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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
117/139

117 異常事態

 ウルカとアイカは戦闘が終わり次第敵兵の殲滅に従事し、すぐに帰還した。同じころ、各地でも戦闘がおこり、短時間で終息していった。互いにぶつかった軍は小規模。前哨戦が終結して少し経ち、これから本格的な衝突が始まろうかといった頃。各地で異変が起きていた。


「ここを捨てたか……?」

「まだ確認できねぇのか?」

「来ないのか?」

「遅すぎない?」

「向こうは送ってこないのか?」

「なんで来ないのかしら……?」


 都合、六ケ所。一騎当千の怪物達は、自身の己の持ち場で上官に問を投げかける。人類側が用意すると予想された、一騎当千の怪物たち。そのような兵が、敵陣に確認できていないのだ。


「確認できず」


 言葉は違えど、皆返答は同じ。前哨戦で大きな戦力を動かさない、と言うのなら分かる。実際、重要な拠点ではすでに怪物たちが戦っていたが、比較的重要でない拠点では一般の兵が競り合っている程度だ。だが、これから本格的に戦闘が始まろうかと言うのにそのような兵が確認できないというのは明らかに異常だ。


「何があった?何が起きている?」


 戦争は、一騎当千の怪物を用意できなければ負ける。戦いにすらならず、敵方の怪物に全ての兵が蹂躙されて終わるだけだ。それぞれの戦場で、怪物と指揮官は頭を悩ませていた。もし、ただ到着が遅れているだけであれば、それはチャンスだ。しかし、窮地の演出があまりに露骨に見えてしまう。罠ではないかという思考がどこまで考えてもぬぐい切れない。


「どう……するか」


 人類側は複数の国家の連合軍だ。連携のミスなどもあるだろう。しかし、当人は知らないとはいえ、六ケ所同時にこのような事態が起こるというのは異常だ。それも確認してみれば、一番対魔国に関してやる気のあるはずのヴィスキア神聖国の軍が居ないのだ。どうにも裏があるように思えてしまう。


「………………行動を、起こす」


 だが、異常事態の起きた六つの戦場で、少しの時間の差はあれど、最終的には同じ決断がなされた。軍と怪物を動かし、先制攻撃を仕掛けることが決定された。仮に罠だったとして、そこまで致命的な罠は考えられなかったのだ。伏兵などが居たところでそれは当初の予定通りになるだけのこと。それぞれの戦場で、皆戦いを始めた。


「本当に来ていなかったとはな」

「なんつーか、拍子抜けだな」

「これで終わりか?本当に?」

「向こうで何があったんだろうね……」

「戦場を捨てるなら兵もおくらんだろうし……何だったんだ?」

「ただ遅れただけか……それとも他に動きがあったか……わかんないわね……」


 結果は、魔王軍の快勝だった。憂慮されていた罠などはなにも無く、特別なことは何も起こらなかった。始まるはずだった本格的な戦闘は、この六つの戦場に限り、二時間もかからずに人類側の壊滅で幕を閉じた。



 時は少し遡る。一騎当千の怪物たち。戦場に必須の彼ら彼女らは、序列騎士の二位から六位と副団長の六名は、少数の軍を率いそれぞれの戦場に向かっていた。問題が起きたのはそこだった。人類も魔族も想定していなかった勢力が動き始めていたことは、回避しようのない出来事だったのかもしれない。


「どうも。バロムさんで合っていますかね?」


 序列騎士第二位バロム。進軍中の彼の前に現れたのは、黄色いローブやマントに類するものを身に着けた、優し気な表情と声で話しかけてくる男だった。


「貴様は……」


 今は戦争中で進軍中。目の前の男は恐らく人間だが、焦って助けを求めているようでも無く、何がしたいのかバロムは全く読めなかった。


「ああ、私はアジキ教団で“予言者”の地位に就かせていただいている者です。今日は、皆さまに引き返していただきたくお邪魔させていただきました。という訳で、帰っていただけませんか」


 瞬間、風が吹く。並みの存在なら立っていることもままならないほどの強風だった。バロムは意に介していなかったが、他の兵はそうはいかない。


「……断る」


 状況は不明瞭、敵の正体は不明。しかし、敵であることは分かった。であればバロムの動きは早い。


飛紅(とびくれない)

「轟け」


 バロムは腰に提げた刀を抜きその名を呼ぶ。予言者はバロムを除く有象無象へ雷を放つ。


「解錠……さて、大変ですね……」


 予言者は何かの箱を持ちそれを起動する。静かに、激しく、厳かに、戦いは始まった。



「どうもローズさん、私はキリエ。アジキ教団の幹部ですわ」

「へぇ……それでお嬢さん、そんな人物がなぜ俺たちの前に?」


 序列騎士第三位ローズ。序列騎士の中で最も若い彼は、目の前に現れた正体不明の人物にも余裕を見せて対応した。


「今、戦争しているでしょう?皆さまには、参戦されては困りますの。ですから、帰っていただこうと思いまして」

「なるほどね。ちなみに、俺たちがそう言われて素直に帰ると思う?」

「全く思いませんわ」


 戦争は仕事だ。いきなり現れた部外者に帰れと言われたから帰った、なんてことが通じる訳がない。それに、今戦争に行くのを邪魔するということは敵ということだ。


「そうか。まあじゃあ、最初っからそのつもりなんだな」

「そうですわね」


 ローズは剣を抜き構えるが、キリエは戦闘態勢を取るでもなくローズを眺めている。


「クロス……起動」

「当たりませんわ」


 ローズは神器の名を呼び斬りかかる。だがキリエは軽く躱し、ローズから視線を外さない。


「でも残念。変転」


 瞬間、キリエの姿が消失する。ローズの思った結果とは全く違ったようで、驚きを隠せていなかった。


「幻影ですわ。あなたの神器は知っていますもの。堂々と正面に出ていくなんていたしませんわ」


 ローズが振り返ると、そこにはキリエが居た。ローズの手には斬った感触が無かった以上、幻影と言うのは本当だろう。


「……ちょっと、本気出さなきゃダメかな?」

「あら、私はか弱い乙女ですわよ?」



「ん?君は……危ないぞ」

「ん、大丈夫。あなたはカドル?」


 序列騎士第四位カドル。その前に現れたのは、一人の幼女だった。道の脇の岩に座って地面に届かない足を揺らしているのが見えると、向こうもこちらを認識したのか岩から飛び降りてこちらに向かってきたのだ。


「ああ……私はカドルだが……」

「良かった。じゃあ、帰って?」


 目の前の幼女はどこか偉そうに、当然のように要求した。


「ああ……えっとな、今我々は戦争に向かっていて……というか、嬢ちゃんは誰だい?」

「あ、私はネイ。アジキ教団の幹部だよ。それで、帰る?帰らない?」


 何か逸っている様子だった幼女、ネイは、忘れていたのかはっとして自己紹介をして、すぐに最初の問に戻る。


「アジキ教団……?あの?嬢ちゃん、それはさすがにいただけないぞ?それに我々は帰らないぞ?大事な用があるからな」

「ほんと?帰らない?」


 無表情気味だったネイの表情がぱぁっと明るくなる。カドルたちは帰れと言っていた者の反応に違和感を抱くが、そんな違和感を抱いている暇はすぐに消え去る。


「やった!解錠!!」

「それは……?」


 ネイは箱を取り出しそれを開く。カドルたちはその箱に一瞬だけ意識を持っていかれたが、すぐにネイの方に意識が引き戻された。


「天輪!!」

「なっ……!?」


 ネイの頭上に光のリングが現れ、光の翼が背に現れる。神器の力だ。放つ雰囲気は先ほどまでのほんわかしたものから一変し、刺すような殺気が放たれる。


「戦ろっ?」

「……なるほどな」


 カドルたちは、アジキ教団の幹部という言葉も、帰れという言葉も、疑う暇はなくなっていた。



「あなたがテミスだな?」

「……?そうですが……あなたは?なぜこんなところに?」


 序列騎士第五位テミス。眼前の堂々とした佇まいの男は、こちらを認識すると道の中心に陣取って行軍を邪魔する。


「うむ。私はウェイル。アジキ教団の幹部をしている。序列騎士第五位テミス、あなたには、今回の聖魔大戦には参戦しないでいただきたい。そのためにここに来た」


 堂々と臆せず言ってのけるその姿には感嘆すら覚える。私はお前の敵で今からお前の邪魔をする、と世界でも上位の強者に向かって吐いているのだ。


「アジキ教団……結局、あなたたちは人類の敵なのですね?」

「いや、そうではない。だが、今のあなた達とは敵対するだろうな」


 何か考えや思想はありそうだったが、今最も重要な部分だけを確定させ、互いに戦闘態勢に入る。そこにどんな思想や信条があろうと目の前に立ちはだかるのならそれは敵だ。


「……結構。当然ですが、引き返すわけにはいきませんので」

「そう言うだろうと思っていた。ならば、当初の予定通りと行こう。解錠」

「なにっ!?満月!!」


 テミスはウェイルが箱を取り出し開いたのに反応し、背負った大剣を構えその名を呼ぶ。剣は応え、淡く輝きを放ちだす。が、箱は別に何かの悪影響を及ぼしたわけでは無かった。


「全力で戦うのは久方ぶりだ。申し訳ないが、あまり加減はできないな。ヴラド」


 ウェイルは腰の剣を抜く。不気味で生物的な見た目をしたその剣は、応えるように拍動した。はらりと舞った衣服の中の装身具には、ウルカ達と会った時とは違う本が装填されていた。


「ふっ……舐めたことを」

「何。事実だ」


 不敵に笑った二人は互いに武器を構える。どこか楽しそうな二人の表情とは裏腹に、周囲の空気は圧し潰されそうなほどに張り詰めていた。



「おお、来たか……エンティじゃな?」

「む……?ご老人、何故こんなところに?」


 序列騎士第六位エンティ。進軍の最中、目の前に現れたのは一人の老人だった。近づいた時にはすでに気付かれていたようで、少し微笑んで待っていた。


「うむ。儂はクライン。アジキ教団の幹部をしておる」

「…………それで、ここには何故?」


 アジキ教団。少し前、人類魔族双方の領域で散発した軍事拠点の襲撃事件。その主犯だった組織だ。本当に所属しているかは分からないが、警戒は強まる。


「おぬしらの邪魔をしに来たのじゃよ。聖魔大戦に出られるとちと面倒での」

「なるほど……進軍の邪魔をすると」

「端的に言えばそうなるな」


 分かりやすくて助かる。どう転ぼうが戦場には出向かなければならないし、立ちはだかるのならば倒すのみだ。


「じゃがまあ……一応聞いておこう。何もせず、引き返す気は無いかの」

「……無いわ。ありえない」

「じゃろうな。しかしまあ……分かりやすくて良いわい。解錠」


 エンティとクラインの思考はその一点のみは一致していた。互いに引くつもりはなく、力尽くでどうにかするしかないと。エンティはクラインが箱を開けたのに反応したが、具体的な対処はできなかった。


「アンジェリカ」

「黒穴」


 それぞれの神器が起動し、戦闘態勢に入る。クラインの中指に嵌められた指輪とエンティの左腕に嵌められた腕はそれぞれ一瞬発光し、緊張感を最大まで高めていった。


「死なんでくれ。その方が都合が良くての」

「これでも序列騎士なんだけど。あんまり舐めたこと言わない方が良いわよ?」



「ん?誰だ貴様は」


 神聖騎士団副団長、序列騎士十二位、リィン。その前に現れたのは、眼鏡をかけたひとりの男だった。


「コールと言います。アジキ教団の幹部をしているんですが、皆さん……というかリィンさん、あなたに用があって」


 男は穏やかな雰囲気を醸して話しかけてくる。だが、名乗った所属は怪しさも危険度も最大値だ。


「そうか。それで、何の用だ」


 リィンの眼光は鋭さを増し、手は腰の剣にかかる。しかし、コールの方は構えを取ったりなどは無く、いまだゆったりとしている。


「まあそんなに大変なことじゃ無いですよ。あなたには、聖魔大戦に参戦しないで欲しいんです。なので、ここで引き返してくれませんか?」

「無理な相談だな。貴様が諦めて帰るんだな」


 当然の話だ。リィン一人で戦場の勝敗が変わるのだ。引き返せる訳がない。


「そうか……まあそうですよね……しょうがないですね。解錠」

「な!?」


 リィンはコールの取り出した箱に警戒したが、何も起こらなかった。無造作な動きに対処が間に合わなかったが、無傷で異常もなくなんとかなった。


「何をした」


 リィンは腰の剣を抜きコールに向けて構える。威圧も殺気も並みの存在なら圧し潰されてしまうほどだ。だが、コールは余裕な雰囲気のまま、構えも取らずに応じた。


「今のは“魂綴之箱”というものです。使用者を起点にして周囲の空間を切り取って、時空から断絶しそこに居る者を閉じ込める力があるんですよ。簡単に言えば、あなたたちはもう逃げられません」

「なるほどな。よかろう。相手になってやる」


 信じるか信じないかは別にして、少なくとも戦場に向かうには目の前の敵を倒さなければならないだろう。どうせやることは同じだ。


「別に戦いたくは無いんですけどね」

「喧嘩を売って来たのはそちらだろう」


 リィンは剣を構え、コールは警戒するように動く。一瞬で緊張は最高に達し、張り詰めた空気が場を支配する。


 アジキ教団とナート教。六つの戦場で、彼ら彼女らは衝突した。

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