転生者の現実
夜の――正確には午後8時頃に、都会の喧騒が遠くから聞こえてくるビルの屋上に、私はいる。
人工の灯りに負けて、その姿を消した星たちを、見えない星たちを見ている。
私の事を簡単に自己紹介すると、それはもう単純に明快に紹介すると、私は転生者だ。
『転生者』なんて、そんな言葉があるかどうかは知らないが、私は死んだことがある。
今、生まれ変わった私が高校一年生なので、つまり16年前。
生前の私は、実に親不孝者だった。高校にろくに通わず、真夜中に街をふら付いて補導されることもしばしば。たまに真面目に登校しても、気に入らないクラスメイトを殴って謹慎の為、一週間の欠席。
そんな私が、親不孝者の私が、繁華街を徘徊しているときにうっかり道から足を滑らせて、車に引かれて死んだのは、必然的なのかもしれない。
親不孝者は、最後の最期まで親不孝者だった。
父は、悲しんだのだろうか?
母は、泣いたのだろうか?
それを知るすべもない私が、次に目を開いたのは、開くはずもない目が開いたのは、どこかのベッドだった。
消毒液の匂いがしていた。そこが病院だという事だ。
なぜかぼやけている視界を右へ左へと動かすと、いきなり大きな、それこそ巨人のような大男の姿が私の視界を埋めた。
パニックになってもいいと、今思い返せばそう思うのだが、その時の私はやけに冷静だった。
気味の悪いくらい、落ち着いていた。
何故か彼に、拒否反応を持たなかった。
滲んでいてもわかるほどに彼は嬉しそうに笑った。
何笑ってんだ、私は車に引かれたんだぞ、と、言いたくなった。
だがしかし、彼があまりにも嬉しそうに何かを言うものだから、私もそれに耳を澄ませた。澄ませたところで何を言っているのか理解できなかったわけだが、早口で何かをまくし立てて話す様子は、見ていて実に面白かった。
昔、両親からは怒られるか泣かれるかの二つだった私には、私のことでこんなにも喜んでくれる彼が嬉しかった。
私が転生したと知ったのは、三歳くらいの頃だった。生まれた瞬間に高校生の知識をそれなりにはもっていた私は、それ位の事は理解できた。
それから、保育園に入り、仲の良い友達もできて、そして驚くべきことを知った。
『この世界には、魔法がある!』
それぞれに特殊能力がある世界だった。
例えば、背中に鳥の翼が生えていて、飛ぶことができる者。
例えば、炎を自在に操る者。
例えば、動物と会話ができる者。
例えば、その特殊能力を消すことができる者。
多種多様な能力。まるで漫画やアニメや小説のような話だった。
いや、実際はアニメか何かなのだろう。昔、クラスメイトが、今の私の親友である二人の女の子の、恐らく将来の姿を描いていたことがある。
でも、だからと言って、『私は転生したからイコールチート能力保持者!』みたいな安易な考えには至らなかった。
私は、そう言うのが大嫌いだからだというのもあるだろう。
お決まり、お約束、絶対。
それが大嫌い。
そんなの必要ない。
私は、この世界で、何事もなく真っ当な道を歩みたい。両親を泣かせたくない。
これは伏線だ、フリだ。という事もなく、その願いは叶えられた。
私は、チートとか、反則とか、そんなのには無関係な能力を、『忘却』という能力を授かった。
ごくごく普通の、能力。
それから私は、仲の良い二人と進学して、仲の良い二人と高校生活を送っていた。
一人の女の子が、『以心伝心』という、つまりはテレパシーのような能力。
もう一人が、『未来予知』という、つまりはこれから起こることがわかる能力。
その二人と、仲良くしていた。
でもそれは、崩れ去る時がやってくる。
ある日の昼休み、『未来予知』の子が、私に言った。
ねえ、ちょっといいかしら?
その子は上品な子で、深窓の令嬢と言った言葉が似合う子で、私みたいな元ヤンキーといるような子ではなかったけれど、でもこっちの世界でぐれたことは一度もないんだからそんなことに築くはずもないんだろうけど。
屋上に連れて行かれて、私と彼女は二人で向き合った。その容姿は間違えることもなく、とあるアニメのキャラクターだった。
ねえ、あなたは何?
突然そんな哲学的なことを聞かれて、驚かなかったと言えば嘘になる。
実際、とても驚いた。
でも私は、特に何も考えずに、こう返した。
私は……私。
それに特に深い意味などなく。
むしろ浅い意味だった。
私は私。
当たり前だ。その質問に対する答えに哲学的なことを織り交ぜようとした私は、少し己の厨二病さに呆れた。
浅い浅い考えだ。思いつこうとして、結局思いつかなかった考えだ。
それなのに彼女は顎に右手を添えて、何かを思案して、そして、私の浅い考えに対してこういったのだ。
あなたは、あなた。そう、……そうよね、そうなのよね。
そして唐突に。
死んで。
そう言った。
死んで。ううん、違う。あなたが悪いわけじゃない。あなたの存在が駄目なの。
私にとっては似たような意味にしか聞こえないことをいって、わたしにはついていけないことをぶつぶつと言って。
あなたは異分子。いてはいけない存在。あなたの未来が見えない。あなたの周りも未来が見えない。
バランスが崩れる駄目いけないこんなの駄目そのために死んでお願い。
決して、そう言う意味で……言ってるん……じゃ、ない、の。
私の幼馴染みは。私の目の前で真顔で泣いた。美形なので地味に怖い。フランス人形がいきなり涙を流す感じだ。
違うの。違う。違う、違う違う違う。こんな事ある訳ないに決まってる。
彼女は自分の考えを存分に否定して、非難して、そしていったのだ。
そうよ、違うの。ねえ、もう一回見させて。
彼女にとっては、未来を見ても良いかの許可だったのだろう。私が存在しても良いのか、その確認だったのだろう。
親友として、私をこの世に留まらせたかったのだろう。
でも私は断った。
物語の中に入った私は、つまりは元々いない存在で。
私がいなくても進行していた物語を狂わせて行った。
ああ、こんなの駄目に決まってる。
私は親友の言いたい事を理解した。
かなり遅れて、理解した。
わかったよ。じゃあ、言う通りにする。
彼女の脇をすり抜けて、階段を駆け下りて、そこで初めて、自分の鼓動が激しく打っている事に気がついた。
そして今、私はいる。
死のう、と立ち上がっては、勇気がなくてまた寝そべり。
死のう、と立ち上がっては、勇気がなくてまた寝そべり。
でもやっぱり。
素直にいこうじゃないか。
私のつたない回想を振り返ってみて。
いままでの楽しい生活を思い出して笑って。
そういえば、前世で悪い行いをしたものはハエとか蚊とか、そんな虫けらになるというけれど。
もう生まれ変わるのは懲り懲りだ。
一回だけで十分。
死のう、と立ち上がって、今度は寝そべらずに、高いフェンスに向かって歩いて行った。
がしゃがしゃと音を立てながらそれを上って、下って。
フェンスを背にして立った。
綺麗な夜景が、手に取れるほどに近くて、眩しくて。
それに触れようとして、前に出て。
でも触れずに、重力に従って下に落ちて行く。
ここは能力系の転生なんだからさ、最後くらいは使おうよ。
ねえ、皆さん。
どうか私の存在を。
忘れて下さい。
忘却の彼方に置いて行って下さい。
ジェットコースターで一気に上から下に行く、独特の感覚。
体がふわふわとして、気持ち悪くて吐きそうで。
いや、違うのかな。
私は私の不運を思って、思い出して、吐きたいのかな。
まるで出来の悪い物語を見ているような不快感を、主人公を襲う不幸を、それに酔いしれる主人公を気持ち悪いと思うような感覚。
ああ、拙い説明だったけど、伝わったかな。
卵が砕けるような音がした。
私の頭から。
では、次のニュースです。
本日未明、△△ビルで、女子高校生が頭から血を流して亡くなっているのが見つかりました。
死体の身元は不明で、警察は捜査を進めています。
着ている制服から、学校を問い合わせてみたものの、『そのような生徒はいない』との事です。
おはようございます。
おっはー。
……、あれ? ここに机ってありましたっけ?
え? あ、ホントだ。
何故でしょう? 先生に言ってみましょうか。
そうだねー。あ、ヤバい宿題忘れた。
私は見せませんよ。自分の力でやって下さい。
うぅー。ねえ! ……あれ? わたし今誰を呼ぼうと……。
ボケましたか。
違うし!
そして、今日も日常は訪れる。
異分子を排除して。
とりあえず言いたかったこととしては。
転生したからチートとかそんなの有りえねえから!
ってことです。