- 無表情 -
片親である為の苦悩
子供にも親にもかかる負担
そんな日常
文博が住んでいるのは北関東に位置する県で
そんなに田舎ではないが
都会といえるほど近代的な場所でもなく
田畑も残り、でも買い物に不自由しないショッピングセンターなどもある地域だった。
そんな地域の小学校には毎年家庭訪問があった。
もちろん文博の家にも、例外なく先生が訪れた。
低学年の頃は、先生が心配かけまいとしているのか
それとも社交辞令なのか
「文博君はしっかりやっていますから大丈夫ですよ。」
などと、本当にちゃんと様子を見ているのか伝わらないような内容で終わる。
文博の友達関係や授業態度など、きちんと説明してくれる先生など皆無だった。
家庭の状況などは、連絡票などを使い進級当初に伝えてあるにもかかわらず
女の先生で、ひどい先生に至っては家庭状況に興味があり
「奥様はお亡くなりになられたのですか?」
「なんで奥様は出て行かれたのですか?」
など
到底、学校や先生には詮索する必要のない情報まで聞き出そうとする
不届きな担任の先生までいた。
家庭訪問なんて必要ないんじゃないか?・・・
文博の父親は、毎年その時期になると有休を取り先生を迎えるが
いつもそんな事を思っていた。
そして文博が小学校5年生になり
毎年の事であったが、また家庭訪問の時期が来た。
だが、この年の家庭訪問は今までの先生たちとは少し様子が違い
担任の先生から深刻な表情で話をされることになった。
「文博君の事なんですが...」
神妙な表情でその先生は話し出した。
文博が小学校5年生になり、担任を受け持つ事になったこの先生は
年齢が32歳の男の先生で、名前は植松との事だった。
「文博がどうかしましたか?」
父親は、文博がもしかして学校で不良行為に走ってしまったのかと心配になり問いかけると
「笑顔が無いんですよ。」
「え?」
「別に、いじめられているとかは無いのですが、常に周りの子とは距離を取っていて。」
植松先生の話によると文博はクラスメイトの子たちと仲が悪いわけではないらしいが
仲良くじゃれあうようなところも無く
話しかけられても、無表情で受け答えをしている姿が見て取れるそうだった。
父親は言われてみればとハッ!と思った
そういえば、あまり家でも笑顔らしい笑顔を二人暮らしになってから見たことがない。
母親を失ってから、とてもおとなしい性格になってしまったのと
父親に、あまり迷惑をかけないようにと、自分で出来る事はほとんど自分でやってしまう為
父親は、文博が大きくなるにつれ、徐々に仕事に重点をおく事が多くなり始めていた。
休みや普段の日の夜もあまり文博にかまってやる事が出来なくなってしまっていた。
その為、言われてみれば笑っている表情を最近見ていなかった。
「考えすぎだと思いますが、精神的な病にかかっていなければい良いのですが..」
「やはり周りとの子達と距離を置いてしまうと最悪いじめに発展してしまう事も考えられますし。」
植松先生は心配げに話す。
「文博は大丈夫ですよ」
そんな事は、自分の子供にありえないと思いたい気持ちで根拠もなく父親は返す。
「今まで、担任を受け持ってまだ本校にいる先生にも確認してみたんですが、みんなうる覚えですがやはり笑っていなかったようだと言っているので...」
今までの家庭訪問で、そんな話をする先生は一人もいなかったじゃないかと父親は腹が立った。
でも、今年の先生はここまで心配してくれているのだと思い少しありがたく思えた。
「わかりました。今日、文博と話をして見ます。」
もしかすると、何か心配事や悩み事があるのかもしれない。
それに、一番気にかけてやらなければいけない自分の子供の異常を
まったく気がついてやれなかった、自分にも腹が立ち深く反省した。
そして、勉強の進捗状況や身体検査など異常はない事の話が終わり
「それではそろそろ」
と植松先生は席を立とうと腰を上げた
「あっそうだ!私、放課後小学生達にクラブチームでバレーボールを教えているので、文博君がもしやる気があるならやってみてはどうですか?」
父親は急な提案に少し驚く
「人数は20人くらいで、3年生から6年生までいますので、もし興味があれば。スポーツで、団結心が生まれてもっと表情豊かになるかも知れませんし。」
依然何度か、手紙で放課後スポーツクラブをやっていることは連絡されていたので、何となく知ってはいたが
文博に、今までやりたいかどうか確認することもしなかった。
文博は、4年生のはじめに自分で家に帰り留守番することが出来ると言うので
学童保育も退所していた。
「そうですね。それも含めて話してみます。」
父親はそう植松先生に伝えると植松先生は深々と頭を下げて違う家庭へと向かっていった。
家庭訪問で先生が来るからと、外に出ていた文博が帰宅してきた。
「文博ちょっといいか?」
玄関からそのまま自分の部屋に向かおうとする文博を父親が呼び止める。
「なに?」
文博はテーブルを挟んで父親の正面に座った。
「今日先生に言われたんだが、お前ぜんぜん笑わないのか?」
単刀直入に父親が問いかける
「別にそんな事はないよ。笑ってると思うよ。」
無表情で答える。
そういえば、いつもこうだと父親は気がついた。
「お前いつも無表情だな?なんか悩みとか心配事があるのか?」
「顔は生まれつきだよ!別に悩みもないし笑うことがないから笑えないだけだよ!」
小学生が毎日の生活で、笑えることがないなんてありえないのに...
やはり父親は、普通の子供と違うのかと思い、どうしたらよいのかと頭を抱えた。
文博は立ち上がり、その場を離れようとしながら
「別にお父さんが心配することなんて何もないよ。ちゃんとやってるから」
と言って自分の部屋の方へ歩き出す。
「そうだ、文博の担任の先生あれなんだろ?」
「植松先生がどうかしたの?」
「さっき家庭訪問で言われたけどクラブチームでバレーボールも教えてるんだろ?」
「そうみたいね。」
「お前にやらないかって言ってたけど」
「やっても良いなら....、お父さん大変だからいいよ...」
「おまえがやりたいならやれば良いじゃん。お父さんは大丈夫だから。」
「ほんとにいいの?大丈夫?」
無表情な文博の顔が少し緩む
「大丈夫だよ!」
少し表情が緩んだ文博の顔を見て父親は少しほっとした。
きっと、今まで自分のやりたい事を押し殺し
一人しかいない親を助けようと、子供ながらに責任を負わせてしまったため
うまく感情表現が出来なくなってしまったのかも知れないと
父親は反省した。
次の日、早速文博は担任の植松先生に入部の話をした。
「先生、バレーボールクラブに入りたいのですが」
「がんばってみるか?先生の指導は厳しいぞ!ビシビシ鍛えちゃうから~覚悟しなさい!」
植松先生は、笑わせようと最後おねえ風に言ってみたが
文博は、少し口角が上がっただけで、到底笑顔とはいえない顔で植松先生を見つめた。
なんだか、ばつが悪くなった植松先生は
「笑ってくれよ~恥ずかしいだろ~ まあ~明日からがんばろ!」
と照れくさそうに入部の説明書類を文博に渡し
お父さんに記入欄は記入してもらって明日持ってくるように渡した。
・・・もしかするとあれが精一杯の笑顔だったのかな・・・
植松先生はふと思った。
次話から少し展開が速くなっていきます。