あのときの私はえろ動画に興味がなかった
あのときの私はネクラだった。どうしようもなく。
高校生にとって大事なのは顔か「ネアカ」な性格だ。でも、私にはどちらもなかった。
ある日、私がえろ動画に出演しているという話が持ち上がった。出本はクラスカースト上位のイケメンだった。顔もよく、性格は明るい、というよりチャラい。イケメンの話をさらに広げたのは、彼と付き合っている、これまたクラスカースト上位のギャルだった。
私の相手は地理教師のハゲデブだという。そのあだ名のとおり、禿げていて、デブで、いつも脂ぎっていて、性格もねじくれている奴だ。ハゲデブと廊下ですれ違うだけで、女子は顔をしかめるほど嫌われていた。
そんなハゲデブと私のえろ動画。それもはめ取りという、いわゆるヤっている最中の行為を写したものらしい。
そんなわけない。そんな動画がネットに転がっているわけがない。
私の声は誰にも届かなかった。
誰も手伝ってくれないので、私が日直のときはいつも帰りは遅くなる。夕暮れの教室。この日の黒ずんだオレンジの陽を私は一生忘れない。
突如ドアが開かた。そこにはイケメンとギャル、そしてその取り巻きたち。その集団に不釣り合いなやつがいた。オタデブだ。言わずもがな、オタクでデブなクラスカースト最下位の男子。そのいっこ上が私だ。
イケメンは取り巻きに爽やかに笑みを投げ掛ける。取り巻きはそれを合図にスマホを構える。ギャル友たちがきゃーきゃーと甲高く騒ぐ。
「童貞の俺にキスを教えてくだはい」
オタデブが聞き取りづらい声を出す。よく見ると口にげろのあとがある。腹パンなどされたのだろう。吐いたのだ。すえた臭いがする。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。でも、拒否なんかできない。そうしたらきっと私は壊される。
身体が動かない。
「さっさとやれよ、デブ」
イケメンがオタデブの背を蹴る。よろけたオタデブが私に覆い被さるように倒れかかってきた。
きゃー!とギャルたちの矯声があがる。
オタデブの顔を初めて間近で見た。こんな状況でも気持ち悪い顔だ。私も、ひとのことは言えないだろうけど。
「みんな!しっかり撮れよ。デブとネクラのキッスを」
ぐんっ。と。オタデブの顔が接近する。イケメンに後頭部を踏みつけられたのだ。
キスというより、衝突だった。オタデブも私も歯で唇を切った。血が吹き出る。
下品な笑い声が響く。私は、死んでしまいたかった。
イケメンの声が追い討ちをかける。
「おい、でぶ。一生こんな機会ねぇからさ。おっぱい揉んどけよ」
私が凍りつくなか、オタデブが壊れた。
突如、動物のような咆哮をあげ、イケメンに飛びかかった。オタデブは巨体だ。対して、イケメンは細い。オタデブはイケメンもろともガラスに突っ込む。
ガラスが割れる。ふたりが視線から消える。
どすん。
そんな間抜けな音が遅れて聞こえてきた。
騒ぐ周囲のなか、私はオタデブが最後に残した言葉が脳裏で暴れまわっていた。
「ごめん。」
どう?これが私の高校生活。うふ、つまんないでしょ。あなたみたいなひとには。ところで、ハゲデブ、覚えてる?あのキモい地理教師。あいつ、未だに結婚してないんだって。当然だけど、可哀想よね。ずーとセックスしてないんだって。うふ。だから、誘ったらすーぐきてくれたわ、こんな怪しいビルなのにね。いま、あの部屋のなかにいるわ。
うふ。セックスしてあげて。なに?いやなの?どうして、私と高木がキスする場面をあんなに楽しそうに見てたくせに。
あ、どこいくの、そっちは、だめよ。
あーあ、見ちゃた。あのチャラ男の金魚の糞よ。ゆーくり楽しんだわ。まだ生きてる?でも、もうだめよ。そんなふうになっちゃったらね。
うふ。ハゲデブとセックスしたら許してあげる。ほんとよ。もちろん、撮影はするけど。誰かにしゃべったら。うふ。
ほら、あとがつかえてるんだから、早くして。あと、あなた以外に、ユカとヒトミとサヤカも待ってるんだから。
そう。やっとその気になったのね。じっくり楽しんでね。バイバイ。
あのとき、高校生のときの私は寂しかった。だから、誰でもよかった。温かさをくれるなら、例えそれが、禿で、デブの、クソ教師であったとしても。
まさか、撮影してたなんて。流出したのは、故意か過失か。まあ、どっちでもいいか。
「ごめんね、高木。あんた何にも悪くないのにね」
高木の声は、まだ、私の脳裏を駆け巡っている。




