第5話 旅は続く
「……で? なんか用かよ」
街中の薄暗い路地裏でライがそう言った相手は、屈強な体型の数人の男たちだった。
その中でもリーダー格と思しき男が、ライに言う。
「いや? 別に。ただ、お前にはしばらく付き合ってもらおうと思ってな」
「はぁ? 何言ってやがる……俺は忙しいんだよ。お前らなんかに付き合ってる暇は……」
「少しくらいいいだろ? お前、従魔師だって聞いたぜ。ちょっと聞きたいことがあってな。というのも、従魔師になりてぇって奴がうちにいるんだ……代わりと言っちゃ何だが、酒くらいは奢るからよ」
「……なんだよ。妙な絡み方してきたから、チンピラか何かと思ったじゃねぇか。ただ情報を聞きたかっただけか。それならいいぜ。酒はうまいのを頼む」
「おう、こっちだ」
そして、ライは路地裏でも奥まったところに、男たちと共に向かっていく……。
◆◇◆◇◆
一方、ナンパしてきたフィデリオのところからお暇したリリスは、街中を急いで走っていた。
というのも、彼女の一応の主であるライの魔力が唐突に薄くなかったからだ。
本来ならもっとよく味わっていたい甘味の数々だったが、流石に少しだけ心配になったのだ。
別にその辺で野垂れ死ぬなら自由にすればいいが、その前に従魔契約を解除してもらわなければ困る。
通常であれば従魔契約は従魔師本人が死ねば解除されて自由の身になれるのだが、リリスとライの間で行われた従魔契約はそこのところ少しばかり、特別だった。
どうなるのかと言えば、ライが死亡すればリリスもまた死亡する。
そんなものだ。
それに加え、ライからの魔力供給が絶えた場合にライが死亡したと見做される形になっているため、あまりにもライの魔力が低下するのはそれこそリリスにとって命取りなのだった。
だからこの状況では彼を探さざるを得ない……。
そのためにこんなに慌てているのだ。
そんなリリスの姿は街中でもよく目立った。
だからだろう。
ふと、話しかけられたのは。
「……おい、そこの娘さん!」
「何よ! 私は今、忙しいのよ!」
そう返してライの捜索に戻ろうとしたリリスだったが、次の瞬間、話しかけてきた男の台詞に足を止めた。
「いや……さっきあんたの連れが、そこの路地裏に柄の悪い男に連れ込まれたのを見たんだよ。だから、いいのかと思って……」
「何ですって!? ちょっと、案内しなさい!」
「お、おう……こっちだ」
◆◇◆◇◆
そして、リリスが案内されたのは、路地裏のスラムでも最も奥まったところにある建物だった。
頑丈そうだが、その周囲にはかなり柄の悪そうな男たちばかりが屯していて、好んでここに近づきたがる者はいないだろう。
しかし、リリスはそんなものに怖じ気づくような存在ではない。
「……行くわよ!」
そう言ってずんずんと進んでいく。
普通なら、そんな者がここに現れれば、それこそ柄の悪い男たちが止めるはずだった。
なぜといって、ここはスラム街を治める有力者の一人が支配する店であり、周囲にいる者たちはその護衛などの手下たちだったからだ。
しかし不思議なことに彼らは一切リリスを止めることなく、見送った。
さらに、その後ろからついて行く、彼女の連れと思しき男も同様にした。
この状況を見る者が見れば気付いただろう。
リリスをここまで連れてきた男が、周囲の男たちに目配せするところを。
けれどリリスは細かいことなど全く気にしない上、人間の決まり事にまるで無頓着だった。
だからこそ何も理解せず、そのまま店の中に入っていったのだった。
◆◇◆◇◆
「……それで、何か聞きたいことがあるんだろ? 何でも話してやるぜ。まぁ、それなりに金は貰うがな」
店の中で、柄の悪い男たちに、どっちの方が悪人か分からない笑みを浮かべつつ、そう行ったのは従魔師の少年、ライである。
そんな彼に、彼をここまで連れてきた男は、先ほどまで浮かべていた比較的好意的な笑みを、怖いものに変えて言った。
「馬鹿な奴だな、お前は……。聞きたいこと? そんなもんねぇよ」
「……あ? どういうことだ、お前」
「どういうもこういうも、ねぇ。そんなことより、お前の連れは無事かねぇ。良かったのか? こんな風にこんなところでのんびりしててよ」
「てめぇ……」
男の言葉に、ライは理解した。
初めからライではなく、リリスを目的にしてライに話しかけたのだ、と。
元々ライは街中でふらふらしていたのだろうリリスを探していた。
リリスの姿はあまり多くの街人に見られていないはずだが、それでもこういった裏町に住む人間というのはとにかく目端が利く。
どこかでライとリリスが一緒にいるとこを見た者がいたのだろう。
それでこんなところにライを連れてきたのだ。
けれど……。
「まぁ、てめぇらの考えは分かった。だがよ。俺を連れてきても何の意味もねぇぜ? リリスはとにかく方向音痴というか、一回街中で迷い込んだらどこにいるか探すのにも一苦労するような奴だ。それを……」
そうライが言いかけたところで、ガタガタと部屋に一人の男が入ってくる。
その男は、今、ライと話していたリーダー格の男の元へと走ってやってきて、その耳元で何事か呟いた。
「……分かった。下がれ」
「へぇ!」
そんな会話が二人の間でなされ、そしてリーダー格の男はライの方に勝利したような顔をして言った。
「たった今、お前の連れがここに来たってよ。お前がここにいるって言ったら、簡単に来たらしい。随分愛されてるなぁ?」
「愛されて……? いや、そんなわけが……あぁ、おい、お前。ここ、もしかして壁とか魔力減衰される材質で作ってんのか?」
「……? 確かにそうだが、よく分かったな。魔術師に押し込まれちゃ困るからな」
「そういうことか。はぁ……まぁ、いいか」
「お前……何を考えて……?」
リーダー格の男が妙なライの台詞に首を傾げたところで、がちゃり、と部屋の扉が開かれる。
「……ライッ! ここにいるの!?」
そんな、若い娘の声と共にだ。
それがリリスであることは、ライにとって自明だった。
「……あぁ。ここにいるぜ。ったく……本当に連れてきちまったのか」
「絶望したか? はっ。もう遅いぜ……しかし見れば見るほどに上玉だな。これなら良い金になる」
リーダー格の男のそんな台詞をライは鼻で笑い、
「本気かよ? その女は見た目よりずっと強いぜ」
「まぁ、魔術が使えるという話は聞いているからな。そこのところは対策済みだ」
男がそう言うと同時に、リリスの後ろにいた男が手錠を取り出し、リリスの腕にはめた。
中々の早業である。
リリスはそれを見ながら、
「……どういうこと?」
と、ぽかんとしている。
そんな彼女とライに、男は言った。
「そいつはこの部屋の壁と同じ材質で作られてる手錠だ。直接腕にはめることで、魔力の放出を完全に抑えられる。つまり、その女がどれだけ魔術に長けていようと無駄ってことよ」
「あぁ……何か勝ち誇っているなと思ったら、そういうことだったか……リリス、駄目か?」
「……うーん。そうね。確かに魔力は遮断されているわね」
「はぁ……そうか……」
二人の会話を聞き、満足そうに男は笑って、
「それじゃ、これでお前の方は用済みだな。従魔師。何、心配するな。この女の売り先は厳選してやるからな……できるだけ高く売れるところによ。女、お前もこいつとお別れの挨拶でもするといいぜ。最後なんだからよぉ」
そんなことを言った。
確かに、こんな状況に陥れば、普通であればもうおしまいだ。
誰もどんな手出しも出来ず、ライは死に、リリスは売られる。
そうなるはずだ。
だからこそ、男のそんな台詞に、リリスは泣き叫ぶのが普通だし、ライもライで、大声で命乞いをするなりなんなりするべきだった。
しかし、リリスは男の言葉に大きく首を傾げ、
「……最後? 確かにそうね。じゃあ、あんた、名前はなんて言うの?」
「あ?」
「あんたよあんた。さっきから偉そうな、ひげ面のあんた」
「……何だよ。ここに至って主が誰か理解したのか? いいだろう。俺はゲルズ。この組織を支配する……スラムの王のゲルズ」
「へぇ。そうなの。じゃあゲルズ。さようなら」
「は……?」
リリスがそう言った瞬間、ゲルズの首が飛んだ。
その場には、リリスとライ、ゲルズ以外にも十人近い男たちが護衛としていたのだが、誰一人として反応できなかった。
くるくると空を飛ぶゲルズの首に男たちが注目していると、さらに次々と護衛の男たちの首も飛んでいく。
誰がそんなことをしているのか。
驚いた護衛の男たちの目に最後に入ってきたのは、短剣を自由自在に振るう、ライの姿だった。
「……お前で最後か」
ライが短剣を手に持ち、目の前の男に突きつけながらそう呟いた。
男は怯えながら、しかし目の前の少年の正体を知りたかったのか、尋ねる。
「お、お前は一体……なんなんだ!? 腕の悪い従魔師じゃなかったのか……!?」
これに答えたのは、ライではなく、リリスだった。
「確かにライは従魔師としては最低だけど……それだけなら私、速攻で逃げるか殺すかしてるのよね……。ライは、私よりも強いわよ。《魔王》の私よりも、ずっと」
「ま、魔王……? そんなものがこんなところにいるわけ……」
「火光線・弱」
リリスがそう言って指を掲げると、そこから赤い光線が射出され、そして男は完全に蒸発して消えたのだった。
「俺の獲物を捕るなよ、リリス」
「ライがいつまでも倒さないからでしょ。それでどうするの? この組織、潰す?」
「そうだな。手分けして全部やっとこう。その方が、ハルマーフの爺さんも喜ぶだろ。最近、裏町の奴らが騒がしいとかなんとか言ってたし」
「了解」
そう言ってリリスは腕に嵌まった手錠を素手で引きちぎり、部屋の外に消えていった。
ライもそれに続く。
それから、数分間の間、店の中からは悲鳴が絶えず響き渡り……そして、その日をもって裏町の組織が一つ、消滅したのだった。
◆◇◆◇◆
「……さぁ、行けっ! リリス! あいつを倒すんだ!」
一人の少年……ライが、ゴブリンを前にそう言った。
リリスがゴブリンに向かって火光線を放つと、一撃で蒸発する。
「よし、良くやった、リリス。おやつをやるぞ!」
リリスはライがそう言って投げた角砂糖を口でキャッチし、
「……甘い。でも納得いかない。なんでこれだけしかもらえないのよ。聞いたわよ、ライ。あんた、昨日の組織の壊滅の報奨金、全部寄付したんだって?」
「そりゃあな。別にあれは俺の従魔師としての技能でやったことじゃねぇんだから、当然だろ。俺は従魔師として有名になりてぇんだ」
「……本当に納得いかない。なんで私がそれに付き合って甘味を禁止されなきゃならないのよっ!」
「禁止じゃねぇ。働きに応じてやってはいるだろ」
「昨日の分け前は!?」
「だから昨日のは従魔師としては働いてねぇんだから俺もお前も儲けゼロだ」
「……はぁ。いつまでこんな生活が続くのよ……あんた、普通に闘えば私だって勝てないくらい強いのに」
そう、ライは極めて強い。
具体的に言うなら、おそらく剣の腕のみでドラゴンとすら普通に闘えるほどに。
魔王ですら、彼に逆らえば一刀両断される。
それくらいの強さだ。
それはつまり世界最強である。
それなのに……。
「だからこそじゃねぇか。剣で闘ったって面白くねぇんだよ。だからゼロから従魔師としてこつこつやってこうと思ったってのに、一番最初にお前みたいなのが来るんだから……。少なくとも、お前の力や俺が剣で依頼を達成するのは基本的に無しだ。せいぜい、お前は火光線・弱だけ。早いところ次の魔物を捕まえて……そんで、従魔師として、徐々に強くなるんだ!」
「大物なんだかただの馬鹿なんだか……まぁ、いいわ。私もずっと暇だったしね。他の魔王でも私の相手にはならなかったし、縛りプレイ、飽きるまでは付き合って上げるわよ。でもそういうことなら、どうせなら私の力もある程度封じる道具とか欲しいわね。昨日の手錠とかほとんど意味なかったし」
「お、お前分かってるな! まずはそういうのを探すか……確か、南の魔法都市に封神具を作ってる奴がいたはずだぜ。そこを目指すか」
「ええ」
こうして、最強の剣士兼最弱の従魔師と最強の従魔の、縛りプレイのための旅は続く。
いずれ彼らは気付くだろう。
そんなこと、やろうとしたって結局無駄だということを。
世界のどこにも、彼らに敵うものはいない。