第3話 捜索開始
「な、なんじゃと!? ついに、魔物を従えたと……!? それで、それはどんな魔物なんじゃ!? 水妖か!? それとも緑小鬼か!?」
ハルマーフが胸を張るライに尋ねたのはそんなセリフであった。
もちろん、水妖も緑小鬼も低級向けの非常に弱い魔物として有名である。
しかし、どちらも鍛えればそれなりに使える存在になれる、潜在力の高い魔物であることも知れられていた。
水妖は不定形のふるふるとしたゼリー状の魔物であり、その性質ゆえ、ほぼ物理攻撃は効かず、仮に物理的な強力な攻撃を加えられても、核さえ破壊されなければ分散した体が徐々に集合して再度、合体してしまう、恐るべき不死性を持つ魔物として知られている。
また、緑小鬼は、確かに野生状態においては棍棒と腰布くらいしか持たない、非常に弱い魔物なのだが、それは人の子供と似たようなもので、長い研鑽と努力を従魔師と共に乗り越えていくことにより、世界最強レベルの剣士や魔術師としての技量を身に着けることも夢ではない、大器晩成型の魔物なのであった。
であるからこそ、従魔師初心者はまずこの両者のような魔物を捕まえ、二人三脚で強くなっていくことを考えるもので、ハルマーフはライがそんな魔物を捕まえることが出来たのかもしれないと思って質問したのである。
しかい、ライからハルマーフに返ってきた言葉は、かなり嘘くさいそれであった。
「聞いて驚け……俺が捕まえたのは!」
「捕まえたのは……?」
「魔王リリス・ミゼンだ!」
そう宣言したライに、ハルマーフは数秒停止し、それから少しばかり首を傾げ、
「……ライよ。申し訳ない。どうも年で耳が遠くなってきたららしい。よく、聞き取れんかった。もう一度言ってくれんか?」
そう尋ねた。
これにライは仕方のなさそうな表情をしながら、しかしそれでも自慢げにもう一度言った。
「だから、魔王リリス・ミゼンを従魔にしたんだ。すごいだろ? 魔王なんて従魔にしてる奴なんて、この世に俺くらいだろうからな……」
それは確かに間違っておらず、魔王、などという存在を従魔に出来た従魔師など、歴史上一人も存在しない。
しかし、だからこそハルマーフはそんなライの台詞を信じることなどまったくできずに、呆れたような顔つきでライに言った。
「……とうとう頭がおかしくなったか、ライ。いくら落ちこぼれと周りに言われようとも、お主は誇りをもって従魔師として努力し続けることが出来る根性があると思っておったが……やはり、辛かったか。悪かったのう……ライ。儂は、お主の苦しみに気づくことが出来ておらんかったようじゃ。今日から、とりあえず、わしと共に、もう一度、諦めずに良い従魔を探そうではないか。なに、心配することは無い。水妖でも、緑小鬼でも、何度も諦めずに続ければ、ライとて捕獲できるはずじゃ……頑張ろう。儂とともに、頑張ろう……」
そして、ライの方をぽんぽんと涙ぐみながら叩いた。
その様子に、ライは自分の台詞がまるで信じられていないことを理解し、反論する。
「爺さん……俺が嘘を言っていると思っているな?」
「……魔王なぞ、従魔に出来るわけなかろうが。お主が言ったからそう言っているわけじゃない。たとえこの世で最も優れた従魔師の一人であろう帝国のエスフェラ・マージが言ったとて、信じはせぬわ!」
エスフェラ・マージとは帝国という国において新進気鋭の若手従魔師であり、その実力はその年齢にして最強の従魔師の候補の一人として上がるほどのものだ。
ライのような吹けば飛ぶような初心者従魔師とは一味も二味も違うのである。
そんな彼女が言ったとしても信じられない、魔王を従えた、とはそういう類の妄言なのであった。
これにはライとしてもそれはそうだろうと納得せざるを得ないが、しかし現実にライが魔王を従えているのは事実である。
それを嘘だと言われても、本当のことは本当の事だとしか言いようがない。
そもそも認めてもらわなければ、従魔師として依頼を受けることが出来ない。
ハルマーフがどうでもその辺のぼけ老人だというのなら彼がどういう態度を取ろうが別に関係がないと言えるが、残念なことにハルマーフはこの街、アイルズベルグの従魔師組合の組合長なのだ。
彼が認めないと言ったら、もうその時点でライの従魔師としての未来は断たれてしまう。
何が何でも、認めてもらわなければならなかった。
そのため、ライはハルマーフに自分がいかにしてリリスを捕獲し、従えたのかそれはもう詳細に、必死に伝えた。
その様子に、ハルマーフも思うところがあったらしい。
疑わしそうな顔つきは若干緩み、しかし、それでも完全に信じ切ることは出来ないようで、
「……そこまで言うのなら、その魔王リリスとやらを連れてきてみい。本当にいたら信じてやるぞ。わしは従魔師組合に戻っておるから、準備が出来たら尋ねるといい。準備が手来たら、な……」
そう言って、ハルマーフはその場を去っていく。
その背を見つめながら、ライは思う。
――あの爺、絶対にそんなことできないと思ってやがったな。
と。
ハルマーフの言い方は、まずそんな嘘は分かっているから、嘘だったと認めて謝る準備が出来たら来い、と言いたげだった。
そこまで決めつけられると腹が立ってくるが、けれどことがことである。
ハルマーフがそこまで頑なに認めようとしないのも理解できる。
少なくとも、ライもまた、昨日まで、同じような状況に置かれた従魔師がライのもとにそんな話を持って来たら、嘘つくんじゃねーよおめーよぉ!と言って笑っていただろう。
「くそっ……絶対に連れて行ってやるからな……とりあえず、リリスを呼ばねぇと……召喚……は、街の中では禁止だったか。確か、発動しねぇんだったよな……」
従魔師なら誰でも身に着けている技術である、従魔の召喚魔術であるが、これはいつでもどこでもどんなときでも使える、というほど便利なものではない。
まず、街の中では治安の関係上、使うことが認められておらず、また、使おうとしても街を覆う結界魔術により阻まれることが普通だ。
それに、距離が遠くなるにつれて必要な魔力量も増えていくため、従魔が離れれば離れるほど厳しくなる。
通常の従魔師であれば、だいたい三百メートル離れればこれによって喚ぶのは難しくなる。
したがって、ライがリリスをハルマーフのもとに連れていくためには、ここが街中である以上、まずリリスを見つけて、それから引っ張っていかなければならないということになる。
幸い、従魔との契約により、だいたいどこら辺に従魔がいるかについては、方向がなんとなく分かる。
この感覚も距離が広がるにつれて怪しくなっていくが、今はまだ、十分分かる距離にいるようだった。
ぼんやりとしたその感覚を集中して掴んだライは、
「……まってやがれ、くそ爺。今、リリスを連れて行ってやるからな……!!」
そう言って、冒険者組合を出て、リリスのもとへと駆けだしていったのだった。