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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
114/138

114 戦闘開始

 ホワイトコーク万年氷床。世界で唯一白炭が採れることからその名を冠する地。赤道直下にありながら、万年溶けることは無いと言われる氷床に覆われた地。聖歴1002年、”死氷”ヘルの初陣にて、ホワイトコーク高原と呼ばれていたこの地は厚い氷に閉ざされることとなった。本来ならすぐに溶けるはずだった氷は白炭の影響を強く受け、千年経った今でも溶けずにこの地でその姿を保っている。


「お待ちしていました。早速ですが本題に」


 ホワイトコーク万年氷床にて、魔王軍の敷いている陣に入り、現場指揮官に迎らえれる。陣は地面の氷を削り掘られて作られた拠点を中心に敷かれているようだ。


「はい」

「お願いします」


 現場指揮官に現状とこれからの動きの簡単な説明を受ける。相手はシルグリアとエクトワンの連合軍に数名の神聖騎士が合流しているようだ。


「先陣を切って強襲していただきます。我々は雑兵の処理に回りますので、確認されている序列騎士の相手をお願いします」


 現場指揮官は忙しく動き回る部下に指示を出しつつ私たちの対応もしている。その表情には濃い疲れが滲んでおり、戦争という非日常もそれを加速させているように思う。


「了解です」

「わかりました」


 ツキアシア付近、というかホワイトコーク万年氷床は地形が真っ平なため、身を隠して陣を築くといったことができない。そこで地面を覆う厚さ二メートルに迫ろうかと言うほどの氷を削って掘り、地下から半地下ほどの高さで拠点を構築しているのだ。


「……まだ戦闘は始まって無いんですね」

「ええ。互いに戦力の到着を待っている状態でしたから」


 互いに斥候を出し合う程度の動きしかなかったそうだ。こちらは魔者の到着待ち、向こうは序列騎士の到着待ちといった状態で、どちらも攻めに出ずにいたようだ。だが、向こうも昨日か一昨日には序列騎士を含む神聖騎士が合流し、明日には仕掛けてくるだろうといった状況らしい。


「わかりました。来ている序列騎士については?」

「十位と七位です。ただ、団長を含め動いていない上位も多く乱入してくる可能性はあるかと」


 来ている二人の騎士について軽く説明を受け、上位の騎士はまだどこの戦場でも確認できていないとのことだ。魔王軍もまだ四天王を含め最高戦力は動かしていないしお互い様だが。


「分かりました。仕掛けるのはいつです?」

「すぐにでも」


 少し驚いたが、考えていることは理解できる。すでにいつでも動けるよう準備は整っているし、相手に先手を取られないよう可能な限り早く動きたいらしい。


「行ける?」

「はい」


 隣で聞いているアイカにも確認をし、問題ない旨を伝える。頷いた現場指揮官はすぐに周りに指示を出し、私たちの方に向き直る。


「では、合図したら一気に強襲してください」

「「了解です」」


 指示を受けて一拍置いた後、誰かが叫ぶ。


「発射!!」


 直後、弾けるような爆発音とともに砲弾が超速で撃ち出される。劣化古代技術(コピーファクト)による大砲だ。一つ音が響けば、爆音が連鎖する。兵も拠点を飛び出し敵の拠点に向けて行軍を開始する。


「今です」

「『ユルサナイ』」

「『ダイジョウブダカラ』」


 私とアイカはすぐに覚醒状態になり、拠点を飛び出し飛翔して敵陣に向かって突っ込む。ちらりと下を見れば行軍が見え、正面遠くに目を向ければ敵陣が見える。大砲の砲撃が敵陣に届いているようで、向こうは何とか防御しつつ似たような大砲を撃っているのが確認できた。


「【焔槍】!!」

「【極大聖譚曲(グラン・オラトリオ)】!!」


 敵軍の上空、当然向こうもこちらに気付き迎撃の構えを取っているが、それより早く魔術を撃ち込む。


「がぁっ!?」

「ちぃぃっ!!」

「くそっ、先手を……!!」

「怪我人を引っ込めろ!!早く!!」


 降り注ぐ魔術に、今正に行軍を開始しようとしていた軍はいきなり打撃を受ける。指揮官もいるし、全員訓練を受けた兵士だ。混乱が波及する前に収拾をつけられるようではあるが、無視できる被害ではない。


「向こうも動き出している!!一般兵の相手に向かえ!!」

「あれらは我々が相手にする!!」

「は、はい!!」

「ありがとうございますローグ様、フルス様!!」


 混乱の中よく通る声で叫ぶ者が二人。普通の軍の指揮官ではないのは見れば分かる。序列騎士だ。


「……あれですかね」

「分かりやすくて良いや」


 軍に向けて放とうと準備していた魔術の方向を変える。照準を序列騎士に向け、魔力を開放する。


「【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」

「【極大狂想曲(グラン・ラプソディ)】!!」


 二人の序列騎士に魔術が迫る。が、さすがは序列騎士。当然のように防ぎきる。


「エルドラ!!」

「アスカロン!!」


 それぞれの神器が展開される。片方は剣を抜き、もう片方は黄金の首飾りが輝きだす。


「ウルカさん、今の……」

「私がそっち行く。【極炎煌球】!!」


 最後に一瞬言葉を交わし、地上に降りて分断を図る。二人の序列騎士の間に火球を撃ち込み、離れた隙にそれぞれが接敵して一対一に持ち込む。


「ふん…一対一か」

「良いだろう。来い」


 それぞれが武器を構え応戦の体勢を取る。戦闘開始だ。



「【焔槍】!!」

「ちぃっ……!!『聖典よ、我に力を与え給へ』」


 初撃は大きく横に避けられ回避される。聖典を起動した聖騎士は、距離を詰めようと走り出す。


「【回炎鎧】【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」

「ちっ…守れ!!」


 こちらが熱線を放つと聖騎士は立ち止まり、剣の腹をこちらに向けて防御する。一見して防げるようには見えないが、熱線は透明な壁にぶつかったようにして消失する。


「アイカの防いだのはそれか……」


 最初、アイカと共に魔術を撃ち込んだ時の違和感。互いに声が聞こえていたにも関わらず、アイカの魔術が届いていなかったことだ。七位の序列騎士、ローグの持つ神器の力によるものだろう。


「ローグだっけ?七位の」

「いかにも」


 隙の探り合いによる膠着が訪れる。恐らくローグの神器アスカロンの力は防御だ。破る方法を考えなければならない。


ナート教(お前ら)には……言いたいことも…聞きたいことも…あるんだ……」


 頭では冷静に相手の殺し方を考えている……はずだ。現に、話しかけ時間を稼いでいるのもそのためだ。だが、どうにも火は燃え盛るばかりだ。私の中のどろりどろりと黒く燃える炎は、精神を飲み込んでしまいそうなほどに肥大化していく。


「殺される前に答えていってよ」

「大口を……!!」


 怒ったふうに言うローグだが、その目はあくまで冷静に私を見据えていた。



「『聖典よ、我に力を与え給へ』」

「【重奏(アンサンブル)】」


 向かい合う二人はそれぞれ臨戦態勢に入る。互いに一瞬出方をうかがった後、先に動き出したのは聖騎士だった。


「花弁!!」


 聖騎士の纏う黄金色のオーラが一瞬膨れ上がったかと思うと、無数の小さな欠片を形成し襲い掛かってくる。


「【輪舞曲(ロンド)】!!」


 すぐに魔術で散らして防ぐが、初手で後手に回ってしまった。


「剣!!」


 目の前の敵、フルスと言うらしい女は、手に黄金色の剣を握りこちらに迫ってくる。


「【聖譚曲(オラトリオ)】!!」

「ちっ……!!」


 騎士相手に接近戦で戦う気は無い。火力を出していきそれを阻止する。だが、接近を阻止することはできたがダメージを与えることはできていない。最初の攻撃で魔術が見えないことに気付き、不規則に動き続けての回避を実現していた。


「放て!!」


 接近を止めたフルスは黄金色のオーラの塊を無数に放ってくる。フルスの神器エルドラの力は、黄金色のオーラを自由自在に操ること。やっていることが魔術に近く、魔者に近い動きをしてくると思っておいた方が良いだろう。


「【受難曲(パッション)】!!」


 飛来する攻撃は魔術で弾く。だが、次の瞬間には相手は追撃の準備を終えていた。


「斬り裂け!!」

「くっ…ふっ!!」


 オーラが斬撃となりこちらに飛来する。大きく飛んで回避し反撃を無理矢理ねじ込みに行く。


「【極大狂想曲(グラン・ラプソディ)】!!」

「守れ!!……ごっふぁっ!?」


 黄金色のオーラが壁を形成してこちらの魔術を防ぐが、こちらは”音”だ。減衰はされるが防ぎきることはできない。


「何がっ…!?」

「【諧謔曲(スケルツォ)】!!」


 生まれた隙に追撃をねじ込んでこちらにペースを引き戻す。先にダメージを入れられた分ここからはこちらが負荷をかける側だ。


「ぐっ……翼っ!!」


 一度目で防いでも無意味なことは理解したらしい。オーラが黄金の翼を成し飛び上がって回避してきた。攻撃が目に見えずともどこを狙っているか読めれば回避は可能だ。


「放て!!」


 舞い上がったフルスは大量のオーラを纏めてウルカの使う熱線のように放ってくる。食らえばタダでは済まないだろうが、今の状況なら余裕をもって捌ける。


「【極大輪舞曲(グラン・ロンド)】!!」


 オーラの熱線が止んだ時、フルスの翼はいつの間にか消えており地上に立っていた。


「剣!!はあぁぁっ!!」

「【追走曲(カノン)】【行進曲(マーチ)】!!」


 黄金色の剣を握ったフルスが一気に距離を詰めて剣を振るってくる。だが、対処するだけの時間はある。拳で剣を迎え撃つ。


「ぐぅっ……!!」

「くっ……!!」


 剣は砕け散り、フルスは二重の衝撃に後ずさる。私も傷を受けたものの、大きな問題はない。有利な状況のうちに畳みかける。


「【終曲(フィナーレ)】!!」

「翼っ!!」


 フルスは翼を生成し後ろに飛んで何とか回避した。だが、翼が先ほどよりも不安定で小さい。恐らく、オーラの量に制限があり、回復するのにもある程度時間がかかるのだろう。先程のオーラの熱線の後から節約しているように見える。


「【狂想(ラプソ)…」

「重圧!!」

「なっ…ぐっ…」


 しかし、好機に追撃を放とうとしたが、その前に対処されてしまった。ダメージは全く無いが、ものすごい圧力に圧し潰されそうでまともに攻撃できない。完璧に時間を稼がれ、距離を取られ体勢を立て直す隙を与えてしまう。


「ちぃっ……」


 大きく距離が開き生まれた膠着の間に息を長く吐き、呼吸を落ち着かせて敵を見据える。初めての実戦だ。焦りや緊張があった。


「ふぅぅ……」


 たぶん、ウルカさんの方が強い。少なくとも、私でも戦いは成立するし、勝ち目だって十分にある。


「よし……」


 緊張も焦りも消え、落ち着いている。今、真に初仕事が、戦闘が始まった。

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