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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
132/139

132 アダム対スコル

 ホワイトコーク万年氷床の果てを越えた先。海や魔国獣人領や大陸北東部の未開域に近い場所。万年氷床と同質の氷に覆われてはいるがホワイトコークが産出しない地。そんな場所で、ここ一週間ほど何度も戦闘と離脱を繰り返している者たちが居た。


「ちっ……」

「くっ……」


 何百何千と繰り返した衝突。互いに弾かれ距離を取り、何百何千回目の構えを取る。


「ふぅ……」


 スコルは全身の毛量が大幅に増え、爪や牙も鋭くなっていた。右目には獣に見える模様が輝き、それを中心にヒビの入ったような紋様が目の周囲に広がっている。


「っ……」


 神聖騎士団団長アダム。彼は団長を示すシンボルのついた神聖騎士団揃いの鎧に身を包み、手には柄から光の刃が生えた剣を握っている。


「はッ!!」

「ウォオオッ!!」


 二人は踏み込み一瞬のうちにゼロ距離まで近づき爪と剣が衝突する。そして乱打の応酬が始まる。


「ふんッ!!」

「オオァアア!!」


 互いに決め手に欠ける状況が延々と続いている。スコル側はスキル《日光》の都合上日が沈めば撤退しなければならない上、扱う神器“獣王眼”の力は負担が大きくあまり長く戦っていられない。アダム側はアダム側で深追いすればハティが出て来る可能性を考えなければならないし、もし出てきた場合はスコルとハティは交代しながら戦えるのに対しアダムは一人で休みなく戦わなければならなくなってしまう。


「はぁッ!!」

「ォォオオッ!!」


 輝きを纏うスコルの爪がアダムの剣をへし折った。バキリと音を立て光の刀身の半分が宙を舞う。


「ふんッ……!!」


 だが、アダムに焦りはなくスコルに喜びも無い。これまで何度も見てきた光景なのだ。アダムは柄の下部分から何かを排出し、そこに新たな円筒状の物体を挿入する。


「ちぃッ……オラァッ!!」


 次の瞬間、折れ残っていた光の刃が消失し、完全な状態の刃が生える。スコルの追撃がアダムに届く前に再生成は完了し、迫る爪を弾き飛ばす。


「また……仕留められなかったか」

「そうだな……」


 太陽が頂点に達した頃、スコルは弾かれた勢いを受けて大きく後退し距離を取る。それを見たアダムは言葉を漏らし防御の構えを取る。


「回帰・第二段階」


 スコルは静かに呟く。瞬間、右目の紋様が強く輝き、ヒビのような模様が広がっていく。全身の筋肉が隆起し体毛や牙や爪もより長く強く変化する。二足歩行こそ保っているものの、より獣に近しい姿へと変貌していく。


「ウォォォアアア!!」

「ぐっ……はぁッ!!」


 音の何倍もの速度で放たれたのは、先程までより何倍も重い一撃。アダムは何とか弾き飛ばし防ぐが、次の瞬間には追撃が迫っている。


「ちぃッ!!」

「ウォァッ!!」


 アダムはしっかりと防御はできたものの、こうなっては反撃する隙を作るのが大変だ。スコルの乱打を捌きつつ反撃の隙を伺っていく。


「オオアアッ!!」

「くッ……はぁッ!!」


 スコルの獣王眼の第二段階はおおよそ六時間程度しか持たない。本来であれば十分すぎる時間だが、十時間を超える戦闘となると話が違う。故にスコルは戦闘の前半は第一段階でやり過ごし、日没までの六時間を第二段階で戦っているのだ。


「ふッ!!」

「ゴォアア!!」

「ちッ……!!」


 アダムは無理矢理隙を作り一撃をねじ込むも、常軌を逸した反射速度に対処されてしまう。技術では明確にアダムが上なものの、第二段階となったスコル相手では身体能力は負けている。


「シッ!!」

「はぁッ!!」


 ほぼ千日手だ。ここ数日で互いの技術は互いにほとんど見尽くし喰らい尽くした。初見殺しが決まっていた最初の方こそ傷があったが、もう二人とも傷一つ負わずに戦い続けていた。


「ゴォ……埒が明かねぇな……」

「ふぅ……ならどうする?まだ新手を見せてくれるのか?」


 長い接近戦を経て、弾かれた二人は距離を取る。互いに息が荒い。夜中に休息を取っているとはいえ一日十時間以上の戦闘を何日も続けているのだ。体に不調が出ない方がおかしい。


「……回帰」

「ッ……!!」


 アダムはすぐに動いた。しかし、音を置き去りにして駆け出し振りぬかれたその刃は、間に合わなかった。


「第三段階」

「ちぃッ……!!」


 振るわれた腕に刃は砕けアダムは大きく吹き飛ばされる。スコルの姿はより獣的になり、目の周囲のヒビがさらに広がっている。


「ウォォオ!!」

「くッ……!!」


 スコルは片手を地面に付き低姿勢のままアダムに突っ込む。動きは四足のものに近く、大分獣じみてきた。


「ォォオオ!!」

「ふんッ!!」


 刃を再生成し一撃を防いだアダムとスコルはそのまま最接近して接近戦を始める。爪と剣がぶつかり合い甲高い音が連続して響き渡る。


「面倒なッ……!!」

「はッ……なら降参でもすんだな!!」


 四足に近い獣じみた動きでの戦闘を、一般的な魔物とはくらべものにならない知性と技術を持った存在が行う。アダムにとっても初めてに近い存在だ。技術で勝っているからと言って簡単な相手ではない。


「はぁッ!!」

「グオァア!!」


 何度も打ち合う内に、アダムの剣がパキと嫌な音を立てたかと思うと半ばで砕け折れる。スコルの膂力は大幅に増していた。


「ちッ……はぁッ!!」

「ゴォア!!」


 アダムは新たな円筒を装填すると同時に鍔の部分の装飾に触れて小さなパーツを動かす。そのまま振るわれスコルの爪と衝突した刃は、透明だが先程までより曇りが強くなっていた。


「硬ぇな!!ゴラァア!!」

「ふんッ……!!」


 アダムの振るう刃は、先ほどまでよりも硬くなっていた。スコルのパワーを見てこのままでは強度不足と考えたのだ。


「はぁッ!!」

「ウォラァア!!」


 強度の上がった刃はスコルの爪と何度も打ち合えた。しかし、一撃一撃を受けるごとに少しずつヒビが入っていくのが見て分かる。


「ちぃッ……!!」

「ウラァッ!!」


 数分打ち合えば、刀身のヒビが無視できないほどに大きく広がる。そしてアダムが予感した瞬間、スコルの爪を受け刃が砕け散る。


「仕方あるまい……!!」


 アダムは先ほどまでと同じように新たな円筒を剣の柄に装填し、今度もまた鍔の装飾に触れ何かのパーツを動かす。


「ゴァア!!」


 すると、次の攻撃を受け止めた刃は、曇りが刀身全体に濃く行き渡り透明でなくなっていた。


「チィッ……また強度が……!!」

「ふんッ!!」


 また乱打の応酬が始まる。そして、今度はアダムの剣にヒビはほとんど入っておらず、対等に斬り合うことができていた。


「ちッ……グオァアア!!」

「……ふッ!!」


 アダムは振るわれた爪を綺麗に受け流した。予想外の完璧な受け流しだ。スコルも驚きの表情を見せるほどだった。


「今!!」

「ッ……!!」


 アダムはこの短い時間で四足に近い変則的な動きを見切っていた。剣の強度によりまともに打ち合えないようでは反撃に転じれなかったが、今なら反撃に転じれる。


「はぁッ!!」


 アダムは隙を創り出した。その瞬間にアダムの剣は美しい剣閃を描き、横薙ぎにスコルの腹を裂いた。


「ゴオッ!?」

「変則的な動きは初見には刺さるが歪みが隙を生む……」


 だが、その一撃は命に至っていなかった。アダムは獣王眼の第三段階の頑強さを少しだけ見誤っていた。


「がっ……そりゃあ……」


 斬られ宙を舞ったスコルは空を蹴り、反撃に転じていた。普通の存在であれば死ぬような、普通を逸脱していても再起するのに時間を要するような一撃だ。


「お前も同じだ!!」

「なッ……!!」


 アダムは、この一撃を入れるために少し無茶をしていた。攻撃の後の隙は大きく、振るわれる爪を回避するのは至難の業だ。


「ウォオオ!!」

「くッ……!!」


 回避も防御も間に合わない。だが、鎧を犠牲に一撃だけなら耐えらるだろう。アダムは刹那に覚悟を決め受け身へ意識を向ける。


「はっ!?」

「なっ!?」


 爪がアダムに届こうとした瞬間、水の海竜が天より飛来し二人の間に突っ込んできた。


「お前は……」

「大司教様!?」


 海竜により強制的に距離を空けられた二人があたりに目をやると、そこには目や鼻や耳から血を流しながら立っている大司教がいた。


「大司教だと……!?」


 最悪と言っていい状況だ。アダムに一撃を入れられる千載一遇のチャンスを逃した上、敵に増援が来たのだ。それに、獣王眼の第三段階の活動限界も迫っている。


「【深淵の防膜(アビスシェル)】……“暴虐狼”スコル。残念ですが、今の私にあなたの相手をする元気と時間はありません」

「はっ……じゃあなんでこんなとこに来やがった」


 大司教は見た目以上に疲弊しているようで、自身とアダムを包むように防壁を創り出し荒い息で告げた。


「彼を呼びに来たのですよ……という訳で行きますよ、アダム団長」

「はっ。了解いたしました」


 スコルは大司教がアダムの肩に触れる一瞬前に動き出していた。音速の何倍もの速度で迫るスコルに、アダムと大司教は何もしなかった。


「なッ……硬てぇ……!!ウォオア!!」


 水の防壁に爪を立てると、とてもじゃないが一撃で壊せる代物ではないことが分かる。だが同時に、音を聞けば2、3発撃ち込めば余裕で壊せることも察しがついた。


「……それじゃあ間に合わない」


 しかし、大司教とアダムに攻撃は届かなかった。次の瞬間、大司教とアダムの姿が消える。そして二人を包んでいた水の防御も術者を失いスコルにも被害をおよぼしながら水たまりを作る。


「ちッ……何だったんだ……」


 スコルは一人残された戦場で膝をつき大きく息を吐く。緊張が切れ誤魔化されていた痛みがその身を襲う。


「ふぅ…………一旦戻るか……」


 獣王眼の変身を解く。第二段階でも相当だが、第三段階まで使用すれば凄まじい疲労が体を襲うこととなる。


「敵が居ねぇってのはいいことだが……ああいう風に完全に逃げられちまうとなぁ……」


 敵は消えた。しかし、勝利ではない。傷も深く神器の負担も相当だ。一度拠点に戻り、また敵が現れる前に陣を再構築しないといけない。


「はぁ……夜はハティに任せるか……」


 疲労と倦怠感がすさまじい。腹を薙がれた傷も痛む。スコルの顔色は良くなかった。

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