表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第1話 パーティ情報管理所へようこそ!

よろしくお願いします。

 木製の椅子に腰掛け、黙々と書類を処理する男がいた。机の上に積まれた書類に目を通し、目を細めながら書類を分別していく。男の後ろのカウンターには3種類の箱が置いてあり、それぞれ『緊急』『要検討』『誰かに頼む』という文字が振られている。入っている書類の割合は、だいたい1:2:7といったところだろうか。ある意味、とても健全な職場と言えるかもしれない。


「特別補佐官殿~」


 そんな男に、カウンターの裏から声をかける者がいた。特別補佐官と呼ばれた男は、顔をしかめながら振り返る。間延びしたその声、自分のことを名前で呼ばない数少ない相手は、彼にとっては基本的に厄ネタを持ってくる相手だったからだ。


 視力矯正具、それも特大のものを顔にかけて、「にへら」と締まらない笑みを浮かべる女性は、かつて彼を巻き込んで大冒険をやらかした経歴を持つ女性だ。男にとっては、3本指に入るほどに厄介な相手。


「……なんですか、ニビシルさん」


 警戒を露わにする男に、ニビシルと呼ばれた女性は悲しげな顔をする。それがブラフだと知っている男の態度は、かたくなに解けなかったが。


「特別補佐官殿に『お願い』がありまして~……」


 男は無言で『緊急』と書かれた箱を指さし、仕事が残っているアピールを行うが、ニビシルはにへらと笑うだけでそちらを見ようともしない。完全に受け流されていた。


「Bランクパーティ、『天翔(アマガケ)』の立て直し、お願いしますゥ!」


 右手を掲げて宣言したニビシルは、勢いよくジャンプし、両手のひらを地面にべったりとくっつけ、頭を深く下げて額を床に付けた。いわゆる『土下座』の姿勢である。それを聞いた男は、深く息を吸い込むと。


「だからあのパーティそろそろヤバいって言ったじゃないか!」


 後ろの『緊急』の箱から1枚の書類を取り出し、机に叩きつけた。その書類には「パーティ『天翔(アマガケ)』内の不和及び解散危機について」という文字が躍っていた。その下には細かい字で、住民及び冒険者達から聞き取った、かのパーティの人間関係が事細かに記載されている。


 特記事項の欄には、最近『翼持つ獅子(アフィエラ)』の討伐に失敗と書かれていた。


「何度も! 何度も! 何度も言っていますが! 僕にも限度はあるんですよ!」

「わかってますぅ!」


 机を叩きながら吠える男に、ニビシルは必死に頭を下げていた。


「いいですか! 僕にもやりづらいパーティはいます! ひとつ! 痴情のもつれ! ふたつ! 金銭関係のトラブル! みっつ!」

「関係性が拗れに拗れたパーティ――ですよね! すみませんでしたぁ!」


 言いたかったことを先取りされ、男は思わず言葉を飲み込む。だが、それで胸の中に膨れ上がった感情が収まるわけではない。


「それで?」

「は?」

「僕が何度も要望を出している、新人育成の案は通ったんですか?」


 男の問いかけに、顔を上げたニビシルが、さっと視線を逸らした。男は無言で逸らされた視線の先に回り込み、満面の笑みでしゃがみ込む。ニビシルの顔面に大量の冷や汗が流れ始めた。


「それで? ……()はなんて?」

「…………『非常に興味深い案だ。十分に検討した上で』」

「正直に」

「…………『Eランク止まりの若造が吠えおって。冒険者は放っておいても、実力があれば勝手に芽を出すはずだ』とのことです……」

「それでいったい、何人の有望な若手を潰したんだ老害どもが!」


 文字通り吠えた男は、机の下から数枚の書類を取り出す。どの紙にもパーティ名と個人名、さらに特徴や将来への期待、育成計画などが記載されていたが、赤いバツ印も大きく刻まれていた。


 かつて、ここの冒険者ギルドに登録していたパーティたちだ。いずれも再起不能になったり、解散したり、別の都市に移ったりして、消息を絶っている。


「僕が知るだけでも6パーティだ! しかも、有望なパーティだけに絞ってだぞ!? 内2パーティはあの魔導学院の卒業者がいたっていうのに! 見ろ! アンビエンス・シャーディ! パーティ内の報酬に納得できず解散!? 支払額を貢献度じゃなくて年齢順で決めるからだろうが! 冒険者たちが無学なのはわかっているが、それなら教育しろって話だろ!」


 思い出した感情の奔流に耐えきれず、その場で頭を抱えて「あああああクソおおおお!」と叫び出す男。普段穏やかな顔をして、適宜書類を処理している様子からは想像もできないほどの半狂乱――否、狂乱状態。ニビシルの脳裏に、いつだったか先輩が言っていた『人材ジャンキー』という言葉がよぎる。


「『天翔(アマガケ)』だってずっと言ってたじゃないですか! リーダーは自分の道を行くタイプの猪突猛進バカ、サポートの精霊士は引っ込み思案の臆病な性格、愚直邁進型剣士に捻くれ魔導士! 今までは個人の資質でなんとかなってただけで、チームとしては崩壊寸前だってずっと言ってるじゃないですか!」

「ごめんなさい! ごめんなさいぃぃぃ!」


 必死に頭を下げるニビシル。Bランクまで到達するパーティは数が少なく、その中でも『天翔(アマガケ)』は将来を期待されている有望株だ。いくつか以来の失敗や、パーティ内での論争はあったものの、おおむね問題なく運用されていたのだ。


 『天翔(アマガケ)』がヤバいと言い続けてきたのは、ここにいる特別補佐官である男だけ。


「わかりましたよ! 立て直しますよ! やればいいんでしょやれば!」

「あ、ありがとうございます特別補佐官殿--いえ、ホドカ様!」

「その代わり、新人育成案絶対通してくださいよ! あと僕にも限度はありますからね!」


 ホドカと呼ばれた男は、キレながら自分の席のそばに置いてある背嚢を手に取る。そして中身をすべて取り出し始めた。数とマークが書かれた木片、毛糸を集めたボールなど、細かい道具たちだ。それぞれ使い道はあるが、使いこなせるのはホドカだけ。というか、周囲で彼の行動を見ている人間はが、ホドカの思考を読み解くことは難しい。


 だからこそ、彼はここ『パーティ情報管理所』の特別補佐官としての役職を得ているのだ。


「じゃあ『告知』をお願いします。日付はいつでもいいです。決まったら連絡くださいね」

「は、はい!」


 真剣な表情で中身を確認したホドカは、続いてもう1つの背嚢を背負う。先ほどのものに比べると小さめだが、持ち上げる時の様子を見るに、相応に重いものが入ってそうな気配である。


「僕は道具の整備に出ます。ニビシルさん、あとはよろしくお願いしますね」

「……へ?」


 ホドカはもくもくと『緊急』と『要検討』の書類をすべて取り出し、『誰かに頼む』に叩き込んだ。そしてその箱をニビシルの前にそっと置く。


「じゃっ」


 ニビシルが何かを言う前に、ホドカは素早く身をひるがえし、建物を飛び出した。『パーティ情報管理所』と書かれた看板を掲げた建物は、外壁には蔓が這い、屋根からは雨漏りを繰り返す建物だ。職員、わずか5人。戦力になるのはそのうちの3人。


 薄給で、激務で、煩雑で、責任の重い業務を回し続ける悲しい職場。強いて言えば、職員間の連携と人間関係は比較的まともであるくらい。


 建物の中から聞こえてくる悲鳴を意図的に無視しながら、ホドカは軽快に道を駆けていくのだった。




お読みいただきありがとうございました。

面白い・続きが気になる!方は、ぜひ下の評価ボタンとブクマをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ