77 お披露目会
今日はお店のメニューのお披露目会。孤児達がどんな顔をするか楽しみな日だ。
早速、孤児院に向かう為に王宮の通路を歩いていると国王陛下と王妃様に出会った。
「これは国王陛下に王妃様、お久しぶりで御座います」
「おお、ヴェルナルドか。久しいの…」
「あらあら、ヴェルナルド殿。お久しぶりですわね」
「はい。お元気そうで何よりです」
「ヴェルナルドも元気そうで何よりだ」
「ええ、そうですね」
「ありがとうございます。俺は用事がありますのでこれにて…」
立ち去ろうとすると、国王陛下と王妃様に腕を捕まれた。
国王陛下は右腕を、王妃様は左腕を。
国王と王妃に腕を捕まれる男爵ってどんな絵だよ…。
「時にヴェルナルドよ…」
「…はい?国王陛下…」
「今日は美味しいスィーツのお披露目会なのだそうだな…」
何で知ってんの?アレクかシルヴィにでも聞いたのか?
「ヴェルナルド殿、私達は仮にも義理の親となる予定ですのよ?」
王妃様…何が言いたい?ちょっと左腕が痛いからあんまり強く掴まないで下さい。
「コホン…今日は絶好のお散歩日和だな…」
そうかな?めっちゃ、曇ってるけど…。それよりも右腕が痛い。
「そう…ですかね?」
「そうですわね…」
だから…何が言いたい?
「少し、散歩に付き合ってくれぬか?」
「いえ、ちょっと用事がありまして…その…また今度でもいいですか?」
「それはいいですわね。早速行きましょう」
国王陛下と王妃様に引きずられるように連行される。
「え?ちょっと…、どこに行くんですか?」
「いや、何…王都の南側まで視察がてらに散歩でもとな…」
「ええ、少し孤児院近くまでお散歩でも致しましょうか…」
ああ、スィーツが食べたいのね。はっきり食べたいと言えばいいのに…回りくどい…。
「もしかしてスィーツが食べたいんですか?」
「「…」」
図星か…。
「ははは…」
「おほほ…」
いや、笑って誤魔化すなよ…。
「でも、陛下も王妃様も外に出ていいんですか?護衛の問題とかあるでしょ?」
「…ヴェルナルドが居れば大丈夫じゃろ?」
「そうですわ。この国の英雄ヴェルナルド殿が居れば安心ですわね」
「…門衛に止められませんか?」
「「何とかせよ。」して下さい」
まじか…。こいつら、本気だよ…。お忍びで行くのか?しかも、内緒で…後で王宮中が騒ぎになるんだろうな。誰かの責任問題にまで発展しない事を祈るのみだ。
とりあえず、透明化の魔法を掛けて行けば気付かれる事なく行けるけど…大丈夫かな?俺が誘拐の罪で捕まったりしないよね?頼みますよ?国王陛下と王妃様…。
何食わぬ顔して国王陛下と王妃様に透明化の魔法を使って姿を消し、門衛に笑顔で手を振りながら孤児院に向かった。
「陛下、王妃様…ここが孤児院です」
「おお、そうか!ここが孤児院か。あの建物は何じゃ?」
「あれはトサカ鳥の厩舎ですよ」
「トサカ鳥?何の為にあるのじゃ?」
「飼育して卵を産んでもらってます。スィーツの材料になりますので…」
「卵を使うのか?高級食材と聞くが、そんなに高級なスィーツなのか?」
「いえ、そういう訳ではありませんよ。飼育すれば卵が安く手に入るので商品の値段も安くできますから…」
「あの塀の中には何があるのじゃ?」
「あの中にはシロクロモウがいます。シロクロモウの乳も材料ですから…」
「ほう…楽しみじゃの」
お前は田舎から出てきたおのぼりさんか!?と突っ込みを入れたいが国王なので辞めといた。子供みたいに燥ぐな…。
「ヴェルナルド殿。あれは何ですか?」
ここにもおのぼりさんがいたよ…。
「あれは店ですよ。あそこでスィーツを販売するので…」
「そうですか。あれは何ですか?」
「あれは、店で働く人の家です」
「そうなのですね…」
ここに来るまで大変だった…。王冠を付けた国王陛下に王冠を付けた王妃様…。
目立つので王冠を外してほしいと言ったら、これは風呂と寝る時以外は外してはだめだと言う事なので王冠だけ透明化の魔術を掛けたり、ちょっと目を離すと何かに興味を持ったのか、あっちにふらふらこっちにふらふらと鬱陶しいったらありゃしない…。
気絶させて運ぼうかなとも考えたが、それはさすがに不味いだろうと思って辞めたのだ。
「とりあえず孤児院の中に入りましょう」
「うむ」
「そうですわね」
孤児院の中に入ると院長先生を始め孤児達が待っていた。
「あっ、ヴェル兄ちゃん。お帰りなさい」
「ヴェル兄ちゃんだ!おかえり」
「おう、皆ただいま」
「そっちの人達は誰?」
「…」
言ったら不味いだろうな。エイラさんとか気絶しそうだし、他の人も倒れて騒ぎになりそうだな…。
「知り合いのおっちゃんとおばちゃんだよ」
「おっちゃん、おばちゃんこんにちわ」
「こんにちわ。おっちゃん、おばちゃん」
「うむ、こんにちわじゃ」
「はい。こんにちわ」
国王陛下と王妃様がおっちゃんおばちゃん呼ばわりされてる。
ちょっと失礼だったかな?まあ、いいか…。怒ってなさそうだし、これでいいと思う。
「ヴェルナルド様、用意しておきました。え?陛…」
「わーわーわー」
ルチルさんがおっちゃんとおばちゃんの正体を言いそうになったので慌てて止めた。
「ルチルさん、それ以上は…」
「…畏まりました…」
ルチルさんは察してくれたのか、それ以上何も言わなかった。
「ヴェルナルド様、こんにちわ。用意できましたがご招待された方はお揃いですか?」
「エイラさん、こんにちわ。いえ、まだ来られていないのでもう少し待ってもらえますか?」
「そちらの方は?」
「…こ…ちらは…知り合いのおっちゃんとおばちゃんです」
「そう…ですか…。エイラと申します。よろしくお願いします」
エイラさんは変な紹介を聞いて、怪訝そうな顔をしていた。
そりゃ、そうだよね…。紹介するのに、名前を言わずにただのおっちゃん、おばちゃんだもんね。エイラさんに国王陛下と王妃様と答えたら卒倒してうっかり死んじゃいそうだもん…。
「うむ、よろしくじゃ」
「はい。よろしくお願いしますわ」
エイラさん、後で国王陛下と王妃様に声を掛けられたと知ったらと思うと不憫でならないな。
「婿殿、遅れたかの?」
「婿殿、久しぶりですな」
「モンシア伯爵、クゼルさん、こんにちわ。大丈夫ですよ」
「そうか…、っ!陛…」
「…陛…」
「わーわーわー!」
今日、ずっとこの調子でやるのかよ…。おっちゃん、おばちゃん早く帰れよ。頼むよ…。
「何じゃ婿殿!?驚かせおって…」
「何でもありません…それ以上はちょっと…」
「…こっ、こんにちわ…」
「…こんにちわ…」
こんにちわ!?モンシア伯爵がこんにちわって言ったぞ!それに続いてクゼルさんもこんにちわだと!?しかも、国王陛下と王妃様に!
絶対にありえない光景を目撃した感じだ。何か眩暈がする。
「うむ、こんにちわじゃ」
「はい。こんにちわ、おほほ」
おほほじゃないよおばちゃん…。早く帰れよ…。
「婿殿、久し振りですな」
「お久しぶりです、グランネル子爵」
「え?陛…」
「わーわーわー!」
まあ、そうなるわな。誰が来てもそうなるわな。
「何じゃ、婿殿…」
「いえ、何でもありません…それ以上は…」
「陛…コホン、どうも…」
今度はどうもか。もう、ここまで来たら笑うしかないな…。
その後もクリューガー子爵、ミゲルさん、ユリエールさん、ドジャーさんも同じ反応だった。
ゴリーノさん、エミールさん、レイラさん、マーリーさん、ララさん、アデルさんは知らないようなので普通だった。
正直、疲れたので助かります…。
俺がわーわー騒いでいるのを見てエイラさんは不思議そうに首を傾げていた様子だった。
ドジャーさんとユリエールさんは顔を見合わせて口をパクパクさせている。ドジャーさんが国王陛下を指差すとユリエールさんが口をパクパクさせながらその指を叩く。ユリエールさんが王妃様に指差すとドジャーさんが口をパクパクさせながらその指を叩く。
それを何回も繰り返している。そこまでいったら、もう何かの芸だね。
ゴリーノさんもエミールさんも不思議そうに見て首を傾げていた。
「ヴェル。遅れたかな?」
「ヴェル様。お招きありがとうございます」
「本日はお招きありがとうございますわ。ヴェル様」
「ヴェル様、来たよ」
「ああ、いらっしゃい」
「今日は楽しんで言ってね」
「「「はい」」」
「父上!ここで何をなされているんですか!?それに母上も!?」
言っちゃったよ…。アレク…空気読もうよ…。
「え?父上?アレックス様の父上?国王…」
そう言ってエイラさんは『バタン』と倒れてしまった。
ですよね…。すぐに治癒魔法を掛けて、気絶から回復させて奥で休ませておいた。
「やっぱりこうなっちゃたか…。そうならないようにがんばって誤魔化してたのにアレクときたら…」
「え?僕のせいか?」
「そうだよ…」
「って言うか、何でここに父上と母上がいるんだ!?」
「…王宮で捕まってここまで連れてこられました…」
「…すまない…」
「いや…いい…」
いろいろ疲れたけど、気を取り直してお披露目会を始めようと思う。
ルチルさんに始めて下さいとお願いして、各テーブルに人数分の試作スィーツの数々が運ばれた。
食事を始める前に院長先生の祈りの言葉が始まる。
「孤児院に尽力して頂いたヴェルナルド様に感謝と喜びを捧げます」
「「「「「捧げます」」」」
ちょっ…何それ?辞めて…恥ずかしいから辞めて…。ちょっと…国王陛下も王妃様も微笑ましい笑顔で見ないで…。アレク…助けて…。
そう思ってアレクを見ると…『ウンウン』と頷いていた。
いや、うんうんじゃないから…と考えていると各テーブルに座っていた孤児達が一斉に騒ぎ出す。
「美味しい!」
「何これ?すごく甘くて美味しい」
「こっちは、冷たくて美味しいよ」
「この飲み物、甘くて美味しい」
そうだろう。それが前世の知識とルチルさんの魂の結晶さ。ゆっくり味わって食べなさい。
「皆さん、一人一個づつしかありませんから、ゆっくり味わって食べて下さい」
「「「「「はぁ~い」」」」」
あんまりにもがっつく孤児達を見て、エイラさんが注意したようだった。
エイラさん…回復したのね。よかったよ…。そのまま死ぬんじゃないかと思っちゃったよ。
「ヴェルナルドよ」
「はい?陛…コホン、おっちゃん」
「余は満足じゃ…」
「恐縮です…」
「ヴェルナルド殿、このような食べ物は初めて食しました。どれも舌鼓を打つほど美味しく、天にも昇る気持ちですわね」
「王…おばちゃん…光栄です」
お褒めの言葉を頂いた。国王陛下と王妃様も認めた最高級スィーツとして売りにだしてもいいかな?と思う。勝手に名前出しちゃ不味いかな?
「ヴェルナルド様!こんなに美味しいスィーツがあったなんて知りませんでした!今日はお誘い頂きありがとうございます!」
「さすがはヴェルナルド男爵様です!どれも見た事がない、素晴らしいスィーツです。呼んで頂いてありがとうございます!」
「いえ、喜んで頂けて何よりです。エミールさん、アデルさん」
エミールとアデルはお礼を述べた後、二人で『きゃっきゃ、うふふ』と女子トークを始めている。アデルは女子ではないが、スィーツを食べている時のアデルは女子に分類しておいた…。
エミールとアデルの様子をレイラさん、マーリーさん、ララさんは苦笑いしながら食べていた。しかし、食べる速度が徐々に上がっている気がする。きっと、気に入ってくれたんだと思う。
「婿殿、実に美味い食べ物じゃった。しかし、少し甘過ぎやせぬかの?」
「そうですな…我々には甘すぎかもしれませぬな、モンシア伯爵…。紅茶があればよいかもしれんのう…」
「それはいいかもしれませんね。甘いものが苦手な人用に甘さ控えめのスィーツを用意して、飲み物も甘い物だけじゃなく、紅茶も用意しましょうか」
モンシア伯爵とグランネル子爵は甘過ぎるのは苦手のようだな。
「ヴェルナルド殿、これは最高の逸品揃いですな。店が開店したら是非とも通わせて頂きますぞ」
「そうですな。妻にも是非食べさせたいですな」
「はい、ありがとうございます。お披露目会で余った物は持って帰れるようにしておきますね。溶けないやつ限定ですけど…」
「おお、それはありがたい。よろしくお願い致します」
「余ればの話ですよ?余ればね…」
クリューガー子爵は随分とお気に入りのようだ。上客GETだぜ!毎日でも通ってくれ。
クゼルさんは愛妻家のようだな。エマは美少女だし、そのお母さんもきっと美人なのだろう。惚れ込むのも無理はない話だ。
「ヴェル様、これはまさに絶品ですね!商業ギルドは大々的に宣伝させて頂きますね!」
「まさか、これほどとは思ってもみませんでした」
「それは、ありがとうございます。宣伝よろしくお願いしますね」
「勿論ですわ。商業ギルドでも取り扱いたい商品ですわね」
「それはいいですね。いや、しかし…う~ん…。数個限定でならお分けする事が…できるかな?ちょっと相談して、できるようでしたらお分けしますね」
「ええ、お願いします。それで…どこか二人っきりになれる場所で商談を進めたいので…連絡、待ってますわね…」
ユリエールさんは最後、誰にも聞こえないように俺に耳打ちしてきた。
ちょっとやめて…シルヴィ達の目が気になるから…。いや…スィーツに夢中のようだから助かったかな?
商業ギルドの大々的な協力も得られる事を確約してもらったから成果ありだな。ゴリラさ…ゴホン、ゴリーノさんも気に入ってくれたようだ。
「ヴェルナルド様、これほどとは思いもしませんでした。これなら冒険者ギルドでも宣伝致しますよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「ええ、勿論です。特に女性の冒険者達がこぞって食べにくると思いますね」
「ははは、それはよかったです」
ドジャーさんも冒険者ギルドで宣伝してくれるようだ。女性の冒険者も来てくれるなら、店の治安も大丈夫かな?
「ヴェル!これはすごく美味しいな」
「ヴェル様、これはすごく美味しいです。見た目も楽しませてくれて最高ですね」
「そうですわね。特にこのケーキでしたかしら?果物の甘酸っぱさとマッチしてとても美味ですわね」
「ヴェル様、これ冷たくて甘くて最高だよ」
「気に入ってくれて何よりだ」
アレク達も絶賛だな。これはアルネイ王国王家御用達と看板を掲げても文句は言われまい。
「ところでヴェル様?」
「何だい?シルヴィ。」
「先程、ユリエールさんと何を話していたのですか?」
『ピシッ!』と世界に亀裂が入った。
え?見ておられたのですか?不味い。誤魔化さないと…。
「ん?いやね…商業ギルドでも大々的に宣伝してくれるそうでね…その話だよ…」
「その割には…随分と仲がよろしそうでしたわね…」
エマ…お前も見てたのか!?不味い…何とかしないと…。
「いや…商業ギルドでもね…取り扱いたいと言ってきてね…。どうしようかと言う話なんだよ…」
「だけど、何で耳打ちしてたのさ?」
カナも見てたのか。この子達って本当に鋭いね…。神よ…哀れな迷える子羊に救いの手を…。
「周りがね…煩かったから聞こえなくてね…。さすがに商業ギルドで取り扱うにも、数がそんなに用意できないから無理かもしれないって話をね…相談していたのですよ…」
「「「本当ですか?」」」
「本当も何も真実ですよ…」
「「「私達の目を見て言ってもらえます?」」」
俺の背中やお腹から冷や汗が大量に吹き出ている。これは不味い。誰か…助けて…。
「お兄ちゃん…」
ユイ、いいところに来た!さすが、自慢の妹だ!兄のピンチを助けに来たのか?あとで、頭を撫でておこう。
「どうした?ユイ」
「クーパーにも食べさせてあげたいの…いい?」
「おお、いいぞ!クーパーも家族だものな、勿論いいぞ」
しかし、俺は考えなしだった…。
目の前の助け舟に藁をもすがる勢いだったのだ。だから、後悔したのだ。でも、後の祭りだ…。
「クーパー!」
ユイの魔獣召喚が発動した後、騒ぎになった。
まずは、ここにいる女性陣の悲鳴。それに対応しようと動き出す男性陣。孤児達を守ろうとする冒険者達。攻撃を仕掛けようとする伯爵、子爵、将軍連合。
止めるのに必死だった。説得すのに必死だった。1時間の間、ずっと説得しっぱなしだった。
何とか説得した後、お開きとなったお披露目会。
そして、院長先生やアレク達、伯爵子爵将軍からのお説教をありがたく頂戴した。
唯一、国王陛下と王妃様は微動だにせず、笑いながらミゲルさんに警護されながら共に帰って行った。それだけが唯一の救いだったのかもしれない。
こうして、お披露目会は成功したと確信しながら、打ちひしがれた気分だった。
ちなみに、俺が王宮を出ようとすると必ず、門衛達が俺ではなく…俺の周囲をよく調べてから通される事になった。