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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
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118 予言者対バロム

「できれば穏便に行きたいんですが……どうでしょう?」


 予言者は、対峙するバロムに向けて黄衣の王(ハスター)の権能の一つを開放する。精神を崩せればそれで戦闘は終わりだ。


「い……まのは……神代の神器か……?」

「……効きが悪いですね。でしたら戦うしかなさそうですね」


 本人に耐性があったか運が良かったか、バロムは呼吸が荒くなり冷や汗をかく程度で済んでいた。


「吹き荒べ」

「総員、下がれ!!」


 次の瞬間、暴風が巻き起こる。予言者の手によるものであることは明白だ。バロムは一般の騎士や兵士の手に負えるものでは無いと判断し、全員を下げて自分ひとりで前に出る。


「【轟け】」

「ふん……」


 予言者から放たれた雷をバロムは簡単に避けて見せる。バロムは一瞬骸骨と見紛うほどに不気味に痩せた長髪の男だ。雷光を受けて化け物のような怪しさを放つ。


「【鳴り響け】」


 荒れ狂う暴風に雷が混ざり始める。響く轟音と走る衝撃は普通の人間ならすでに死んでいるほどだ。


「はっ!!」


 バロムは予言者の方へ向かって刀を振るう。しかし、斬撃が飛んだりしている様子はない。


「おっと」


 だが、予言者は軽く動いて回避行動をとったようだった。


「……知っているのか」

「ええ。調べてきていますから」


 明らかに当たらない攻撃への回避。予言者は、バロムの持つ神器の力を知っていた。飛紅(とびくれない)、それは、斬撃そのものを転移させる間合い無視の剣。使用者の視界内であればどこにでも致命の攻撃を見舞える神器だ。


「そうか。ならこれはどうだ?」

「【隠せ】」


 バロムの眼が予言者を捉えるその一瞬前、予言者の姿は溶けるようにして消えていく。


「当然知っていると」

「もちろんですよ」


 どこかから予言者の声が響く。バロムのスキル《魔眼》は、目視した対象の動きを止める力だ。戦闘において、間違いなく強力な力ではあるが、目に見えない相手には効果を発揮しない。


「好みの手では無いが……」


 バロムは無造作に刀を振るう。何度も何度も振るう。予言者がどこにいても良いよう、自身の神器の権能で空間を斬撃で埋め尽くしにかかる。


「【力を】」


 予言者は自身の肉体を強化し、切れ目のない無数の斬撃から逃れるため空中を飛び回り安全圏を探っていく。


「……!!」


 次の瞬間、バロムの背後に気配が生まれる。目には見えないが、予言者が今確実に攻撃を仕掛けようとしていることだけは、バロムにも分かる。


「ふんっ!!」

「ぐっ……!!」


 予言者は逆袈裟に斬り裂かれ、バロムは真面に蹴りを受ける。互いに後ろに吹き飛び一瞬の膠着が生まれる。


「……対応が早いですね」

「これでも戦闘で生きているからな」


 バロムは無数の斬撃の中、自身の背後にわざとセーフティゾーンを作っていた。風と雷の響く中でも、真後ろに来られたら音と気配で分かる。戦闘も戦術もバロムが一枚上手だった。


「困りますねぇ……私は別に戦闘で生計を立てている訳ではありませんから」

「ならば死ぬ前に降伏することだ。少なくとも裁きが下るまでは死ななくて済む」


 喋る間もバロムは予言者の位置を探り続けていた。音も匂いも風と雷でかき消され、姿は全く見えない。一度は攻撃が通ったものの、そう何度も通用する手でもない。


「【満たせ】!!」

「ちっ……」


 予言者は雷を展開し、バロムに向けて放つ。バロムは大きく後退し回避することで無傷で済んだが、今の攻撃で推定できる予言者の位置からは大分遠ざかってしまった。


「……はっ!!」

「くっ……!?」


 次の瞬間、バロムは振り向きざまに刀を振るい、続けざまに連撃を見舞う。自身の後ろ側に展開された斬撃の雨は、一つ、予言者に命中する。


「悪くは無い。だが、甘い」

「驚きの一つも見せてもらえないんじゃあやっていられませんね」


 予言者の狙いは、最初の一撃で自身の居場所に当たりを付けさせ、その反対側から仕掛けるというものだった。しかし、バロムには勘づかれており、斬撃の飽和攻撃で傷を負ってしまう。


「こんなのはどうですか?飲み込め!!」

「なるほど……ふんっ!!」


 蠢く風の渦の蛇。雷も混じったそれは、四方八方から生まれてはバロムを食らおうと突撃し、そのたびに斬り裂かれて消えていく。いまだ傷は負わせられていないが、全方位からの飽和攻撃で攻めていく。


「少し、遅いな」

「くっ……」


 しかし、バロムの剣は常軌を逸した速度で振るわれていく。蛇の創造が追い付かない。


「仕方ないですね。これで止まって下さいよ……退け!!」

「かぁっふっ……」


 瞬間、バロムの肺から空気が一気に抜ける。バロムの周囲の空気が無くなったのだ。バロムは大きく跳び真空の領域から離脱するが、一瞬、動きが鈍くなる。


「かふっ……ふぅ……こんなものを隠していたか……!!」


 この動きの鈍った一瞬を逃しはしない。最速で追撃を放つ。


「【走れ】!!」


 無数の雷が細く速く走りだし、バロムに殺到する。バロムであっても今この瞬間、降り注ぐ無数の雷に対処しきることはできなかった。


「ちぃっ……がはっ!!」


 しかし、致命打とはなりえなかった。負荷はかけられているものの、バロムには焦りも恐れも見えない。それどころか、どこか余裕すら見える。


「はぁっ!!」

「なぁあっはぁっ!?」


 次の瞬間、バロムは刀を振るっていた。そしてその斬撃は、予言者を捉えていた。


「む……急所は外したか」

「ぐっ……くぅ……!!」


 おそらく先ほどの雷撃でこちらの位置に勘づかれたのだろう。非常に不味いことになってしまった。命にこそ別状はないものの、予言者の左腕の肘から先が飛んでいた。


「だが……ふんっ!!」


 バロムは予言者にトドメを刺せていないことを確認すると、すぐさま追撃を放つ。だが、予言者もただでやられるような者では無かった。


「仕方ない……おおあああ!!」

「何を……」


 バロムは、風を感じた。神器によるものでは無く、何か巨大な質量と体積の物体が動く時に発生する、普遍的な風だ。そして同時に、悪寒がした。


「ごっふっ!?」


 バロムは大きく後ろに吹き飛ばされる。透明で巨大な何かが自分にぶつかって来たような、そんな感覚だった。


「ふぅ……疲れるから嫌なんですがね」


 予言者は、千切れた左腕を拾い上げ、切断面を押し当てる。するとぐじゅりぐじゅりと音を立てながら結合し、もとの状態へともどる。千切れた左腕を拾った右腕は、肘から先が極太で長大な触手となって、いくつにも枝分かれして長く伸びていた。


「今のは……いや……」


 バロムが感じたのは、何かにぶつかった衝撃のみ。しかし、予言者が異形と化したのが見えないままでも、感触で異常が起きていることは分かった。


「細切れにしてくれよう」


 人の形でなくなったことと、異様に巨大化していること。バロムに分かったのはそこまでだ。そこから打てる手を打っていく。


「困りますよそういうのは……」


 バロムの取った手は、触手となり巨大化した予言者を、目視できないまま神器の力と速さに任せて切り刻みにかかるという酷い力押しだ。実のところ、予言者はそういうごり押しの相手をするのはあまり得意ではない。


「飲み込め!!」


 触手による攻めは、端から刻まれて通じない。風や雷も織り交ぜて攻めていく。


「きりがないな……再生か?」


 実際、今予言者がバロムと対等に殴り合えているのは、スキル《触手》の内包する再生能力のおかげだ。触手状態であれば、欠損した部位をはやすとまではいかないものの、千切れた腕をつなげたりすることはできるし軽い切り傷なら勝手に治る。


「なら……こうしましょう。【流れろ】」


 予言者は自らの体に電流を流し、身体強化の強度を一気に引き上げる。触手と化している部分は膂力も上がっている。バロムとの斬り合い殴り合いで有利を取りにかかる。


「なっ……くっ……重い……」


 降り注ぐ風と雷が、切れ目の無い触手の乱打が、バロムを襲い続ける。一撃一撃が重くなった分、バロムは少しだけ後手に回る。


「そろそろ気絶くらいしていただいても良いんですよ……退け!!」

「……!!くっ…………」


 勘づかれ、空気を吸う暇を与えてはしまったが、大きな問題ではない。むしろ、真空状態では風も雷も届かなかったのが触手が届くので、一度目より有利かもしれない。


「これでどうです……!!」


 真空の中で触手による圧殺を試みる。殺す気は無いが、殺す気で行かないとこちらが死ぬ。


「……………………………!!」


 バロムは殺気をを感じたのか自身の周りに斬撃を乱発して無理矢理防いで見せた。傷は追わせられていないが、余裕はもうない。


「ふぅぅぅぅ……!!」

「なにっ……そうか……!!」


 触手を退け真空の領域を脱したバロムは、こちらに一直線に向かってくる。恐らく、触手の動きや癖で居場所のおおよその当たりを付けられたのだろう。


「くっ……はっ!!」


 迫るバロムを触手で迎え撃つ。だが、バロムは常に自分の周囲に斬撃を乱発しており、触手は近づいた瞬間には細切れとなっている。


「ここだ……!!」

「くっ……ぐっ……」


 予言者は自身の体に巻き付けるようにして触手纏い、防御を展開している。だが、その防御は紙きれと大差なく簡単に刻まれてしまい、バロムはトドメの一撃を構えている。


「くっ……はぁぁああ!!」

「ふんっ!!」


 もはや回避も防御もできない。となれば、ここは攻撃を受けてでも反撃に打って出る。


「……痛いな」

「ぐっ…うぅぅ……」


 互いに少しだけ距離が空き膠着が生まれる。予言者としては、膠着は大助かりだ。そもそも純粋な戦闘力では負けている。時間が稼げるなら願ったりかなったりだ。


「すまないけれど……そろそろ私は帰らせていただこうかな」


 膠着の後、予言者が口を開く。《触手》のスキルはただでさえ体力の消費が剥激しい。それを全開戦闘で使い続けたのだ。ガス欠が見えている。それに、時間的にも目的は果たせたはずだ。


「逃がさん……」

「いやいや……許してくださいよ」


 ひと際強い風が吹く。予言者は、帰るといった時点ですでに逃走の準備をほぼ終えていた。


「ちっ……逃がしたか」


 予言者は、風と共にバロムの前から消えていった。

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