異世界転移後のエトセトラ 2
リゼロ・マールス。私を助けてくれたその人はそう名乗った。格好がファンタジーなら名前もファンタジーだ。相手が名乗ってくれたので私も名乗り返した。
「藍沢芹です。あ、いや、名前が先のとこならセリ・アイザワ、の方がいいか。とにかく助けてくれてありがとうございます」
「礼はいい。それより、こんな所で一人、武器も持たずに何をしていた?」
「武器、ですか?」
「ここは街から離れている。周辺ならまだしも、街から離れた所は近頃魔物が闊歩する無法地帯となっているのは知っているだろう」
腕を組み、私を不遜な表情で見下ろすリゼロさんからめっちゃ不穏な言葉が聞こえてきた。魔物。魔物って、それ、剣と魔法のファンタジー世界によく居る敵ですよね。エネミーですよね。そんなもの居るのここ?!まって平和な場所でぬくぬく育ってきた私にそんな相手へ取れるコマンドなんて全然ないんですけど?!え、まってさっきの猪ってまさか魔物なの?!そりゃ何もできないですっていや単に普通の野生生物でも対応できなかったけど。今の私に取れるのは『逃げる』コマンド一択だ。
さあ、と青ざめた私に気付いたのか、リゼロさんが柳眉をしかめた。いやまって今気付いたけどめっちゃ美人だなこの人。男の人なんだろうけど男臭さがないというか、銀髪銀目とか普通の人なら浮いちゃうような色彩もこの人にはよく似合っている。流石ファンタジー世界。
「知らなかったのか?」
「知りませんでした。というか、あの、私気付いたらここに居て」
「気付いたら?……帰る場所はわかるのか?」
「ええと、どうやって、帰ればいいのか……わかりません」
「……」
私の返答にリゼロさんが口に片手を当て目を伏せた。どうやら考えているみたいだ。それか憐れんでくれているか。そりゃもう私ってば迷子みたいなもんですもんね。こんな大きな迷子、どうするか迷うよね。しかもここは魔物とやらが闊歩する無法地帯らしいし、武器もなにも持ってない身一つの人間が居て、それを助けてしまったからには、なんか、どうにか安全な場所まで連れていってほしいというのは、まあ、私の願望なんだけど。この人はどう対応してくれるんだろう。最悪街の方向を教えてくれたら嬉しいんだけどな、と思っていたらリゼロさんの方も答えが出たらしい。私と視線を合わせると、しっかりと言葉をくれた。
「ついてこい。俺も街へ戻る途中だったからな、ついでに送ってやる」
「あ、ありがとうございます!」
どうやら街へと送ってくれるらしい。こんな魔物のうろつくらしいところで一人で放り出されるのは勘弁願いたいから願ってもみないことだ。嬉しくて飛び上がりたかったが変な人になってしまうので自重する。と、くるりと背を向けたリゼロさんが言った。
「だが少し待て。肉を取る」
「え、肉?」
「素材もだ。無駄にはできん」
どうやら倒した猪の肉と素材を取るらしい。懐にしまっていたらしいナイフを上手く使って見る間に猪を解体していったリゼロさんの手腕は慣れたものだった。血みどろでかなりグロかったけどここではきっと普通のことなんだろう。肉塊になったものしか見たことのない現代人だが、ここに今居るのなら、目を逸らせるものではない。それに、きっと、この解体技術ももしかしたら私も覚えなくてはならないのかもしれない。リゼロさんが助けてくれたから私は今生きているけど、この先どうなるのか、全くわからないのだ。街へ行ったは良いものの、最悪街を追い出されて街の外で自給自足して生きていかなければならないかもしれない。だったら、グロいからって見なかったことにするのは勿体無い。
「……これくらいでいいだろう」
「全部は取らないの?」
「持ち運べんからな。換金できる分だけでいい。後は他の獣の餌になる」
リゼロさんが剥いだのは毛革と牙、肉塊を二つだけだった。持ち運べないから、というのは納得だ。リゼロさんは何か荷車を引いてる訳でもないし、とても大きな荷物袋を持っている訳でもなかった。武器は持っているけどほとんど身一つといってもいいその軽装では私よりも大きな獣の全てを運べる訳ではない。肉塊を布で包んで、折り畳まれた袋を広げて毛皮と牙を一緒に入れたそれを背負ったリゼロさんが立ち上がる。
「血の臭いでじきに獣が寄ってくる。出発するぞ」
「はいっ」
確かにもう鼻は麻痺してしまったがかなり血の臭いは濃いのだろう。あちらこちらから獣の気配もする、気がする。歩き出したリゼロさんの背を追ってその場を離れる。
かなり距離が開いたけれど、ふと振り返ってみたそこには、小さな獣の群れが重なりあっていた。解体した肉塊を食むその息遣いが聞こえてくるようで、一歩間違えば、リゼロさんが助けてくれなければ、私もああなっていたのだろう。ぞわり、と、背筋を悪寒が這った。だめだ、考えるな。私は生きてるんだから。ただ、これからどうなるのかは、わからないけれど。とりあえず今私にできるのは、助けてくれた彼の背を追うことだ。