130 指導者たち
開戦から三か月が経過し、各地の大規模な戦闘の結果が各国の首脳陣に伝わってくる頃のこと。
「こちらの優勢みたいですね」
「ええ。優勢どころか、二か所を除き完全勝利。金剛力とエリアの戦士のいた地も敵の大きな進軍は無し。優勢すぎるくらいでしょう」
魔王城の一室。フォルネウスとヘルが受け取った報告書を見ながら会話を重ねていた。二人の目線は鋭く交錯し二人きりの空間は緊張感に包まれている。
「優勢なこと自体は良いんだけれどね。色々調整もやりやすいし……ただ、過ぎるのは問題ね。それに、不可解なところも多い」
「そうですね……序列騎士の半数が出てきていませんし、エリアの戦士に何があったかも把握できていません。何が起きているんですかねぇ……」
戦争は当初の予想とは違い魔王軍の大幅な優勢で進んでいる。当初の予定ではほぼ互角と見られていたのだが、異常なまでに優勢なのだ。
「さぁ……私も分からないわ。本当にただ行方不明なり死亡しているなりするならまだ良いのだけれど……死体も出ていませんし行方知れずですから、何かの秘密作戦の最中なんてこともあるかもしれないわね」
「そうなれば面倒ですねぇ……首謀者は司教連中か神聖騎士団団長か……まあ彼に調べるよう言っておきましょう。何も無ければ良いですが……」
フォルネウスは手に持ったティーカップを口元に運ぶ。そして香りを吸い込み大きく息を吐く。
「まあ行方知れずの問題はどうとでもなるでしょう。四天王直属の方々が暇を持て余しているわけですから」
「そのようですね。一応人類も冒険者を雇い始めていますからもう少し忙しくなるかもしれませんが……」
敵軍を殲滅し暇となってしまった戦力がかなり出ているのだ。一応別の戦地に送ったり動かしてはいるが、あまりに想定外のことで対応が遅れている。
「それより、私たちが気にすべき真の問題は……」
「ええ。それも彼に伝えておきます。ただまあ……こちらは解決自体は簡単でしょう」
「まあ……それもそうね。途中で問題が起きれば私が直接向かうつもりだし……なにかあれば伝えてちょうだい」
「そうですね。いつでも動けるようにお願いします」
「ええ」
ヘルはゆっくりと立ち上がりフォルネウスに背を向ける。その目は凍り付くようなものから微笑みに近いものとなっていた。
「ああそれと、魔王様には私から言っておくわ」
「ええ。お願いします」
※
「どうするんだ!!我々の関わる全ての戦場での敗北!!序列騎士の半分が失踪!!」
「中身のない文句ばっかり叫ばないで。具体的な案の一つくらい出せないの?」
スアンのイライラは頂点を遥か超えているようで、同じ派閥のフーリエも含めた他六人の司教からも呆れられるほどだ。
「黙れ!!貴様らもなんの案も出ていないではないか!!」
「……静かにしてください。我々がこんなだから大司教様が直接戦場に出向いているのですよ。司教としての自覚を……」
「言うなら貴様が何か案の一つでも出してみろ!!」
クロアの司教就任から肩身の狭くなっているスアンはもはや恥も外聞も無いと言った様子だった。
「……」
「何もないだろうが……!!俺にばかり文句を言ってないで貴様らも頭を回せ!!」
「……そうね。彼を擁護するつもりは無いけど……私たちももう少し建設的な話をしましょう」
ムーナが割って入りヒートアップするスアンを抑える。最近の議会ではムーナはたびたびスアンの側に立つような立ち回りを見せている。
「ちっ……」
「建設的なっていってもどうする気で?」
ウェイドが速やかに話を進めようと口を開く。スアンが少し落ち着いたタイミングで話をしなければこのまま延々とイラつくスアンの相手をさせられるのだ。嫌に決まっている。
「勇者の召喚をさっさと始めるとかはできないのか?」
「考えはしたわ。でも、白炭が足りない。産地が戦場になってる以上まともな供給は見込めないし、貯蔵ももうかなり吐き出してるから勇者を呼べるだけの量は無いわ。終戦待ちね」
戦争による資源不足。白炭に限らずあらゆる資源が足りていない。これまで数回議会を重ねてはいるものの、数少ない出された案は全て資源不足により不成立に終わっている。
「はぁ……やはり資源。直接の採取は戦時では不可能。エリアやソロモンに頼るしかないが……」
「エリアの方は厳しそうだし、そもそも向こうの大陸じゃあ白炭は採れない」
戦争でどのような手を打つか以前の問題なのだ。戦時で頼れる国も無く、国民の生活すら守れなくなってきている。白炭以外の資源であればまだなんとかなるが、白炭だけは金を積もうが時間をかけようがどうにもならない。
「セカイに資源の救援を要求することもできはするが……」
「あの国だけには弱みを見せちゃいけない。頼めるわけないわ」
セカイ王国は、大陸の人類国家で唯一ナート教を国教としていない。当然ヴィスキアとしては国政に入り込みたいわけだが、初代国王の掲げた政教分離の思想と宗教に頼ることなく国家をまとめ上げてきた国力の前に叶っていない。セカイ王国側にナート教への要求が無い以上、そもそも交渉の席にすらつかせてもらえていないのだ。そんななかこちらが不利になる要因を増やすわけにはいかない。
「消えた序列騎士を探す人員も戦地に送る兵も足りん。あまり徴兵しては国内が回らない。ただでさえ病で動ける国民が減っているというのに……」
死者こそないものの、ひどい発熱と気怠さに咳を伴う病が国内に蔓延しており医療体制の逼迫と資源の不足を引き起こしている。さらに本来序列騎士が居たはずの戦場では、想定の何倍ものスピードで兵士が死んでいっているのだ。物的資源だけでなく人的資源も全く足りていない。
「……新しい序列騎士の選定はどうなんだ?」
大きく息を吐き少し落ち着いたらしいスアンが問いかける。行方不明である六名の席はまだしも、他六人の内五人はすでに敗北と死亡が確定しているのだ。その席は早急に埋めなければならない。
「副団長も失踪している以上正式な試験官が居ません。単純に実力上位五名に席を与えても良いですが……そもそも戦争前に二名補充したばかりで序列騎士に足る実力の者は五名も居ません。居ても一名か二名でしょう」
クロアが溜息を吐きながら、なぜこんなことも分からないと言いたげに答える。戦争前にアロンとキリアが討たれ神聖騎士の中から実力者二名に席が与えられており、一般の神聖騎士には序列騎士に足るものが居ないのだ。
「ちっ……使えない……」
「私たちと違って前線で戦っているのですよ。あまりそういうことは……」
「あん……」
「クロア。喧嘩は止めなさい」
またイライラが溜まってきているらしいスアンと口を挟んだクロアがヒートアップしそうになったタイミングでムーナが止めに入る。
「こんなんじゃ真面に会議もできないですよ。本当にスアンは……」
後半は人に聞こえないような声量であったが、ジャニアータは溜息を吐き心底呆れた表情をして言葉を漏らす。
「話にならないわね」
ムーナは誰にも聞こえない声量で呟く。しかし、その表情は呆れを装ってはいるものの、よく見ればその目はほくそ笑んでいるようにも見えた。
※
「かなり良い感じですね」
「ええ。でも本当に、嫌な役押し付けて悪いわ」
「いえ。私がやると言ったので」
ムーナの個室。真面に議論を重ねること無く終わった不毛な会議の後、ムーナとクロアは個室に集まっていた。
「そう……」
「はい。ただ、あの方で良かったんでしょうか」
「良いのよ。一番感情的だし一番孤立していたし、一番扱いやすいわ」
実は、ムーナとクロアからするとここ最近の会議は全て茶番なのだ。二人は真の目的に向けて色々と動いているのだ。
「そういうものでしょうか……少し怖いですが」
「大丈夫よ。実際に接触するのは私だけだしどうにでもするわ」
今やっているのはスアンへの仕込みだ。後々やってもらいたい仕事があるため、クロアが司教になった頃から孤立気味であったスアンに目を付け、暴言や焦燥を引き出し彼をさらに孤立させているところだ。またそれと同時にムーナが所々スアン側に立つような発言をしておくことで後の交渉などをやりやすくしているのだ。
「ならお願いいたしますが……あと、もう一つ」
「なにかしら?」
問いかけるクロアはパッと見てわかるくらいに不安そうな顔をしていた。
「あの……戦争はこのままで良いんでしょうか。このままでは人類の大敗に終わりますし……最悪ヴィスキアも滅んでしまいます。今滅んでしまっては私たちの計画が……」
「あぁ……なるほどね。大丈夫よ。問題ないわ」
疑問を聞いたムーナはふっと微笑んでティーカップを手に取る。その態度は本当に何の問題も無いように見える。
「最悪この国が滅んだら滅んだで良いわ。ナート教の腐ってる部分は一掃されるでしょうしね」
「あ……たしかに……」
「それに」
ムーナはティーカップをテーブルに置き引き出しから一枚の書類を取り出す。引き出しは鍵でもかかっているのか何やら複雑な手順を踏まないと開かないようだった。
「今回の戦争……第六次聖魔大戦では、人類は負けないらしいわ。それどころか、今のところ大敗してるホワイトコーク万年氷床あたりの国境線も変化しないわ」
「え……そうなんですか?それも連絡が?」
「ええ。まあ開戦前に貰った連絡だから事情が変わってたらあれだけど……これまで一度も変わったことは無いわ」
ムーナが取り出した書類は何か知らの報告書のようなもので、そこには第六次聖魔大戦についてのことがかなり多く書いてあった。
「まあ……だから安心してて良いわ。私たちの計画は滞りなく進むから」
「そ……それなら安心です」
ムーナは再び鍵のかかった引き出しに書類をしまう。
「さて……時間も時間ね。クロアも自室に戻るといいわ」
「もうこんな時間……はい。お疲れ様です」
「ええ。お疲れ様」
時計を見たクロアがドアを開け、周囲を確認して自室に戻って行く。最悪問題ないとは思うが、今のところ念のため二人の密会はバレないように行っているのだ。
「はぁ……」
ムーナはクロアが去り一人になった自室で溜息を吐く。その顔には、先ほどまでは隠せていた疲れが滲んでいた。




