きっと、それも愛
……サラマンダーとの戦いから、3日が経過した。
というのも、俺が帰るなり倒れてしまったからだが……起きた時、ナナに思いっきり泣かれてしまったのは実に困った。
心配してもらえて凄い嬉しいのも、本当に困った。
心配させて嬉しいとか、あまりにも外道だと思うのだが……これもまた、愛しいという感情の発露であるのかもしれない。
まあ……結果として俺は怒られたわけだが、そんなナナは今、怒り疲れたのか、俺の寝ていた布団を掴んだまま寝落ちしている。
「……」
可愛いな。なんだこの生き物。俺の理性を試してるのか。
これが愛の試練なのか?
ならば負けはしないぞ。俺はこの試練に打ち勝ってみせる!
「……うゆぅ……オーマさぁん」
……髪くらいなら触ってもいいんじゃないだろうか。
そのくらいであればセーフって気がする。
いや待て俺。それはダメだ。愛と欲は、必ずしもイコールというわけではない。
「……えへへっ」
きゅっ、と。伸びてきた手が俺の服の裾を掴む。
「ぐうう……っ!」
キツい。これはキツい。
今すぐに抱きしめたい衝動にかられてしまう。
誰か。誰か俺を助けてくれ……!
「……何やってるんですか、タケナカさん」
そして救いは、部屋のドアを開けて現れた。
「おお、ミーシャか……助かった。俺は今すぐ支援が必要な状況だ……」
「はいはい」
そう言うとミーシャは俺からナナの手を剥がし、部屋の隅にコロコロと転がしていく。
おお……あんな事されて起きないのか。逆に凄いな……。
そしてミーシャは空いたスペースに座ると、何枚かの書類を取り出してくる。
「まずはおつかれさまでした。それと、おめでとうございます。神罰級モンスター『サラマンダー』の討伐が、正式に認定されました」
「ん、そうか」
3日も寝ていたんだ。当然、その間に状況も進んでいるよな。
「それと、あのバカ男ですが……サラマンダーを討伐可能な人材とのコネクションを台無しにしかけたということで、左遷になりました。今日からアイツは清掃課です」
「アイツっていうと……ああ、追加で来ていた奴か」
「そうです」
「別に気にしていない。嫌われるのも慣れっこだしな」
俺がそう言うと、ミーシャは呆れたように……本当に呆れたように首を横に振る。
「言っておきますけど、これからはそんな事、言ってられませんからね?」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ」
……そんな事を言われてもな。
「悪いが、察しの悪さには自信があるんだ。分かりやすく教えてくれ」
「自慢することじゃないですよね……まあ、いいですけど」
そう言うと、ミーシャは軽い咳払いをする。
「ウィル・オー・ウィスプにサラマンダー。一か所にこんなに強大なモンスターが現れるのは、過去の事例を見ても初と言っていいような異常事態なんです」
「だろうな」
「幸いにも両方とも倒しましたが、また似たようなのが現れないとも限りませんし……私達としても、貴方みたいな優秀な術士との縁を切る理由もありません。というか、切ると非常に困ります」
「ん? あ、ああ……そういえば、魔力異常を探るっていう話だったな」
サラマンダーの騒ぎもあったせいで、すっかり忘れかけていたけどな。
「ええ。その結果、貴方みたいな人に会えたんですし……魔力災害地域になったこの場所では、これからも色々と起こる可能性はあります」
「色々?」
「ええ、色々です。たとえばウィル・オー・ウィスプを、そしてサラマンダーをも単独撃破した『世界最強』と勝負する為にやってくる術士の起こす騒ぎとか……ね?」
今回の件は間違いなくトップニュースになりますしね、と言いながらミーシャは笑う。
「世界最強……俺が、か?」
「ええ、公式記録では間違いなく。これから大変ですよタケナカさん?」
そう言ってミーシャも家へと歩いていき……俺は、思わず自分の手を見る。
「世界最強……か。俺が……ねえ?」
「自覚、出ました?」
「……分からん」
世界最強。なんとも胡乱な言葉だ。別に俺は、そんなものが欲しくて戦ったわけじゃないんだがな。
「……はっ!? なんで私、こんな隅っこで寝てるんですか!」
「あ、起きましたね」
「おはよう、ナナ」
きょろきょろと周囲を見回していたナナは、ハッとした様子で俺とミーシャを交互に見てくる。
「オ、オーマさん……ミーシャさんと何を?」
「何もしてな」
「簡単に言うと、口説いてました」
「何ィッ!?」
「ええー!?」
俺だけではなく、ナナも同時に大きな声をあげる。
そしてそれと同時に、ナナは俺とミーシャの間に急いで割り込んできた。
「だ、だだだ……ダメです!」
「あら」
「おお……」
ミーシャと俺の反応に、ナナは何かに気付いたかのように顔を赤くし「違いますからね!」と叫ぶ。
「わ、私がオーマさんのパートナーってだけですから!」
「人生のパートナーになってほしいんだが」
「ふへっ!?」
ボン、と顔を更に真っ赤にするナナを見て、ミーシャは耐えきれないといった風に笑う。
「あ、あはは……! もうお二人、ラブラブじゃないですか!」
「違います! 私はまだそういうの、ダメなんです!」
「なんですか、それ? 素直になったらいいのに」
「違いますー!」
騒がしい2人を見ながら、俺は少しだけ笑う。
……最強、か。
どうにも実感は無いが……まあ、そんなものなのだろう。
俺にできる事は、そういう連中に挑まれた時に無様に負けてナナに失望されないようにしておく事くらいか。
何はともあれ……。
「騒がしい我が家っていうのも、中々いいもんだな」
そんな事を言いながら、俺は天井を見上げる。
気付いたら世界最強。
なんとも言えない気分だが……称号よりも愛が欲しいな。
そんな事を考えながら、けれど……俺は、俺も気づかないうちに、僅かに微笑んでいた。
「ま、いらない称号ではあるが……これも愛の為だ。精々守らせてもらうとしようか」
それが何かに繋がるのであれば……うん、やってやろうじゃないか。
きっとそれも、愛というやつなのだ。