異世界転移後のエトセトラ 6
こんこん、と、ノックの音で目が覚める。目を開いて飛び込んできたその光景が、見覚えのない部屋のもので、ば、と飛び起きた。どこだ、ここ、そう、そうだ、私、違う世界に来てしまったんだった。それで、いきなり大きな猪に襲われたけど、助けてもらった人に連れられて、街まで来て、それで、ギルドにお世話になることになって。
こんこん、と、再度ノックの音が聞こえてきた。慌てて返事をする。
「は、はい!」
「起きたか。支度を整えたら下りてこい」
「あ、わ、わかりました!」
どうやらノックの主はリゼロさんだったみたいだ。部屋に入ってくることが無かったのは紳士というべきか。いやでも昨日の放置加減に若干むむ、としてしまう。あの時セシリアさん達が居なかったらどうなっていたことか。いや、まあ、セシリアさん達が居たから、同性の方が気安いからと、彼女達に任せたのかもしれないけど。それはリゼロさんしかわからないことだ。でももうちょっと一緒に居て、教えてくれてたらな、とも思う。
とりあえず部屋に備え付けの鏡で寝癖が付いてないか、とチェックした時に、違和感に気付いた。
「これ、目……目の色が、変わってる……?」
鏡の向こうに映るのは紛れもない自分の顔だ。16年見慣れたその顔の、唯一見慣れないもの。私は黒髪黒目の、日本人では珍しくもないありふれた色彩をしていた。それなのに、目の色が、空を映したような青になっている。世界を渡った影響だろうか。どうして、と思うもリゼロさんを待たせていることを思い出してハッとした。目は普通に見えているし、痛みもない。むしろ痛いのは足の方で、昨日の歩いた分の筋肉痛がきている。いやほんと、めっちゃ歩いたんだもんな。仕方ない、現代人の運動不足ほんと深刻だよ……。とりあえず準備をするためにも共同洗面所で顔を洗うために部屋を出た。
急いで準備を済ませ、裏庭で待っていたリゼロさんの元へと着く。日の光の下で反射する銀色。とても綺麗で思わず見惚れてしまう。リゼロさんは顔立ちも整っていて、すらりと背は高くて、男の人なのにとても綺麗な人だ。昨日は特に何も思わなかったのに急にそれを意識してしまった。
いや、彼は、私の命の恩人で、ただリゼロさんは私が困っていたから助けてくれただけだ。ただ私が困っていたから、ギルマスに面倒を見ろと言われたから、こうしているだけ。なんだか少し寂しいような、悲しいような。複雑な感情を抱いてしまったけれど、待っている彼をこれ以上待たせるのは良くない。リゼロさんの元へ駆け寄り声をかける。
「おはようございます、お待たせしました!」
「来たか」
私の方へと彼の視線が動く。髪と同じ銀色。日本では見掛けない、神秘的な色。だから、きっと、物珍しさがあるからこんなにも彼のことが気になるんだ。そう納得する。
と、彼がす、と何かを手渡してきた。それは立派な木刀で、とりあえず受け取ったはいいけど、首を傾げてしまう。
「え、えと、なんで、木刀……?」
「戦う力が無いんだろう。いきなり実戦とは言わないがとりあえず素振りだけでも続けておけ」
「いや、あの、確かに戦う力はないですけど、なんで?」
「お前、元の世界に戻りたいんじゃないのか?」
「え?」
「『穴』の調査をするには魔物と戦う力がいる。他人に任せるよりも自分で調査をするのが一番早いだろ」
「なるほど……」
「とりあえず素振り100回」
「ひゃっ?!」
結局リゼロさんの指導の元、木刀での素振りを100回させられた。木刀って思ってたより重いんだね、握力もうなくなっちゃったよ……。確かに、調査結果を待つよりも自分で調査に参加した方が早いだろうし、それには戦う力がいるっていうのもわかるけど、剣はおろか木刀なんて握ったことも触ったこともなかったドが付く素人にいきなり素振り100回は、ひどい。鬼だ。鬼コーチだ。いや、巷で言う鬼いさんってやつだ。リゼロ鬼いさんだ。
「おはようセリ、って、朝早くから早速しごかれてたねえ」
「おはようございますうう」
へろへろしながら酒場へ戻ると、快活な笑顔の女性に出迎えられた。昨日の簡易歓迎会で紹介してもらったここの酒場兼宿屋の店主の奥さんであるフェリーチェさんだ。ルーチェさんの姉だというその人はルーチェさんに良く似た人懐っこい笑みをしていて、すぐに大好きになってしまった。ファロ姉妹サイコー!奥からひょこ、と顔を出した店主のライネスさんも声を掛けてくれる。
「頑張ってた子には目玉焼き増量を検討中だけど、どうかな?」
「ありがとうございますライネスさん。食べます!」
「よしよし!いっぱい食べて強くなるんだよ」
「いっぱい食べるけど強くなれるかはわからないですうう……」
「始めたばっかりだろ、とりあえず続けてたら成果は出るって。それまでは頑張るしかないよ」
「フェリーチェさんんん」
「あああセリ!抱きつくの禁止!僕だって抱き締めたい!!」
「ライネスうるさい!」
感極まってフェリーチェさんに抱き着いてしまったが、ライネスさんが奥から突撃してきて朝からカオスだ。フェリーチェさんが一喝してライネスさんは朝食作りに戻ってくれたけど、出された目玉焼きはちょっと焦げていた。多分目を離した隙に焦げたんだと思う。朝から素振りはしんどかったけど、なんだか笑えてきてしまった。
それにしても、フェリーチェさん、もしかして。抱き着いた時に感じた違和感に彼女を見上げる。そういえば、私達よりも一枚多く上着を着ているし体のシルエットを拾わないゆったりとした服を着ていて、昨日も今日もあまり重いものは持っていた覚えがない。そういえば昨日はルーチェさんが彼女を手伝っていたこともあったっけ。結構飲んでたけどルーチェさんは酔わない質らしく足取りも言葉もしっかりしていたから凄いな、とは思っていたけれど。私がじ、と見詰めてしまったのに気付いてフェリーチェさんが少し照れたように笑う。
「どうしたんだいセリ?そんな見られると照れるよ」
「いえ、あの、フェリーチェさん、もしかして、と思って」
「あ、気付いた?……そう、まだ5ヶ月目なんだけどね」
「そうなんですか、おめでとうございます!楽しみですね」
「はは、ありがとう」
私の祝福に笑ったフェリーチェさんは、とても幸せそうだった。その笑顔に私まで幸せな気分になってくる。そうか、そうだったのか。そりゃライネスさんだってフェリーチェさんを気遣って抱き着くの禁止するよね。というか私、勢い余って抱き着いたけど出会って2日目の人にする行為ではなかった。反省。いやほんとリゼロさんのしごきが……辛くて……思わず。でもそれを嫌な顔ひとつしなかったフェリーチェさんって本当に良い人だ。生まれてくる赤ちゃんもとても楽しみで、フェリーチェさんとライネスさんに囲まれる赤ちゃんを想像して、とても暖かい気持ちになった。