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怨嗟の魔女  作者: ルキジ
100/140

100 対予言者

「【回炎鎧】【爆焔球】!!」

「吹き荒べ」


 予言者に向け火球を放つが、無秩序に暴れまわる暴風にかき消される。暴風は止まず、その暴威を強め続ける。


「ちっ…!【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」

「散らせ……なかなかですね」


 放った熱線の威力は止まない暴風により大きく減衰され、予言者の前に出現した渦巻く風の盾に衝突し霧散した。


「【力を】」

「【焼剣・円灼】!!」


 熱線の止んだ瞬間、予言者は一気に距離を詰めてくる。剣を生成し対処するが、膂力も中々で技量は相当なものであり劣勢のまま時が過ぎていく。


「くっ…【爆焔球】!!」

「むっ……」


 このまま近距離戦を続けたところでジリ貧だ。自分と予言者の間に火球をねじ込み距離をとる。素早く距離をとられダメージは与えられなかったが距離をとれるだけで十分だ。


「【焔槍】!!」

「渦巻け」


 全方位から予言者に向け槍を放つが、予言者を中心に生まれた竜巻にかき消されてしまう。


「【極炎煌球】!!」


 だが、少し時間を得られただけで十分だ。炎を練り上げ回転する超密度の火球を放つ。


「飲み込め」


 火球を見た予言者は焦ることなく対処して見せた。風の渦が細く長く伸び、蛇のように蠢き火球と正面衝突する。渦の蛇は火球を消し去ることはできなかったが、火球の威力は大きく減衰され満足な結果は得られなかった。


「近接戦闘はなかなか……これから鍛えればずっと伸びるといったところですか」

「【灰烈炎刃】!!」


 余裕の表情で語る予言者を無視して斬りかかる。が、余裕で受けきられてしまう。身体能力も魔者と正面から殴り合えるだけのものがあるようだった。


「甘いですね……しかし、魔術の方はすでに相当な腕のようで……【轟け】」


 瞬間、轟音が響く。閃光が走り、稲妻が体を走り抜けた。こちらに向けられた予言者の手からは、雷が放たれていた。


「かはっ……!?【火ノ鳥】!!」

「【落とせ】」


 一瞬動揺して動きが止まってしまったが、すぐに反撃に転ずる。しかし、その攻撃は予言者に届く前に雷に撃ち落されてしまう。


「【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」

「飲み込め」


 風が渦を成し蛇のように蠢いて熱線を食らい消し去る。が、苦し紛れの魔術で反撃の隙を与えなかっただけでも十分だ。


「【滅炎球】!!」


 少しの時間で何とか魔術を完成さる。狭い洞窟の中を炎と熱が一気に満たしていき、ほとんどの生物が生きられない環境を作り上げていく。暴風で減衰されるとはいえ、普通の生物相手なら十分な範囲と熱量だ。


「閉所で対生物ですからね……悪くない手でしょう」


 だが、予言者は意にも介さず立っていた。見れば、予言者の周囲だけ炎が無い。予言者の周囲の空間に入り込んだ炎は、その瞬間に消え去っているようだった。


「なんっ…!?」

「【轟け】」


 炎が晴れると同時、無傷で余裕を崩さない予言者に驚いた私は、迫る閃光への対処が遅れてしまった。


「【炎流波紋(エンルビート)】!!」


 ギリギリで対処したが、大きく体勢が崩れる。次の攻撃がくるまでに魔力を練る余裕も無い。


「がっはぁっ!!」


 腹に予言者の足が突き刺さる。吹き飛ばされる最中に何とか体勢を立て直そうとしたが、上手くいかない。魔力を練ろうともしたが、そちらは少し遅かった。


「荒れ狂え」


 こちらが反撃する前に予言者が動いた。すでに吹き荒れていた暴風がさらに強まり、その音と威力はまともに目も耳も十全に機能しないほどにまで高まっていく。


「ぐっ…【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」

「散らせ」


 魔力を開放し熱線を放つが、暴風の中では大した威力は出せず簡単に防がれてしまう。


「【鳴り響け】」


 次の瞬間、予言者が呟いた。すると、雷鳴が響き始め、渦巻き暴れる風に交じり稲妻が走り始める。


「どうしますか?【隠せ】」


 予言者の姿が消えた。体から色が抜け、光を透過し、無色透明となり目に映らなくなった。風と雷は五感を侵し、予言者の探知はもはや不可能となった。


「くっ…ぐぅ……【滅炎球】!!」


 相手が見えないのなら、空間全体を攻撃で満たしてやればいい。逃場を残さず洞窟全体を炎で埋め尽くしにかかる。


「策は良いですが、純粋に火力が足りませんね」

「ごっはぁっ!!」


 しかし、風と雷に満ちた空間を上書きすることはできなかった。すぐ近くで予言者の声が聞こえたのと同じ瞬間、体に衝撃が走り吹き飛ばされる。


「ぐ……【炎壁】!!」


 蹴られたか殴られたか、吹き飛ばされた先の壁を背にして周囲に壁を展開する。普段の何倍も魔力を持っていかれるが、壁くらいなら今の環境でも維持できる。


「【轟け】」

「ぐっ……」


 ただでさえ壁の維持に力がいるところに雷が炸裂し、炎が揺らぎ壁が薄くなる。


「なっ…がふっ!!」


 薄くなった壁が一点から砕け、顔に強い衝撃を感じ背にした壁に叩きつけられる。


「確かに防御はできますが……反撃に転じれなければ自分を追い込むだけですよ」

「【烈炎刃】!!」


 声の聞こえた気がした方に斬撃を放ったが、手ごたえは無かった。音や匂いも風と雷でまともに感じ取れない今、目に見えない予言者を知覚する術はない。


「【焔槍】!!」


 洞窟内部を埋め尽くすほどの炎の槍。知覚できないのなら端から端まで攻撃で埋め尽くせば良い。だが、放った槍は滅茶苦茶な暴風と雷に流されかき消されてしまう。


「ふむ……そうですね……【満たせ】」


 予言者の声が聞こえた次の瞬間、視界が一瞬真っ白に染まった。よく見れば、無数の稲妻が風に乗って空間を埋め尽くしていっていたのだ。


「なっ!?【炎流波紋(エンルビート)】……がふっ!!」


 受け流そうと魔術を発動したが、雷の物量に圧され貫通される。一分か十分か、それとも十秒か一秒か、全身を雷が貫き続け、もはや痛みも苦しみも超越した何かを感じるほどだった。


「かっ……ひゅっ……くっ……」


 全身から黒い煙が漏れているのが分かる。漏れた煙は風に乗り消えていき、体表の火傷が少し痛む。心臓の鼓動が狂っているのが良く分かる。自身の状況に反して、頭は冷静に自身と周りの状況を確認できていた。


「えぁ……【炎壁】」

「むっ…!」


 このタイミングで攻撃を仕掛けないというのはあり得ない。壁を展開し予言者の攻撃から身を守る。


「はっ……ふぅ……」


 壁に攻撃が当たった瞬間、予言者の居場所が分かる。壁は維持したまますぐに距離をとる。心臓の鼓動も少しずつ落ち着いてきた。


「【極炎煌球】!!」


 超密度の火球。回転するそれは、地面に着弾し炎と熱をまき散らしていく。この暴風のなかではまともに効果を発揮しないが、ほんの少しの間だけ、予言者を自分に近づかせないことができる。


「ふぅ…………【流炎】」


 ただ、炎を生み出し流していく。槍も熱線も球も、すべて風の流れに逆らうから良くないのだ。流される煙のように、風にのった雷のように、ただただ炎を生み出し風に乗せて流す。


「これは……」


 炎はかき消されること無く風に乗り、空間を満たしていく。暴風の中、雷と炎が洞窟を端から埋め尽くしていく。


「……良いですね」


 炎で満たされた空間の中、シルエットが薄っすらと浮かびあがった予言者が言う。


「そろそろ終わりにしましょうか」


 予言者の言葉と同時、その姿が現れ風が止み始める。十秒経つか経たないかといった頃には、風は完全に止んだ。


「【炎赤波爆(レッド・ノヴァ)】!!」


 予言者に攻撃を通すなら、姿が見え風が止んだ今しかない。魔力を練り熱線を放つ。


「退け」


 しかし、その熱線は予言者には届かなかった。予言者が言葉を発した瞬間、ふっと消滅したのだ。


「なにっ…かっ…ふっ……………」


 それに驚いたのと同時だった。息ができなかった。


「こっ………………」


 全身で感じる感覚で分かった。自分の周りの空気が無くなったのだ。


「……………………」


 自分の声が聞こえなかった。魔者であれば空気が無くとも長く持つが、突然呼吸ができなくなれば当然焦るし思考は鈍る。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 予言者が何かを話していることだけが分かった。口の動きで何を言っているか読み取る、なんてことはできないが、どうも仕草を見るに黄衣の王(ハスター)の話をしているようだった。


「………………………………………………」


 一度話が切れたように見えた後、予言者は少しだけ何かを言うと、姿を消した。


「かぁっ……はぁ……ふぅ……はぁ……はぁ……」


 予言者が姿を消し少しして、突如として空気が戻り、呼吸ができた。


「はぁ…………ふぅ…………」


 大きく息を吸って吐き、壁にもたれて立ち上がる。外で待つ仲間に報告をしなければならないのと、アジトの破壊もしなければならない。


「ふぅ……よ……いしょ……っと……」


 アジトの中のドアを全て開け放っていき、入り口の滝の方へ向かう。壁にもたれて歩いているが、今は真っ直ぐ立てないほどの重症だった。


「ふぅ…………【爆焔球】」


 今作れるだけの火球を生成し、洞窟の中に放り込む。開け放ったドアの中にも放り込んでいき、着弾したものから起爆していく。


「よ……し……」


 少しづつ壁が削られ抉られ砕けていった洞窟は、あるところで耐え切れなくなった崩落した。土煙をまき散らしながら轟音を立てて崩れる洞窟を見届け、滝の外に出る。


「あ、おい、ウルカ!!」


 こちらに気付いたラークとブルースが駆け寄って来た。どうやら黄衣の王(ハスター)の影響はひとまず取り除けたらしい。


「大丈夫か…ってんな訳ねぇな。急いで戻るぞ」


 その場でごく簡単な手当を受けた後、二人の肩を借りて歩き出す。


「ふぅ……アジトは……壊した。けど……」

「無理すんなよ」


 ラークが止めるが、報告は早くしなければなるまい。


「大丈夫……で……予言者には、逃げられた……ごめん」

「良い。戦闘に参加すらできなかった俺らが言えることは無いし、戦いってのは負けることだってある。生きて帰れた運の良さを喜ぼう」

「分かった……」


 その後は、ほとんど意識無く歩いていた。次にしっかりと五感が動作し意識がはっきりしたのは、治療を終えた後ベッドの上でだった。

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