12 指名依頼
「あ、ウルカさん。指名依頼が来ていますよ」
「へ?何でです?」
今日は借金を返せそうだしいつもより少し早く冒険者ギルドに来たのだが、依頼を見る前に声をかけられた。ちなみに指名依頼とは、冒険者個人に名指しで依頼を出すという方法の依頼だ。しかし、昨日Cランクになったばかりの新人に指名依頼が来るなど前代未聞だ。
「実はですね、今掲示板にも張り出してあるんですが今度大規模にオーガを討伐しに行くんですよ。本来ならいないはずの場所でオーガが大量に発生していて、上位種も確認されたそうです。そこでBランク以上の戦力が欲しいということになって、ジェイルさんがあの子強かったし呼んでみるかって言ってて呼ぶことになったんですよ」
「なるほど…それって強制ですか?それに私Cランクですよ?」
隊の中に勘の良いヤツがいれば自分の正体に気づいて来るかもしれないし、大規模な討伐隊の中で戦闘するのはできれば避けたい。しかもBランク以上と言っておきながらCランクの私に声をかけて来るとはどういうことなのか。
「まあそうですね。ほぼほぼ強制です。一応拒否できなくも無いですが、あまりくり返すとペナルティが発生しますし依頼者やギルドからの評価も落ちますし、基本は受けた方が良いとは思いますよ。それとランクについてはジェイルさんがBランクと同じだけの実力はあると評価していたので大丈夫ですよ」
「そうですか…わかりました。受けますよ、その依頼。それで、いつなんです?」
図書館のレベルを上げたいので評価が下がるのは困るし、あまり気は進まないが受けることにした。しかし、ジェイルにそこまで評価されているとは。喜ぶべきか、やり過ぎたと思うべきか。
「受けてくれるんですね。ありがとうございます。それで日時ですが、明後日の朝出発です。6時くらいですね」
「わかりました。じゃあ今日の分の依頼見てきますね」
明後日までに身体強化の訓練と誤魔化しを考えることが決定してしまい、小さくため息をつきながら依頼の掲示板の方へ向かう。
「はぁ…ちょっと面倒なことになったな…まあ明後日までに考えよう。今日は…これにするか」
とりあえず面倒ごとは未来の自分に丸投げし、Cランクの依頼を一枚取る。件のオーガの討伐依頼だ。大規模討伐の前から一応討伐依頼は出してるらしい。
「すいません、これ受けてきます」
「はい、オーガの討伐ですね。牙を持ってきてくれたら大丈夫です」
「了解です」
討伐の証は異常発達した2本の牙のようだ。
「了解です」
「はい。それでは、行ってらっしゃいませ」
見送られてギルドを後にする。依頼の場所はEランクの頃から変わっておらず町を出てすぐのいつもの森のため、迷うことも無く直ぐに辿り着く。
「さてと、探しますか」
身体強化の実験にきた時と同じように《強化感覚》全開でオーガを探し始める。
「今日はいないなあ…あ」
思っていたよりもオーガ探しに時間を取られてしまい、ギルドを朝出発したはずなのにオーガを見つけた時には太陽がかなり高いところまで登っており、もう昼前の時間帯になっていた。
「お昼には帰りたいし、さっさと終わらせよう。…ふううぅぅぅぅぅぅ…」
魔力と熱で自身の肉体を最大まで強化して、オーガの方に狙いを定める。向こうはまだこちらに気づいていない。
「直線移動ぐらい制御できないとね。はあぁっ!!」
制御の練習も兼ねて全力でオーガに向かって激突する。思いっきり振り抜いた拳はオーガの鳩尾に綺麗に当たり、オーガの腹に大穴を開けながら吹っ飛ばした。
「GRUUUUUUUU!?!?」
オーガは何が起きたのかわからないまま後ろに吹き飛ばされて行った。ドカーン、と大きな音を立ててオーガが後ろにあった木に激突して勢いが失われる前に7、8本へし折って停止した。その時すでに腹に大穴を開けたオーガは巨大な肉塊と成り果てていた。
「《強化感覚》全開でも速すぎてちゃんと周りが見えてないや。これは遠い道のりだなぁ」
オーガの死体に近づきながら身体強化の制御の難しさを再確認する。今回はオーガの方へまっすぐ入ったから良かったが、少しずれていたら木をさらに10本程度折っていたかもしれないし、魔力と熱の生み出すエネルギーは尋常じゃ無い。
「えーと、牙、牙…これか。よっ…と」
牙を根本から強引にへし折って回収する。身体強化はまだ持続しているので本来なら硬い牙も簡単に折れる。というか一本砕いて粉にしてしまった。
「さて…ちょっとやらかしたな。こんな木が何本も折れた戦闘痕、どうやって誤魔化そう…。まあとりあえずオーガは燃やそう」
周りに人がいないことは確認済みなので、炎をつけて死体をサクッと灰にしてしまう。
「死体は消せるけどこの痕は…うん。よし。逃げるか」
誤魔化せなさそうなので、さっさと現場から離脱して関係ないふりをしてギルドに依頼達成の報告をすることにした。身体強化を制御できる段階まで弱め、町に向かって走る。
「うん。これであの痕からは逃げ切れたね」
弱めたと言っても魔女の体をさらに強化しているのだ。人間を引退した超スピードで走り、町まですぐに帰ってくることができた。
「制御できないところは本当に制御できないからなあ。練習しないと絶対どっかでやらかすよ…」
町に入って強化を解除してギルドに向かう。オーガを倒せて周りを壊さない良い感じのパワーを出そうとしてもその火力は制御可能な域を超えてしまい調節できない。しかも制御できる段階を超えると勝手に最大火力になってしまう上、最大火力の状態の体はまともに制御できないのだ。
「ていうか明後日までに制御できる気はしないなぁ…暴発しないと良いけど。ま、やれることは出来る限り練習するってぐらいか」
明後日のオーガ討伐戦でやらかしそうで不安になる。
考え事をしながら歩いていると、すぐにギルドに着いた。
「すいません、戻りました。これ牙です」
ギルドに入ってすぐに受付で討伐の証拠を提出する。昼過ぎの時間帯で他の冒険者はまだ食事しているのか、並ばずに依頼の報告ができた。
「…はい、確認できました。依頼達成となります。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
報酬を受け取り、手持ちの金額と合わせて50000シエンはあることを確認し、受付の人に切り出す。
「あの、この人のところに5万シエン送って欲しいんですけど、大丈夫ですか。タケルって人です」
ナンバーと5万シエンを渡しながら言う。お金も溜まり生活費に消えなくなってきたので、良い加減借金を返さなければならないだろう。タケルは良いのに…。とか言いそうだが。
「…え?…はい、ええ、はい。ナンバーに間違いはありませんね。ちょっとすいませんが、この人とはどういう関係で?」
「?命の恩人みたいなものです。後その五万シエンは借りてました」
受付の人がものすごい困惑して驚いていたが、何か問題があっただろうか。それかタケル側に何かあるのか。
「あの、何かありました?」
「いえ。ただ、まさかウルカさんが“剣鬼”とお知り合いだったなんて、と少し驚いただけです。まあ業務には関係ないですしお金の返済はこちらで手続きを済ませておくので大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。あの、剣鬼って何ですか?」
返済は大丈夫そうだが「剣鬼」という初めて聞く単語が当然のように出てきて少しだけ困惑する。
「へ?ウルカさん知らないんですか!?」
「はい…お恥ずかしながら…」
どうやらそのレベルで驚くほどには有名な単語らしい。
「そうですか、分かりました…じゃあ簡単に説明しますね。“剣鬼”なんて冒険者の憧れですよ。なんせ“剣鬼”タケルと言えば、Sランク冒険者の1人ですから」
「そうなんですか!?タケルくん、強いとは思ってたけど想像以上にすごい人だったんだね…」
まさかタケルが世界に4人しかいないSランク冒険者の1人だったとは。
「そうですよ。あ、ついでに他のSランクの人についても聞いておきます?まあ名前と二つ名ぐらいですけど」
「お願いします。住んでる村から出たことがほとんど無くてそういうの全然知らないです」
「そうだったんですね。分かりました。今は他の冒険者も少ないですし、簡単にお話しますね」
そう言って受付の人は話し始めた。
「えっと、まずSランクの4人は、“金剛力”ジーク、“炎帝”オメガ、“聖女”バーバラ、そして“剣鬼”タケルの4人です」
「なるほど…」
「じゃあまず“金剛力”ジークさんからです。彼は今冒険者ギルドの総帥を勤めている人で、戦闘では1対1で負けることは無いと言われています」
「そうなんですね」
前と同じく簡潔に分かりやすい説明だ。
「次に“炎帝”オメガさんです。彼は今のSランクの中でも最も多くの魔物を討伐した冒険者で、戦闘では炎の精霊術を使うらしいです。ああ、ちなみにSランクのみなさんの戦闘がたぶん、だったり、らしい、だったりするのは皆さん戦闘に巻き込まれないように目視範囲内で観戦しないのでちゃんと情報がないからです」
Sランクは強すぎて戦闘を直接見れるような範囲にいたら危ないらしい。桁が違う。人の枠で語って良いのか疑わしいほどだ。
「それで、“聖女”バーバラさん。彼女はSランクの紅一点で、ナート教会の聖女と兼任してなおSランクの成績を出している猛者です。戦闘は光で攻撃する聖典術を使うらしいです」
「…聖女」
声が漏れる。顔に怨念が出ていないか少し心配だ。今代の聖女は魔女狩りを管轄しているらしいし、教会の中でも一番殺したい相手だ。
ちなみに図書館で読んだことだが、聖典術とは精霊術と似たようなものだ。教会の奴らがナート教の聖典から力を借りて超常現象を起こす術で、聖典が精霊の代わりの役目を果たしている。私の戦った聖騎士の盾やら斬撃もそうだったらしい。
「最後に“剣鬼”タケルさん。彼は、実際に戦ったわけではないですがSランク最強と言われています。戦闘は腰の剣を使うと思われますが戦いを見た人がほとんどいないらしくてちゃんとは分かってないです」
「そうなんだ…」
タケルが想像の何倍もすごい人であいた口が塞がらない。
「歴史上のSランクなら“破天荒”や“天剣”なんかが、Sランク以外の冒険者のスターならこの町にいる水女王とかがいますが、今のSランクはこの4人ですね」
「ありがとうございます…でも、Sランクかぁ…」
そんな人に助けてもらってお金貸してもらってたなど、びっくりだ。
「ふふっ、まあそうですよね。ただの知り合いが実はすごい人だったなんて、ビックリしますよね」
「…はい、そうですね」
結構馴れ馴れしかった気がするが大丈夫なのか。まあ今私が生きてる時点で大丈夫なんだろうが。
「引き止めて申し訳ないです。またお越しください」
「いえ、教えてくれてありがとうございます」
最後にお礼を言ってギルドを出る。この町に来てから一番びっくりしたのはこれかもしれない。
「タケルくん、ものすごい人だったんだね…。まあ、次会うことがあったら馴れ馴れしかったのとか謝ろう。今は明後日の討伐のこと考えなきゃなあ…身体強化少しでも制御できるようにならないと」
今日も全然制御できなかったし、気が重い。
「はぁ…練習だね」
身体強化の練習をしながら今日も図書館に向かうのだった。




