122 クライン対エンティ
「ゆっくりやっていこうかのう。【戦槌】」
「!?」
クラインの手に長く巨大な戦槌が現れる。魔者や精霊術師などの魔導を扱う者の作るそれとは違い、火や水で形成されているのではなく、木材や金属が複合的に使われた普通の戦槌だった。
「何か知らないけど……面白いじゃない」
クラインとエンティが同時に駆け出す。エンティの率いる兵たちも動きだし、クラインに向けて殺到する。
「さて……雑兵からかのう」
一見して無造作に振るわれた戦槌がクラインを囲むようにしていた兵たちを襲う。兵は自身の武器の間合いにクラインを入れることもできずに吹き飛ばされていく。
「相手にならなそうね。はっ!!」
「ふんっ!!」
戦槌と剣が衝突する。高い金属音を出し、その重さにクラインとエンティは互いに後ろに吹き飛ばされる。
「なんと……想像以上に重いな」
戦槌と剣がぶつかれば、基本的には戦槌の威力が勝るだろう。しかし、エンティのもつ《過重》のスキルの力により互角以上の結果をもたらしていた。
「しかし……面倒だのう。【鞭剣】」
クラインはエンティとの距離が空いたところに迫る兵たちを一瞥し、戦槌を手放す。戦槌は地面に衝突する前に消失し、次の瞬間にはクラインの手には鞭のようにしなる長い剣が握られていた。
「ふんっ!!」
舞うように、不規則な連撃がクラインの周囲で暴れ狂う。一瞬打ち合える者もいたが、少しして雑兵は一人残らず斬られ弾き飛ばされる。
「ふっ!!思ったより早かったわねっ!!」
「ぬうっ……ふんっ!!甘い兵ばかりだっただけじゃわい」
クラインはすんでのところで目前に迫っていたエンティに対処する。鞭剣で受ければ確実に圧し負けるのが分かっている以上、ここは回避を選択する。
「これでやっと、おぬし一人に集中できるわい。【槍斧】」
鞭剣を手放したクラインの手に巨大なハルバードが出現する。クラインはそれを両手で構えエンティを見据えた。
「相手にならないみたいだし下がってなさい」
エンティは残っている兵に指示を出し剣を構えてクラインに視線を送る。
「ふっ……!!」
「しっ……!!」
そこそこの距離はあったが、それは一瞬で詰められ武器のぶつかり合う音が響く。何度も何度も金属音が響き、互いに無傷で互角の勝負が続く。
「ぬっ……ちぃっ……」
「もう終わり?はぁっ!!」
クラインは打ち合う内に少し違和感を覚えたが、それを解き明かす暇はなく少しずつ押され始める。
「仕方無い……【刀】!!」
槍斧で打ち合う途中で片手を離し、刀を創りありえない位置とタイミングからの奇襲をかける。
「なっ!?くっ……!!」
エンティはギリギリで対処したものの、攻撃の手は止まる。仕方なく後ろに退き体勢を立て直すことになった。
「……ふむ。なるほど。重くなっておる。そんなこともできるのか」
クラインは一瞬のうちに違和感の正体を把握する。先程まで振るっていた槍斧が重くなっていたのだ。
「あら、ばれた?」
エンティのスキル《過重》は、自身と自身の触れているものを重くするスキルだ。だが、効果は小さくなるものの武器越しでも効果を発揮することができる。クラインの槍斧はそれによって重くなり、違和感を生んでいたのだ。
「ふむ……ちと面倒じゃのう。【槍斧】」
手の中の刀と槍斧を消し、槍斧を再生成する。すると、重さは引き継がれていないようだった。
「じゃがまあ、これならどうにかなるかの。【爆弾】」
クラインの悪魔の書はあらゆる武器を創り出す力を持っている。近距離戦ではやりづらいのなら、遠距離から戦っていける手を考えるのみだ。
「ほれ。どうする」
無造作に放られたのは十個の黒い球体。あたり一帯を吹き飛ばすような代物ではないが、人ひとり殺すには十分すぎるものだ。
「ちっ……!!」
エンティは飛来する爆弾を斬り伏せるが、全ては防ぎきれずに後ろに退いて回避した。
「【弓】」
クラインは弓と矢を生み出し煙の中のエンティに向けて追撃の準備をする。しかし、次の瞬間体にすさまじい力がかかる。
「これは……くっ……!!」
「ふんっ!!」
煙を越え、クラインの体はエンティに向かって落ちていく。そして、剣を構えたエンティはクラインの落下に合わせて過重を受けた剣を振るう。
「ごっふ……なるほど……黒穴……対処しきれなんだ」
エンティの神器、黒穴の力は使用者に向けてあらゆるものを引き寄せる力だ。エンティに向けてすさまじい重力がかかるようなもの。強制的に引き寄せられてしまうのだ。
「……ちゃっかり防いでるじゃない」
真っ二つに両断された盾がクラインの足元で消失する。クラインは不意を突かれた一撃にも対処していたのだ。ギリギリで盾を創り、剣の一撃を軽減することに成功していた。
「……まあ、そうじゃの。年季が違うんじゃよ」
命には届いていないとはいえ、浅い傷ではない。クラインは一度深呼吸し、エンティを見据えた。
「そう?まあでも、終わりね」
瞬間、エンティはもう一度黒穴の力を起動する。クラインの体はエンティに向けて落下し始め、エンティは剣を構えてトドメを見舞う構えを取る。
「とりあえずはこうかのう。【三叉槍】」
クラインはエンティに向け、大量の槍を生み出す。黒穴の対策に、下手に引き寄せては自滅する状況を作り上げた。
「そう。でも……はぁっ!!」
エンティは気づくとすぐに黒穴の力を止める。そして横に跳び槍を交わしてクラインにトドメを刺しにかかる。しかし、それは失敗に終わる。
「【大鎌】!!こんなのはどうじゃ?」
クラインの手には巨大な鎌が握られていた。武器として特別強くはないが、変則的で咄嗟に相手をするのは面倒なものだ。何度か打ち合った後、互いに弾かれ距離が空く。
「ちっ……!!」
「少し、無茶するかのう」
クラインは決めきれなかったのを悔やむエンティに向けて構えを取る。
「【遠隔飛翔体・剣】」
瞬間、クラインの背後に数十数百の剣が生まれ、宙に浮かび円をなし回転し始める。
「なんっ!?」
「行け」
エンティは驚きに一瞬動きが止まる。その瞬間に、クラインの背後に浮かんでいた剣全てが意思を持っているかのように動き出し、エンティに向けて殺到する。
「なっ……くっ……これはっ……!!」
エンティは全方位から迫る剣に何とか対処していく。しかし、いくらなんでも数が多すぎるし、一つ一つが的確に命を狙ってくる。後手に回り、小さな傷が増え続けていった。
「ふぅ……行くかの。【槍】」
クラインはエンティとの距離を一気に詰める。手には槍が握られ、ここで決めに行くつもりだ。
「くっ……ちぃっ!!」
「ふんっ!!」
剣と槍がぶつかり合い高い金属音を奏でる。本体は剣の操作がしやすいよう間合いの長い武器で攻め、無数の剣で全方位から攻める。どちらかを解決しようにももう片方が邪魔でどうにもならない。
「ならっ……!!」
エンティは黒穴の力を起動する。クラインを自身に近づけ剣を使いづらくすると同時に槍の有効範囲を外そうという魂胆だ。
「乗ってあげようかのう。【戦棍】」
クラインは黒穴の引力に乗ってエンティに肉薄する。消えた槍の代わりに握られたメイスを引力に乗って振りぬく。
「ふんっ!!」
「はぁっ!!」
最接近した状態せ剣とメイスが何度もぶつかり合う。空中の剣は下手に動かせば自分に当たってしまうような距離だ。クラインは空中の剣を活かしきれていなかった。
「そうじゃのう……」
カシャン、と音がしそれが連鎖する。空中に浮かんでいた剣が全て地面に落下したのだ。クラインも空中で剣を浮かせて操作し続けるのは負担になる。一度操作を解除し近距離戦に集中する。
「【戦棍】」
両手にメイスを持ち、単純に手数を増やす。片手で扱うには重いが、《器術》のスキルによりそれも可能となる。武器を扱っている間、自身と武器を強化できるのだ。
「ぐっ……ちぃっ……!!」
「ふんっ!!」
ひと際大きな金属音が響き、互いに弾かれ距離が空く。エンティが一度距離を取ったのだ。
「良いのか?なら……【遠隔飛翔体・全】」
瞬間、クラインの背後に多種多様な無数の武器が現れ、それらすべてがエンティに向けて発射される。
「ふぅ……ふっ!!」
息を整えたエンティは、読んでいたのかすぐに動き出した。クラインに向けて駆け出し、その間に黒穴の力で飛来する武器を全て自身に引き寄せる。
「ふんっ!!」
武器が着弾するまでの一瞬。その短時間でエンティはクラインまでの間合いを詰め、剣を振るった。
「ほう……【薙刀】」
「ふんっ!!」
クラインは長物を創り迎え撃つ。だが、エンティはそれより早くクラインの懐に入り込む。クラインは仕方なく空中の武器類の制御を手放し、それを確認したエンティは黒穴の力を解除する。
「なんっ……」
クラインは、次の一手への対処が遅れた。エンティが剣を捨てたのだ。
「おっ……らぁっ!!」
エンティはクラインの腕をつかみ、真上に蹴り上げる。本来の体重の何倍にもなっているエンティの一撃は、クラインを魂綴之箱で取られた空間の上限まで打ち上げる。
「なんっ!?」
そしてクラインは気づく。自身の体が普段の何倍もの重さになっていることに。
「落ちろ!!」
エンティは黒穴の力を起動する。クラインを落とし、落下死させる算段だ。
「ほう。悪くない。じゃが……」
しかし、クラインもそれにはすぐに気づいた。そして、対処できてしまった。
「……【遠隔飛翔体・盾】」
パチン、と指を鳴らす音が響く。そして次の瞬間クラインは宙に浮かぶ盾に乗り、ゆっくりと下降し始める。
「なっ!?」
「行け」
「がっ……?」
エンティは思い至っていなかった。クラインが武器を手放した時は即座に消失していたのに、宙を舞っていた武器は地面に残されていたことに。黒穴の力が効かずゆっくりと下降してくるクラインに驚いている間に、真後ろから複数の剣がエンティを貫いていた。
「儂の神器はアンジェリカと言っての。儂と儂の触れるものに対する、魔導や神器の影響を取り除けるんじゃ」
クラインの神器、アンジェリカは右手の中指に嵌まっている指輪だ。指を弾き、黒穴の影響を排していたのだ。
「ふむ……そろそろ良い時間かのう。死んではおらんじゃろう。しっかり治療さえ受ければ無事に治るじゃろうて」
クラインは、最後にそう言うと姿を消した。




