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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
137/140

137 終戦

「ぅ……ぁ……れ……?」


 目を開くと天井がある。見たことのない場所だが、内装から魔王城の何処かのようだ。


「ん……ぅ……?」


 気分が悪い。何か嫌な寒気が体に残っている気がする。何か悪い夢を見ていた気がするがよく思い出せない。


「何が……あぁ……」


 まだ覚め切らない頭のまま眠る前のことを思い返す。戦争中だったはずだ。


「聖騎士の団長と……教皇……で……」


 ベッドから立ち上がり少し硬くなっている体を伸ばす。医務室のようで周りにもベッドが並んでいる。ただ、私が使っていたもの以外は誰も使っていなかったようだ。


「えっと……誰か……」

「あ、起きたみたいね」


 ふと、声が聞こえる。見ると医務室の駐在員のようだ。


「起きたらヘル様のとこ行ってね。傷とかは全部治したって言ってらっしゃったから体調は大丈夫なはずよ……でもなんか顔色悪いわね。大丈夫?」

「あ……はい。大丈夫です。ありがとうございます」


 寝起きに顔色がひどいのはいつものことだ。別に体に異常があるわけではない。


「あ、あの」

「なに?」

「私、どれくらい寝てました?」

「ああ、えっと……」


 部屋を出る前に聞いておかなければならないことを聞いておく。一応戦時中のはずな訳で、そこそこの戦力の私が寝てていい訳はない。


「今日でちょうど七日目。一週間ね……ってあなたそんなに寝てたの?引き継いだばっかで知らなかったわ……体の方は綺麗だったみたいだし、精神的なあれかしらね」


 駐在員は机に置いてあるカルテを漁って私のものを見つけたらしい。


「一週間!?分かりました……ありがとうございます!」

「あ、ちょっと……」


 扉を開け駆け出す。いくら何でも眠りすぎだ。精神的なあれと言っていたが、教皇との邂逅がそこまで響いてしまったのだろうか。


「ヘル様の部屋は……」


 ヘル様の部屋は前に行ったことがある。仕事で呼ばれた時だ。医務室の正確な場所は分からないが、広間に出ればそこからはすぐだった。


「あっ……ふぅ……」


 部屋の前で立ち止まり少し息を整える。はやる気持ちを抑え拳を軽く握り扉に手の甲を向ける。


「失礼します」

「入って」


 返事を聞き、落ち着いてゆっくりとドアを開ける。


「顔色は悪いけれど……体の方は大丈夫そうね。良かったわ」

「ありがとうございます……それで、あの、戦争の……」

「落ち着きなさい。順番に話していくわ」


 私は促されるままに椅子に腰を掛ける。ヘルは机の上で何かの書類を処理しているようだったが少しだけ手を止めて私の方へ目線を上げる。


「一番大事なところから行くわね。あなたが眠っていたこの一週間で、戦争は終わったわ」

「え……?」


 一週間だ。各地で激しい戦闘が継続していたはずの時から、七日しか経っていない。正直、信じがたいというのが本音だ。


「でも……まだ戦闘中だったはずじゃ……」

「そうなんだけれどね。どこから説明しましょうか……」


 ヘルは少し目線を下げて思案した後、ゆっくりと語りだす。


「今回の戦争で一番大きな戦場はホワイトコーク万年氷床だったわ。戦場の八割はそこに含まれていたと言って良いくらいにはね」


 聖魔大戦において人類側を主導するヴィスキア神聖国の立地がホワイトコーク万年氷床を挟んだ魔国の向かい側であり、必然的にそこの戦闘が最も激化する。一応他にも激化しうるだけの国力を持った国家はあるが、もう一つの大陸にあるソロモン王国は海を渡らなければならない都合上戦争に積極的では無いし、セカイ王国は魔国との距離が離れすぎている。故に、ヴィスキア神聖国の軍を中心とした連中との戦場になるホワイトコーク万年氷床が最も大きく最も激しい戦地となる。


「まず、そこでの戦闘が全部止まって、両軍撤退することになったわ」


 行われていた戦闘のうち八割が突然終了したというのだ。それも勝者も敗者も無く両軍撤退で。


「えっ……それは……どういう……?」

「んー……私と教皇……って言うか、言っちゃうと私のせいね」


 ヘルが言った。少し困ったような、そんな顔をしていた。


「覚えてるかしら?【閇ザサレシ銀世界(ニヴルヘイム)】って魔術。あなたが気絶する前に最後に使ったのだけれど」

「覚えてます」


 よく覚えている。合同訓練の際にも食らった大規模な魔術だ。戦場で巻き込まれたものは規模も威力も段違いだったが。


「千年前も同じことやったんだけれど……あれ、全力でやるとホワイトコーク万年氷床全域に影響が出るのよ。それも結構酷い規模でね」


 思い出す。ホワイトコーク万年氷床と呼ばれる地が、かつてホワイトコーク高原と呼ばれていたことを。そして、ある聖魔大戦で一人の魔者が氷漬けにしてしまったことを。


「当然だけど、敵味方関係なく戦場に居た全員を巻き込んじゃって、双方全軍撤退ってことね。一応私が戦場に出るっていうのを通達できたところの軍は先んじて撤退してたみたいだし、情報が遅れたところも巻き込まれて死者が出るような事態は避けてくれたらしいんだけれど」


 正直、絶句したと言っていい。ヘルが国が一つ入るほどの大きさの土地を氷漬けにしたこと自体は知っていた。しかし、語る本人はそれを大変なことと思っていないのが伝わってきた。


「まあ、それで私と教皇も互いに撤退して、戦闘の八割が強制的に終了したのよ。そうなったらもうほぼ終戦だから、残りの戦場にもその旨を伝えてる最中ね」

「なる……ほど……でも、他の戦場も止まるんですか?」

「ああ、そうね。止まるわ」


 ふと気になったので聞いてみると、ヘルは思案も挟まずすぐに答えた。


「ホワイトコーク万年氷床での戦闘が全部止まったら、他の戦場での勝利も敗北もあまり意味を持たなくなるわ。そもそも“聖戦”みたいな思想を除けば白炭(ホワイトコーク)の取り合いな訳で、勝っても万年氷床を取れない、大して有利にもならないってなれば、戦う意味がなくなるのよ」


 ナート教と魔国の戦争、というのは宗教的で思想的なものだ。それ自体には実利は無い。民衆の感情というのはあれど、物理的、社会的に得るものが無ければ戦争などやっていられない。


「だから他の戦場の戦闘も止めてるの。無駄に兵を減らすことになるわ」


 和平も領土の割譲も賠償も無い聖魔大戦では、どれだけ多くの戦場で勝利しようが、どれだけ相手の兵を削ろうが、最終的には実効支配以外に領土を増やす手段が無い。そして、人類魔族共にホワイトコーク万年氷床以外の土地を実効支配するのにリソースを割くつもりもない。


「戦闘が続いていれば()ワイトコ()ク万年氷()に兵を送らせない、っていう意味があるんだけれどね」


 他にも敵の主要都市を襲えば戦場や実効支配に使えるリソースを削れる訳で、大きな意味がある。しかし、それも全て主戦場ありきの話だ。


「そういう……ことなんですか」


 正直完全に理解できたかと言えばそうではないが、まあ何となくは理解できた。それに、重要なのは理由ではなく戦争が終わったという事実の方だ。


「そしたら……私たちはまた指示があるまで待機ですか?」


 難しいことを考えるのはやめにし、これからのことに目を向ける。おそらくノレアやアルマは忙しくしていることだろう。


「そうね。そうなるわ……ああでも、一つ頼もうかしら。起きたばかりで悪いけれど」

「い、いえ。なんでしょうか」


 早速仕事らしい。体は元気なわけで、少しくらい動いた方が気が晴れそうだ。むしろありがたいくらいだ。


「えっとねぇ、さっき各地の戦場にいる子たちを呼び戻してる最中って言ったじゃない?」

「はい」


 主戦場での戦闘が終わっても、その他の戦場ではそんなこと知る由も無い。早馬を飛ばすなりして伝えに行かなければならないのだ。


「それで、後一か所終戦の報を伝える人員を送れてない場所があるのよ。正式な書状を渡すから、そこに行ってきて欲しいの」


 仕事はシンプル。終戦の報を伝えることだ。正式な書状らしい封に入れられた書類が私の前に置かれる。


「暇になった魔者の子たちに飛んで行ってもらったりはしているのだけれど、ちょっと人数が足りていないのよね。場所も場所だし……」

「分かりました。どこに行けばいいですか?」


 返事を聞いたヘルは引き出しから地図を引っ張りだして机の上に広げる。大陸全土が描かれた巨大なものだ。


「ここよ。ホワイトコーク万年氷床と不毛平原を越えた先、形式上は中立領になっているこの森ね」


 示されたのは、エルフと精霊の国“エクトワン王国”に隣接する巨大な森。下手な小国なんかよりもずっと広大な深い森だ。


「実質的にはエクトワンの領土ね。まあ地図を見たら分かると思うのだけれど、万年氷床と不毛平原を越えた上でエルフと精霊の部隊を退けながら深い森の中を行くなんてことは普通の兵には無理ね。だから環境も悪路も無視出来て下手な敵には負けない魔者(あなた達)に任せたいのよ」

「分かりました」


 戦争前の万年氷床ならまだしも、今の万年氷床は気温がすさまじく下がっており過酷だ。そして不毛平原は草も水も無い補給の望めない地。下手な兵は送れまい。


「そこにいる子たちは移動しながら戦ってるみたいだから、これまで送られてきた報告書も渡しておくわ。森に入ってから軍を探すのに役立つわ」


 広大な森の中を全軍で移動しながらの戦闘。かなり厳しい条件の戦闘を続けているらしい。それにこちらも見つけるのが大変そうだ。


「ありがとうございます」

「ええ。それじゃあお願いね」


 私は受け取った資料をまとめてしまう。そこそこの量だ。一度鞄を取りに行くべきかもしれない。


「あ……そうだ」

「ん……?どうかしたの?」


 ドアノブに手をかけ部屋を後にしようとしたタイミングで思い出す。仕事とは関係ないが、一つ聞きたいことがあった。


「えっと……すいません、仕事とは関係ないんですけど……」

「良いわ。言ってみなさい」


 ヘルは優しく微笑んで私の方へ視線を向ける。


「あの……教皇って何者なんですか?」


 戦場で出会った本物の怪物。人類の枠など踏み越え、魔者でも届き得るのか分からない領域の化け物。ヘルならば何か知っているかもしれない。


「あの魔力は……なんなんですか……?」


 思い出すだけで、体が震えてしまう。憎しみの対象のそれに、その思いと同じか下手をすればそれ以上の恐怖を刻み込まれてしまっていた。


「ナート三十四世。三十四代目ナート教教皇。ヴィスキアの最高指導者でナート教のトップ。歴代の教皇は誰一人として一度も戦場に出たことが無かった……くらいのもだけれど、魔力?確かに魔力を使っていたけれど……そこまで怖がるものだったかしら」

「……私が針を撃ち込んだ時です。防護膜みたいな何かを壊した時に、一瞬だけ感じたんです。怪物とか化け物なんて単語じゃ足りないくらいの……それこそ神とか、そういう何かを」

「そう……」


 ヘルは少し頭を捻り考えていた。が。すぐに私の方へ顔を向ける。


「教皇のことは私も分からないの。ごめんなさいね。それに魔力も私は分からなかったし……」


 左手の人差し指を口元にあて、悩むようにそう答えた。少し申し訳ないという思いも滲んでいる気がした。


「いえ、良いんです。私も関係ないこと聞いちゃって……えっと、それじゃあ、行ってきます」

「……ええ。お願いね」


 部屋を後にする私を見送るヘルの表情は、いつもの微笑んだ優しいものに戻っていた。

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