表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怨嗟の魔女  作者: ルキジ
106/140

106 裏切者

 月の光も届かない濃い霧の中、土と草履のこすれる音が響く。風は無く、一寸先も見えない霧の中、足音の主である男は迷わず臆さず歩を進めている。


 曲がり、下がり、戻り、止まり、不可解な軌跡を残しながらしばらく歩いていくと、ふと霧が晴れる。不思議なことに後ろを振り返っても霧などは無く、一本道があるだけだ。


 周りを見渡すと、木や土で作られた極めて原始的な、屋根と壁が存在するだけの家が並んでいる。中には洞窟の入り口をふさいだだけのものも見える。だが、最も特筆すべきはその原始性ではなく、人のものから見て十倍はあろうかというほどの巨大さだ。


 男はその異様な光景を気にも留めず、ずんずんと進んでいく。里とでも呼ぶべきであろう場所で、目的地があるのかその歩みは一切止まらない。


「……こんな時間に何者かと思えば」


 里の奥、最も大きな家らしきものの前に男が立った時、巨大な眼球が男の目の前に現れ、少しの間を置いた後に声が聞こえた。


「いやぁ、ごめんごめん。本当はもっと早い時間に来るつもりだったんだけどね」


 男が軽く笑いながら返すと、眼球は家の奥に戻り、男を家の中に招待する。


「お前の来訪はいつも突然のことだ。今更気にしてはいない。それで何の用だ、タケル」


 家の中で待ち構える巨大な眼球の主、普通のものより一回りも二回りも大きな竜が溜息を吐きながら聞く。


「二つ用があるんだけど、とりあえず一つ目はこれね」


 胡坐をかき懐を漁ったタケルが取り出したのはいくつかの骨だった。


「先代竜王と四天竜の遺骨の一部だよ。盗まれてたのを取り返してきた」

「なっ…!?」


 竜は目を見開き驚いていた。差し出された骨は竜からすれば欠片程度のものだった。少し前に竜王と四天竜の墓が荒らされたのは分かっていたが、被害無しで処理されていたのだ。


「…………聞きたいことがいくつかある」

「ゆっくりどうぞ」


 竜は少し考えたあと、言葉を捻りだした。


「盗まれていた、というのは?」

「言葉通りの意味。死体から生前を再現して使役する魔者がいてね。そいつが使うために盗まれてたみたいだよ。ああ、ちゃんとその魔者は処理してきたから安心してね」


 ネクロがセカイ王国を襲った際に利用したということだが、外界から隔絶された竜の里には伝わっていない。


「そう……か。だが、魔者にしろ人類が我らの領域に足を踏み入れれば気が付くはずだ。いつどうやって盗んだんだ?」

「簡単だよ。竜が盗んで人に流したんだ」


 竜は心底驚いているようだったが、思考は止めていないようだった。


「確かにそれなら可能だろう。だが……だとして、なんのために」

「…………推測だよ?その魔者、魔王軍の奴だったんだけどさ。ボロスがその魔者に頼まれたんだと思うよ。墓荒らし自体はこの里に居るボロスの手の者がやったんだろうね」


 タケルの言葉を聞いた竜は、目を閉じる。少し長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「やはり……いるのか」

「うん。今回の件で九割九分が十割になったね。諦めて向き合いなよ、竜王サマ」


 竜……竜王は長く息を吐き、しばらく黙ってしまう。数分にわたる長い沈黙の後、なんとか言葉を捻りだした。


「裏切者など……いないと信じたかったな」


 遠くを見つめるような目をした竜王は、悲し気に呟いた。


「はぁ……まぁ、しかたあるまい。それはなんとかしなければな。それで、もう一つの用とは?」

「…………ちょっとしたお願いだよ。最後の聖魔大戦でのね」


 タケルは少しためらった様子を見せたが、一瞬の間をおいて告げた。竜王は少し驚いた表情をした後、目つきが鋭くなる。


「……とりあえず、詳細を聞こう」

「……分かった」


 渋い顔をしたまま言葉を返した竜王に、タケルは少し申し訳なさそうに返す。


「最後の聖魔大戦……僕の計画では、そこで魔国を滅ぼすつもりなんだけどさ。そこで、竜のみんなに協力してほしいんだ。人の感覚じゃまだ先の話だけど、(君ら)にとってはすぐだろうから今お願いに来たんだけど……どうだい?」


 竜王は難しい顔のまま目を閉じ下を向いてしばらく考えこむと、なんとか言葉を絞りだした。


「他でもないお前の頼みだ。引き受けてやりたいのは山々だが……(我ら)は人の争いに介入する気は無いのだ。我個人が手を貸すくらいならできようが……」


 竜王の表情は、本心からタケルの力になりたいと言っているのを物語っていた。


「分かってるよ。それでも君たちの力が必要なんだ。それに、僕も分かってるよ。仮に君が請け負ってくれても、若いのを中心に反対意見が出る。竜全体の力を借りるのは至難の業だろうね」


 タケルも、自分の言っていることが難しいことであるのは良く分かっていた。だが、その語り口は勝算が無い者のそれではなかった。


「………………それでも、と言うからには、策の一つや二つ、あるんだろうな?」

「もちろん」


 タケルは自信を持って言い切った。


「とりあえず、すぐにとれる手は三つかな」

「聞かせてもらおう」


 タケルは頷き語り始める。


「一つ、先代竜王と四天竜の遺骨の件の見返りの要求として君たちの戦闘力を要求する」

「筋は通るが……そこまで多くの納得は引き出せまい」

「そうだろうね。だから、裏切者の特定まで僕が手を貸すから、それもプラスで頼むよ」


 遺骨の件は竜側としてもそこそこ重大な案件だ。その功績を持つタケルが裏切者の特定までした場合、簡単に無視はできない。


「二つ、君たちには“邪竜皇”ボロスを中心に魔国の竜の相手をしてもらう」

「……魔国の敵として参戦するとなればもとよりそのつもりだが、まあ確かに参戦の敷居は下げられよう」

「喋り次第でどうにでもなるし頑張ってくれると嬉しいな」

「……できる限りのことはしよう」


 竜は人の争いに介入しない。しかし、敵が竜となれば参戦のハードルを下げられるし納得も得られやすいだろう。それに、竜史上最大級の汚点であるボロスとその配下が相手だ。むしろ参戦させてくれと言いだす者も出てくる可能性さえある。


「三つ、決闘」

「最後は力押しか。まあ、お前が相手なら最初からそれに走らなかっただけ感謝すべきかもしれんな」


 それでも反対意見が多ければ、竜王の名を借り戦闘力で決着をつけるつもりだ。タケルであれば、仮に竜王が相手でも勝てる可能性がある分、最も単純な手と言えよう。とはいえ、基本的に暴力でなんとかする気はないが。


「……何とかはできそうだな。明日の朝、皆を説得しよう」


 竜王は少し考えた後、少し笑ってタケルに向かって了承の意を示した。


「ごめんね。色々と」

「良いんだ。お前は友だ。我としても、竜の長としても、できることは全てやろう」

「ありがとう」

「ああ」


 竜王の返事を聞いたタケルは家を出て、屋根の上に上がった。雲一つない空を見上げ、無数の思考を巡らせこれからのことを考えながら朝を待つのであった。



「よく集まってくれた。昨夜、我らの友タケルが重大な情報を持ち、里を来訪した。今日皆を集めたのはその件についてだ。タケル。説明を」


 翌日の朝、里に居るすべての竜は里の中心にある広場に集められていた。竜王の隣に人間がいるというのは本来ならば異常事態だが、タケルに限ってはそんなことはないらしく皆驚きも動揺も無く静かに竜王の方へ視線を送っていた。


「どーも、タケルだよ。久しぶりだね皆。早速だけど、本題に入ろう。まず僕がここに来た理由を説明しようか」


 その後の話を聞いた竜たちの反応はおおむね二つだった。驚きに固まる者と、疑いの目を回りに向け始める者の二種類。遺骨の件と裏切者の件をした段階から想定されていたものではあった。


「……とのことだ。それで、どうだ?」

「見つけたよ」


 集まった竜の心の内。そのほとんどは、「そんなことが!?」という驚きと、「誰だそんな裏切者は」という怒りのどちらかだった。ただ一人を除いては。


「あいつだね」

「ふむ。こちらに来たまえ。お前だ」


 数百数千の心の声を見て聞いて見分け聞き分け裏切者を特定するのには骨が折れたが、しっかりと見つけることができた。呼ばれて竜王とタケルの前に来た竜は、平静を装ってはいたものの、よく見れば焦っているのが分かる。


「タケルによれば、お前が裏切者だそうだ」

「いえ、そんなことは……」

「よって、これより真偽を判別する」


 竜王は弁明を無視しことを進める。タケルの力を知る竜王からすればもう裏切者は確定なのだが、集まった者のために示さなければならない。


「一つ質問する。はいかいいえで答えてくれれば良い。竜玉」


 緊張感が高まる中、竜王の合わせた手の間には無色透明な水晶玉のような何かが現れる。それは、たった今名を呼ばれた神器、代々竜王に継承される秘宝、”竜玉”そのものだった。


「お前は、ボロスの手の者か?」


 緊張感が最大に高まる。普通の人であれば、今の竜王の前に立てばその威圧感だけで命を落とすだろうというほどの圧力。裏切者の被疑者として立っている竜は、目に見えて呼吸が荒れているのが分かる。


「い……いいえ」


 被疑者はなんとか言葉を捻りだした。その瞬間、竜玉が反応した。無色透明のそれが、黒く染まったのだ。


「そうか。残念だ」


 竜玉の持つ力。それは、全能である。使用者の魔力という制限はあるものの、理論上、あらゆる事象を引き起こし、あらゆる事象を無に帰し、あらゆるものを創造し、あらゆるものを破壊する。竜玉とは、そんな神器だ。今は、単純に嘘に反応させたのだ。


「かっ……くっそっ……!!」


 竜であれば、竜玉のことは知っている。被疑者は、自身の詰みを理解し、最後の悪あがきに出た。


「ぉぉぉぉぉおおおおお!!!」


 被疑者は空に飛び上がり、息吹(ブレス)のチャージを開始した。


「諦めろ」


 が、次の瞬間、息吹は霧散し被疑者は地面に叩きつけられる。


「ご……がぁ……」


 竜王の方を睨んでいるが、被疑者は何もできないようで、まともに喋ることもできていない。


「色々と話してもらう。繋いでおけ」


 竜王の言葉に反応し、現在の四天竜が出てきて被疑者を拘束した。見送る竜王の表情は、悲しそうなものだった。


「……ここからが本題と言っても良い」


 少し間をおいて皆の方に向き直り、竜王は語りだす。


「我々竜族は、最後の聖魔大戦に参戦する。本来であれば人類の争いに介入する気はなかったが、事情が変わった。ボロスとその配下を討つ。皆、そのつもりでいるように」


 聴衆は熱を帯びていた。裏切者とその被害の発覚により、対ボロスへの感情に火が付いたところにこれだ。元々竜には好戦的なものが多いというのもあって、皆熱狂していた。


「思ったより、すんなりいったな」

「うん。ありがとうね」


 小声で竜王に話しかけられたタケルは、ほっと胸をなでおろしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ