124 新しい聖女
「【炎赤波爆】!!」
放たれた熱線に当たった雑兵が一気に消し飛ぶ。開戦から二ヶ月ほどが経ち、ホワイトコーク万年氷床では戦場となった場所の半分以上が魔王軍に制圧されていた。
「戻ったよ」
「お疲れ様です」
拠点に戻ればアイカが先に戻ってきており、出迎えてくれる。開戦直後に序列騎士が来てからは、ここ二ヶ月大きな戦力は送られてきておらず、防戦に徹する人類軍を少しずつ殲滅していっている状態だった。
「あ、帰ったら司令部に来てくださいって」
「ん、分かった」
雑兵の殲滅が二ヶ月かけても終わっていないのは、斥候に時間をかけているからだ。私とアイカを直接呼ぶのなら、新たな敵でも現れたのだろう。
「来てくださいましたか」
扉を開けると司令官が報告書らしきものから顔を上げてこちらに視線を送ってくる。最近は大きな戦闘も無く戦争全体でも大きな動きは無い。司令官の顔に滲む疲労の色はそこまで濃くない。
「戻って早々悪いですが……用件だけ手短に」
司令官は手元で見ていた資料を私とウルカの方に差し出してくる。見てみれば、斥候が持ち帰った報告のようだった。
「聖女が現れたようです。明朝、お二人のうちどちらかにその討伐に向かってもらいます。かなりの規模の軍を率いているようですので、もう片方の方は雑兵の殲滅をお願いします」
「「分かりました」」
アイカと一瞬顔を見合わせる。一瞬のアイコンタクトでなんとなくの意思疎通が完了する。
「……私が聖女の方に行きます」
聖女と言えば、先代のことは記憶に新しい。いつの間に新たな聖女が生まれていたのか知らないが、出て来るなら殺すだけだ。
「分かりました。それでお願いします」
司令官は私たちから報告書を回収すると、新たな紙を引っ張り出して書類仕事の準備をする。
「お呼び立てして申し訳ありません。明日に向けてお休みになって下さい」
「いえ。ありがとうございます」
「大丈夫です。ありがとうございます」
私とアイカは退室する。眠ったり食事を摂るわけではないが、明日に向けて用意されている自室で休むことになる。たぶん二人で魔術の訓練でもしていることになるだろう。
「聖女ね……」
「知ってるんですか?」
「……いや。知らないよ」
※
「それでは、お願いします」
日が昇る前の時刻、私とアイカは拠点を発つ。奇襲をかけ聖女を確実に始末する算段だ。
「はい」
「了解です」
ホワイトコーク万年氷床は平坦な地形だ。拠点は下に掘って作っているが、そこ以外では隠れて移動したりすることは出来ない。暗いうちに最速で接近し、反応される前に高火力を叩き込むことで奇襲を成立させるのだ。
「『ユルサナイ』」
「『ダイジョウブダカラ』」
同時に覚醒状態となり、高く飛び上がる。それぞれ《強化感覚》と【騒音】があるので暗がりで上空からでも状況の確認はできる。
「……あれですかね」
「ぽいね。狙おう」
敵陣の遥か上空、気が付かれる前に聖女と思しき影を確認する。狙いを定め魔力を練る。先制して一撃で終われば最善だが、流石にそうはいかないだろう。ここからの戦闘の流れを頭の中で組み立てていく。
「【迅細炎】!!」
ほんの一瞬の発光の後、糸よりも細い軌跡を残し、聖女と思しき影めがけて炎が迫る。
「敵襲だ!!」
炎が影に命中した後、一拍置いて敵陣から声が上がる。炎は影の頭蓋を貫通し、確実に命を奪っていた。
「一応確認するからとりあえず周りのお願い」
「分かりました」
アイカと共に降下する。雑兵も全て殲滅するつもりなので、接近して片付けにかかる。
「【焔槍】……【炎獄結界】!!」
聖女の周りに円形に槍を放ち、そこから結界を展開し聖女の死体を確認しに行く。耳を傾ければ、アイカが雑兵を処理しているのが聞こえてくる。
「え……いや……そういう……」
眼前の死体を見て、一瞬動きが止まる。
「死になさい!!」
死体を確認すれば、それは偽物だった。精巧につくられ、暗がりの中では本物と見分けがつかない程のものだ。誘い込んでの奇襲を狙っていたのだろう。付近に隠れていたらしい槍を持った女が奇襲を仕掛けてきた。
「くっ……【焼剣・灰烈】!!」
「くぅっ!!」
軽く躱して斬りつける。驚いたものの、問題なく躱すことができた。目の前の存在は、構えからも纏う雰囲気からも大した脅威ではなさそうに見える。だが、油断はしない。
「【回炎鎧】【灰烈炎刃】!!」
「くっ……ふっ……!!」
女は振るわれた剣をギリギリで回避し後退する。握る槍は良いものに見えるが、実力が伴っているようには見えない。
「……新しい聖女ってあなた?」
新たな聖女は先代と同じように戦闘を主とした者だと聞いている。ふと気になったことが口から漏れた。
「そう、よっ!!」
魔力を練りながら問いかけてみると、槍と共に返答がある。放たれた一撃はそこらの聖騎士なんかよりはずっと鋭いが、先代の聖女はおろか、ローグやキリアにも及ばないように感じる。自分が強くなったのを差し引いても、速さも重さも精巧さも先代の後釜には足りていないように思える。
「あなたは噂に聞く怨嗟の魔女ね?ロンギヌスの錆にしてやるわ」
「あっそ。【炎赤波烈】!!」
聖女の言葉は適当に聞き流し一瞬槍に注視する。名ありの武具で聖女のものとなれば、神器の類いだろうか。警戒はしておくべきだろう。
「なぁっ……くぅっ……!!」
聖女は全方位から迫る熱線に手こずっていたが、槍で受けつつ体勢を崩しながらも何とか無傷でやり過ごして後退する。が、背後は炎の結界だ。逃げ続けることは出来ない。
「く……はぁっ!!」
「【柳燐】」
苦し紛れに近い反撃を受け流し、流れるように次の一撃に向けて動く。
「【灰烈炎刃】!!」
「く……ぅ……ふ……うぅっ!!」
トドメを刺せるかと思ったが、聖女は次撃にはギリギリで対処して見せた。崩れた体勢からなんとか前に踏み出し、槍で剣を受けて見せた。
「は……ぁっ!!」
「【炎流波紋】!!」
反撃に放たれた槍の一撃を受け流し、そのまま返して剣を振るう。どうも近接戦闘が得意なわけではないらしい。
「【円灼】!!」
「くぅっ……ふんっ!!」
何度も打ち合って行けば、こちらの優勢で少しずつ炎の結界まで追い詰めていける。神器の力を使ってこないのは不気味だが、決めにかかる。
「【灰烈】!!」
「ぐっ……くぅ……!!」
流れの中で剣を振るい、聖女の体勢を崩しにかかる。ほんの少し崩れたのを確認し、剣を手放す。
「【爆纏脚】!!」
私が剣を手放したのを見て反応が遅れ、放たれた蹴りは防がれること無く綺麗に聖女の腹に吸い込まれる。
「あっ……がっ……!!」
嫌な音を立てて蹴り飛ばされた聖女は地面に倒れる。腕をつき立ち上がろうとした頃には、私は剣を構え次の一撃を振り下ろし始めていた。
「【焼剣・炎赤波斬】!!」
「ひっ…があぁあぁぁ……!!」
振り下ろされる剣に対し何とか防御をしようと試みたものの、叶わず聖女の腕が飛ぶ。握られていた槍が地に落ち氷とぶつかって高い音を立てた。
「【灰烈炎刃】!!」
「いぃっ……あぁぁぁああ!!」
残された腕も宙を舞い、聖女の顔は恐怖と苦痛と絶望に歪む。
「【焔槍】」
無数の槍を宙に浮かせ、その照準を聖女に合わせる。私は聖女以外からの攻撃に意識を向けつつ、語りかけた。
「本当に聖女?その武器は何?」
「ひっ……は……あ……ぁ……」
しかし、聖女はこちらの問いに答えられないようで怯えているだけだった。
「はぁ……」
「あっ……まっ……おごぉ……」
無数の炎の槍が聖女の体を貫く。体の九割以上が消し飛び残った部分も真っ黒に焦げて煙を上げる。聖女は人だったと判別することのできない炭素の塊となり、崩れて砕けて散乱した。
「あ、終わりました?」
「うん。私たちが見たのは偽物だったっぽい」
「え、どうしたんです?」
「本物っぽいのが出てきたから殺した。ただなんか弱かったし一応周りの確認してから戻ろう」
「そうなんですね……分かりました」
二人が知るわけは無かったが、先ほどの聖女は正真正銘本物であり、歴代の戦闘を主としてきた聖女の中で最弱の者だった。
「生存者いた?」
「一人もいません」
ナート教では勇者と聖女のどちらかは居るのが常であり、両方が居ない状態は問題であるとして急遽擁立された不適格な者だったのだ。教会としても戦場に出すつもりのないお飾りの聖女だったが、上位の序列騎士六名が行方不明となっている今送り出さざる負えなかったのだ。
「その槍、あれが本物の聖女なら神器だと思うんだけど……なんの力があるのかも分かんなかったし気を付けてね」
「分かりました。持って帰ります?」
「一応ね」
聖女の持っていた神器、ロンギヌス。本来であれば、あらゆるものに命中し傷つける力と刺した者の傷を癒す力の二つの力を持っている神器だ。しかし、十分に戦う力も無く惹かれ合う神器も無かった聖女に仮の形で預けられたものであり、その力を欠片も発揮していなかったのだ。聖女は神器の力を使わなかったのではなく、使えなかったのだ。
「なんか拍子抜けっていうか……聖女っていうからにはもっと強いと思ってたんだけどな」
「そうなんですか?まあ楽に勝てたなら良いじゃないですか」
「まあそうだね」
かつてウルカが戦った聖女、バーバラは、上位の序列騎士と同じかそれ以上の力を持ち、歴代の聖女の中でも最上位クラスの力を持つ聖女だった。新たな聖女が不適格なことを差し引いても、バーバラと比べてはそれは見劣りしてしまうだろう。
「一応最後に全体焼いて戻ろうか」
「分かりました」
人類軍の拠点の後に火を放ち、ウルカとアイカは魔王軍の下へと帰還を始める。
「……戻ったらまた魔術の練習しよっか」
「はい!教えてください」
この聖女の死から戦争が大きく動いて行くことになろうとは、二人は知る由も無かった。
「聖女……んー……でも……まいっか」
「何か言いました?」
「ん?いや、何でもない」
大地のずっと先を見れば、ちょうど日が昇ってくるところだった。




