105 訓練本番とある教団
「それじゃ、今日からが本番ね。とりあえず基礎教えるから集まってちょうだい」
訓練二日目、全員が外に集合するとすぐにヘルが口を開いた。
「年齢も魔者歴も皆ばらばらだし、人によっては分かり切ってることかもしれないけど、とりあえず聞いておいてちょうだい」
ケイトなんかは四百歳を優に超えているらしいが、私やアイカなんかはまだ十代な上魔者になってからの歴も浅い。
「まずは魔力制御の簡単な訓練ね。全身に流れる魔力をよく感じて、その経路に沿ってできるだけ高速で回す。シンプルだけれど、魔力制御の訓練には結構有効なのよ。魔力の扱いが上手ければ、消費も抑えられるし複雑なこともやりやすくなるから、暇な時にやっておくといいわ」
内容は、かつてリルとエギルに教わったものと大差は無かった。が、周りを見ると初めて聞いたような反応をしている者の方が多かった。
「次にもう一つ。これはちょっとケイトとアイカには難しいかもしれないけれど……【氷彫像】」
続きを話し始めたヘルは私たちから少し離れる。後ろに下がる間に手の間には魔力が集まり氷が形を成していった。
「こんな感じで色々造ってみるといいわ。武器とか動物とかね。練習目的なら複雑なものの方がおすすめよ」
ヘルの前には冷気をもらす氷でできた人が居た。メイドか何かに見えるそれは、テラの作っていた泥の人形とは違い、精巧で色がついていれば本物と見紛うほどのものだ。私の鳥とやっていることは近いのだろうが、あまりにレベルが違う。
「作りを細かく精巧にしていくのを目指すといいわ。何を作っても良いけれど、暇なときにやってみてね」
二つ目についても、リルとエギルから聞いた話と大きな差は無かった。が、これも過半数は聞いたことのない話だったらしい。ちなみにケイトとアイカには難しいというのは二人の魔力の性質の問題らしい。
「本当は皆で合わせてやることでもないのだけれど……まあ、午前中はみんなでちょっとだけやってみましょうか」
「「「「「はい」」」」」
初めて聞いた者も多いということで、今日だけは皆で基礎の練習をするそうだ。
「ウルカあなた、魔力の扱いが上手いわよね。魔者になってどれくらいなの?」
魔力の循環や造形を皆で初めて少しだけ立った頃、ヘルが私の下にやって来た。
「はい……えっと……二年経って無いくらいだと思います」
「そうなの…………才能……で片付く次元じゃないわね……前から何か……それでも大して……」
返答を聞いたヘルは少し独り言を漏らした。
「……魔術とか魔力について、私に会う前に誰かに教わったりしたことあるかしら?」
少し悩んだ後にもう一つ質問が飛んできた。ヘルに会う前と言うと、人類の領域に居た頃の話だ。
「ああ…あります。そんなに長い間では無いですけど」
「そう…随分良い先生が居たのね。どんな人だったの?良ければ教えてくれるかしら?」
ヘルの言葉からは、優しさが感じられた。無理に聞き出そうと言う気は無いのだろう。
「エルフと精霊の精霊術師の人です。リルとエギルって人で……強くて、優しい人たちでした」
だが別に隠そうという気はない。ただ、思い出せば、少し心臓が締め付けられた気がした。
「…………もう良いわ。ありがとうね。良い先生だったのね」
「……はい」
ヘルは少しだけ聞いたところで話を切った。もしかしたら、何か顔に出たりしてしまっていたかもしれない。
「リルとエギル…それなら、納得ね。数百年分をそのまま教えられたのなら……テラやエインを追い越しても不思議では無いかもしれないわね」
ヘルは何かこぼしていたが、それは良く聞こえなかった。
「ヘル様」
「何かしら?」
ふと気になったことを聞くためヘルを呼び止める。
「そういえば、魔者の訓練って魔王軍でやってないんですか?循環とか造形とかは基礎として前に聞いたことがあったんですが……」
テラやエインなど、私よりもずっと前から魔者であり軍に所属する者が基礎すら知らないというのに少し違和感を覚えたのだ。
「ああ、やってないわ。百年前から魔者でも基礎の基礎も知らないなんてことも多いけれど、自分でたどり着くしか無いからしょうがないのよね」
魔者の訓練自体が今回初めて行われたことらしい。
「魔者に訓練つけられて、それだけの時間が取れる人が一人もいないのよ。それに魔者なんて訓練なんてしなくても最低限の戦闘力は保障されているしね」
魔者に訓練をつけられる者となればそれこそヘルくらいのものだろうが、当然時間などとれるはずもない。それに魔国の各地に散っている魔者を集めるのも手間だ。必要性も薄いのでこれまで行われなかったのだろう。
「そうなんですか」
「ケイトにはちょっとだけ教えたことあるんだけれどね。それくらいじゃないかしら」
二、三百年前に個人的に指導したことはあるらしいが、それだけだそうだ。
「すいません、引き留めてしまって……」
「良いのよ。気になることがあったら何でも聞いてちょうだいね」
ヘルは柔らかな笑顔を浮かべてそのまま去っていった。
「ふぅ……」
息を長く吐き、目の前の炎でできた鳥に集中する。その後の午前中は、普段とやっていることは大きく変わらなかった。
※
「予言の続きが記されました」
ウルカ達が訓練を開始したころ、世界の何処かでアジキ教団の幹部が集まっていた。一つの大きなテーブルの周りに六人の人物が座っており、一つだけ空席がある。
「まさか……」
「いえ、”最後の予言”ではありませんよ、コール」
最初に口を開いた者、予言者の言葉に声を上げた者が居たが、その者が懸念した事項では無かったようだ。
「とはいえ……重要なことではありますよ」
「……呼び戻さなくても良かったんですの?」
今度は別の者が反応した。空席の方を見ながら語っているのを見るに、最後の一人のことを気にしているのだろう。
「大丈夫ですよキリエ。まだ向こうに居てくれないといけませんから。戦争前ですし動けないでしょう。彼女には後で会議の結果を通達しますよ」
なにやら任務の最中で手が離せないらしく、欠席となっているらしい。キリエと呼ばれた上品さを感じさせる見た目の者は納得した様子で頷き黙る。
「まあ、今の状況であれば無理に呼びもどす必要もあるまいて。そもそも、予言とはいえ我々全員が招集されることも珍しいこと」
「クラインの言う通りでしょう。して、我々を招集するような案件とは何でございましょう?」
クラインと呼ばれた最も歳をとっているであろう者の言葉に、ヒオンに来ていた者が反応する。
「そうですね。まずは話してしまいましょうか」
予言者は皆を見回し、一拍置いて話始める。
「次の聖魔大戦での動きについてです」
予言者はそこで言葉を切り、一瞬の後に続きの言葉を紡いだ。
「結論から言えば……我々も大々的に参戦いたしますよ。戦場に出て、剣を振るいます」
予言者が言い終えると、他の五人は全員揃って驚きの声を上げた。
「なんと…」
「それは…」
「本当ですの!?」
「驚き…ですな」
「戦闘」
当然のことだろう。二千年の歴史があるアジキ教団だが、聖魔大戦を含め表立って戦争に参加したことはこれまで一度も無いのだ。それどころか、表立っての大きな活動は細々続いている弱者救済を除けばこの間の軍事施設の襲撃だけだ。
「ネイはわくわくしているみたいですが……皆さん驚きますよね」
一人だけ目を輝かせてさえいる様子だったが、予言者は驚く皆に微笑みかける。
「”最後の予言”は近い。ですから、それに向けて運命は動き出しているのでしょうね」
「それで、何するの?誰と戦るの?」
目を輝かせたネイと呼ばれた少し幼くも見える者が口を開く。予言者は優しく微笑んで予言の詳細を語り始めた。
「今度の戦争では、我々はナート神聖国の兵をいくらか潰します。流れによりますが……恐らく、序列騎士の誰かでしょう」
「楽しみ」
相当な強者が相手と分かったからか、ネイは嬉しそうにしていた。
「いつも案内人の役を任せているばかりですからね……まだ少し先ですが、お願いしますね」
「案内人も大事な仕事だから良い。でも、戦闘、頑張る」
「頼もしいですね」
予言者は優し気にネイを見つめて言う。その後、表情が優し気な微笑みから真剣なものにかわり、皆を見回して口を開いた。
「予言の内容を詳しく話しておきましょう」
空気が少し張り詰める。雰囲気の変わった予言者に、他の五人も表情が変わった。
「次ノ戦争デ勇者ガ一人、ウルカガ魔王ノ正体ノ鍵ヲ得ル。教団ハナート教ノ兵ヲ退ケヨ」
アジキ教団の中でも予言者のみが閲覧を許される”予言の碑”。時折新たな予言が追加される巨大な碑に先日新たに刻まれていた文言を、予言者は皆に伝える。
「だそうですよ」
予言者は言葉を切る。少しの沈黙の後、皆が反応した。
「……勇者ですか」
勇者。ナート教で言われるものとは違う、アジキ教団の上層部しか知らない、世界を救うと伝わる存在だ。三人いると言われているが、誰かも分かっておらず、ウルカという名も最近の予言で初めて出てきたものだ。
「それに、魔王の正体ですの?」
魔王の正体は、実のところ謎に包まれている。ものを知っている者なら、二千年以上生きる魔王のことを魔者だと言うだろうが、アジキ教団にはそれとは違う、薄っすらとした特別な言い伝えがあるのだ。
「大きく動き始めていますな」
アジキ教団の歴史において、これまでにないと思われるほどの激動。歴史が、世界が、運命が、大きく動こうとしているのを感じ取ることができた。
「…………今日の会議の議題は以上です。皆からは何かありますか?」
皆の返事を聞いた予言者の表情はふっと柔らかいものに戻り、少しの沈黙の後口を開いた。
「ここにいる全員が戦場に出ます。ですが、必ず生き残ってください。序列騎士レベルの相手ですから、時間が稼げるだけでも問題ありません。命を最優先に動いてください」
「「「「「はい」」」」」
五人の返事が重なる。予言者は目を細めて優し気に笑った。
「では、皆さんお願いしますね」




