異世界転移後のエトセトラ 1
はらはらと舞うのは、白い、花弁。暗い所で一等浮き立つその白は、祝福なのか、それとも──哀悼なのか。
「それを決めるのは、君自身だ」
は、と、目が覚めた。真っ青な空。白い雲。絵に描いたような晴天。草の匂い。柔らかな風。どうやら、ここは、何もない草原のようで、私はそこに倒れているらしい。横たわっていた体を起こすと、ずき、と頭が痛んだ。こめかみに手を当て、どうして、と、思う。
私は、今の今まで学校に居た筈だ。学校、私が通っていた高校の校舎。そこの屋上へ呼び出され、難癖を付けてくる奴がいて、そいつらを相手に面倒だな、と、思っていた筈、なんだけど。
ぞわ、と、悪寒が襲ってくる。そう、面倒だな、と思っていたんだ。ただ成績が良かっただけで、定期考査で学年一位を取ったというだけで、私が女であるというだけで。私の努力をただ妬み僻み蔑んでくる奴が居てそれをぶつけてくる奴らが、厄介で、面倒で、それで──最後に見えたのは、同じように晴れた空だった。
どういうこと、だろう。私は、校舎から、あの三階建ての屋上から突き落とされた筈だ。そうして見えた青に、ああ、私は死ぬのか、良くて骨折の大怪我を負うのか、と諦めて目を閉じたら、白い花が舞って。目蓋の裏側に焼き付いたそれを思い浮かべる。あの白い花は、一体、何だったんだろう。
「ブルル」
何だったんだろう、本当に。匂いもなかったから多分幻影みたいな、そう、白昼夢のようなものだったんだろうけどなんだか印象的で忘れられない。それにしたって今の現状は不可解だ。だって私は今まで校舎の屋上に居て、学校の敷地の中にいた筈だ。私の通う学校は都会の只中にあるので周りを見渡せば住宅街が広がっている筈なのに、周りは草木しか見えない草原が広がっているし。そう、こんな大きな猪が出たのならたちまち大騒ぎになるっていうのに聞こえるのは獣の息遣いだけ──ん?まて、大きな猪?
「ブルルァァ!」
ばち、と音がしたような気がする。私と視線が合った大きな猪が大きな唸り声を上げた。まって、どういうこと、確かに野生動物と出会ったら視線を合わせるなって、それが相手の興奮を煽るから静かに身を引けってのは知ってるけど、ここまで興奮してたら、もう、静かに身を引くのって無理なのでは?
「ブオオオ!!」
「やっぱりー!!」
こちらへ一直線に突進してきた猪に思わず叫んでしまった。少し距離があったし真っ直ぐな軌道だったから火事場の馬鹿力ってやつで何とか避けられたけど、あの巨体で体当たりされたら一溜りもない。良くて全身複雑骨折、最悪死ぬ。まって、あの猪、私より大きかったんだけど?!大きいとは思ってたけど野生の猪なんて見る機会もなかったからこんなにも大きいとか思ってもみなかったんだけど?!というか相手まだ私のこと敵視してるんですけど!!外れた軌道を修正してまたこちらへ向かってきた猪に、泣きたくなる。
「私が、一体!何をしたのか!!」
「縄張りに入り込んだのはお前の方だ」
「えっ」
まさかこの猪、喋れるの?!と思ったけどどうやらそれは違ったらしい。第三者の声が聞こえてきて、私と荒ぶる猪の間に立ったその人は手に持った剣で猪を切り裂いて──まって、剣?!え、うそ、刃渡り30cm以上どころじゃないんだけど明らかに銃刀法違反の剣振り回すとか日本じゃあり得ないんだけど?!
猪の断末魔と、血の臭い、どう、と重いものが倒れる音。理解できない事柄ばかりで頭が追い付かない。呆然とその光景を見ていると、猪の血を振り払った剣を鞘に収めたその人が私を振り返った。
銀色の髪。銀色の、瞳。日本人ではあり得ない色彩に、鼻筋の通った顔立ち。黒を基調とした服と肩に掛かった青の外套も相まって相当なファンタジー衣装。コスプレイヤーさんかな?とも思ったけど、ウィッグ特有の質感も、カラコン特有の発色も確認できない。
それに、今、猪を倒した剣は、紛れもない本物、で。その人の向こう側で転がった猪の死体を見て、ぞわり、と鳥肌が立った。
「無事か」
「は、はひ……」
低い声が私の安否を確認する。思わず頬を摘まんだから変な発声になってしまった。摘まんだ頬は、痛かった。力加減失敗したからめっちゃ痛かった。
どうやら、私は、高校の校舎の屋上から突き落とされて、ファンタジーな世界に迷い込んでしまったらしい。これが流行りの異世界転生ってやつか。いや、生まれ変わってる訳ではないから異世界転移ってやつか。成る程、よくわからん。