120 ネイ対カドル
「えいっ!!」
「ぬっ……!!」
どこか気の抜ける掛け声と共に放たれたのは、並みの存在ならば一撃で消し飛ぶであろう拳だった。光を纏ったネイの拳を、カドルはガントレット型の神器、レッドで受ける。
「レッド!!纏え!!」
「んっ……」
雷光がカドルのガントレットから走り、ネイに向かって振るわれる。ネイは羽のように宙を舞い、一回転して躱して着地する。変わらず無表情ではあるが、どこか楽しそうにしている。
「行くぞ!!かかれ!!」
カドルを除く他の聖騎士や兵も動き出す。各々武器を構えネイに向かって走り出す。
「弱いのじゃつまんない。引っ込んでて」
「なっ……がぁっ!?」
ネイが迫り来る兵に向けて腕を振るうと、光の球がいくつも浮かび、その全てが兵たちに向かって飛んでいく。
「えいっ!!」
光の球に一拍遅れてネイが飛び出し、光の軌跡を残して地面すれすれを飛んで兵たちに拳と蹴りを叩き込んでいく。
「ったく……走れ!!」
「んっ……!!」
カドルの腕が振るわれると、雷撃がネイに向かって走る。気づいたネイはすぐに回避し当たらないが、雑兵への対処は中断される。
「つまらないなら私が相手をするよ、お嬢ちゃん。んで、お前らは下がっとけ。たぶん相手にならん」
「うん。その方が楽しい」
カドルの言葉に雑兵が下がる。ネイとカドルは相対し構えを取り、膠着が訪れる。
「ふんっ!!」
先に動いたのはネイだった。光の翼をはためかせ、全身に光を纏って正面から突撃する。
「纏え!!」
カドルは雷を纏った拳で正面から迎え撃つ。光と雷がぶつかり合い轟音と閃光をまき散らす。
「ちっ……!!やりずらい……」
向けられる殺意も戦闘の実力も本物だ。しかし、如何せん見た目が何ともやりづらい敵だ。カドルはどこか全力を出し切れないでいた。
「走れ!!」
カドルは雷撃を放ち無理矢理距離を空ける。ネイの拳はその見た目に似つかわしくない重さを持ち、格闘技術もすさまじい。想像以上のそれに一度間を取り呼吸をする。
「んっ……ふんっ!!」
ネイは後ろに飛んで回避すると、すぐさま地面を蹴って正面から突撃する。が、動き自体は単純な突撃の繰り返し。カドルに対処できないようなものではない。
「弾けろ!!」
カドルの両の手の間に雷が走り、それが一気にネイに向けて弾ける。面を制圧し迫る雷に、ネイは減速も回避もせずに突っ込んだ。
「いけっ!!」
瞬間、光の球が大量に生まれ、ネイを越えて放たれ迫る雷と相殺される。そして、ネイはカドルに肉薄する。
「纏えっ!!」
「えいっ!!」
再度、轟音と閃光が弾ける。そして、今度はネイが距離を取らせること無く連撃を叩き込む。
「おりゃっ!!」
「ちぃっ……!!」
二人は光と雷をまき散らしながら撃ちあい、次第にカドルが圧されてゆく。
「……えいっ!!」
何度も撃ちあう中で、ネイが動いた。連撃の中、一瞬の溜めの後に、これまでとは明らかに出力の違う眩い光を纏った拳をくりだした。
「ぐっ……!!」
カドルはレッドで受けるが、大きく後ろに吹き飛ばされる。しかし、すぐに立て直し構えたものの、追撃は飛んでこなかった。
「……ねぇ、ちゃんとやってよ。つまんない」
無表情だが、不満そうでつまらなさそうな顔をしたネイがカドルに話しかける。
「…………」
カドルは逡巡する。眼前の存在は敵だ。それも、ナート教の施設を襲撃し破壊したアジキ教団を名乗り、強大な力を持っている。見た目が幼いからと言って、侮ることもできなければ加減することもできない。
「……来ないなら行くよ」
返答も行動もまたず、ネイは地面を蹴ってカドルに向かって動き出す。
「【力】」
ネイが一言呟くと、ネイの纏う力が一気に増大する。ネイの力の源は三つ。光の力を授ける神器、身体能力の強化と格闘の才を授ける《拳聖》のスキル、そして、悪魔の書だ。ネイは今、自身の持つ悪魔の書に宿る二つの力の内の一つ、自己を強化する力を使ったのだ。
「なっ……!!」
カドルは驚愕した。これまでの段階でも、下位の序列騎士であれば簡単に負けていただろうというだけの実力はあった。そこから大きく強化されたのが見てわかるのだ。危険を察知したカドルは加速するネイに向かって拳を振るった。
「えいっ!!」
「纏え!!」
瞬間、先ほどまでとは比べ物にならないほどの閃光と轟音が弾け、周囲が白く染まる。少しして光が晴れれば、そこには少し姿の変わったカドルとネイが立っていた。
「舐めていたな……お嬢ちゃん」
「うん。でも、これから楽しくなりそう」
無表情気味のまま嬉しそうに笑うネイの前には、レッドを起点に全身から稲妻を走らせ、さらにレッドに炎を纏ったカドルが居た。雷を体に流し身体能力を無理矢理底上げし、スキル《操炎》の力で炎を操る。カドルは本気を出すことに決めていた。
「えいっ!!」
「纏えっ!!」
拳がぶつかり合う。火雷と光がぶつかり合い光と音と熱があふれ出す。一撃一撃がまともに食らえば致命を越え肉体が消し飛ぶほどの必殺の一撃。それが何度もぶつかり合い、その衝撃で周囲の環境が少しずつ抉られていく。
「きりがない……」
「行く」
ある瞬間、乱打の中で一瞬だけ間が空く。双方が同時に深く構えを取り、もう一度拳が振るわれる。
「ふんっ!!」
「壊せっ!!」
これまでで、最大の衝撃。閃光と轟音は魂綴之箱で閉じられた空間を満たし、白で染め上げる。
「放て!!」
「おりゃあっ!!」
白が晴れた空間で、距離の空いた二人が互いに火雷と光を放つ。それが衝突し、空間をもう一度真っ白に染める。
「ふんっ!!」
「壊せっ!!」
まだ音も光も止まぬ間に、二人は肉薄しその拳が衝突する。殴り、受け、躱し、延々とゼロ距離で殴り合う。一撃一撃が周囲を破壊する火力を持ち、雑兵は眺めるしかできず、大地は少しずつ更地へと近づいていく。
「ごぼっ……滅せよ!!」
乱打の中のある瞬間、カドルが防御を捨て極大の一撃を放った。ネイの拳を受けてはただでは済まないが、一撃だけなら鎧が肩代わりしてくれるという計算の下だった。そして計算通り、傷は命に至らず重傷で済む。
「んっ……!!」
回避も防御も間に合わない。完全な無防備では無かったものの、不完全な防御で受けたその拳は、ネイの体を魂綴之箱で閉じられた天井に叩きつけるのに十分すぎる威力があった。
「けほっ……」
ネイの体を貫いたのは、想像を絶するほどの、雷と熱と衝撃。追撃の隙となりうるだけの時間をカドルに与えてしまう。
「爆ぜろ!!」
カドルの両手の間に火雷が生まれ一気に増幅し、放たれる。破滅的なほどの炎と稲妻がネイに向かって殺到する。
「ん……えいっ!!」
が、何もできないネイでは無かった。空中で何とか姿勢を立て直し、光で壁を作り何とか防ぎにかかる。
「んぐっ……くぅ……」
かなり減衰はできたものの、大きく傷を負ってしまう。しかもその頃にはカドルは追撃の準備を終え、こちらに向かって走り出していた。
「滅せよ!!」
「ん……おりゃあっ!!」
カドルの最大火力に合わせてネイも拳を放つ。何度も繰り返された衝突に、轟音と閃光が空間を満たす。
「んっ……くぅ……」
ネイは力負けして大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。傷こそ増えていないものの、体勢も悪く、カドルが迫ってくるのが分かる。
「【もっと】!!」
カドルが肉薄する前に、ネイが言葉を発する。それに反応したのか、背にした翼が、頭上の輪が、纏う光が、輝きを増し大きくなる。悪魔の書の力が、ネイの肉体だけでなく扱う神器にも影響し始めたのだ。
「なにっ……いや、いい」
カドルは一瞬驚くが、すぐに視線を戻しネイに向かって拳を振るう。
「滅せよ!!」
「おりゃあっ!!」
戦い始めてから最大の衝撃が周囲を破壊する。ぶつかり合った拳を起点に大地が更地と化していく。
「えいっ!!」
「滅せよ!!」
そのまま互いの最大火力での撃ちあいが始まる。乱打の中、一撃一撃がその余波だけで空気を震わし大地を抉る。二人には永遠に感じられるほどの一瞬の中、限りない拳の雨の応酬が行われる。
「ふぅ……」
「ん……」
ふとした瞬間に、同時に乱打が止む。互いに次の全力に全力をかけるきなのだ。《操炎》の炎は自らを焼くし、悪魔の書の神器への影響は長く持たない。互いに長くは戦っていられなかった。
「爆滅しろっ!!」
「んぅりゃあっ!!」
双方、最後を感じた一撃。生まれた轟音は、閃光は、衝撃は、周囲から音を奪い空間を白く染め上げ大地を砕き空気を破る。ぶつかり合った拳は天変地異にも似た何かを引き起こしていった。
「……まだ立っているか」
「ん……まだ立ってる……」
更地となった地面に立ち、互いにまだ戦意を失わずに立つ相手に驚愕する。再度、衝突が起ころうかといったところで、ネイが動いた。
「まだ遊びたい……けど……時間も丁度いいし……帰らなきゃ」
「何?」
次の瞬間、ネイの両手の間に光の球が生まれ、どんどん輝きを増していく。カドルが止めるよりも早く、それは炸裂した。
「楽しかった。ばいばい」
「なっ……くっ……!!」
ネイが目を閉じ後ろに飛ぶと、その手元にあった球が爆発し、光の奔流があふれ出す。すさまじい光量にカドルの視界は真っ白に染まり、ネイどころか自身の手元も認識できなくなる。
「くっ……何が……」
ダメージも無いし傷も負っていない。今の光の奔流で体に異常は全く起きていなかった。ただ死ぬほど眩しいだけだ。
「逃げ……た?」
光が止むと、そこにネイはいなかった。ネイは戦闘の余波で気絶した雑兵たちとカドルを残し、光の中で消えていった。
「逃がしたのか……見逃されたのか……」
戦闘は、ほぼ互角だった。逃がしたと言えるほど勝ってはいなかったし、見逃がされたと言うには負けていなかった。
「……何だったのか、結局良くは分からなかったな」
こちらを殺しに来ていたわけではなさそうだし、互角の戦闘の途中で離脱を計ったし、最初に帰れと言っておいて帰らないと言ったら喜んだりなど、カドル側からはネイの目的が全く分からなかった。
「……とりあえず、向かうか」
カドルは気絶している自身の率いる部隊の者たちを起こし、戦場に向けて歩き出していった。




