異世界転移後のエトセトラ 3
リゼロさんの背を追って、どれくらい歩いたのか。幸い魔物に遭遇しても私が悲鳴を上げる前にリゼロさんが全部片を付けてくれていて、その度に素材を取ったりもしていたけど街には夕暮れ時に到着した。
「お、大きい……」
街は、とても大きかった。石造りの門に、同じ石造りの壁がぐるりと街を覆っている。多分。大きすぎて見えないけど、魔物が闊歩する世界だから防備の面でも強ち間違っていないと思う。それが見えてからその門までたどり着くまでにもかなり時間がかかった。そして、中心には高い、多分お城のようなものがあって、それを洋風の家が取り囲むように建っている。ファンタジー増々だ。門はきっと馬車や軍隊が通れるようにだろう高く幅広く作られていて、見張りの兵が何人か居たけど私達を一瞥するも何か言ってくることはなかった。良かった、検問とかはないんだ。難民受け入れ拒否、とかあったらリゼロさんはともかく身元不明の私は街に入れない。街を目前にしてそれだと悲しいもんな。ほっと一息吐いた。
それはそれとして。白と青を基調とした甲冑を着て大きな槍を持った兵士は物々しい。びくびくとする私に構わずリゼロさんは門を素通りする。というかリゼロさん、あれだけ大荷物になった素材の入った袋持ってても顔色一つ変えずに息一つ乱れず、その上魔物と戦ってもピンピンしてるんだけど何者なの?すごくない?私はただリゼロさんに付いてきただけなのに、目が覚めた場所からここにくるまで歩いただけでもうヘトヘトなんだけど?現代人の体力不足深刻すぎる。ぜはぜは言いながら、でもようやく安全地帯に入れたことで安心したのもあるのだろう。あと、街並みが凄く綺麗で。整備された石畳だとか、白い壁の家々に反射する夕日だとか、植えられた街路樹と花壇に咲いた花だとか、路面にある店舗で売っているみずみずしい果実だとか、いい匂いのするパンだとか、元の世界で見たことのない謎の素材だとか。だから、キョロキョロしていた私の首根っこを掴まれてぐえ、と潰れたカエルみたいな声を出してしまったのは仕方がないことだった。
「キョロキョロしてないで行くぞ、日が暮れる」
「ゴメンナサイ」
リゼロさん、容赦ない。首根っこを掴まれずるずる引き摺られるのは苦しいので素直に彼に付いていく。いやほんとリゼロさんどうなってるの体力もそうなんだけど力も強いんだけど。いやまあ比べる対象が現代日本人しか知らないから凄いってだけで、この世界では普通なのかもしれない。ファンタジー世界、すごい。
この数時間で見慣れてしまった青の外套の背中を追って、広い通りを暫く進む。そうして曲がって、少しした所にある大きな建物に迷いなく入っていった彼に、少し怯みながら続いた。
建物のエントランスは大きな建物に相応の広さで、いくつかカウンターがあった。そこの一つにリゼロさんが向かっていったので付いていく。向かって左のカウンターに座った水色の髪のショートボブの女性が私達に気付いて微笑んだ。うわ、めっちゃ美人。
「お帰りなさい、リゼロさん。ご無事で何よりです」
「ああ。換金を頼む」
「承りました。それで、あの、そちらの方は?」
カウンターの女性の明るい緑色の瞳が私を捉える。いや、まあ、イレギュラーなのは私の方なんだけど、こうも知らない所で注目されると緊張してしまう。どうしよう、とテンパっているとリゼロさんが口を開いた。
「依頼帰りに拾った」
「拾った、ですか?」
「帰り方がわからないと言っていた。武器も何も持っていないのに街の外に居たからここへ連れてきた」
「それはそれは!リゼロったら優しいねえ!」
リゼロさんと女性の会話を見守っているとまた新しい声が聞こえてきて、後ろから聞こえてきたその声の方へ振り返った。
会話に入ってきたその人は、綺麗な白い髪をしていた。その長い髪を天辺に一つに束ねているのも目を引いたが、更に目を引くのは顔の半分を隠すゴーグルだ。しかも色付きで目元が全く見えない。更に口元もマフラーでぐるぐる巻きにして、手袋も着けていて、正に完全防備。凄く不審者。何だこの人、と思っていたら私の視線に気付いたのかその人が私の方へやってきてずい、と顔を覗き込んできた。え、まって、何この人近い近い近い!そんな近さでもゴーグルは向こう側の景色を透かさず、私の焦った表情を写し取る。何これ、と混乱する私の顔を一通り観察して満足したのか、ゴーグルはようやく離れていった。
「ふうん?成程、よく見た顔だ」
「え?」
どういうこと、と声に出す前に女性の叱責の声が上がる。
「マスター、初対面の方に失礼ですよ!」
「おっと失敬。いやなに、似た顔の人を知っていてね、失礼した」
「あ、いえ、驚いただけですので……」
離れたゴーグル男は優雅に礼をしていて、不審者の割に所作はとても綺麗でギャップが酷い。それにも驚いてしまったのでそれ以上追及は出来なかった。というか、この人、マスター、とか呼ばれてなかった?マフラーじゃなく?
「紹介が遅れた、私はこのギルドのギルドマスターをしている者だ。以後お見知りおきを」
「あ、はい、ご丁寧にどうも。私はセリ・アイザワです……」
「セリ、か……良い名だ」
「ありがとうございます……?」
私の名を噛み締めるように呟いたそのゴーグル男──ギルドマスターと名乗った男に首を傾げる。まあ確かにファンタジー世界では日本人の名前は珍しいのかもしれない。というか、あれ、まって、この人ギルドマスターとは言ったけど名前を名乗っては、ない?
ギルド、というのは職業組合、職業団体、とかそういうものだった筈で、そのギルドのマスター、長だからギルドマスター、ということだ。相手が名乗ったと思ったから名乗り返したけどこれって実は名乗りじゃなかったんじゃ、とゴーグル男に不信感が募っていく。胡散臭さ凄いんだけどこの人。こんな人がギルドマスターでここって大丈夫なのだろうか。いやでも私の知ってる人は今のところリゼロさんしか居ないし、リゼロさんが迷いなく来たここはきっと彼の所属しているギルドなのだろう。受付の女性はまともに見えたけど、と女性の方を見ると彼女は私の不信感を感じ取ったのか苦笑を漏らしていた。
「ごめんなさい、マスターは秘密主義者で、自分のことは何も語ってはくれないんです。でも仕事はしっかりやるし運営手腕も悪くはないんですよ」
「……はあ」
苦笑する女性のフォローに生返事を返してしまう。いやまあ確かにここの建物は立派だし、調度品も良さそうなものばかり。ついでにギルドマスター──長いからギルマスでいいや。ギルマスの服も良い物だろうことはわかる。あと活気もある。私達の他にも人は居て、主に中央のカウンターの所でやり取りしているのはリゼロさんみたいに帯剣した人や、甲冑に身を包んだ人、まるで魔法使いみたいな服を着た人、珠の付いた長い杖を持った人、自身の身長より長い槍を持った人、様々な人が居る。それに中央カウンターの向かって右隣、掲示板みたいな所にも人が居て、その近くでは井戸端会議しているおばちゃんが居たり、掲示板を眺めて難しい顔をしている老人が居たり、私よりも幼い子供が掲示板横の向かって右側のカウンターで話を聞いてもらっていたり、老若男女、ありとあらゆる人が居た。それに、色彩も豊かだった。リゼロさんの銀色や、女性の水色、ギルマスの白、それ以外にもありとあらゆる色の髪や目、肌の色。こんな、美しい色彩を日本では、ましてや地球の何処に居ても見られることはないのだろう。やっぱり、私は違う世界に来てしまったのだろうな、と、わかってしまった。
「セリさん?」
「あ、はい?!」
急に声を掛けられてびっくりしてしまう。声を掛けてきた女性は心配そうな表情をしていて、どうやら私のことを気にかけてくれているようだった。
「ボーッとされていたようなので、どうかされましたか?」
「や、特に、ちょっと、疲れただけで」
「街の外に居たんでしたね。魔物も居ますし、緊張されていたのかもしれないですね」
「はい、多分、そうだと」
そうだった。疲れてるから、きっと頭があまり回っていないのだろう。何せ今日は歩き詰めだったし、猪に追われるし、異世界に、飛ばされるし。こんなの疲れない筈がない。女性が心配してくれたことがありがたくて、嬉しかった。
「ご紹介が遅れてしまいましたが、私の名前はセシリア・トゥールディアと申します。よろしければ、以後お見知りおきください」
「セシリアさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
「はい」
にこり、と微笑んでくれた女性──セシリアさん。いやめっちゃ美人だし癒しオーラハンパない。どっかの不審者ゴーグル男とは全然違う。ほっと気が抜けるような優しい笑顔だ。
「それで、セリ。君は帰り方がわからないんだったね?帰る場所はわかるのかい?」
「帰る、場所……」
私がセシリアさんの笑顔に和んでいたらギルマスが問うてきた。帰り方は、当然わからない。けれど、帰る場所は、わかる。でも、ここは多分異世界、私の住んでいた世界とは違う世界だ。ただそれを言って、頭のおかしい人扱いされるのは、困る。私の言葉が届かなくなってしまう。私は、決して詭弁を重ねたい訳ではないのだから。
困った私の表情に気付いたのか、ギルマスがセシリアさんに声を掛けた。
「ううん、込み入った話になりそうだね。セシリア、奥の部屋を使うよ」
「わかりました。後でお茶をお持ちしますね」
「うん、ありがとう。それと……リゼロ、君も来てくれ」
「……まあ、俺が連れてきた奴だからな」
「そうそうそういうこと!じゃあ行こうか!大丈夫、取って喰いやしないよ」
ぽん、と肩を叩かれ、明るい声を出したギルマスが中央のカウンターとの間にある扉へと進んでいく。奥の部屋、とはそこから通じるのだろう。笑顔のセシリアさんに見送られ、先に行ったリゼロさんに続いて私もギルマスの後を追った。