64 事情
孤児院の中に入った俺達は戸惑ってしまった。何故なら、孤児院の子供達が泣いていたからだ。そして、その子供達を抱きしめるようにして泣いている女性がいた。
「エイラさん、どうしたんですか?」
「これは、アレックス様…。お久しぶりで御座います」
「ああ、そんな事よりも、これは一体…」
アレクが驚くのも無理はなかった。孤児院の中は荒らされた後の様に机や家具が壊れていたのだ。
「これは…その…」
エイラと呼ばれた女性は答えにくそうに口籠っている。
「アレックス兄ちゃん」
「アレックスお兄ちゃん」
アレクの訪問に気付いた子供達が泣きながらアレクにしがみついてくる。
「エイラ先生が男の人達に乱暴されたんだ」
「助けてよ、アレックスお兄ちゃん」
「これは一体…。エイラさん、何があったんだ?」
「実は…、この孤児院は借金がありまして、その取り立てに来た人達に乱暴をされたのです…」
だから、孤児院の中は荒れたようになっているのか…。しかし、これは酷い。子供たちが使うであろう机、椅子は勿論の事、子供達の中には青痣まで作っていた子がいたのだ。
シルヴィとエマが治癒魔法を掛けて治してはいたけど、気分よくない事だ。正直、イラっとした。
「何だって!?前までは無かった筈じゃ…」
「はい…、内乱が起きてからの、この半年の間に借金ができてしまいました」
「助成金は?孤児院への助成金はどうなっているんですか?」
「内乱が起きてからは一度も頂けませんでした…」
「…」
事情を聞いたアレクは何も答えられなかった。すると、女性の傍にいた数十人の子供達がアレクに懇願してきた。
「アレク兄ちゃん、助けてよ…」
「アレクお兄ちゃん…」
「ああ、分かった…。任せてくれ…」
「ほんと?」
「ほんとに?」
「ああ…」
そう言うとアレクは俺に視線を向けてきた。
「ヴェル…」
「…」
俺はアレクに左手を向けて言葉を遮ってから、シルヴィ達に視線を送る。
「シルヴィ、エマ、カナ、ユイ、フレイム…ちょっと子供達の事を任せてもいいかな?」
「はい、分かりました。ヴェル様」
「分かりましたわ」
「任せてよ、ヴェル君」
「ん」
「グギャ(任せて)」
シルヴィ達は子供達を慰めて外へ連れ出して行った。
「さて、アレク…。詳しい話を聞こうか?」
「ああ。その前に紹介しておくよ。こちらはエイラ、この孤児院の先生の一人だよ」
「エイラです。よろしくお願いします」
「ああ、はい。ヴェルナルド・フォン・グナイストです。よろしくお願いします」
「え?あの龍殺しの?」
会ったばっかりで、いきなり龍殺しって失礼だな。まあ、その通りなんだけどさ。今度から『どうも~、龍殺しのヴェルナルドです~。名前だけでも憶えて行って下さい。』と漫才風に挨拶してやろうか?
それとも、『そうですけど、何か?』と開き直ってやろうか?『いや…それはないな…』と首を振って否定した。キャラじゃないからな。
「他に、龍を屠りし者がいなければそうですかね?」
「あっ、失礼しました」
「いえ…、別にいいですよ」
「それでエイラ、院長先生はどこに?」
「院長先生でしたら、今はお金の工面をしに商業ギルドに向かわれました」
「いつ頃、帰られるんだ?」
「もう、そろそろお戻りになると思います」
「そうか…」
院長先生がいない間に、借金の取り立てが来て乱暴されたと言う事か。こんなにか弱い女性や子供に乱暴をするとは、鬼かと思う。どんなゲスだよとも思う。
聞いていて、憎しみがこみ上げてくる。
「ただい…。これは一体…」
「院長先生!」
「エイラ、これは一体…どうしたと言うのですか?」
「これは…その…」
エイラは再び口籠る。
「院長先生、お久しぶりです」
「っ!アレックス様、どうしてこちらに?」
「孤児院が気になったのでお邪魔しました。しかし、この有様を見て驚きました」
「それは…、申し訳ありません…」
「いえ、院長先生のせいではありません…」
「それで、こちらの方は?」
「ああ、こちらは僕の親友のヴェルナルド男爵だ」
「ヴェルナルド・フォン・グナイストです」
「あの反乱軍を倒した、英雄のヴェルナルド男爵様ですか!?」
英雄って…。俺一人で、倒した訳じゃないよ。皆が頑張ったからの結果だと思うよ。俺は好き勝手言って、好きな事やってただけのような気がしてきた。
「いえ、あれはアレクやモンシア伯爵達が頑張ったから勝てた訳で…」
「ええ。そうでしょうけど男爵様のご活躍は、この王都では伝説とされていますよ?」
まじで?そんな事になってるの?と思いつつ、アレクを見ると…。
「そうだぞ、ヴェルがいなければまだ内乱は続いていたんだから」
「いや、モンシア伯爵達なら、きっと何とかしてたと思うよ…」
「そうかもしれないけど、この内乱でのヴェルの活躍は一番目立っているよ」
そんなに?だめだ…。何か、疲れてきたよ。
「もう、いいから話を続けてくれ…」
「おお、そうだった。院長先生、これはどう言う事になっているんです?」
「ええ、実は…」
院長先生は、この半年で起きた事を話し始めた。
「反乱が起きた日から、今まで孤児院に支払われていた助成金は貰えなくなりました」
「そんな!どうして!?」
「アレク、黙って聞いてろって。院長先生の話が聞こえないじゃないか…」
「ああ、すまない」
「理由は、孤児達に支払うお金があるのなら国の為に使うとの事でした。この孤児院の孤児達は200人を超えています。当初は100人程でしたが、戦争で亡くなった親が多くて引き取っているうちに200人を超えました」
「…」
「まだまだ、引き取りきれない孤児達が多いのですが、こちらもお金の工面ができずにただ見守るのみでした。でも直ぐに蓄えていたお金は底をつく事になってしまいました」
そりゃ、そうだろう…。200人もの孤児達がいたら、一日に掛かる食費だけでも相当掛かるだろう。それに食費だけじゃない。着る物や壊れた所の修復とか、いろいろお金が掛かってくるだろう。
「お金は節約しようとしていたのですが、直ぐに底を尽きました。それでも何とかやっていたのですが、とうとうお金を借りなければならなくなりました。しかし、どこに行っても返せる当てのない孤児院にお金を貸せる所はなく、困り果てていたいました。するとお金を貸してくれると言う方が現れて藁をもすがるつもりで、お金を貸して頂く事になったのですが…」
「それで騙されて借金は増える一方と言う事ですか?」
「ええ…。明日までにお金を用意できなければここを立ち退けと…」
「許せない…」
アレク、話が進まないから黙ってろって…。
「それで?借金は如何ほど?」
「1億ジュールにまで溜まっているとの事です」
「1億ジュール!」
アレク、煩いよ…。
「だから、アレク黙れって…」
「すまない。でもこれは酷すぎる…」
「それは分かってる。闇金か高利貸しに騙されたんだろうな…」
「そのようです…」
「ちなみに契約書はありますか?」
「少々、お待ちください…」
そう答えて、院長先生は借用書の写しを取りに行った。
「ヴェル、何とかできないか?」
「契約書次第だな…」
「頼むよ…」
「…」
契約書が正式な物であるなら、法的な効力があるから無理だろう。しかし、不当な物であるならば然るべき所に訴えれば無効にできる。でも…、ここまで用意周到にしているのであれば、恐らくは正式な物の可能性が高い…。
「お待たせしました。こちらになります」
院長先生から受け取った契約書を受け取って内容を確認した。
「これは…。無理だな…」
「無理ってどう言う事だ!?」
「これは正式な契約書だ。それに一回でも利子を払えなければ立ち退いて土地、建物を差し押さえると書いてある」
「院長先生、どうしてそんな契約を交わしたんですか?」
「気づきませんでした…」
「でしょうね…。いろいろと貸す条件が書かれているが、そのほとんどがどうでもいい内容だ。それに明らかに字が小さく書かれている。初めからこれが狙いだったのでしょうね」
「…」
院長先生は、見抜けなかった事に責任を感じている様子だった。
そりゃ、取り返しのつかないところまで来ているんだ。誰だってそうなると思う。
「ヴェル、何とかならないか?」
「アレクこそ、王族の力で何とかできないのか?」
「…王族は特定のところに肩入れはできないんだ…」
ですよね…。何とかできたら、もうとっくに何とかしてるよね。
「…だろうね…じゃないと国が成り立たないんだろうね…」
「ヴェル、頼めないか?何とかしてほしい…」
「…少し考えさせてくれないか…」
「「…」」
さて、どうしたものか…。王族は当てにはならない。かと言って、このまま放置するのも後味が悪いし、孤児達を見捨てるほど非道にはなれない。借金の肩代わりはできるが、問題はその後の事だ。
金を手に入れた奴らは、調子に乗って難癖を付けてまたたかって来るだろう。仮に来なかったとしても、今のままの孤児院の経営状態なら直ぐに同じような事に陥るだろう。
じゃ、どうする?まずは、借金をなんとかしてチャラにして、孤児達の安全を確保。その後、孤児院の経営状態を何とかしなければならない。それと、孤児院を騙した奴らにお仕置きをして、もう二度と悪さをできなくさせてやる。
「アレク、院長先生…」
「何だ?」
「はい?」
「ちょっと出てくる。アレク達は孤児の為に食事の手配をしといてもらっていいか?後で全額俺が支払うから。それと…、ユイとフレイムには孤児院に残して守らせておいて…」
「ああ、分かった。何とかしてくれるのか?」
「何とかできるか分からないけど、ちょっとやってみようと思う。院長先生よろしくお願いします」
「ありがとう、ヴェル」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「じゃ、行ってくる」
そう言い残して、孤児院を出て行った。