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第1話 従魔師と従魔

「さぁ、行けっ! リリス! あいつを倒すんだ!」


 一人の少年が、スライムを前にそう叫んだ。

 スライムはとてもふるふるしていて、あれがプリンなら美味しくいただきたいなと思わずにはいられない魔力を放っている。


 それに対して、少年よりも少し前、スライムの正面に微妙な表情で立っている一人の少女がいた。

 恐ろしくなるほど整った顔立ちであり、もう五年も経てば一国を傾かせる美女に育っても何らおかしくはないだろう。

 彼女は、少年の台詞を聞き、すっと左手を上げ、やる気なさそうにスライムを指さした。

 それから、


「……火光線ファイアレーザー・弱」


 とつぶやく。

 すると少女の指から突然、ビーッと真っ直ぐに赤い光線が放出され、スライムに命中した。

 スライムはレーザーが衝突した瞬間、じゅっ、と音を立て、そして完全に蒸発したのだった。


「よし、よくやった! リリス! おやつをやろう!」


 少年はそう言って、腰に下がっている小さな皮袋の中から角砂糖を取り出し、ぽいっ、と少女に向かって投げた。

 少女はそれをジャンプして直接口でキャッチし、食べる。


「……甘い」


 と、一応少しは嬉しそうな顔をしているが、今一納得しかねるような微妙な表情だった。

 少年は少女が角砂糖を味わっている間に先ほどまでスライムがいた場所に近づき、そしてそこに落ちている小さな小石のようなものを拾う。

 それからそれを太陽に翳し、


「……まぁまぁな大きさだな。まぁ、スライム程度じゃこんなもんか。今日の宿代にもなりゃしねぇ」


 と呟いた。

 少年は狩りをしていたのだった。

 冒険者にとって、最も基本的な魔物である、スライムを相手に。

 しかし、ここでこの状況を見た誰もが首を傾げるだろう。

 なにせ、少年は何もしていない。

 すべては、魔術師らしき少女がやったことではないかと。

 少年がなぜ、魔石を手にしているのだと。


 けれど、それは厳密な意味では間違いなのだ。

 なぜなら、少女はそもそも魔術師ではないのだから。


 では何なのか。

 それは少年の職業を聞けばだれもが理解することだろう。


 少年は剣士でも魔術師でも、ましてや遊び人でもない。


 少年の職業は、魔物を特殊な契約魔術、【従魔化テイム】によって従えて、魔物に戦わせる職業、従魔師モンスターテイマーなのである。

 そして、少女は……。


「ねぇちょっと、ライ。角砂糖もう一個ちょうだい。甘味が足りない」


 少女が言うと、ライと呼ばれた少年は首を振った。


「馬鹿を言うなよ。角砂糖は高いんだぞ。そうそう何度もやれるか。こっちにしとけ」


 と言いながら細長い人の指くらいの長さの木の棒のようなものを少女に投げた。

 少女はそれを受け取り、口に咥えてがじがじと噛み始める。


「……ライ、甘いけど、ささくれ立ってて、ちょっと痛いわ」


「そう思うならもっと俺が稼げるように祈るんだな。俺がEランクである限り、角砂糖は百回に一回、カラメル枝は十回に一回だ」


 カラメル枝とは今、少年が少女に与えた木の棒である。

 一束十本で、銅貨三枚ほどで購入できる庶民の味方の甘味であった。

 噛めば噛むほど甘くなるが、あまり噛み心地はよくない。

 濃縮すると苦味が出るため、加工が難しい植物だ。

 けれど、ただがじがじと噛むだけなら割とおいしく、しかも安い。

 甘味がほしいとき、庶民は必ずこれを買うのである。

 少年の台詞を聞いた少女は、


「労働条件の改善を求めるわ! ストライキ! 私ストライキする!」


「馬鹿なこと言うんじゃねぇ! お前は俺の従魔! サボりなんてできないの!」


 そう、少女は、魔術師でもないし、そもそも、人間ですらなかった。

 彼女は、少年ライの従魔なのである。

 しかも、


「いや! いやなのー! こんな、貧乏生活もういやっ! どうして魔王の私がこんなちまちましょっぼい生活しなきゃいけないのよ! ケーキ食べたい! 蜂蜜パンがほしい! アイスはどこなのっ! 食事と言ったらひえとあわ、それに干し肉ひとかけのこんな生活! いやなのよっ!」


 そう、彼女は魔王だった。

 それなのに、少年の従魔をしているのだ。

 当たり前だが、これはおかしなことだ。

 奇妙極まりなく、いっそありえないと言ってもいい。

 しかし少年は魔王に対する畏怖や敬意などまったく感じられない、むしろ馬鹿にしたような、呆れたような表情で少女に言う。


「ケーキとかアイスとか、そんな贅沢、俺がさせられるわけないだろ? だいたい、もとはと言えばお前が魔王の癖に俺の【従魔化テイム】にかかったからじゃないか」


「普通、魔王を【従魔化テイム】なんてできないわよっ! 何をどう考えてもおかしいでしょ!? 初心者従魔師テイマーがどうやったら魔王を【従魔化テイム】なんて出来るっていうのよ!?」


 条件反射的な少女の反論だったが、少年は意外にも深く納得したような顔で頷きながら答える。


「全くもってその通りだ。お前の言う通り、おかしいな。極め付けに。だけど、それは俺じゃなくてお前自身に文句を言えよ。俺は普通に、初心者従魔師テイマーらしく、その辺のスライムを甘いものを対価に【従魔化テイム】しようとしてただけだ。それなのにお前がせっかく人の作った魔法陣に突然どっかから現れて割り込んできたからこんなことになったんだろ?」


「そ、それは……」


 少年の理路整然とした説明に、何も言えなくなる少女。

 それを見て、少年は勝ちを確信したらしい。


「ほれみろ、全部お前の責任だ。ついでに言っておくが、俺は初めて【従魔化テイム】を使った相手がお前なんだからな。解除するわけにはいかない。組合から除名されたくないからな。諦めろ」


 従魔師テイマーの常識として、一番最初に従魔にした魔物については、死が一人と一匹を分かつまで、絶対に契約を解除してはならない、というものがある。

 これは、古代から行われてきたしきたりで、これを破った従魔師テイマーには非常に重い罰則が科される。

 そして、最初の従魔には、その証明として、体の一部にその旨の証が刻まれる。

 少女にも、実のところそれがついていた。これは確認済みである。

 そして、その証も含め、毎年、従魔師組合テイマーズギルドにおいて、最初の魔物の面倒をしっかり見ているか、契約は解除していないか確認されるので、解除したら確実にばれる。

 ばれたら組合を除名されるし、組合を除名されたら冒険者組合も一緒に除名される。

 そうなると、少年にはもはや食い扶持を稼ぐ手段はなくなってしまう。

 行きつく先は、餓死である。

 したがって、少年はいかに少女が魔王であろうと何だろうと、契約を解除するわけにはいかないのだった。

 少女もそれは分かっていて、だからこそプルプルしていた。

 それから、


「……ら、」


「ら?」


「ライのばかぁぁぁぁ!!!」


 そう言って、少女はどこかに向かって走り去っていく。

 ライはそれを見ながら呆れた顔で、


「……まぁ、従魔は主人が呼べばどこにいても召喚されるからいいんだけどな。従魔の意思に関係なく」


 少女の先行きは、怪しいようだった。

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