131 大司教対ボロス
「【拡散スル崩壊ノ息吹】!!」
ボロスの口から放たれた無数に枝分かれした真っ黒に輝く光線が、天を埋め尽くすほどの数百の水の刃を消し飛ばす。
「【冥海波蛇竜】!!」
「ちっ……【崩壊ノ息吹】!!」
水で模られた巨大な海竜と極太な真っ黒の光線が衝突し、巨大な爆発を起こす。大司教とボロスが戦うこの地では、すでに巨大なクレーターがそこかしこにできていた。
「【潰滅球】!!」
ボロスの周りに数十の黒い球が現れ、描いた軌道上の空間を潰しながら大司教に迫る。ボロスの力は重力だ。空間に直接作用するほどに練り上げられた技術を持って作られたその黒い球は、本来であれば防御不能のものだ。
「【冥海渦蛇】!!」
だが、数十の水の蛇と衝突し対消滅する。戦闘が始まって十分が経たない程度だが、クレーターを作りながら何度も繰り返してきた光景だ。ボロスはその異常な光景に舌打ちが漏れる。
「ちっ……俺の竜魔導は水じゃ防げねぇんだがな」
竜魔導とは、竜という種族が持つ魔導的な力のことだ。扱う力は個々人によってばらばらである。
「……世界は広いのですよ。不思議なこともあるものです」
魔力を練りつつ無感情に答える大司教の右目が妖しく光る。竜と人は向かい合い互いに構えて少しの膠着が生まれる。
「互いに攻撃が当たらねぇ……こうさせて貰うぜ。【超重力場】!!」
先に膠着を破ったのはボロスだ。あたり一帯の重力を何倍にも引き上げ、大司教の動きを阻害する。
「【崩壊ノ息吹】!!」
一気に強まった重力に膝をついた大司教に向けて、真っ黒に輝く極太の光線が放たれる。だが、ほぼ回避も防御もできない状態でも、大司教は落ち着いていた。
「ふむ……面倒ですね」
水を生成しても重力を受け先程までと違い真面に制御できない。相殺は不可能だと判断し、意識を集中して別の手を実行する。
「やったか……?いや、【超重力爪】!!」
ボロスの目には光線が大司教を飲み込んだかのように見えた。しかし、真後ろに気配を感じ自身の爪に自らの力を付与しそこに向けて振るった。
「反応するのですか」
そこには、無傷で水の剣を振るう大司教が居た。水の剣は爪に弾かれ大きく後ろに後退する。
「……そうか。その眼。極門眼だな?」
大司教の右目に妖しく輝く紋章。それは、魔眼系の神器の証拠だ。そして、ボロスは己の知識の中から大司教の動きに合致する神器に思い至る。
「さあ……どうでしょうか」
極門眼。それは、空間転移や拡大、縮小など、ケイトには劣る程度で大規模では無いものの空間への干渉を可能とする神器だ。空間に作用するボロスの竜魔導を水で受け止められたのはその力を宿していたからで、先ほどの一撃を回避できたのは空間転移のおかげだろう。
「面倒なもん使いやがって……【拡散スル崩壊ノ息吹】!!」
「【深淵の防膜】!!」
大司教を覆うように展開された水の壁に阻まれ光線は届かない。だが、回避をさせずにその場で防御させられたのなら成功だ。
「【潰撃】!!」
防壁を張りその場から動くのに一瞬時間を要する状態の大司教は、次撃を正面から受け止めるしかなかった。大司教は全方位から凄まじい強さで圧縮され、水の防壁が空間ごとひしゃげていく。
「困りますね……」
高重力下では、空間操作の勝手が平時とは違う。転移で逃げようにも少し時間と集中を要するし下手にそちらに集中しては防壁の維持が出来ず潰される。
「そのまま潰れやがれ!!」
「お断りです」
大司教は覚悟を決める。久しぶりの戦闘での衰えを実感し、奥の手を使うことを決意する。
「人造の超常、人の身に余ったその権能を、我が身命と引き換えにこの身に宿したまえ【■■】」
瞬間、水の防壁がはじける。大司教を圧し潰さんと働いていた重力は反転し何もない空間に力を加える。
「何をしやがった……【崩壊ノ息吹】!!」
「【冥海波蛇竜】!!」
海竜と光線が衝突し対消滅する。動き出した二人は新たにできたクレーターの中心でぶつかり合う。
「【超重力爪】!!」
「【冥海之剣】!!」
剣と爪が衝突し、不可思議な音を立てて弾かれる。互いに空間に干渉し得る力を持つゆえに、単純な接触も普通とは違う動きを見せる。
「【冥海牙剣】!!」
近距離で何度も打ち合う最中、大司教はボロスの周囲を取り囲むように水の短剣を生成し放つ。
「【万潰結界】!!」
しかし、それらはボロスの周囲に現れた球状の結界に触れた瞬間に潰れて消える。
「【冥海竜斬】!!」
大司教は手にした剣に魔力を集め超火力で斬りかかる。そして、斬りかかると同時にボロスの周囲の結界の持つ重力が反転する。
「なっ……またかっ……【超重噛牙】!!」
ボロスの牙と大司教の剣が衝突する。少し長く競り合った後、互いに大きく弾かれクレーターがさらに深くなる。
「【超重力場】!!」
「無駄ですよ……【冥海渦蛇】!!」
ボロスは再び周囲に超重力を展開したが、それはすぐに反転し周囲のすべてが浮き上がる。自分で制御できない魔導など消さざる負えないが、消した瞬間には追撃が飛んでくる。
「【拡散スル崩壊ノ息吹】!!」
だが、距離はある。余裕を持って放たれた拡散する光線により、大量の水の蛇は消滅する。
「【潰滅球】!!」
大量の黒い球体が生成され、ボロス本体と共に大司教に向かって放たれる。大司教は魔力を練りながら駆け出し反撃に備える。
「【冥海波蛇竜】!!」
瞬間、無数の黒球は内包する重力を反転させ霧散し、ボロスに向けては巨大な水の海竜が放たれる。
「またかよ……【崩壊ノ息吹】!!」
海竜と光線が衝突し霧散する。ボロスは翼をはためかせながら自身の魔導に干渉してくる力に考えを巡らせる。
「【冥海竜斬】!!」
「【超重噛牙】!!」
巨大な力どうしがぶつかり合い、新たなクレーターを形成する。そして、爪や牙と剣の打ち合いが始まる。
「【超重力爪】!!」
「【冥淵】!!」
ボロスは打ち合いながら思考を回す。こちらの魔導に干渉してくる謎の力。今分かっているのは、重力の向きを反転させられたことと、使用頻度から恐らく代償かクールタイムがあることだ。
「【崩落潰球】!!」
ボロスの口から極小の真っ黒な球体が放たれる。地面に吸い込まれるように向かって行き、着弾した瞬間一気に弾けて拡大して周囲の全てを飲み込んでいく。
「ちっ……【冥界渦蛇】!!」
大司教は嫌な顔をして後ろに跳び、周囲を飲み込んでいく黒い球体を重力を反転させて消失させる。反撃も放ちはしたものの、威力も数も足りていない。
「【崩壊ノ息吹】!!」
ボロスは反転の力を使うことを読んでいた。威力の足りない反撃で隙も作れた。放たれた黒い光線は、水の竜を飲み込み潰して大司教に迫る。
「くっ……!!」
大司教は空間転移を余儀なくされる。眼前に超重力の光線が迫り空間の制御はままならないが、雑でもとにかく回避しなければ即死だ。
「【炸裂潰滅球】!!」
大司教が転移しボロスに視線を送った瞬間、数十数百の黒い球体が空を埋め尽くし、それが弾けた。
「【深淵の防膜】!!」
空間を大きく歪めるほどの重力を秘めた無数の黒い球体が、軌跡上の空間を潰しながら迫る雨となり降り注ぐ。大司教は防壁を展開し防ぐが身動きはとれない。
「【崩壊の息吹】!!」
防壁ごと貫かんと極太の光線が放たれる。空間転移はクールタイムはまだ明けていない。
「ぐっ……!!」
大司教は歯噛みし、息を吐いて集中し自らに向かってくる光線に意識を向ける。
「!?」
次の瞬間、光線が向きを反転させボロスに返る。自らが生み出したものとはいえボロスも真面に食らえば確実に死に至る攻撃だ。
「【万潰結界】!!」
驚きに一瞬対処は遅れたが、結界を張り事なきを得る。しかし、大司教に体勢を立て直す時間を与えてしまった。
「ちっ……ん?」
大司教の方へ視線を送れば、目と鼻から血液を流しながら動きを止めていた。意識はこちらに向いてはいるようだが、どうも何か別のところに心があるようだった。
「……あまり時間をかけていられなくなりました。無茶をさせていただきます」
ボロスが構えていると、大司教はボロスに向きなおり、魔力を開放した。
「【冥海波蛇竜】!!」
巨大な水の海竜が五体現れ多方からボロスに向かって降り注ぐ。大司教を見れば、流血が先ほどよりも増えていた。
「【拡散スル崩壊ノ息吹】!!」
ブレスによる相殺を図るが、枝分かれしたブレスでは火力が足りず相殺しきれない。これまでになかった最大火力の海竜の連打に対処が後手に回ってしまう。
「ちっ……!!」
何とか後退し回避しきったものの、反撃には転じられない。眼前には大司教の追撃が迫っている。
「【冥海波蛇竜】!!」
「【万潰結界】!!」
飛来した海竜はなんとか防いだ。しかし、ヒビの入った結界では次撃を防げなかった。
「【海竜皇之淵底】!!」
先程までとは比べ物にならないほどに巨大な水の海竜が現れる。その巨大な口で結界ごとボロスの体躯を丸ごと飲み込む。
「がっ……ぼっ……?」
ボロスは自らの身に何が起きているのか理解できなかった。水に包まれ声も出せなかった。分かったのは、今受けている攻撃が単純な水の力によるものではないことだけだった。
「邪竜皇ボロス……今回は引き分けといたしましょう……」
薄っすらと聞こえた大司教の声は、そう語っていた。目と鼻と耳から血液を流し、足取りが少しおぼつかない状態で。
「本来であれば……それはあなたを死ぬまで離しません……ですが……あなたが息絶えるまで……私はそれを制御していられません……」
息も絶え絶えの状態で大司教は語る。ボロスも呼吸もできず原因も詳細も不明の苦痛が延々と肉体に流れ続けている今、あまり正しくは状況を理解できなかったが、大司教も無事では無いことだけは分かった。
「それでは……また会うことがあれば……」
大司教は、その後十数秒間の間を置いた後、その場から姿を消す。どこかに空間転移したのだろう。
「ごぼっ……おっ……」
その数秒後、ボロスを包んでいた海竜がその形を崩し巨大な水たまりへと変貌する。
「ごぼっ……ぐっ……そがっ……」
水から解放されたボロスは、全身傷だらけで血を吐いており、正に満身創痍といった様子だった。




