129 ジーク
シルグリアと魔国ダークエルフ領の国境。激しい戦闘が続くこの地では、戦力が互いに拮抗し決着がつかずにいた。
「俺に続け!!」
しかし、その均衡は一人の兵の到着により崩れようとしていた。
「ぉぉぉぉおおおお!!」
兵の名はメラ。魔国の実験により生まれた生物兵器とも呼べる存在だ。魔物や竜の器官を移植した強化兵士とでも呼ぶべき存在は、一人で戦況を変える一騎当千の怪物として戦場で風向きを変えられる。
「退け!!退け!!」
人類軍は怪物を前に撤退を余儀なくされていた。毒を吐き、熱を吐き、速度と膂力も人外のそれ。一般の兵では蹂躙されるのみだ。
「派手にやっているな」
だが、その快進撃は一人の男の登場により止まる。
「貴様は……」
メラの前に現れた男。それは、あまり見ない服装をした大男だった。白いインナーに黒い服。見る者によっては見慣れているだろう、ビジネススーツだ。
「さて……魔国の兵よ。問答は不要だな」
「面倒なのが出てきやがった……」
“金剛力”ジーク。冒険者ギルドの現グランドマスターにして、三人のSランク冒険者の一人。それが、メラの前に立ちはだかっていた。
「ふんッ!!」
ジークが服を脱ぎ捨てる。次の瞬間には、凄まじい速さでメラに肉薄し、その腕がメラの首に伸びていた。
「Typhoon!!」
「ごぉあっ!?」
全く反応できなかったメラは、首を掴まれ振り回されて投げ飛ばされる。
「頑丈だな」
「げはぁっ……出鱈目野郎が……!!」
ジークは金属や鏡のように光を反射するほどに磨き上げられた肉体にパンツ一枚のみを穿いた格好でポージングを決めながらゆっくりとメラに迫って行く。
「食らいやがれ!!」
放たれたのは、熱だった。ジークに向けられたメラの腕から、メラ本人すら焼くほどの熱量が放たれていたのだ。
「効かん!!」
しかし、確かに命中した熱の塊は、ジークにわずかな痛痒を与えることすら叶わなかった。ゆっくりと歩きながら迫るジークは爆煙の中を優々と歩きメラに向かって歩んで行く。そして、距離が近くなったところで音速を越え一気に加速し肉薄する。
「Full Moon!!」
「ごぼぉっ!?」
メラの腹に拳が突き刺さる。なんとも強引で、正直で、実直な軌道で振りぬかれた拳は、なんとか間に合ったメラの防御ごと吹き飛ばす。
「Shooting……」
吹き飛ばされた先で、メラが体勢を立て直すよりも一瞬早く、ジークの次撃が炸裂する。
「Star!!」
ラッシュだ。何十発何百発と真正面から小細工なしに拳を叩き込まれ、メラはその速さと重さのごり押しに耐え切れずさらに後ろに吹き飛ばされる。
「ごぉっぼおっ……!!」
「生きているか。その強度、常軌を逸してるな」
普通の者、どころかSランク冒険者や四天王、上位の序列騎士でも食らえば真面に生きてはいられないほどの攻撃だ。体表に竜の鱗を持ち体内から頑丈に作り変えられさらに異常な回復力を持っているメラでなければ、正面から受け止めて生き残ることはできなかっただろう。
「貴様に言われたくはない……ふんっ!!」
メラが反撃に選んだのは爪だった。どんなに小さくとも掠り傷一つ負わせられれば毒が浸み込み命を脅かす、そんな攻撃だった。
「ふんっ!!」
「なんっ!?」
だが、ジークは掠り傷一つ負わなかった。防御行動の一つも取らず、肉体強度だけで受けて見せた。
「想像以上だぜ……金剛力っ!!」
だが、その肉体強度の噂は魔国にまで伝わっている。生半可な攻撃が通用しないのはメラも承知だ。
「ぬッ……!!」
ジークが防御姿勢を取る。直後、メラの口から巨大なエネルギーが放たれる。極太の熱線となった超エネルギーの咆哮がジークを襲う。
「……中々凄まじい威力。さながら竜の息吹の如き。私でなければ死んでいた」
だが、全身から煙を上げながらも、大した傷も負わずに立つジークの姿がそこにはあった。
「嘘だろ……?」
メラの体には竜の器官が移植されている。つまり、ジークは竜の息吹を真っ向から耐えうるということだ。眼前の異常事態にメラの顔からは表情が消える。
「Summer……」
「くっ……」
次の瞬間、ジークの足が眼前に迫っているのに気づく。メラは速さにも重さにも全くもって対応しきれていない。
「Salt!!」
「ごぶぉおっ!!」
ジークは全身を回転させメラの顔面に向けて天から踵を振り下ろし、頭から大地にめり込ませる。
「げふぉっ……ふんぬぅぅううっ!!」
だが、メラもまた異常な力の持ち主。常軌を逸した防御力と回復力と人体の限界を超えた駆動ですぐさま反撃に出る。
「ぐっ……!!」
メラの選んだ攻撃は、単純な拳によるものだった。しかし、それはジークを警戒させ防御を選ばせるだけのものであり、腕の防御の上から命中した拳はジークを少し後ろに後ずさりさせた。
「ぁぁああっ!!」
メラの拳は肘から先がはじけ飛んでいた。だが、すでに再生が始まっている。メラは腕の弾ける苦痛に耐えながら反対の腕でもう一度同じ拳を放つ。
「Full Moon!!」
ジークが次に選んだのは、防御では無く迎撃であった。瞬間、拳同士が通常の人体からでは発生し得ない鈍く重い音を立てて衝突した。
「ぉぉぉおおおお!!」
「がぁぁああああ!!」
衝突の後、互いに後ずさる。無敵に思えたジークも、ここ二回の拳と息吹ではダメージが通っているようだ。
「がっ……ぁあっ……!!」
だが、メラの腕は先ほど同様にはじけ飛んでいる。それに、再生も先ほどまでより遅い。ここまでのことをやってジークにわずかなダメージを入れたのみ。このままではメラ勝ち目は無いだろう。
「ぐっ……モルガナ様……!!」
メラは一瞬距離が空いた隙に小さな錠剤を取り出す。誰かの名を呼び口に放り込み、噛み潰して無理矢理飲み込む。
「ほう。何か知らんが……ぬッ!?」
「GOOAAAAA!!」
瞬間、先ほどのものより強力な息吹が飛来する。ジークは異様な雰囲気を感じ取り、この戦闘で初めて回避を選択した。そして、それは恐らく正解だっただろう。
「GURURURURURURU……UUAAA!!」
「Typhoon!!」
メラの目からは理性の光が消えている。戦術も戦略も無い単調な動きだ。カウンターを合わせるのは訳の無いことだ。
「GOUAAAAA!!」
「……!!ふんッ!!」
しかし、あたえたダメージは与えた傍から治癒していく。すぐさま反撃が飛来し、近距離での殴り合いが始まる。
「Full Moon!!」
「GYAOAAAAAA!!」
明らかに再生速度が向上している。無尽蔵の再生力と鉄壁の肉体。共に千日手に追い込まれることとなるが、息吹や毒など手札が多い分近距離での正面からの殴り合いはメラが有利だろう。
「ならば……Get Wild!!」
「GURUOAAAA!!」
ジークの選んだ手はタックルだ。ここまで拳と蹴りと投げしかしてこなかったところに体当たりだ。知能が大幅に下がっているような状態だ。メラは防御も回避もできずに吹き飛ばされる。
「さて……」
ジークのスキル《筋肉》。基本的にそれは、所有者に魔導にも物理にも病毒にも強い耐性を持つ超常の肉体を授ける力だ。
「仕方がないから見せてやろう」
ジークが何かの構えを取る。そして、息を吸って口を開く。
「《筋肉》……超動!!」
ジークの纏う雰囲気が一変する。全身から蒸気が噴き出し、その動きが速く鋭く重くなっていく。素人だろうが理性がなかろうが、分かる。今のジークは化け物だ。
「GUOOAA!?」
「Sunrize!!」
次の瞬間、メラの体ははるか上空まで吹き飛ばされていた。メラは、全く反応できていなかった。
「GOOOOAAAAA!!」
しかし、メラも人外。空中で無茶苦茶に体を捻り、一瞬で再生した腕を振るいジークの心臓を貫かんとする。
「効かん!!」
しかし、異形と化したその腕は掠り傷一つも負わせられず、ジークに命中した瞬間に腕の方が砕ける。
「The Fall!!」
「GYOAAAAA!!」
空中で顔面を掴まれたメラは、そのまま地面まで投げ飛ばされる。全身が砕け再生までにほんの一瞬だけ隙が生まれる。
「Only……」
ジークは空を蹴り斬り裂いて地面にできた巨大なクレーターの中心にいるメラに首に手をかける。
「You!!」
「GIIIIAAAAA!!」
再生の終わらぬ一瞬の間に、メラは再度投げ飛ばされる。クレーターから放り出され、地面に激突する。
「ふんッ!!」
ジークは一跳びにクレーターを飛び出しメラの元に迫る。
「GIIIIIIOOOOO!!」
だが、今度はメラの再生が間に合った。メラの口からは、もはや本物を越える威力を持つ竜の息吹が放たれる。その熱線は、防御姿勢も取らずに向かってくるジークに直撃する。
「Full……」
しかし、爆煙の中から完全に無傷のジークが煙と空を斬り裂いて現れる。
「Moon!!」
「GYAOOOOOO!!」
真正面からの馬鹿正直な一撃。しかし、その速度と重さにメラは全く反応できない。拳に腹を穿たれ真後ろに吹き飛ばされる。
「はッ!!」
ジークはすさまじい速度で吹き飛ばされたメラのもとへ向かう。そして拳を構えるが、それを降ろした。そして、ジークの様子が変わってから丁度十秒が経った時、噴き出す蒸気が収まり元の姿に戻る。
「……さすがに耐えれなんだか」
メラは拳を食らった腹の部分が円形に消し飛ばされており、腰から首の下にかけて消失していた。内側は拳や空気との摩擦のせいか焼けている。再生も始まっておらず、絶命しているのが見て取れた。
「さて……本来なら進軍なんだろうが……」
ジークは自らの後方にいる同行していた軍の元へと戻る。そして皆に語りだす。
「私は依頼された分の仕事はした。少し休息が必要になったから休ませてもらう」
「は、はい。了解いたしました」
受けた依頼は大まかに言えば一騎当千の怪物を倒し戦況を変えることだ。依頼自体はすでに達成したと言っていいだろう。
「お疲れ様です」
「ああ。すまないな」
ジークは用意された自室に戻る。ジークの《筋肉》の力、超動は、10秒間だけ所有者の力を引き上げるものだ。魔力由来の全てや病毒を完全に無効化し、物理的なものに対しても常軌を逸した耐性を得るのだ。もちろん体に負荷がかかるが、軽く休息を取れば何の問題もない軽いものだ。
「ふぅ……」
ジークは息を吐き出し目を閉じる。この地の戦闘は、人類の勝利で幕を閉じた。




