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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
102/139

102 神器

 階段を下ると、一歩踏み出すたびに石段を踏みしめる音が響く。階下の空間は人の出入りが無いようで、薄暗い中でこもった空気の重い匂いがする。


「止まって」


 階段を降り切ったところでヘルが私たちを制止する。部屋の中を見渡すと、武器やら装飾品やら紙やら様々な物品が並んでおり一見してただの物置小屋のような印象を受ける。しかし、物品は綺麗に整頓されており、部屋は光の届かない地下にありながら薄っすらと明るい。


「選ぶ前に、神器の説明をしておくわね」


 柔らかな笑みを浮かべたヘルがこちらに向き直り話始める。


「まず神器っていうのは、異常な力を持った道具、ね。使う上ではこれだけ分かってればいいわ」


 ブルースから聞いた話とおおよそ同じだ。反応をみるに、隣で聞いていたアイカは神器について知らなかったようだった。


「で、今から神器選びで大事なこと言うわね。神器には意思があるの」


 道具に意思が宿る。そんな伝説は聞いたことがあるが、神器がそれとは思わなんだ。


「意思と言うにはあまりに薄弱で、意思のような何か、と言った方が正確ではあるのだけれど……とりあえず、意思と言うわね」


 その”意思”は赤子よりもずっと薄く、ほんのりと意志めいたなにかがある程度とのことだ。神器と会話などで意思疎通できるだとか、そういうことではないらしい。


「神器に意思があることで起こるのが、使い手と神器の相性の問題よ。相性が良ければその力を十全に使いこなし、時に限界を超えることさえあるけれど、悪ければ大して力を扱えないどころか、最悪使い手に力が跳ね返ることさえあるわ」


 神器が強力な力を秘めていることは良く知っている。それが自らに跳ね返るとなると、デメリットが随分重いように感じる。


「ただ、これの解決方法は簡単よ。相性の良い神器と使い手は惹かれ合うの。運命とでもいえばいいかしら。だから、その感覚に従って選べば問題ないわ」


 惹かれ合う感覚はまだ想像できないが、その時になれば分かるらしい。


「あと、ついでに一つ。神器使ってる子たちが皆一つしか使っていないのは、自分と合わない神器を使う可能性が増えること、神器同士が反発することがあること、沢山もっても使いこなせないこと、の三つが大きな要因ね。だからあなたたちも一つずつね」


 教会や魔国であれば大量の神器を持っていて当然だが、言われてみれば複数を扱う者はいなかった。


「これからここにある神器を見ていってもらうけれど、能力とか名前は教えないわ。惹かれたものを持っていきなさい。あなたたちは兵士だけど、戦闘向きじゃないのを選んでも問題ないわ」


 説明は終わり、と言った風に軽く手を叩いたヘルは、脇に避けて私たちが部屋の奥に入るよう促した。


「「はい」」


 私たちは返事を返し一歩踏み出す。近くにあったものから近づいてみたり手に取ってみたりと順に見ていく。


「どんな……」

「これは……うーん……」


 アイカと揃ってこれだと思うようなものは見つけられず、しばらく部屋の中をぐるぐると歩き回りながら悩む。


「ん……?これ……」


 ある瞬間、アイカが立ち止まった。伸ばした手に握られていたのは、一つの小さな球体だった。何かの紋様が描かれているようだ。


「あら、面白いのを選んだわね」


 食い入るように手の中の球体を見つめるアイカにヘルが後ろから声をかける。


「眼のやつね……こっちいらっしゃい。それが何なのか説明するわ」


 ヘルはアイカを連れて部屋の入口付近に戻り、近くに積まれている書類を捲り一枚を抜き取った。


「んーと……これね。名前は変成眼(アルキム)ね」


 ヘルは抜き取った紙をアイカに見せながら説明を始めた。


「対象を別の何かに変換する、っていう神器ね。何かの力の宿った魔力を眼の力を宿しながら対象に込めると魔力に宿したものに変換されるわね。例えば、私が使えばその辺の岩を氷に変換できるわ。ウルカなら火でしょうし、テラなら泥になるわね」

「なるほど……分かりました」


 話を聞けばイメージはできる。岩を燃やす、ではなくその存在を「岩」から「炎」に書き換えるといったイメージだろう。ただ、「音」に変換したら何が起こるのかは想像がつかないが。


「ただ、あんまり大きいものとかは無理ね。あと生き物相手だとさすがに抵抗されると思うわ」


 いくら何でも万能で完全無欠とはいかないようだ。


「なるほど……」


 アイカは説明を聞き終えるとまた変成眼を見つめていた。惹かれるというのはこういうことなんだろう。


「……相性が良いわね。そうそう見ないレベルで。つけ方教えるわね」


 ヘルは微笑んだ後、アイカの意識を自身の方へと引き戻した。


「は、はい」

「ふふっ……良いわよ。とりあえず、右目と左目どっちに着けるか決めてちょうだい」


 引き戻されたアイカは少し恥ずかしそうに、申し訳なさそうにしていた。


「はい。えっと……」

「ああ、大丈夫よ。抉ってはめなおすとかそういうんじゃないわ。適当に決めちゃっていいわよ」


 深刻そうな表情で考え始めたアイカにヘルが声をかける。横で聞いていた私も一瞬眼球と神器を取り換えるのかと思ってしまった。


「わ、分かりました……じゃあ、右目でお願いします」

「分かったわ。そしたら、それを持って自分の右目にはめてみて。目は閉じちゃだめよ」

「はい」


 やり方を聞いたアイカは恐る恐るといった風に変成眼(アルキム)を自分の右目に近づけていく。


「えっ…」


 目にぶつかろうかと言った瞬間、変成眼(アルキム)はすり抜けるようにして眼に吸い込まれ、消えた。


「眼に魔力を込めてみなさい。名前を呼ぶといいわ」


 ヘルがアイカに鏡を差し出す。受け取ったアイカは言われた通りに今しがた変成眼(アルキム)を装着した右目に魔力を込める。


変成眼(アルキム)っ…わぁっ!?」


 アイカの右目には、最初に手に取ったときに描かれていた紋様が浮かんでいた。


「大丈夫そうね。上に戻ったら色々試してみましょう」

「はい!」


 心なしか、アイカは少しわくわくしているようだった。


「じゃあ、ウルカの方を待ちましょうか」

「はい」


 二人の視線がこちらに向いた。二人のやり取りを聞きながらも物色していたが、特別惹かれるものはまだ見つかっていなかった。タトゥーに近い紋様の描かれた紙や、燃えるような装飾の施された腕輪など、気になったものはあるが、心惹かれるというレベルでは無かった。


「良いのは見つかった?」

「すいません……少し気になったものはあるんですが……アイカみたいなものは……」

「そうねぇ……アイカ(あの子)くらい惹き合うのは珍しいにしても、見ていた感じ()()ものは見つかっていないみたいねぇ……」


 少しして、ヘルが私の様子を見に来た。ヘルから見ても私と惹き合う神器は無かったようだ。


「んー……どうしましょうか」

「すいません……」


 ぱっと見ただけでもこの部屋にはかなりの数の神器があるのが分かる。それでも一つも惹かれ合わないとなると、自分も困ってしまう。


「まあ世界のどこかにあなたと惹かれ合う神器が一つくらいはあると思うから、今は選ばないで先に期待するって言うのでも良いと思うわ。それか、気になったものを一つ持っていくかね」


 ヘルの方も少し困った様子であり、悩んでいるのが分かる表情をしていた。


「……そうね。とりあえず、気になったものを見せてくれる?」

「あ、はい。分かりました」


 ヘルは一度考えるのをやめて私と共に一つの棚の前に来た。


「グフェイブルと秋壱炎(クトゥグア)ね。持っていくならグフェイブルの方がおすすめではあるけれど……どうする?」


 ヘルは名前と大まかな能力くらいは資料を見ずとも把握しているようで、おすすめしてきたのは腕輪ではなく紋様の描かれた紙の方だった。


「そうですね……それなら、これを使わせてもらいます」

「……そう。分かったわ。それじゃあ、秋壱炎(クトゥグア)の方は戻しておいてね」

「はい」


 紙の方を一度ヘルに渡し、腕輪の方は元の棚に戻す。その瞬間であった。


「え……」

「下がって」


 突如、腕輪が発火した。驚く前に腕輪の周囲が氷漬けになり大事には至らなかったが、炎はすぐには消えずその氷を溶かし蒸発させるまで消えなかった。


「あ……え……すいませ……」

「良いわ。あなたが何もしていないのは見ていれば分かるわ」


 何が起きたか分からず謝罪が口から出たが、私は何もしていないらしい。当然何かした自覚のないので、私のせいという訳ではなさそうだ。


「危なかったわね……それにしても、暴発なんて珍しいこともあるものね」

「大丈夫ですか!?」


 今の炎と氷結の衝撃で神器がいくつか棚から落ちたので、それを私とヘルでそれを拾う。後ろで見ていたアイカも心配そうに駆け寄ってきた。


「大丈夫よ」

「…………」


 私は、アイカに返事を返せなかった。


「ウルカさん……?」

「……見つけたのね。棚の上から落ちたのかしら」


 私は、足元に落ちていた、五角形に五つの棘の生えた形の星、いわゆる五芒星の描かれた正方形の紙にくぎ付けになっていた。


「……」


 周りの声はもはや聞こえず、私は無意識下でその紙を拾い上げていた。触れて持ち上げれば、その紙は私の皮膚と溶けるようにして混ざり合い、最後には手の甲に五芒星の印が一瞬光って消えていった。


「勝手に……これは、暴発すら運命だったのかもしれないわね。ここまで強く惹かれているのは初めて見るわ」


 相性としてはアイカ以上のようで、ヘルも驚くほどだった。


「大丈夫ですか!?」

「……あ。ごめん、大丈夫」


 アイカの声に私は現実に引き戻された。ヘルはその間に資料を一枚持ってきており、見れば私の選んだ神器のもののようだった。


「……とりあえず、神器(それ)の確認だけしちゃいましょうか。確か、五尖印だったかしら」


 グフェイブルと呼ばれた神器の方はすでに片付けられた後のようだった。


「これは…………またすごいの選んだわね」


 ヘルは記憶をたどり資料を見て、普段の微笑みから少し真剣な顔になっていった。


「ど……どんなのなんでしょうか……」


 ヘルの様子がアイカの時と明らかに違うのは私もアイカも感じ取っていた。狭い部屋に緊張が走る。


「その神器、効果が一切不明なの」

「へ……?」


 予想の斜め上の答えだった。何か巨大なリスクがあるだとか、極度に強いだとか極度に弱いだとか、使い道が限定的すぎるだとか、そんな答えが返ってくると思っていたが、全く違う答えだった。


「昔は情報があったみたいなんだけれど、失われちゃったみたいなのよ。ほら、ほぼ白紙でしょう?」


 ヘルがこちらに見せてきた紙は、ちらりと見た変成眼(アルキム)のものとは違いほとんどが空白だった。


「ま、でも神器で一番重要なのはどれだけ惹かれ合ったかよ。これから自分で使い方を見つけてちょうだい」

「は、はい」


 ヘルは少し困ったような表情をしていたが、最後はそう締めた。


「……じゃあ、二人とも神器が見つかったし、上に戻りましょう。これから本格的に訓練始めるわよ」

「「はい!」」


 私とアイカはそろって大きく返事をした。それを見るヘルの表情は、いつもの微笑みに戻っていた。

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