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第29話 恋バナ

「おはよう。まさか今まで訓練してたの?」


扉が開いた音で目を覚まし、ハイネに尋ねる。


ここはギラーム共和国が用意してくれた迎賓館の1室。

そこに私とハイネ、それにアーニュの3人は寝泊まりしていた。


「あ、ああ……まあな」


私の問いに、何故かハイネは気まずそうに目を逸らした。

何か後ろめたい事でもあるのだろうか?


「朝帰り。しかも石鹸の香り迄させてるんだから、訓練な訳ないでしょ」


アーニュが欠伸をしながらベッドから起き上がり、鼻をスンスン言わせてハイネの匂いを嗅ぐ。

確かに言われてみれば彼女からは仄かな花の香りが……


「よ、汚れたから水浴びしただけだ!それが何だってんだ!」


彼女は顔を真っ赤にして叫ぶ。

その態度が死ぬ程怪しい。

そもそも昨日までは汗でべとべとのままベッドに飛び込み、ベッドメイクさん達をさんざん困らせてきたのだ。

それが今日になっていきなり水浴びして来るなんて、怪しすぎる。


朝帰りに水浴び……これじゃあまるで――


「遂にハイネにも春が来たって訳ね。お相手はブレックスさんと見たけど、どうかしら?」


「なななななななななななななっ!!??」


アーニュの指摘に更に顔を赤くし、頭から湯気が上がる。

漫画的表現だと思っていたが、まさか現実でお目にかかる事になろうとは……


「正解だったみたいね」


「まさかあのハイネがねぇ」


異性に興味を示すことなく、只ひたすら粗暴に生きて来た彼女が恋愛するなどと夢にも思わなかった。

しかも出会ってまだ10日程度の相手とそういう関係になるとは、正直驚きを隠せない。


因みに、ブレックスさんとの仲は誤解だったという事で解決している。

あの人はどうも女性が苦手だったようで、しかめっ面や冷たい態度もそのせいだったらしい。

その後は女を感じさせないハイネと剣術などの戦闘談議に花を咲かせ、最近は一緒に訓練をしていたのだが……奥手の二人がこうも高速でくっつくとは、世の中分からない物だ。


まあそれだけ相性が良かったという事なのだろう。


「だ、だから違うって!ブレックスとは戦友的なあれというかなんていうか……その……だから……」


初めは勢いがあったが、情勢が悪い事を察してかハイネはどんどんしどろもどろになって行く。

目出度い事なのだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。


「恋バナを聞かせて貰い所だったけど、この様子じゃ駄目っぽいわね」


アーニュは酷く残念そうだった。

今まで私達の中ではそういった話題は殆どなかったが、彼女も今や恋する乙女だ。

他人のそういった話が気にって仕方がないのだろう。


「あら、誰か来たみたいね」


髪を解かし、部屋着から着替えると丁度そこにノックの音が響き渡る。

余りにもタイミングがぴったり過ぎて、覗かれていたのではと勘ぐってしまう程だ。

まあ部屋には私が結界を張ってあるので、それは無いだろうが。


「どうぞ」


アーニュも着替えを終えていたので返事を返すと、正装したガラハッド王子がお供を連れて姿を現した。

王子も議会の決定を待って、この迎賓館に寝泊まりしている。


「お、王子!?」


アーニュの顔は恋する乙女のそれに変わる。

分かり易い事この上なしだ。

出来れば彼女の恋も実って欲しい所だが、それは難しいだろう。


アーニュは平民。

そして王子は次期国王だ。

身分が違い過ぎる。


しかも現在のガレーン王国の窮状を考えると、国を立て直す為には他国の王族か、それこそ救世主との政略結婚が必要になってくる。

仮に戦いで大きく貢献したとしても、彼女が妻として王子の横に立つのは絶望的だろう。


「おはよう。良かったら朝食を皆で一緒にどうかなと思ってね」


「お誘いは嬉しいのですが、あたしとハイネはもう済ましてますので……ああ、でもアリアはまだだったわね。アリア、王子と御一緒してらっしゃいよ」


ハイネは兎も角、私より後に起きた貴方がいつの間に食事を摂ったと?

どうやらアーニュは私と王子を2人っきりにさせたい様だ。

好きな人のために自分は我慢して応援する姿は、とてもいじらしい。


でも押し付けられたこっちとしては堪った物では無いので、止めて貰いたいというのが本音だ。

ハッキリ言って、王子と結婚する気は更々無い。


「あー。実は昨日夜中に目が覚めて、お菓子に手を出したせいかお腹が減っていないのよねー。という訳で王子、誘って頂いて何ですが申し訳ありません!」


私はペコリと頭を下げた。


「そうか、朝早く押しかけてしまって悪かったね。ではまた後で」


そう言うとガラッハッド王子は部屋を後にする。

これがガルザスのアホなら怒ったりしつこかったりするのだろうが、あっさりと引く当たり、流石出来た弟だと感心する。


「ちょっと、何で断ったのよ」


「なんでって……好みのタイプじゃないから」


この際だからハッキリ言っておこう。

彼女は王子の応援をする気なのだろうが、それが無駄である事を。


「王子のどこが気に入らないって言うのよ?あんなに素敵な人なのに」


確かに王子は顔も性格も良くて、スタイルも頭もいい。

だが何かが違う。

少し考えてから答えに辿り着く。


「顔かな」


「え!?」


「まあ正確には表情ね。王子はいつも笑顔でしょ?」


彼は何時も穏やかな笑顔をしている。

だがそれは造り物だった。


貴族社会では笑顔が基本になる。

しかめっ面をしても、何の利益もないからだ。

だから基本、みんな笑っている。


「あんな素敵な笑顔のどこが気に入らないってのよ?」


かつては第二王子と言う微妙な立場だったガラハッド王子も、処世術としてきっと笑顔で過ごしてきたのだろう。

私達の前でも、本能的にそれが顔に出てしまっている。


それは言ってしまえば、王子が私達の事を信頼していない証拠でもあった。


国を守るために縋ろうとしている癖に、そのくせ私を信用していない。

それを証明する作り笑いが兎に角気に入らないのだ。

私は。


「ま、好みの問題だから気にしないで」


「好みの問題って……」


アーニュに王子の作り笑いがキモイと伝える積もりは無いので、適当に好みの問題で済ませておく。


「それよりも外に行きましょ」


王子は迎賓館にあるレストランを使うだろう。

だから私は外で食事を済ませる事にする。

断っておいて堂々とレストランに姿を現したら、気まずいってレベルじゃないからね。


「ハイネはどうする?」


「俺か?まあ俺も行くとするわ。あんまり食べてないし」


「愛する彼の前では小食を装ったと?」


「んな訳ねぇだろ!単に材料が少なかっただけでって……あっ……」


ハイネはしまったという顔をする。

突っ込んでも良かったが、まあ虐めるのは後の楽しみに取っておこう。


「さ、御飯に行きましょ」


私は二人を連れて街の食堂へと向かう。

お腹ペコペコだ。

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