終わりと始まり4
そして俺は、居間に1人で座っていた。
何をしているのか……と言われれば「戦いに備えている」としか言いようがない。
戦いの前の精神統一……というアレでないことは確かだ。
ぶっちゃけた話、俺はこれに本当に有効性があるのかどうか分からない。
しかし、なら今俺は何をしているのか。
こうして自問してみても、何も答えは出ない。
部屋にあった数少ない雑誌を引っ張り出し、読むわけでもなく捲っている。
「……人間しか載ってないな」
当然だ。この世界は融合前には、人間しか居なかったらしいのだから。
これはどうやらファッション雑誌らしいが……前の持ち主は旧世界グッズのコレクターでもあったのだろうか?
こんなもの、今の世界では何の役にも立たないはずだ。
「オーマさん?」
「ナナか」
「それ、ファッション雑誌ですよね?」
「ああ。旧世界のだが……な」
俺がそう言うと、ナナは軽く首を傾げてしまう。
「でも、ファッションなんて昔も今も変わるものじゃないですよね?」
「たぶんな。だが、旧世界のメーカーなんか今は残ってないぞ」
「あ……なるほど」
そう、世界融合は様々なものを得ると同時に、様々なものを失った。
機械文明に頼っていた「地球」の文化はほぼ消え、その多くを魔法で補い融合した現在、旧世界で得ていたようなポリなんとか、みたいな物質を作る事に意味はないらしい。
だからまあ……この雑誌に載っている服は全て型遅れであり、二度と手に入らない遺物でしかない。
「……興味あるんですか? そういう服」
「いや、ないな」
金もなかったしな。人としての尊厳を保てる程度の気のつかい方しかしてはいない。
「これなんか、オーマさんに似合うと思いますけど」
「なんだこれ、ハイネックセーター? 首回りがウザそうだな」
「もー、そういう事言うと何も着れませんよ?」
「ナナがこういうの好きだって言うなら考えるが……」
「うーん……私はいつもの格好も好きですよ?」
「そうか」
ペラリとページを捲り、無言の時間が続く。
この時間には、きっと意味はない。
サラマンダーを倒す上で、何の役にも立たないだろう。
けれど……満ち足りている。
それは、とても重要なものである気がした。
「ナナ」
「はい、オーマさん」
「俺は、サラマンダーを倒す」
「オーマさんが挑まなければならない理由はないと思いますよ?」
「いいや、ある」
「どうして?」
「君が狙われているからだ」
そう、結局はそれが理由だ。
シンジュクを、そしてサイタマ国を滅ぼしかねない相手。
火属性のモンスターの頂点、火の元素精霊サラマンダー。
放っておけば大きな被害が出る。人が、たくさん死ぬ。
……だが、俺は。
「……こうなってみて驚いたんだが」
そう、俺は。
「誰かの為とか世界の為とか。そういうのに、驚く程興味がない男らしい」
「……」
「たとえば、明日世界が滅ぶと言われても。たぶん、気にもしない」
「でも、それは」
「そう、それは……俺みたいな奴が背負うには大きすぎるものだ。だがな……こうも思うんだ。俺は、実は冷徹な人間なんじゃないかってな」
たとえばナナが居ないとして。その時、俺は同じように挑んだだろうか。
この家を、守っただろうか?
自問しても「守った」という答えは出てこない。
だが……たぶん、結果は「否」だろう。
「俺は、君に会えて初めて『人間』になれた。君に会えて生まれた愛の炎を、俺は守ろう」
世界の色が変わった、という言葉がある。
あの言葉の意味が、今の俺には理解できる。
あの日、あの時。確かに俺の世界の色は変わった。
「君を失う事を、俺は耐えられない。だから」
そう、だから。だから俺は。
「戦う。サラマンダーを……火の元素精霊を、俺はブチ殺す」
「……私は」
ナナの手が、身体が、俺に触れる。
背中から、俺に被さるようにして触れる。
その暖かさが、俺の中に流れ込んでくるようにすら感じる。
「私は、貴方のその気持ちを嬉しいと思います。でも、貴方にそうさせてしまう自分を……嬉しいと思ってしまう自分を、醜く感じます」
「何故だ?」
「貴方の言う私への愛が、貴方を死地へと向かわせる。愛が、愛してくれる人を炎の中へと投げ込んでしまう。それを嬉しいと思う感情は……何より歪んだ醜いものでしょう?」
振り返ることは、出来ない。
ナナの腕が、強く抱く腕が、それを拒んでいる。
「だから、私は怖いんです。私は、貴方の愛に応える事すらしないままに、貴方を死地に向かわせようとしている。貴方の言う愛が、貴方を焼き尽くそうとしている」
「俺は、それを醜いとは思わない」
だから俺は、ナナの腕に自分の手を添える。
そうする事で、俺から何かが伝わると思うわけではない。
だが、そうするべきだと思ったのだ。
「燃える意味すら知らずに朽ちるしかなかった俺を救ったのは、君だ」
そう、俺はナナに会えたからこそ「俺」になれた。
ナナがいるからこそ、今の俺がいる。
「君のいない世界なんか、俺にはもう耐えられないんだ」
ああ、そうだ。分かる。
俺は、この気持ちを確かめたかったのだ。
俺の中にある愛の炎。それが幻想ではない事を確かめたかった。
そして今それは、確かなものだと確認できた。
「愛している、ナナ。俺は次の戦いで、俺の愛を君と世界に証明しよう」
さあ、俺の愛は定まった。
もう、何も怖れるものなどない。