83 シャーリーの頼み事
アルグレイ商会で、シロクロモウとトサカ鳥を仕入れた俺は、工場で雇う人の手配の為に長老の元に再び訪れた。
「長老?」
「ん?おお、男爵様か。どうしたのじゃ?」
「ちょっと急な話なんですが…明日、シロクロモウとトサカ鳥が工場に届きますので、工場で雇う人の手配をお願いします」
「何?それは、また急な話じゃな」
長老は、さっきと話が違う事に驚いていた。
「すみません…」
「いや、よいよ。孫の恩人の頼みとあらば是非にも協力させてもらいます」
「ありがとうございます」
申し訳なく思いつつも、今後の行動予定を話しておかなければならないので、説明しておこうと思う。
「それで、長老…」
「何じゃ?」
「人の手配で忙しいと思いますが、今から何人か連れて孤児院で飼育方法を教わって来て下さい」
「うむ、分かった」
「飼育方法を教わったら、明日から他に雇う人達に教えて、それから生産していきますので何とかがんばってもらいたいんです」
「ふむ、ここががんばりどころじゃな?」
「そうです。工場の生産が軌道に乗れば、後は長老達にお任せするので責任者としてがんばって下さい」
「心得た。では早速に準備をするかのう」
「お願いします」
それから一週間、工場で飼育方法と生産の仕方について、雇った500人の従業員に教育、実践させた。飼育はそんなに難しいものではないので、すぐに覚えて飼育していたが、生産の方は失敗の連続だった。
まだ、作る事に慣れていないので味と品質に問題があって、出荷できなかった。始めの方は材料の無駄遣いだったが、徐々に慣れて来たのか味、品質も上がって来て、一週間でようやく出荷できるレベルになった。
勿論、ルチルさんに出荷できるか判断してもらった結果だ。ルチルさんが、何が悪いか、どこをどうすればいいかを積極的に教え込んでくれたから、できた事だ。
そして、ルチルさんが教え込んだ作業のコツ、要領を作業手順書に新たに記載して、名前も作業要領書と改名しておいた。これなら、上手く行くだろうと思い、孤児院である方々に集まってもらった。
院長先生、エイラさん、ルチルさん、ロイドさん、ルイエさん、長老だ。
そう、ヴェルナルド食品の幹部となる方々だ。代表取締役社長は勿論…俺だ。
そして、他の方々にはいろいろと役員になってもらおうと集まってもらったのだ。
「皆さん、お久しぶりです。突然の呼び出しで申し訳ありません」
「お久しぶりです。ヴェルナルド様」
「「「「お久しぶりです」」」」
院長先生の後にエイラさん、ロイドさん、ルイエさんが続いた。
「ヴェルナルド様…伯爵昇爵、おめでとうございます」
「「「「おめでとうございます」」」」
「ありがとうございます、皆さん」
院長先生、エイラさん、ロイドさん、ルイエさん達に会うのは久しぶりだった。
ずっと工場関係で動いていたから忙しくて、なかなか孤児院に行っていなかったのだ。
伯爵になった事も言っていなかったが、どこからか情報を聞きつけたのだろう。
たぶん…シルヴィ達だろうね。
「何?男爵様は伯爵様になられたのか?」
長老は知らなかったらしい。言ってなかったし、言うつもりもなかったからね。自分、伯爵になりましたと自慢して言う事じゃない。
「ええ、そうですよ」
「そうならそうと、早く言ってくれればいいものを…」
「忘れてました」
「男爵様…いや、伯爵様らしいと言えば伯爵様らしいな」
「いや、もう男爵でもいいですよ?」
「そうはいかんぞ。伯爵様は貴族様なのじゃからな…本来ならこうして話せる立場にないのじゃし…」
「まあ、それならそれでいいとして、本題に入ります」
急に本題に入ると言ったので、全員が『ごくり』と喉を鳴らした。
「工場を造った事で、会社を設立する事になりました」
「それがヴェルナルド食品と言う事じゃな?」
「そうです。それで会社として工場の運営をするにはそれなりに人手がいります。それを皆さんにやってもらおうと思います」
「具体的には何をすればいいのでしょうか?」
あまりよく分かっていないエイラさんが尋ねてきた。
「今から説明します。工場、孤児院、スィーツ店を管理運営して行くには人手がいるのはお分かりですね?」
「ええ…」
「人手を集めた後は、その人達に仕事を教え、管理する人が必要になってきます。孤児達を世話しているのと同じ事ですね。間違った事をすれば、叱り正してやる。良き事をすれば褒めるなりすればいい事です」
「はい」
「そこで、管理する人と、役職を与えたいと思います」
「役職ですか?」
「ええ、いろいろやろうとすれば無理が出てきます。なので、担当する仕事に専念できる役職にすると言う事です」
集まった全員は具体的に何をすればいいのか分からずに戸惑っているようだった。
「そんなに難しい事じゃないですよ…。まずは院長先生には孤児院とスィーツ店の運営管理をする専務役員に長老には工場を管理して生産率を向上させる為の専務役員に任命します」
「畏まりました」
「分かった」
「次に、商品を管理する品質管理部の部長にロイドさん、孤児院と店と工場の経理を任せるルイエさんには経理部長を、ルチルさんには店の味付け、メニュー開発を行う商品開発部部長として任命します」
「「「分かりました」」」
「やる事は今までと変わりませんが、仕事の量がちょっと増えただけです。一人じゃ、きついと思うので他に人を雇って仕事を教えたらいいのです」
「「「分かりました」」」
「エイラさんには、店の店長をお願いします。それと院長先生の補佐として孤児院と店の運営部長にしておきます」
「分かりました」
「これからいろいろと問題が出てくれば、院長先生、長老に相談して下さい」
「畏まりました」
「分かった」
「「「「分かりました」」」」
これで、ヴェルナルド食品の管理と運営を任せられる。
俺がいない時には、自分達で考えて行動してくれるだろう。今でも、それぞれが考えて行動してくれているだろうが、会社として、組織として立ち上げたからには協力、連携体制を強化しておかなければならないと思って任命したのだ。
その後、質問や分からない事を答えてから、それぞれの仕事に戻ってもらった。
院長先生を残して…。ちょっと聞きたい事があったからだ。
「時に、院長先生?」
「何でしょうか?」
「シャーリーは元気にしてますか?」
脅されてたとは言え、人攫いの片棒を担いだ罰として孤児院で働いてもらっているシャーリー…。
実は、ほとんど会っていないからどうしているのか気になっていたのだ。店の準備やら工場の建設やらで忙しかったからね。
「ええ、元気に働いてもらってますよ。子供達もよく懐いているし、店では男性客がこぞって列に並んでいますね」
「え?店でも働いているんですか?」
シャーリーは絶世の美女と言っていいほどの美女だ。
そのシャーリーの笑顔を見たくて、男性客が我も我もと列を作って並んでいるんだろう。
「ええ。シャーリーが是非とも働きたいと言ってくれたのでお任せしました」
「そう…ですか…」
やっぱりあの子はいい子なのだ。清廉潔白であろうとして、自分の罪と向き合って働いてくれているんだと思う。そんなシャーリーを、脅して無理やり人攫いをさせるなどもってのほかだ。
「シャーリーが何か?」
「いえ…孤児院で働いてもらうと言って連れてきたまではよかったんですが、その後、忙しくて全然様子を見に行っていなかったので心配でした」
「そうですか。文句を言う訳でもなく、むしろ、率先して働こうとしている姿勢を見て、安心して任せられます」
「その話を聞けて、よかったです。…実は、そろそろシャーリーを自由にさせてあげようと思うのです」
「…畏まりました」
院長先生は残念そうな顔したが、素直に頷いてくれた。
「…何か問題でも?」
「いえ、子供達が懐いているし、シャーリーが出て行く事に寂しくも思うのです。孤児院では彼女の存在が孤児達を笑顔にしてくれていましたから…」
だろうな…。彼女が笑えば、自然と孤児達も笑って元気になれるんだろう。まるで、シルヴィ達みたいだ。
「そう…ですか…。しかし、彼女にも立場があると思うのです。恐らく…エルフの中でも責任ある立場なのではないかと感じているのです」
「分かっております。いずれ、近いうちに故郷に帰る日が来ると思っておりました。いつ頃、シャーリーを故郷に帰して差し上げるのですか?」
「シャーリー次第ですね…。明日、話をしようと思っていますので、よろしいですか?」
「はい。どうぞよしなにお願いします」
「分かりました」
そう言って、その場を後にした。
翌日、孤児院の応接室にシャーリーを呼び出した。
「シャーリーさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、ヴェルナルド様」
「様付けはよしてください。シャーリーさんもエルフの中では上位に位置する方なのでしょう?」
「っ!どうしてそれを?」
「あのティアラ…エルフの秘宝だと言ってましたよね?」
「ええ…」
「そんな物を、下位のエルフが持っている筈はありません。もし、よろしければ素性をお聞かせくださいませんか?」
シャーリーが奪われたと言っていたティアラは、ところどころに緑の魔石がちりばめられた上品なティアラだった。そんな物を、下位のエルフが持っている筈はない。
それも秘宝だとも言っていたしな。きっと、シャーリーは身分の高いエルフなのだと分かる。
「…私は…エルフ族の戦士長の娘です」
「戦士長の娘さんが、何故この王都に?」
「そのティアラがエルフの里から奪われたのです」
「奪われた?」
「そうです。それを取り戻そうと探し回ってようやく見つけたのに取り返す事もできずに捕らえられ、利用されたのです」
「そう…ですか…」
やっぱり、この人にもいろいろあるのかもしれないな。
「では、ティアラをお返しします」
「確かに受け取りました」
「シャーリーさん、今までありがとうございました。孤児達も先生方も喜んでいましたよ」
「いえ、せめてもの罪滅ぼしです」
「それでも、この孤児院を温かくしてくれました」
「そう…でしょうか…」
「ええ、シャーリーさんが居てくれたから孤児達も毎日楽しく過ごせたと思いますよ」
「ありがとうございます」
「故郷に帰られる時は院長先生に一声掛けてからお戻りください」
「はい」
そう言ってから立ち去ろうとしたが、シャーリーさんは他に何か言いたそうだった。
「…何かありますか?」
「…いえ…いや、でも…」
はっきりしないな。どうしたんだろうか?
「何か困っている事でも?」
「…実は、ヴェルナルド様にお願いしたい事があります…」
「…何でしょうか?」
「我々、エルフの国を救っては下さらないでしょうか?」
エルフの国を救う?俺が?できるのだろうか?いや、そうじゃないな…。エルフの国がピンチなのは分かったが、何故ピンチなのだろうか?
「…どう言う事でしょうか?」
「我々、エルフの国は隣国バーナム王国といい関係を続けていました。しかし、ここ最近…と言っても私が国を出る時にはバーナム王国側がここは我らの領地だと言って立ち退けと言ってきたのです」
バーナム王国はアルネイ王国の隣の国だ。アルネイ王国とも交易が盛んに行われている友好国。
そして、エルフの国とアルネイ王国の間にあるのがバーナム王国だ。つまり、隣の隣の国だと言う訳だな。
「何故、突然に立ち退けと言ってきたのですか?」
「それが…分からないのです…」
「分からない?」
「はい。何を言っても立ち退けの一点張りで、国王とも話をさせてもらえないのです」
「変ですね…」
「はい…」
友好国だった筈の両国が…いや、バーナム王国の方が一方的にか?何故だ?エルフの国を乗っ取って何かを得ようとしているのか?分からない事だらけだな。
「どうして、その話を俺に?」
「ヴェルナルド様は、アルネイ王国の内乱を正義を持って鎮めたと聞きました。それに孤児院を救い、孤児達の為に店を、そしてスラム街の人達の雇用問題までも解決しようと動いているのを見て、我々を救ってくれるのはこの人しかいないと思ったのです」
「…買いかぶりすぎですよ…。内乱を鎮めたのはアレクとモンシア辺境伯がいたからこそだし、孤児院と孤児達を救ったのはアレクが頼んできたからです。スラム街はそのついでみたいなものです」
「それでも、私を救ってくれました。孤児達も皆、ヴェルナルド様を慕っております。どうか、お願いします」
「…考えさせて下さい…」
「どうか…どうか…お願いします」
「…今、即答では出来かねます」
「分かりました…一週間待ちます…それまでに返事がなければ諦めて帰ります」
「…分かりました」
そう言って、その場を立ち去った。
王宮に戻って、エルフの国について考える事にした。
シャーリーさん…必至だった気がする。そんなにまでエルフの国は困っているのかな?
ここからバーナム王国まで馬で一ヶ月は掛かるだろう。そして、バーナム王国とアルネイ王国の国境からエルフの国境まで二ヶ月と言ったところか。片道三ヶ月…。
問題がすぐに解決したとしても、往復で半年も掛かる。はっきり言って、そこまで時間を掛けて行くほど、俺にメリットはあるのだろうか?
いや、もともと世界中を旅したいと思っていたからいいんだけど、今は状況が違う。孤児院、店、工場、そして領地を貰ったからには領地の将来の事を考えて案を練らなければならない。
でも…シャーリーさんが頼んできた時の顔が忘れられないな。どうにかしてあげなきゃいけない気もしてきた。
思い出せ…俺が生まれて来たのは何の為なんだろうか?それは、分からない…。
分からないが、魔法を習得してアレク達と出会い、国を救った。フロスト商会を叩き潰して孤児院を救った。そして、今度はスラム街の雇用問題を何とかしようと動いた。
何の為に?それも分からない…。
でも、幾度となく魔王らしき人と戦う夢を見た。どの夢も必ず、最後は死ぬ夢だった。その夢を回避しようと足掻き続けた。
そして、今度はエルフの国か…。これは、何か運命の様なものを感じる。運命を感じるのなら、どうする?運命に抗う為に行動を起こすのみだ。
いっちょ、エルフの国にでも赴いてみるとするか…。国を救えるか救えないかは別として、俺に何かできるのならやってみようと思う。
なら、まずは情報を集める所からやってみるかな…。
思い立ったが吉日だ…。すぐに行動を起こす事にした。
俺が向かう先は、王宮にある軍の詰所だ。
門衛にモンシア辺境伯との面会を申し込んだ。
しばらくして、後ろ姿が綺麗な秘書に連れられてモンシア辺境伯の執務室に通された。
「ようこそ、おいで下された。婿殿」
「じっ様、お久しぶりです」
「うむ。して、今日は何用ですかな?」
「実は、バーナム王国についてお聞きしたいのですが…」
「バーナム王国ですか…」
じっ様…モンシア辺境伯はバーナム王国と聞いて目を閉じ、眉間にしわを寄せた。
聞いちゃ不味かったのかな?
「バーナム王国は交易でも交流がある友好国だとお聞きしていますが、どうなのですか?」
「…内乱が起こるまではそうでした…」
起こるまで?そっか、内乱時はどうなるか分からない状況だし、危険だから他国も様子を見るだろう。その間、交易もないと言う事だな。
「…そうでしたと言う事は今はそうではないと言う事ですか?」
「そうです。今は交易がありません…」
「何故?」
「分かりませぬ…。内乱が終わってから国交を回復しようと使者を出していたのですが、どの使者も帰って来ないのです」
使者が帰って来ない?ここから、バーナム王国までは大きな街道で結ばれている筈…。
街道に魔獣が出たとしても、すぐに討伐隊が出されて退治するだろう。街道は国の生命線とも言える大事な道だからな。安全を確保する為に、どこの国も街道付近は警備や巡回などしている筈だ。
「魔獣に襲われた可能性は?」
「あったとしても、全ての使者が帰って来ないのは解せませぬ。それで偵察も兼ねて密偵を放ったのですが…どうもきな臭いのです」
「きな臭い?」
「軍の動きが慌ただしくあるのです。もしかしたら、どこかに攻め入ろうとしているのかもしれませぬな…」
「ふむ…」
エルフの国に攻め入ろうとしているのか?それとも、他国に攻め入ろうとしているのか?今のところ…エルフの国に攻め入ろうとしている可能性が一番高いが、確証はない。
「それが、どうしたと言うのです?」
「実は、フロスト商会を叩き潰した時、エルフの女性を助けたのは知っていますね?」
「ああ、報告は聞いている」
「その女性…シャーリーと言うんですが、彼女に頼まれたのです」
「何をですかな?」
「エルフの国を救ってほしいと…」
「では、バーナム王国がエルフの国を攻めようとしていると?」
「恐らくは…ただ、エルフの国とバーナム王国は友好関係にあったそうなんですが、突然、立ち退けと言いだしたそうです」
「ふむ…。理由が分かりませんな…」
そう…そこが問題なのだ…。友好国だった筈のバーナム王国が、いきなり掌を返したように態度を変えた事が気掛かりなのだ。
「ええ…ですから、行って確かめてこようかと思ったので、その為にここに情報を集めに来たのです」
「何っ!?では、婿殿はエルフの国に行って助けようと言う訳か?」
「助けられるか分かりませんが、行ってこようと思います」
「ふむ…。婿殿の事じゃて、きっと上手くやる事だと思うが、正直、心配ですな…」
「…危険な事だとは分かっています。しかし、見捨てるほど冷酷にはなれませんでした」
「うむ…」
しかし、シャーリーの為とは言え、国を離れる事に懸念事項がある。
シルヴィ達の事だ。もし、助けに行くと話したら、自分達も着いて来ると言い出すだろう。それは、あまりにも危険だ。守れない訳ではない。普通ならね…。
でも、内乱の時のように魔族が絡んでいたとしたら別だ。
魔族と戦いながら、バーナム王国の軍と戦かってシルヴィ達を守れるか?と言われれば自信はない。
ユイのお父さんと戦った時だってそうだ。こっちは死にかけ…そしてユイがいなければ死んでいたからね。だから、連れて行く事はできない。
でも…黙って行くと大目玉だしな…。どうしたものか…。
まあ、それは後で考えるとして…今は、準備をしておこうと思う。
「では、いろいろと準備がありますのでこれで失礼します」
「うむ…、気を付けてな」
「ありがとうございます」
モンシア辺境伯から情報を聞いたが、あまり有益な情報は得られなかった。
なので、ここは万全の準備をして向かわなければならないだろう。突然の出来事に対処する為にだ。
まったく知らない土地で、まったく知らない人達、それも異種族だ。そして、紛争が起こるかもしれないので、念には念を入れて準備をする必要がある。
だから、魔法学校の研究室に向かう事にした。