76 オーナーになる
商業ギルドを後にした俺は、冒険者ギルドに向かった。
石造りの3階建ての建物の入り口の扉を開けて中に入ると、冒険者達の視線が一斉に向けられる。しかし、向けられた視線は俺だと分かるとすぐに逸らされてしまう。そして、ギルド内に沈黙が訪れた。
何にもしないよ…。
ギルドの受付に座るエミールさんの前に行くとエミールさんの表情が青ざめていた。
この前、いじめすぎちゃったか。まあ、いい…。
「エミールさん?」
「ふぁい!」
ふぁいってあんた…。怯えすぎだよ…。
「ギルマスのドジャーさんはいますか?」
「はい。少々お待ちください」
そう言うとエミールさんはそそくさとドジャーさんを呼びに行った。
そんなに俺が怖いか?と思いつつ、周囲の冒険者達を見る。すると、俺と視線を合わそうとしないのか、天井を見る者、俯く者、テーブルを片付け始める者。
だから、何もしないって…。
「お待たせしました、ヴェルナルド様。本日はどの様なご用件でしょうか?」
「ドジャーさん、お久しぶりですね」
「ええ、お久しぶりで御座います」
「今日はですね、ドジャーさんとエミールさんに招待状を持ってきました」
「招待状…ですか?」
「はい」
招待状と聞いて、エミールさんは震えだしている。何かされると勘違いをしているのだろうか?早く誤解を解いておかなければならないな。
「今度、孤児院の為に店を構える事になったんですが、この前迷惑を掛けたお詫びにドジャーさんとエミールさんを招待したくてやってきました」
「それは光栄に御座います」
「あっ、ありがとうございます…」
「エミールさん…」
「ひゃい!」
ひゃいって…。ビビりすぎだって…。
「この前は脅して申し訳ありませんでした」
「いえ…私の方こそ、申し訳ありませんでした」
「そのお詫びにエミールさんにも来て頂きたいのです。無理にとは言いません…。よろしいですか?」
「はい…。きっと伺わせてもらいます」
きっとか…。きっと来るのか…。きっと来るだろうか?きっと来ないかもしれないな…。
「ありがとうございます」
「それで、もし美味しければ宣伝をしてもらいたいのです」
「「宣伝ですか?」」
ドジャーさんとエミールさんは声を揃えて尋ねてきた。
「ええ、お店の収益は孤児院の運営、孤児達の為にのものになりますので孤児院を救う為に宣伝をしてもらいたいのです。勿論、美味しくなければ宣伝しなくても構いません」
「分かりました」
「はい」
「でも期待しててください。味の方はアレク…アレックス王太子殿下曰く、王宮料理長にも勝るとも劣らない方に作ってもらう最高のスィーツですからね」
「それは、本当ですか!?」
何事かと思って驚いたが、声の犯人はエミールさんだった。エミールさんが声を荒げて答えたのだ。
「ええ、そうですけど…どうしました?」
「はっ!すみません…スィーツには目がなくて…」
「ははは、エミールは甘い物好きなんですよ」
「そうでしたか。期待してていいですよ、スィーツ界に革命を起こす程の商品と味ですからね。やみつきになりますよ?」
「はい!楽しみにしています!」
さっきまで青ざめていたのにスィーツと聞いて興奮しているようだ。
「っ!~~~~~」
俺の視線に気づいたのか顔を朱に染めて俯いてしまった。
スィーツと聞いて燥いだ事に、恥ずかしくなったのだろう。ちょっと可愛い…。
「ここ最近、孤児院が馬鹿な事をしているぞ」
「急に動物を飼育しだして何してんだか…ちょっとからかってやろうか」
ギルドに入ってきたガラの悪い男達が孤児院の悪口を言いながら笑っていた。
「爆風!」
突如、爆風に巻き込まれた男達はギルドの外に吹き飛ばされて気絶した。
「あと、依頼をお願いします」
何事も無く依頼をお願いすると、ドジャーは何事も無く依頼を受ける手続きをしている。
どうやら黙認してくれているようだ。
「依頼内容は?」
「孤児院にちょっかいをかける者共に死ぬよりもきつい苦痛を…」
「…畏まりました…。報酬は如何致しますか?」
「頭を撫でてあげます」
「畏まりました」
ドジャーは何を思ったのか本当に依頼が掛かれた紙を掲示板に貼り付けた。
掲示板に依頼内容を確認すると…。
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緊急依頼
孤児院にちょっかいをかける者達に死ぬよりもきつい苦痛を…
依頼期間
未来永劫
報酬
ヴェルナルド・フォン・グナイスト男爵に頭を撫でられる。
依頼主
鮮血のヴェルナルド
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まあ、いい…。突っ込みたい事はいっぱいあるけど…。
こいつ、本当に依頼にしやがったよ。半分、冗談だったんだけど…。それにしても…依頼期間が未来永劫か…。俺が死んだら、誰が頭を撫でるんだ?
「そう言えば、レイラさん達はいませんか?」
「今朝方、近くのゴブリン討伐を受けて出て行ったのでもうそろそろ帰ってくると思いますよ」
ドジャーが答えた後、入口の方から声が聞こえた。
「今日のゴブリン討伐は疲れたね」
「うんうん、数がちょっと多かったね」
「すぐに繁殖するから増えるもんね」
「…」
レイラさん達だった。
「レイラさん!」
「え?あ、ヴェルナルド様。どうしたんですか?」
「お久しぶりですね。お元気でしたか?」
「お久しぶりです。元気です」
「「「お久しぶりです」」」
「マーリーさん、ララさん、アデルさんもお久しぶりです」
皆、元気そうで何よりだ。孤児院の護衛を頼んだ以来だものな。
「ヴェルナルド様もお元気そうで何よりです」
「ありがとうございます。それで、皆さん明日はお暇ですか?」
「ええ、特に依頼を受けていませんので空いてますけど、何か?」
「今度、孤児院の為の店を出すんですけど、その試作メニューを味見してもらいたくて招待状を書きました」
「え?いいんですか?」
「孤児院を護衛してくれた皆さんにお礼も兼ねてご招待します」
「ありがとうございます。それで何の店なんですか?」
「スィーツ店です」
「スィーツ!是非行かせて頂きます!」
突然の大声にびっくりしちゃった。
以外だった。スィーツに反応したのはアデルさんだったからだ。
「あ、すみません…スィーツに目がないんですよ」
「本当にアデルは甘い物には目がないよね…」
「女性よりも甘党ですからね…」
「見ていて胸焼けする」
アデルは甘いものに目がないようだ。
しかし、意外だった。レイラさん、マーリーさん、ララさん達の方が甘いもの好きに見えたがアデルさんの方が甘党とは…。
「エミールさん…」
「はい?」
「ここにエミールさんのお仲間がいますよ?スィーツに目がない人…」
「え?アデルさんもですか?」
「エミールさんも?」
「はい。商業区のルイールは知ってますか?」
「ああ、あそこのスィーツは絶品ですね」
「ですよね。あの上品な甘さが何とも…」
「ええ、分かります。くどくなく、すっと胃の中に消えて行くあの甘さは…」
盛り上がっているエミールさんとアデルさんを無視してレイラさん達に招待状を渡して、孤児院に戻った。
「ルイエさん、院長先生はいますか?」
「お帰りなさい、ヴェルナルド様。院長先生は奥にいますよ」
「そうですか、ちょっと一緒に来てもらえませんか?」
「はい、分かりました」
ルイエさんを連れて、院長先生の元に向かった。
「院長先生」
「お帰りなさいませ、ヴェルナルド様」
「ちょっと一緒に商業ギルドに来てもらえますか?」
「商業ギルドで何をなさるのですか?」
「ちょっと店の登録にお二人が必要なんですよ」
「畏まりました。では参りましょうか」
院長先生とルイエさんを連れて、本日二度目の商業ギルドに向かった。
受付にいるバナナを食べているゴリラ…『ゴホン』、ゴリーノさんにユリエールさんとの面会を申し込んだ。
「お掛け下さい」
「はい」
「失礼致します」
「ありがとうございます」
「先程、話していた孤児院の院長先生です」
「ルイーズ・バーニーと申します」
院長先生の名前はルイーズ・バーニーって言うのか。知らなかったよ…。
「こちらは経理担当のルイエさんです」
「ルイエ・バライラです」
「商業ギルドのギルドマスターをさせてもらっています、ユリエール・クレイルです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よしなにお願いします」
「よろしくお願いします」
「それでですね、店長を院長先生に任せて、運営資金の管理をルイエさんに任せますので、手続きをお願いします」
「ヴェルナルド様、お待ちください。確かに店は孤児院の為にヴェルナルド様がお作りになられた物ですが、店長はヴェルナルド様意外に考えられませんよ」
「いえ、あれは孤児院の孤児達の為ですから気にしなくていいですよ」
「しかし…」
「では、こうしましょう…」
院長先生とのやり取りにユリエールが手を『ぱん』と叩いて割って入った。
「院長先生には店長をしてもらって、店のオーナーはヴェル様の名前にさせてもらったら如何ですか?」
「そうですね。それがいいと思います」
ユリエールの提案に院長先生が指示した。
「え?どう言う事ですか?」
「店の売り上げをオーナーであるヴェル様のギルドカードに振り込んで税金を納める。その後、売り上げの一部を…または全額を孤児院に寄付す事にすれば孤児院の存続ができると言う事です」
「じゃ、そうしましょう。売り上げの全額を孤児院に寄付と言う事で…」
「お待ちください、ヴェルナルド様。一部で結構です」
「しかし、働くのは孤児院にいる方と孤児達ですので売り上げは全部、孤児院のものですよ」
「いいえ、孤児院にこれほどまでにして頂けたのです。全額は頂けません。それにお借りした一億ジュールを返さなければなりません」
ん?一億ジュール?ああ、フロスト商会の時のか…。
「あれはフロスト商会から取り立てましたから気にしなくていいですよ?」
「それはできません。ヴェルナルド様がフロスト商会から取り立てたお金は孤児院がお借りしたお金とは違います」
「しかし…」
「受け取れません」
この人、頑固だな。素直に受け取ればいいと思うんだけど…。
「分かりました。では半分にしましょう…」
「一部で結構です」
「俺が土地や店や動物を用意した。しかし、俺がしたのはここまでで、飼育や店の管理、商売をするのは孤児院なので折半と言う事で…」
「一部で結構です…」
「…分かりました…」
「お二方、ご納得頂けましたか?」
「「はい」」
院長先生は頑固過ぎるよ。いずれ纏まったお金になれば孤児院の為に何かする事にしよう。
「では、そのように手続き致しますね」
「店の運営に必要な資金を引き下ろせる権利を院長先生とルイエさんの名前で登録しておいて下さい」
「畏まりました」
「しかし、ヴェルナルド様…」
「俺はいつまでも王都にいないかもしれないので、俺だけが引き下す事にすると何もできなくなるのです。だから、院長先生とルイエさんに任せるのです」
「…分かりました…」
「お引き受けします」
こうして、院長先生とルイエさんと登録を済ませて孤児院に帰る事にした。
孤児院の前で院長先生とルイエさんと別れて、次はルチルさん達の家を用意する事にした。
店の隣の土地に土魔法で家を建てた。2階建ての少し、広めの建物を立てておいた。家の中には魔石を使った冷蔵庫やらコンロやらお風呂やらドライヤーも完備させた。これで快適に過ごせるだろう。
俺の我が儘に協力して王宮の仕事を辞めてくれたのだ。これぐらいの優遇は受けてもらわなければならないだろう。
家を作り終わってから店に入ると、厨房でルチルさん達が一生懸命にスィーツを作っていた。
「ただいま。ルチルさん、どうですか?」
「あっ、ヴェルナルド様。順調ですよ。エイラさん達ががんばってレシピと作り方を覚えてもらったので早くできそうです」
「それはよかったです」
「エイラさんも、がんばってくれてありがとうございます」
「いえ、ルーシーにエリーもがんばってくれてますから」
「ルーシーさんもエリーさんもありがとうございます」
「いいえ、孤児達の為ですからがんばります」
「スィーツ作りが楽しくて、ついついがんばりすぎちゃいます」
エイラさんの同僚?と言うか、同じ孤児院の先生のルーシーさんとエリーさんだ。
ルーシーさんは赤毛のポニーテールがよく似合う可愛らしい人だ。
エリーさんは茶髪のショートカットのお茶目な女性だ。
ちなみに二人とも胸はCカップほどの大きさだ。
「明日のお披露目会に、店の宣伝を頼む事になった招待客もいるのでよろしくお願いしますね」
「え?招待客ですか?」
何も聞かされていないエイラさんが驚いていた。
まあ、誰にも言ってなかったからね。でも、ルチルさんは予想していたのか冷静だった。
「そうです」
「ちなみに誰を招待したんですか?」
「えっと…アレク、シルヴィ、エマ、カナ、モンシア伯爵、グランネル子爵、クリューガー子爵、クゼル将軍、警備隊長のミゲルさん、商業ギルドのギルマスのユリエールさんにゴリーノさん、冒険者ギルドのギルマスのドジャーさんにエミールさん。あとはこの前、孤児院を護衛してくれたレイラさん、マーリーさん、ララさん、アデルさんですね」
ん?
「エイラさん、どうしました!?」
気付いたらエイラさんが倒れていた。
「招待客のお名前を聞いていると倒れられました」
「大丈夫ですか?治癒!」
「ええ…、大丈夫です…」
「どうしたんですか?」
「いえ…凄い方々ばかりですね…」
ああ、だから倒れたのか…。モンシア伯爵、グランネル子爵、クリューガー子爵、クゼル将軍は軍のお偉方やら王宮筆頭魔術師だもんな。それに商業ギルドと冒険者ギルドのギルマスもいるしな。
「すみません、事前に話しておけばよかったですね…」
「いえ…申し訳ありませんでした…」
「ルチルさん、奥でエイラさんを休ませてあげて下さい」
「はい、畏まりました」
「いえ、もう大丈夫です。すみませんでした」
「無理しなくていいですよ…気分がすぐれないなら休んで下さいね」
「はい…ありがとうございます。でも大丈夫ですので…」
エイラさんが大丈夫と言っているので、このままスィーツ作りを任せる事にした。
「そう言えばルチルさん」
「はい?」
「店の横にルチルさんとロイドさんとルイエさんが住む家を用意したので、そこで生活して下さい」
「え?もうですか?」
「はい。魔法で作ったので、ちょちょいのちょいやで…ですよ」
「それはありがとうございます。後で見に行ってみますね」
突っ込みはないらしい…。
「はい。じゃ、俺は王宮に戻るので何かあったら連絡して下さい」
「はい。行ってらっしゃいませ」
お披露目会の準備に大忙しだったので今日は疲れたよ…。あとは、明日のお披露目会を成功させる事だな…。