表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/41

終わりと始まり4

 そして俺は、居間に1人で座っていた。

 何をしているのか……と言われれば「戦いに備えている」としか言いようがない。

 戦いの前の精神統一……というアレでないことは確かだ。

 ぶっちゃけた話、俺はこれに本当に有効性があるのかどうか分からない。

 しかし、なら今俺は何をしているのか。

 こうして自問してみても、何も答えは出ない。

 部屋にあった数少ない雑誌を引っ張り出し、読むわけでもなく捲っている。


「……人間しか載ってないな」


 当然だ。この世界は融合前には、人間しか居なかったらしいのだから。

 これはどうやらファッション雑誌らしいが……前の持ち主は旧世界グッズのコレクターでもあったのだろうか?

 こんなもの、今の世界では何の役にも立たないはずだ。


「オーマさん?」

「ナナか」

「それ、ファッション雑誌ですよね?」

「ああ。旧世界のだが……な」


 俺がそう言うと、ナナは軽く首を傾げてしまう。


「でも、ファッションなんて昔も今も変わるものじゃないですよね?」

「たぶんな。だが、旧世界のメーカーなんか今は残ってないぞ」

「あ……なるほど」


 そう、世界融合は様々なものを得ると同時に、様々なものを失った。

 機械文明に頼っていた「地球」の文化はほぼ消え、その多くを魔法で補い融合した現在、旧世界で得ていたようなポリなんとか、みたいな物質を作る事に意味はないらしい。

 だからまあ……この雑誌に載っている服は全て型遅れであり、二度と手に入らない遺物でしかない。


「……興味あるんですか? そういう服」

「いや、ないな」


 金もなかったしな。人としての尊厳を保てる程度の気のつかい方しかしてはいない。


「これなんか、オーマさんに似合うと思いますけど」

「なんだこれ、ハイネックセーター? 首回りがウザそうだな」

「もー、そういう事言うと何も着れませんよ?」

「ナナがこういうの好きだって言うなら考えるが……」

「うーん……私はいつもの格好も好きですよ?」

「そうか」


 ペラリとページを捲り、無言の時間が続く。

 この時間には、きっと意味はない。

 サラマンダーを倒す上で、何の役にも立たないだろう。

 けれど……満ち足りている。

 それは、とても重要なものである気がした。


「ナナ」

「はい、オーマさん」

「俺は、サラマンダーを倒す」

「オーマさんが挑まなければならない理由はないと思いますよ?」

「いいや、ある」

「どうして?」

「君が狙われているからだ」


 そう、結局はそれが理由だ。

 シンジュクを、そしてサイタマ国を滅ぼしかねない相手。

 火属性のモンスターの頂点、火の元素精霊サラマンダー。

 放っておけば大きな被害が出る。人が、たくさん死ぬ。

 ……だが、俺は。


「……こうなってみて驚いたんだが」


 そう、俺は。


「誰かの為とか世界の為とか。そういうのに、驚く程興味がない男らしい」

「……」

「たとえば、明日世界が滅ぶと言われても。たぶん、気にもしない」

「でも、それは」

「そう、それは……俺みたいな奴が背負うには大きすぎるものだ。だがな……こうも思うんだ。俺は、実は冷徹な人間なんじゃないかってな」


 たとえばナナが居ないとして。その時、俺は同じように挑んだだろうか。

 この家を、守っただろうか?

 自問しても「守った」という答えは出てこない。

 だが……たぶん、結果は「否」だろう。


「俺は、君に会えて初めて『人間』になれた。君に会えて生まれた愛の炎を、俺は守ろう」


 世界の色が変わった、という言葉がある。

 あの言葉の意味が、今の俺には理解できる。

 あの日、あの時。確かに俺の世界の色は変わった。


「君を失う事を、俺は耐えられない。だから」


 そう、だから。だから俺は。


「戦う。サラマンダーを……火の元素精霊を、俺はブチ殺す」

「……私は」


 ナナの手が、身体が、俺に触れる。

 背中から、俺に被さるようにして触れる。

 その暖かさが、俺の中に流れ込んでくるようにすら感じる。

 

「私は、貴方のその気持ちを嬉しいと思います。でも、貴方にそうさせてしまう自分を……嬉しいと思ってしまう自分を、醜く感じます」

「何故だ?」

「貴方の言う私への愛が、貴方を死地へと向かわせる。愛が、愛してくれる人を炎の中へと投げ込んでしまう。それを嬉しいと思う感情は……何より歪んだ醜いものでしょう?」


 振り返ることは、出来ない。

 ナナの腕が、強く抱く腕が、それを拒んでいる。


「だから、私は怖いんです。私は、貴方の愛に応える事すらしないままに、貴方を死地に向かわせようとしている。貴方の言う愛が、貴方を焼き尽くそうとしている」

「俺は、それを醜いとは思わない」


 だから俺は、ナナの腕に自分の手を添える。

 そうする事で、俺から何かが伝わると思うわけではない。

 だが、そうするべきだと思ったのだ。


「燃える意味すら知らずに朽ちるしかなかった俺を救ったのは、君だ」


 そう、俺はナナに会えたからこそ「俺」になれた。

 ナナがいるからこそ、今の俺がいる。


「君のいない世界なんか、俺にはもう耐えられないんだ」


 ああ、そうだ。分かる。

 俺は、この気持ちを確かめたかったのだ。

 俺の中にある愛の炎。それが幻想ではない事を確かめたかった。

 そして今それは、確かなものだと確認できた。


「愛している、ナナ。俺は次の戦いで、俺の愛を君と世界に証明しよう」


 さあ、俺の愛は定まった。

 もう、何も怖れるものなどない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ