める。


「一応ですが、他言無用で。理由は言えませんが、私は教会に恨みがあって教会を滅ぼすつもりです」

「へぇ…あの黒い雰囲気は恨みから来ていたのかい」


 他言無用なんてものは彼女が敵なら守られるはずもないが、言うだけ言っておく。教会を滅ぼす、と言えばもっと驚くと思っていたが、彼女の反応は思っていたよりも薄かった。


 話し始めた時に、家の裏口が開き誰かが入ってきた。


「なんだ、帰ってたのか。それなら一言声を掛けてくれれば良い…おや、その娘は?」

「裏の畑にいたのかい?この娘はちょっと面白そうだから呼んできたんだよ。ああ、こいつはエギル。あたしの契約精霊で夫だよ」

「面白そうとは…誘拐まがいのことはしてないだろうね」

「はっはっ。当たり前さね。ちゃんと穏便に連れてきたよ」


 入ってきた人物は髭を生やして綺麗な青い目をした、温和そうな老紳士だった。エギルと言う精霊らしいが、精霊というものがここまで人間に近い見た目をしているとは思わなかったので少しびっくりした。


「うちのリルがすまないね。君はコーヒーと紅茶ならどっちが好きだい?」

「…」

「答えときな。100%善意さ」

「…コーヒーです」

「そうか。淹れるから少し待っててくれ」


 リルに促されて答えると、それを聞いたエギルは家の奥の方のキッチンに消えていった。


「あいつは水の精霊でね。水からこだわって淹れてるし技術もあるから良いもん出してくれるよ。期待しときな」

「そうなんですか」


 リルは煙草を消しながらそういう。さっきまでよりも笑みが溢れていて少し自慢げにエギルのことを話していた。


「話の続きはエギルが来てからにしようかね。少し待ってな」

「…」


 少しの間待っていると、カップを三つ持ったエギルがキッチンから戻ってきた。


「いつものコーヒーだよ。…君もコーヒーだったね」

「ありがとさん」

「…ありがとうございます」


 それぞれにカップが配られ、彼自身は紅茶を飲んでいた。


「毒なんて入ってないから安心しな。そもそもあんたを殺すだけなら毒なんて使う必要はないからね」

「…いただきます。…!」


 そう言われ飲んでみると、強い苦味とコクの強い後味、しかし嫌な苦さが舌に残ることは無く、素人の自分でも良いものだと分かる。魔女になって薄れてきた今の感覚を持ってしても、下手な高級品なんかよりも美味しいものだった。


「美味いだろう?うちのコーヒーは世界一だ」

「なんであなたが自慢気なんです?」

「良いじゃないか。自分の夫のことだろう?」


 リルが嬉しそうに自慢する。自分の夫を心から愛して誇りに思っているのが伝わってくる。


「まあ、いいさ。本題に入ろうじゃないか。教会を滅ぼすんだって?」

「!この娘がそんなことを?…それは確かに面白い」

「はい。私は…色々あって教会を恨んでるので」


 最初の本題に戻り、私はもう一度話し始める。


「色々、の部分は話してくれなさそうだね」

「…はい。私が魔女になった原因もそこにあります。ですがあまり話す気はありません。それで、今日あそこで魔術を使おうとしてたのは、魔女になってから感情が制御できないことがあってそのせいです。聖騎士を殺そうとしてました」

「ちょっと待ってくれ、リル、今この娘自分のことを魔女だと言ったか?それに聖騎士を殺すと?」

「ああ、そうだね。ていうか、この娘が聖騎士の前で魔力を練ってたのを見かけたからここに連れてきたんだよ」


 リルが驚くエギルにその時の状況を説明する。


「リルさんに止められなかったらあの場で聖騎士と戦ってたと思います」

「なんと…これは驚きだな」

「面白そう、だろう?」


 エギルはまだ驚いていて、少しの間固まっていた。


「そういや名前は?」

「ウルカです」

「そうか、ウルカって言うんだね。なあ、ウルカ、うちに住まないか?鍛えてやるよ」

「!?何を?」

「そうですよ、リル。突然何を?」


 私は突然のことにコーヒーを吹き出し掛けてしまった。


「何、この娘を気に入っただけさ。それに、教会を潰すってのはあんたも嬉しいだろう?」

「…まあ、そうですが。私たちはとうに諦めてしまいましたが、教会が潰れれば今の世界を少しは変えられるかもしれません。私たちで鍛えるのも良いかもしれませんね」


 エギルも驚いていたが、少し思案して賛成の意を示していた。


「いや、ちょっと何を言ってるんですか!?」

「別に強制はしないさ。ただ、あたしたちなら確実にあんたを強くできるよ。それに、こっちとしても信頼を勝ち取れば、あんたの魔女になった原因ってやつも聞かしてもらえるかもしれないしね」

「私達にも過去に色々あったんだよ。教会を中心に、人間自体が好きではないんだ。個人的な友人はいるがね。教会を潰してくれるなら、この世界を少しは変えられるかもしれないんだ。教会を壊すと言うなら、私たちも君に協力したいんだよ」


 二人とももう迎え入れる気満々のようで、強めに説得してきた。そうやって誘ってくれるのも期待してくれるのも嬉しいが、友人どころでは無い深い関係に恐怖してしまう。


「私は…もし、鍛えてくれるなら嬉しいです。でも、私を引き込むのはやめた方が良いと思います。私が魔女なのがバレれば二人にも危険が及びます。それに、私はすでに、何人も、何十人も殺した殺人鬼です」


 正直に自分の思いを伝える。しかし、二人は笑ってこう答えた。


「そんなことかい。私たちも殺人鬼だよ。それも怨恨で殺したね。戦時中だったから合法にして逃げられたが、やってることは一緒だよ。それにあたしは人間が嫌いだからね。いくら死のうが知ったこっちゃないよ」

「まあ、私も概ね同意見だよ。それに、正体が露呈するのを危惧しているが、今までバレていないんだろう?なら大丈夫さ」

「そう…ですか」


 かなり予想外の回答にびっくりしたが、そこまで思っているならこの人たちに師事することにした。自分の過去を話したり、武力で制圧しようとしないあたり、「世界を変える」というのが具体的にどういうことかはわからないが、信用もできそうだ。


「そこまで言ってくれるなら、お願いしたいです。明日荷物をまとめて宿を引き払ってきます」

「ふふっ。そうかい。待ってるよ。この“水女王(ウンディーネ)”リルが、あんたを鍛えてやるよ。明日を楽しみにしてな」

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