第1話 パーティ情報管理所へようこそ!
よろしくお願いします。
木製の椅子に腰掛け、黙々と書類を処理する男がいた。机の上に積まれた書類に目を通し、目を細めながら書類を分別していく。男の後ろのカウンターには3種類の箱が置いてあり、それぞれ『緊急』『要検討』『誰かに頼む』という文字が振られている。入っている書類の割合は、だいたい1:2:7といったところだろうか。ある意味、とても健全な職場と言えるかもしれない。
「特別補佐官殿~」
そんな男に、カウンターの裏から声をかける者がいた。特別補佐官と呼ばれた男は、顔をしかめながら振り返る。間延びしたその声、自分のことを名前で呼ばない数少ない相手は、彼にとっては基本的に厄ネタを持ってくる相手だったからだ。
視力矯正具、それも特大のものを顔にかけて、「にへら」と締まらない笑みを浮かべる女性は、かつて彼を巻き込んで大冒険をやらかした経歴を持つ女性だ。男にとっては、3本指に入るほどに厄介な相手。
「……なんですか、ニビシルさん」
警戒を露わにする男に、ニビシルと呼ばれた女性は悲しげな顔をする。それがブラフだと知っている男の態度は、かたくなに解けなかったが。
「特別補佐官殿に『お願い』がありまして~……」
男は無言で『緊急』と書かれた箱を指さし、仕事が残っているアピールを行うが、ニビシルはにへらと笑うだけでそちらを見ようともしない。完全に受け流されていた。
「Bランクパーティ、『天翔』の立て直し、お願いしますゥ!」
右手を掲げて宣言したニビシルは、勢いよくジャンプし、両手のひらを地面にべったりとくっつけ、頭を深く下げて額を床に付けた。いわゆる『土下座』の姿勢である。それを聞いた男は、深く息を吸い込むと。
「だからあのパーティそろそろヤバいって言ったじゃないか!」
後ろの『緊急』の箱から1枚の書類を取り出し、机に叩きつけた。その書類には「パーティ『天翔』内の不和及び解散危機について」という文字が躍っていた。その下には細かい字で、住民及び冒険者達から聞き取った、かのパーティの人間関係が事細かに記載されている。
特記事項の欄には、最近『翼持つ獅子』の討伐に失敗と書かれていた。
「何度も! 何度も! 何度も言っていますが! 僕にも限度はあるんですよ!」
「わかってますぅ!」
机を叩きながら吠える男に、ニビシルは必死に頭を下げていた。
「いいですか! 僕にもやりづらいパーティはいます! ひとつ! 痴情のもつれ! ふたつ! 金銭関係のトラブル! みっつ!」
「関係性が拗れに拗れたパーティ――ですよね! すみませんでしたぁ!」
言いたかったことを先取りされ、男は思わず言葉を飲み込む。だが、それで胸の中に膨れ上がった感情が収まるわけではない。
「それで?」
「は?」
「僕が何度も要望を出している、新人育成の案は通ったんですか?」
男の問いかけに、顔を上げたニビシルが、さっと視線を逸らした。男は無言で逸らされた視線の先に回り込み、満面の笑みでしゃがみ込む。ニビシルの顔面に大量の冷や汗が流れ始めた。
「それで? ……上はなんて?」
「…………『非常に興味深い案だ。十分に検討した上で』」
「正直に」
「…………『Eランク止まりの若造が吠えおって。冒険者は放っておいても、実力があれば勝手に芽を出すはずだ』とのことです……」
「それでいったい、何人の有望な若手を潰したんだ老害どもが!」
文字通り吠えた男は、机の下から数枚の書類を取り出す。どの紙にもパーティ名と個人名、さらに特徴や将来への期待、育成計画などが記載されていたが、赤いバツ印も大きく刻まれていた。
かつて、ここの冒険者ギルドに登録していたパーティたちだ。いずれも再起不能になったり、解散したり、別の都市に移ったりして、消息を絶っている。
「僕が知るだけでも6パーティだ! しかも、有望なパーティだけに絞ってだぞ!? 内2パーティはあの魔導学院の卒業者がいたっていうのに! 見ろ! アンビエンス・シャーディ! パーティ内の報酬に納得できず解散!? 支払額を貢献度じゃなくて年齢順で決めるからだろうが! 冒険者たちが無学なのはわかっているが、それなら教育しろって話だろ!」
思い出した感情の奔流に耐えきれず、その場で頭を抱えて「あああああクソおおおお!」と叫び出す男。普段穏やかな顔をして、適宜書類を処理している様子からは想像もできないほどの半狂乱――否、狂乱状態。ニビシルの脳裏に、いつだったか先輩が言っていた『人材ジャンキー』という言葉がよぎる。
「『天翔』だってずっと言ってたじゃないですか! リーダーは自分の道を行くタイプの猪突猛進バカ、サポートの精霊士は引っ込み思案の臆病な性格、愚直邁進型剣士に捻くれ魔導士! 今までは個人の資質でなんとかなってただけで、チームとしては崩壊寸前だってずっと言ってるじゃないですか!」
「ごめんなさい! ごめんなさいぃぃぃ!」
必死に頭を下げるニビシル。Bランクまで到達するパーティは数が少なく、その中でも『天翔』は将来を期待されている有望株だ。いくつか以来の失敗や、パーティ内での論争はあったものの、おおむね問題なく運用されていたのだ。
『天翔』がヤバいと言い続けてきたのは、ここにいる特別補佐官である男だけ。
「わかりましたよ! 立て直しますよ! やればいいんでしょやれば!」
「あ、ありがとうございます特別補佐官殿--いえ、ホドカ様!」
「その代わり、新人育成案絶対通してくださいよ! あと僕にも限度はありますからね!」
ホドカと呼ばれた男は、キレながら自分の席のそばに置いてある背嚢を手に取る。そして中身をすべて取り出し始めた。数とマークが書かれた木片、毛糸を集めたボールなど、細かい道具たちだ。それぞれ使い道はあるが、使いこなせるのはホドカだけ。というか、周囲で彼の行動を見ている人間はが、ホドカの思考を読み解くことは難しい。
だからこそ、彼はここ『パーティ情報管理所』の特別補佐官としての役職を得ているのだ。
「じゃあ『告知』をお願いします。日付はいつでもいいです。決まったら連絡くださいね」
「は、はい!」
真剣な表情で中身を確認したホドカは、続いてもう1つの背嚢を背負う。先ほどのものに比べると小さめだが、持ち上げる時の様子を見るに、相応に重いものが入ってそうな気配である。
「僕は道具の整備に出ます。ニビシルさん、あとはよろしくお願いしますね」
「……へ?」
ホドカはもくもくと『緊急』と『要検討』の書類をすべて取り出し、『誰かに頼む』に叩き込んだ。そしてその箱をニビシルの前にそっと置く。
「じゃっ」
ニビシルが何かを言う前に、ホドカは素早く身をひるがえし、建物を飛び出した。『パーティ情報管理所』と書かれた看板を掲げた建物は、外壁には蔓が這い、屋根からは雨漏りを繰り返す建物だ。職員、わずか5人。戦力になるのはそのうちの3人。
薄給で、激務で、煩雑で、責任の重い業務を回し続ける悲しい職場。強いて言えば、職員間の連携と人間関係は比較的まともであるくらい。
建物の中から聞こえてくる悲鳴を意図的に無視しながら、ホドカは軽快に道を駆けていくのだった。
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