72 遠出する その1
商業ギルドを出た俺達は、ユイとフレイムとの約束通りに美味しいスィーツ?店に足を運んだ。
「ユイ、フレイム、好きな物を選んで持っておいで」
「ん、行こ…フレイム」
「グギャ(うん)」
いろいろあった気がするが、やっと落ち着く事ができたので孤児院の将来を考えようと思う。
問題点は、これからどうやって運営して行くかだ。孤児院の運営にはお金が掛かる。これからは助成金が出るだろうけど、また国の事情で助成金が降りなくなった時にどうやって運営資金を稼ぐかが問題だ。
使える人手は、孤児達、孤児達の世話をしている院長先生とその他の先生達、そしていつまでいるか分からないシャーリーだ。これだけでは、どうしたらいいのかさっぱりだ。どうしたものか…。
「お兄ちゃん、美味しい」
「グギャ(おいしい)」
いつの間にかスィーツ?を大量に選んで持ってきたユイとフレイムは美味しそうに食べていた。
確かに、ここのスィーツ?は美味しい。だけど、前世での知識のある俺には物足りないのだ。この世界ではスィーツと呼ばれているらしいが、俺にとってはスィーツ?なのだ。名前の最後に?が付くのだ。
俺にとって、これはパンなのだ。確かに、甘いがパンはパンなのだ。これをスィーツと呼ぶのには抵抗がある…。
…。ん?これはスィーツ?…。スィーツではない…。じゃ、作ればいいじゃん。そうだ!スィーツを作ればいいんじゃないのか?
確か、前世のスィーツはケーキとかアイスクリームもそうなのか?作るには砂糖、卵、牛乳、小麦粉、塩?もか?砂糖、塩、小麦粉、はすぐにでも手に入る。問題は卵と牛乳か…。
この世界では卵は貴重なのだ。それに牛乳も見た事がないな。まず、牛がいない。卵も鶏の卵ではない。鶏もいないからな。
じゃ、あの高級とされている卵は何の卵なんだ?ちょっと調べてみるか…。
「ユイ、フレイム、美味しいか?」
「ん、美味しい~。」
「グギャ(うん)」
「そっか、よかったね」
「ん」
「グギャ(うん)」
ユイとフレイムが食べ終わるのを待って王宮に戻った。シルヴィにユイとフレイムを任せて、商業ギルドに向かった。
「ゴリーノさん」
「これはヴェルナルド男爵様、少々お待ちください。ギルマスを呼んできますので」
今はあんまり会いたくないな。ゴリーノさんでもいいかな?商業ギルドで働いているんだから…。
「いえ、待ってください。今日はゴリーノさんに話があって来ました」
「私?ですか?」
「そうです。ちょっとあっちで話を聞きたいんですが、いいですか?」
「はい、畏まりました」
ゴリーノさんと向かった先は、商人達が商談を進める専用の個室にだ。
やっぱり、商人との交渉や相談もあるから、ちゃんと個室が用意されてるんだね。さすがは、王都の商業ギルドだ。よく配慮されているな。
「ゴリーノさん、卵ってありますよね?」
「高級食材のですか?」
「そうです。あれって何の卵なんですか?」
「あれはトサカ鳥の卵ですね」
「トサカ鳥?」
どんな鳥だ?聞いた事がないぞ…。
「ええ、大体1mぐらいの大きさの鳥で、頭の上に大きなトサカが付いている大人しい鳥なんですよ」
でかっ…。でも、大人しいなら飼育しやすいのかも?
「へえ、どこで捕まえれますか?」
「捕まえるんですか?」
「ええ、ちょっと卵が食べたくて…」
「えっと…そうですね…。エレウル山脈の麓付近に生息していると聞いた事がありますね」
「ふむふむ…。トサカ鳥は何を食べているんですかね?」
「あれは、草食動物の筈ですから普通に草とかですね」
草食か…。草だけやってりゃいいのか?まあ、それは後で考えるとして…次は、牛乳だな。
「ゴリーノさん、動物の乳を飲む習慣とかってありましたっけ?」
「動物の乳ですか?いや、ないですけど…聞いた事はありますね」
「それって何の動物ですか?」
「えっと、確か…シロクロモウと言う動物でしたかね?これも大人しく草を食べて育つと聞いた事があります」
「ふむふむ…それはどこで手に入りますか?」
「シロクロモウは、確か南の…そう!ボトムス伯爵領内に生息しているらしいですね」
「なるほど…分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てたら幸いです」
「これ、お礼に差し上げます」
ゴリーノに差し出したのはお馴染みのバナナだ。ゴリーノさんの好物に違いないと勝手に決め付けて贈るのだ。
「ありがとうございます。先程頂いた果物、美味しかったですよ。全部食べてしまいました。また食べたいと思っていたところだったんです。ありがとうございます」
ですよね?やっぱり、気に入るよね?だってゴリ…いや、何でもない…。
「いえいえ、それはよかったです。それでは失礼しますね」
「はい。またいつでもいらしてください」
ゴリラ…、言ってしまった…。…『ゴホン』、ゴリーノさんから得た情報を元に早速準備しようと思う。
まずは、孤児院に戻って飼育する為の檻?いや、小屋だな…を作る。孤児院の隣にある土地、50m四方に土魔法で塀を作った。ここには、シロクロモウを飼育する予定の場所だ。
本当は柵を作りたかったが、シロクロモウの大きさが分からないので大きめの塀を作って逃げ出さない為の柵替わりで作ったのだ。続いて、日本で言うところの牛小屋を作った。
次に、これまた50m四方の土地に馬の厩舎を大きくした感じの大きな鳥小屋を作った。ここには、トサカ鳥を飼育する予定の場所だ。
大きさが1mと聞いたので馬並みの厩舎が必要だと思ったからだ。飛んで逃げ出さないように厩舎の外には50m四方の檻を作っておいた。
これで、いつでも飼育できるようにしておいた。
まずは、どこから向かおうか…。南の方が近いかな?よしっ、南から向かおう。
王宮に戻り、ディフィカルトを連れ出そうとすると、シルヴィ、ユイ、フレイムに出会った。
「あら?ヴェル様、ディフィカルトのお世話ですか?」
「いや、ちょっとボトムス伯爵領まで行ってくるよ」
「え?突然、どうしたんですか?」
「ちょっと孤児院の為に考えてる事を試そうと思ってね」
「そう…ですか…。また、私達を置いて行くんですか?」
「ごめん…ちょっと急ぐし、シルヴィ達は学院の授業があるでしょ?」
「それは、そうですけど…」
「ごめんな…。また今度埋め合わせするから…」
「分かりました…。行ってらっしゃいませ」
シルヴィは『ぷくっ』と頬を膨らませている。どうやら、少しへそを曲げてしまったようだ。しかし、孤児院の為と聞いて渋々、了承してくれたみたいだった。
「ユイとフレイムの事は任せるよ」
「分かりました」
「ユイ、大人しく待っててね」
「や」
ユイは『トテテ』と小走りに抱き付いてきた。離れたくないのね。分かった…連れて行こう…。
「分かった。ユイも一緒に行こうね」
「ん」
「グギャ(僕も)」
「ごめん、フレイム。そんなに乗れないからフレイムはお留守番しててくれ…」
「グギャ(わかった…)」
シルヴィにフレイムを任せて、ユイとお出掛けする事になった。
ディフィカルトは久し振りの遠乗りに興奮して勢いよく駆け出す。その速さにユイは、終始ご機嫌な様子だった。
まあ、笑顔が可愛いからこれでよかったかなと思う。
ボトムス伯爵領に向けて馬で駆け出す事、10日…。無事にボトムス伯爵領に到着した俺達は、ボトムス伯爵に挨拶しようと面会を申し込んだ。内乱時にこちら側に付くように交渉して以来だったから、折角だし、挨拶しとこうと思ったからだ。
後は、シロクロモウを分けてもらえれば万々歳だ。
「これは、ヴェルナルド男爵。ようこそおいで下さった」
「いえ。ボトムス伯爵に於かれましては、ご健勝なようで何よりです」
「そんな堅苦しい挨拶は抜きにして、楽にされよ」
「では、お言葉に甘えて…お久しぶりですね。ボトムス伯爵」
「ああ、内乱では世話になった。感謝している」
「いえ、プレリュードさんとエマニエル夫人がきっちり仕事をして功績を挙げたからですよ」
「それでも、今こうして伯爵として残る事ができた。それに、プレリュードに爵位を受け継がせる許可が下りたのはヴェルナルド殿のお蔭じゃ」
別に俺は何もしていないさ。あの時、ボトムス伯爵が説得に応じてこちら側の軍門に降ったからだ。それに、プレリュードさんとエマニエル夫人が情に流されずにがんばったからだ。
「いえいえ。ところでプレリュードさんとエマニエル夫人はどこに?」
「ああ、まだ王都に残っておる」
「え?そうなんですか?」
「ああ。国王陛下より褒美がくだされると言う話なのでな、そのまま残っておる」
「ベハインド元公爵を捕らえた功績がありますからね」
さぞかし、いい褒美がもらえるだろう。プレリュードさんとエマニエル夫人の功績にボトムス伯爵も鼻が高いだろう。
「時に、ヴェルナルド殿。ずいぶんと可愛いお連れの方ですな?」
あげないよ?いくらユイが可愛くても、嫁には出しません。ユイは俺の嫁?になるのだから…。
そこだけ聞いても、どんどん俺が変態になって行く気がする。いや、ロリコンじゃないよ?俺は、至って普通だよ?結婚するにしても成人まできっちり待つよ?
「この子は俺の妹のユイです。ユイ、ボトムス伯爵だ…挨拶しなさい」
「ん。ユイです。よろしく」
「エドワウ・ボトムス伯爵じゃ、よろしくじゃ」
「ん」
ボトムス伯爵はユイに微笑んでいた。まるで、孫を見る目で見つめていたのだ。
もう、一回言うね。あげないよ?養子にも孫にもさせないよ?
「それで、ヴェルナルド殿。本日はこんな南の果てまで来られた用向きは何じゃ?」
「ボトムス伯爵領には、シロクロモウがいますよね?」
「ああ、おるぞ。それがどうしたと言うのじゃ?」
「伯爵領内ではシロクロモウの乳を飲んだりします?」
「よく飲むぞ。あれは我が領内では平民が最もよく飲む物じゃて。それが如何致した?」
やっぱり飲むんだ。ボトムス伯爵領に生息していると聞いてから、もしかしたら領内で飼っているんじゃないかと思っていたよ。
「そのシロクロモウを分けて頂けませんかね?」
「それは構わんが、そんな物をどうしようと言うのじゃ?」
「飲むんですよ。シロクロモウの乳は栄養価が高いので、王都にいる孤児達に飲んでもらおうと思ってね…。まあ、他にも使い道がありますがね…」
「他の使い道とは、何かあるのかの?」
「ふっふっふ…企業秘密です。もし、いい物ができたらお分けしますよ」
「うむ、期待しているぞ。して、如何ほど必要じゃ?」
期待されちゃったよ…。何としてでも成功させて、ボトムス伯爵をあっと驚かせてやらないとな。
「そうですね…まずは、100頭ほど分けてもらえますか?」
「そんなにか?他ならぬヴェルナルド殿の頼みじゃ、快くお引き受けいたしましょう」
「ありがとうございます」
「それで、どうやって持って帰る気じゃ?」
「それは、冒険者ギルドにでも宅配を頼んでください。この手紙を持たせて王都の南側にある孤児院の院長先生宛に送って下さい。勿論、支払いの方は俺が持ちますので…」
「心得た」
よし!これで、シロクロモウは確保した。次は、エレウル山脈だな。
「それでは、ボトムス伯爵。急ぎますのでこれで失礼します」
「何?もう行かれるのか?」
「はい。孤児達が待っていますからね…。名残惜しいですがまたお会いしましょう」
「うむ。この次は、ゆっくりと歓迎させて下され」
「はい。それでは、失礼します」
「うむ。ユイちゃんも達者でな」
「ん」
ボトムス伯爵はユイに微笑むようにして手を振っていた。
だから、あげないよ?もし、欲しいと言ったらぶっ飛ばすよ?ボトムス伯爵でも容赦しないよ?
「ユイ、楽しいか?」
「ん」
「そっか。今度はエレウル山脈まで遠乗りだ」
「ん」
モンシア伯爵領を出て、次に向かうはエレウル山脈だ。
がんばれ、ディフィカルト!負けるな、ディフィカルト!
…ヒールしとくね…。
がんばって…ディフィカルト…。