- 暗闇に光 -
文博の心の闇を少しでも晴らしてあげるべくバレーボールをはじめたが
文博は自分のやりたいことで心を開くことが出来るのか。
「そーれっ!」
バン!
「ナイッサアー!」
キュッ!バン!
文博は、小学生のバレーボールクラブチームに入って毎日汗を流していた。
クラブチームは、学校の放課後に小学校の体育館で、ほぼ毎日のように練習を午後7時まで行い
休日は土曜日か日曜日のどちらかで、大会などがあるときは休みもなく、毎日バレーボールに打ち込んでいた。
文博は、バレーボールというスポーツに何処となくいつも懐かしさを感じていた。
でも、深く考えることなく日々練習や試合などをこなしていた。
父親は、文博があまり感情表現が出来なくなってしまったのは
自分があまりにも、子供に無関心だったのが原因なのだと反省し
クラブ活動への支援も、惜しみなく行っていた。
意外と文博は運動神経が良いらしく、すぐにほとんどの技術をマスターしていた。
ただ、残念なことに小学校6年生になったが、身長が150センチしかなく
大きな同級生のチームメイトなどは、170センチ近い子もいたため
アタッカーをあきらめセッターのポジションに落ち着いていた。
本人も、あまり相手にアタックを打ち込むポジションよりも
自分の判断で、いかにチームメイトを活躍させ
勝利するかを考える、司令塔のポジションが性に合っていると感じていた。
だが、バレーボールをはじめてだいぶ日がたったが相変わらず無表情は直らなかった。
それでも自分なりに、精一杯笑顔にしてみたりしたが、なんだか異様に作り笑いっぽくなり不自然で
逆に、チームメイトから
「変な顔すんな!」
と笑われてしまうくらいだった。
文博が無表情なことは、チームメイトほとんどがわかっていたため
特に、いざこざが起こることもなく
逆に無表情なことで、対戦相手に次の動作が読まれず好都合だった。
6年生になり、クラブチーム引退が近くなるころには
小学生のバレーボール界では、そこそこ名前が通るほどの選手にまでなっていた。
そんな文博達が、6年生の最後の大会で全国まで出場し、なんと優勝を勝ち取った。
少子化の影響で、小学生のバレーボールチームは、そんなに数が多くはないが
やはり全国まで行くと、それなりに技術力も高く簡単に勝てる相手たちではなかったが
そんな状況下で、なんと優勝を勝ち取った。
「やっ!やったなみんな!」
「全国で優勝なんて、ものすごいことなんだぞ!」
「みんなは、日本で一番バレーボールがうまい小学生だ!」
父兄も入り乱れて大喜びし、監督兼コーチの植松先生も大喜びだった。
抱き合って飛び跳ねて喜んでいるチームメイト。
一方の文博も、熱くこみ上げてくるものがあったがうまく表情が作れない。
もちろん、うれしくてみんなと同じように表現したかったが、なんだかうまく出来なくて
頬を大粒の涙が流れていた。
そんなとき・・・ぎゅっと抱き寄せてくれる大人がいた。
文博の父親だった。
なんだかとても懐かしく、涙がさらに止まらなくなった。
「おめでとう!」
「うん ヒック..」
「がんばったな!」
「うん ヒック..」
「無理に笑おうとしなくても良いんだ、今お前が出来る感情表現が泣くことならばそれでいい。」
「うん ヒック..ヒック」
「今のお前はとてもかっこいいぞ!」
「ヒック..ヒック..ヒック..」
それを見たチームメイトの一人が文博の元に駆け寄ってきて抱きつき
「文博!やったな!お前のおかげで勝てたんだ!」
それをさらに見つけた周りのメンバーも駆け寄ってきて
「やったな!」「やったよ!」「おまえすごいよ!」
と言いながら笑顔で近寄ってきた。
父親の胸に顔を埋めていた文博はみんなの方を向きなおし
「僕だけの力じゃない!みんなの力があったからここまでこれたんだよ!」
そうみんなに向かって話し返し
涙でぐしょぐしょになっていた顔が、きっと母親がいなくなってからはじめてみせる心からの笑顔になって
みんなと一緒に喜びの渦の中に飲み込まれていた。
・・やっと笑顔がみれた・・・
父親は勝利のうれしさよりも、子供が今まで見せたことのない笑顔を見せてくれたことに
涙が止まらなかった。
そして、5年生の家庭訪問で文博の事を親身に心配し、もしかしたらバレーボールを通じて心を開かせることが出来るかも知れないと
文博をバレーボールに誘った植松先生も
一人の少年の暗闇に満ちた心に少し光をさすことが出来た事と
自分の育てた子供達が日本一にまでなってくれたダブルの喜びで
飛び跳ねて喜び
文博の父親と硬い握手をし、二人とも大人とは思えぬほど号泣していた。
次から中学校に進みます。