7 誕生日
師匠の魔術指導はすでに1年が経過した。
転生してから5年…、俺は、5歳になっていた。先日、5歳になったお祝いに誕生日会を催してもらった。
師匠の魔術指導が終わって家に帰ってきたら拍手されながら出迎えられた。
「ヴェル、おめでとう。」
「おめでとう、ヴェル。」
「おめでとうございます、ヴェルナルド様。」
「え?」
今日、何かあったっけ?
「今日はヴェルが生まれた事を祝う日だよ。」
毎年、誕生日会がなかったから、この世界では誕生日を祝う事がないのだと思っていた。しかし、誕生日を祝う習慣はあるようだ。
家族、皆の祝福が込められた拍手に、目を丸くして驚いていた俺に、父であるセドリックが説明をしてくれた。
誕生日は全部で3回。5歳、10歳、15歳と5年毎に祝うそうだ。5歳は誕生日、10歳は準成人の祝い、15歳は成人の祝いで最後らしい。
この国では、5年が節目と考えられている。だから、5年毎に祝うものと決まっているという事だ。そして、誕生日を祝う日は、4月1日と決められている。父の説明を受けて、エイプリルフールで騙されているんじゃないかと思ったが、エイプリルフールなんてものは存在しない。
例え、生まれた日が3月であっても、翌年の4月1日にならなければ、1歳にならないという事だ。
「さあ、早く食べましょう。ヴェルのためにクーリエと一緒に作ったのよ。」
マリアは自信作と言わんばかりに笑顔で答えた。マリアの言葉に、誘われるようにテーブルに視線を移すと、いつもより豪華な食事が用意されていた。
いつもなら、パンにサラダ、少しの肉とスープなのだが、今日は七面鳥を思わせる鳥の丸焼きや果物が食卓を賑わせている。いつもと違う食事が用意されている事が、今日は特別な日であると思わせる。
「はい。母様。」
いつもより豪華な食事を前に、我慢できるはずはない。育ち盛りのお子様には、待てと言われて待てるわけがない。
クーリエがニコニコしながら、食事を切り分けていく。切り分けた食事を、真っ先に置かれるのは、俺の前だ。何たって、今日の主役は俺なのだから、当然だ。しかし、ここで直ぐには、食べ始めない。皆の食事が置かれてからが、いただきますの始まりだ。なんたって家族なのだから。
食事の置かれる順番は、俺、マリア、クーリエ…そして、父様…。グナイスト家のヒエルキラーの最下層である父様が、一番最後だった。父様の扱いが酷い…。
仮にも、メイドなんだから、そこはクーリエが最後じゃないのと突っ込みを入れたかったが、過去に何があったのか、怖くて言えなかった…。
まあ…、それは置いといて、食事を始めよう。
「美味しい!」
「そうでしょう?料理には自信があるのよ。」
マリアの手料理は、週に2日しか食べない。マリアは、毎日仕事で忙しいから、クーリエに任せているのだ。マリアの仕事が休みの日には、クーリエは休みになる。その時は、クーリエは実家に戻り、休養を取る。
元々、マリアは冒険者だったそうだ。冒険者になる前は、花嫁修業を家でさせられていたと聞いた事がある。だから、家事が上手であった。特に、料理は才能があるのか、絶品と言っていいほど美味しかった。
メイドとして雇われたクーリエが、雇われた当初、驚いたそうだ。メイドよりも家事の上手なマリアに、家事全般を師事するようになった。その甲斐あってか、今ではマリアに負けず劣らずな腕前を持っている。
そんな2人が、タッグを組んで料理を作ったのだ。不味いわけがない。
「さすが、母様です。」
「ありがとう、ヴェル。」
手料理を褒められた母様は上機嫌だ。
「クーリエさんもありがとうございます、こんなに豪華な食事は、初めてです。」
「ありがとうございます、お口に会えば幸いです。」
クーリエも自信があったのか、笑顔だった。
「さあ、冷めないうちに食べてしまおう。」
「はい、父様。」
マリアとクーリエの自信作の手料理を、皆で美味しく食べた。
美味しい食事をしている時は、いつもよりも会話が弾む。楽しい一時は、あっという間に過ぎ去っていく。
「ところで、ヴェル。」
「何でしょうか?父様。」
「今日は、ヴェルの誕生日だから贈り物を用意した。」
食事が済み、そう言うと、セドリックは俺の前にプレゼントを差し出してきた。
「ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「もちろん。」
綺麗に包装された紙包みを丁重に開けると、ペンダントが入っていた。
「綺麗ですね。」
綺麗な花模様が細工された銀のペンダントだった。
常識的に考えて、男に…、男の子に贈る品ではないとわかった。。恐らくは、女性が持っていた物を、譲ってもらった物か何かだろう。少し、古びていた。
母様から貰った物だろうか?
「そうだろう。これは父さんが、まだ魔獣退治をしていた時に、命を救ってくれた人から譲ってもらった物なんだ。」
違うようだ…。と言う事はだよ…、他の女性から貰った物を、今まで大事に持っていたと言う事か。
「そんな大事な物を?いいんですか?」
「これには、魔獣避けの効果があるらしいから、お守りとしてヴェルに持っていてほしい。」
そんな効果があるのか。いいな、これ。
「ありがとうございます、大事にします。」
「ああ。」
「それにしても、父様。随分と綺麗な細工ですね。」
「ん?ああ、そうだな。これを持っていた女性は、細工にも五月蠅い人だったからな。」
やっぱり…、女性が持っていた物か…。
「女性が…、持っていた?」
一瞬、世界に亀裂が入ったかのように、空気が重くなった。そして、マリアからの鋭い視線が、セドリックに突き刺さる。
「あ・な・た。」
「いっ、いや違うんだ!これは魔獣避けの効果があるから、子供が出来た時に渡そうと思って、今まで取っておいたんだ!本当だ!信じてくれ!」
セドリックは必死だった。セドリックは必死でいい訳をしていた。
嘘くさい…。とてもじゃないが、言い訳にしか聞こえない…。
「…そう。」
マリアはそれ以上、何も言わなかった。しかし、不機嫌になっていた。
それはそうだろう…。母様以外の女性から贈られた物を、今まで大切に持っていたのだから…。これは、後で修羅場か?父様と母様の寝室の傍には、近づかないようにしておこう…。
「ヴェル、私からはこれを渡しておくわ。」
マリアは、セドリックを無視するように気を取りなおして、俺に細い棒のような物を渡してきた。金属製で20cm程の長さ、音楽楽団の指揮者が持つような指揮棒のような形をしている。
それは、魔法の杖だと直ぐにわかった。母様も同じ物を持っていたからだ。要は、お揃いの魔法の杖なのだ。俺を溺愛している母様…、まさか、これ程までとは…。
「これは、魔法の杖ですか?」
「そうよ。隠れて魔法の練習をしているでしょう?」
驚いた。もしかして、見られていたのか?もしかして、師匠の事も知っている?
「どうして、それを?」
「日に日に魔力総量が増えている感じがしたのよ。それも、すごい勢いでね。」
「ばれてましたか…。」
「別に怒っているわけじゃないのよ。ヴェルに、魔法の才能があってよかったと思ってる。誰もが憧れる、最高の魔法使いになれるって信じているもの。だから、がんばってね。」
「はい、ありがとうございます。」
いつからばれていたのかは分からないが、兎に角、応援されているのでよかったと思う。
「それにしても、5歳で魔法使いか。やっぱり天才ね。流石、私の息子ね。」
「ありがとうございます。母様の息子ですからね。当然です。」
そう言うと、マリアは上機嫌になった。
「あっ、あの~僕の息子でもあるんですが…。」
セドリックの言葉に、『あ゛』と返すマリア。
父様…、折角、母様の機嫌が直ったのに、横からしゃしゃり出ないで…。それにしても、母様…、あ゛って…美人が台無しですよ…。
マリアは、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「父様…。」
「すみません…。」
気不味いな…。誰か、何とかしてくれ…。
「ヴェルナルド様、私からはこれを…。」
気不味さに耐えかねたクーリエが、話題を逸らそうとプレゼントを差し出してきた。
「ありがとうございます、クーリエさん。」
クーリエからは、真新しい靴を貰った。茶色の革製品で作られた、上品な雰囲気を持った靴。
これ、高そうだな…、本当に貰っちゃっていいのだろうか?受け取るのに、ちょっと戸惑ってしまう。
「いえ、ヴェルナルド様のお靴が小さくなってきていましたので…。安物ですが、どうぞお受け取り下さい。」
絶対に、安物じゃないと思う。
受け取るのを、戸惑っているのに気が付いたのか、気を利かせた発言だった。
「いっ、いえ、そんな事ないですよ。嬉しいです、ありがとうございます。」
高価な靴を受け取ると、満面な笑みを浮かべるクーリエ。そして、その光景を微笑ましく見つめる、セドリックとマリア。
クーリエの笑顔で、セドリックとマリアの剣呑とした空気が、収まった。
『ありがとう、クーリエ』と思ったのは、セドリックも同じだったようだ。
その後、マリアはセドリックがクーリエを見ているのを見て『クーリエに手を出したら許さないから。』と言って、セドリックは必死で弁明をするのであった。
その夜、仲直りしたのか、ぎしぎしと寝室が煩かった。早く、弟か妹ができたらいいなと思い、その日は眠りについた。
翌日、いつもの魔法の修業を行う。
「そうか、ヴェルはもう5歳になったのか。時が経つのは早いね。」
「はい、師匠。」
「じゃ、僕からは、これをあげるよ。」
そう言って、師匠は何かぶつぶつと詠唱を始めた。師匠の全身から、青白い魔力が溢れ出して光を放つ。あまりにも強烈な光で、目が眩みそうになるのを必死に耐え、師匠の魔法から目が離せなかった。
そして、強烈な光が収まると、師匠の手には、袋のような物が握られていた。
「師匠、これは?」
「これは、魔法の袋さ。」
魔法の袋?四○元ポケット的な何かなのか?
「自分の魔力総量分の道具が収容できる。魔法で、できた袋だよ。これにはね、僕の…、永年に渡る、魔法の知識や遺産が入っている。これからの、魔法使いの人生に役立てておくれ。」
それは便利だな。しかし、師匠の遺産って、ちょっと見るのが怖いかも…。何が入ってるか、不安になってくる。だって、一万年前のものでしょう?
「え?いいんですか?」
「僕には、もう必要ないからね…。死んでるし。」
「それは…、ありがたく受け取らせてもらいますね。」
「その魔法の袋の中は、時間と言う概念がない。新鮮な食べ物でも腐らない。」
まじですか?それはすごい。
「ただし、生きている生物は入らない。」
ですよね。生きている生物まで入ったら、悪用し放題になっちゃうよ。いや、悪用するつもりはないけど、奪われでもしたら大変だ。
「それにしても、ヴェルと出会ってから一年しか経っていないのに、あと少しで上級を習得できるなんてすごいね。」
「それは、師匠の教え方が上手いだけですよ。」
師匠のお陰で、初級までしか習得する方法がなかった俺が、あと少しで上級…。さすがは、偉大なる大魔法使いと自分で豪語する人だ。教え方が上手い。感やコツを解り易く説明してくれる。だから、魔法を直ぐに習得できちゃう。
「流石は、運命に導かれし、最高の弟子だよ。」
「恐縮です。」
「もう、僕が教える事は、もうほとんどないよ。」
「またまた、冗談ばっりぃ~」
「初級までの魔法を混合して、使用魔力量、威力、効果範囲で等級が上がるからね。後はヴェル次第さ。」
実は、嬉しかったりする。師匠との会話は、いつも楽しい。色んな事に気付けたりするし、昔話も聞かせてくれたりするからだ。
師匠は、一万年前に世界一の魔法使いだったそうだ。今ではもう存在しない、失われし魔法や自ら開発した魔法を駆使して、世界一になったそうだ。
しかし、一万年前に勃発した人魔大戦に巻き込まれた。元来、争いを嫌っていた師匠は、身勝手な理由で戦争を起こした魔族を嫌い、人族に味方した。
最初は、劣勢を強いられていた人族は、エルフや数多くの獣人族などと同盟を組み、師匠と協力して、何とか五分五分の戦いをしたそうだ。このままでは、双方とも拉致があかなかった為に、魔神ステイグマと一騎打ちで勝負をして、辛うじて勝利した。
しかし、その時の傷が元で、長く生きられなかった。限界を超えて、魔法を行使し過ぎると、寿命を削られるらしい。生命力を魔力に変換している事が原因で、短命になるそうだ。何事も程々が、一番と言う事だな。
魔神ステイグマを倒した事で、世界を救った師匠を、人族はおろか、敵だった魔族にまで称えられ、世界の英雄と称賛されたそうだ。しかし、師匠は魔法を極めた魔法使いではあったが、一人の弟子もいなかったが為、未練が残っていたそうだ。
そこで、残された最後の人生を懸けて、記憶霊体の秘術を完成させ、最高の弟子を探し求めていたらしい。そして、一万年の歳月を掛けて、俺に出会ったと言う事だった。
「あと少しだから、がんばって。」
「はい、師匠。」
よし、やる気が出てきた。この調子で、魔法を極めてやろうと思う。