57 士気を上げる
ジャスティス城塞での訓練が終わり、いよいよ出陣の日がやって来た。
ジャスティス城塞を出発した35万の兵達は王城とジャスティス城塞の中間で反乱軍と対峙した。これから戦いを前にトップ同士の演説が両軍の前で行われるらしい。さっさと攻めればいいものをと思ったが、これが慣例らしい。
「皆の者、心して聞け!王都は既に我々の手中にあるのだぞ、今更悪戯に戦火を広げるは愚の骨頂!潔く降伏せよ!」
うるさい、黙れ…。そもそも反乱を起こして戦火を広げてるのは、お前じゃね?
「黙れ!反乱を起こし、父上を幽閉するとは何事だ!剰え王位簒奪など臣下が行ってよいものではない!貴様こそ、その首を差し出し皆を解放せよ!」
そうだぞ…。アレク、もっと言っておやりなさい…。
「アンドリューに力はなく、このままでは国は亡ぶ!私こそこの国を真の平和に導けるのだ!潔く認めよ!」
反乱を起こして、戦争してるのは誰だよ…。それで、真の平和と言われても説得力ないよ。
「黙れ!父上は力無き者ではない!慈悲と寛容の心で国を治めているのだ!何故、それが分からん!」
アレク…、立派になっちゃって…。おじちゃん涙が出ちゃう。
「慈悲?寛容?それが、この様だ!慈悲と寛容だけで他国の侵略を抑えられるのか?人々の争いが収まるのか?戯けた事を抜かすな小僧!貴様の様な甘い考えでは国が亡ぶのだ!出直せ小僧!」
言われてみれば、そうなんだけどさ。でも、もっと外交的手段とかあるじゃん?平和的に行こうよ。
それにしても、アレク…ちょっと国王陛下を馬鹿にされて頭に血がのぼっているようだ。あれでは、ベハインド公爵の口車に乗せられるぞ。仕方ない、助け舟を出そうか…。
「ベハインド公爵!」
「何者だ!トップ同士の会話に出しゃばるな小僧!」
ぶちっ…。何かが、切れた音がした。
「黙れ!この糞爺ぃ!さっきから聞いてりゃ、ふざけた事を言ってんじゃねぇぞ!コラッ!」
俺も頭に血がのぼっていたようだ。全身から魔力が溢れ出し、いつでも食い殺さんとばかりに殺気立っていた。
「っ!貴様の名は?」
「我こそはヴェルナルド・フォン・グナイスト!反乱軍の全軍に告げる!貴様らは罪を犯した!」
目の前のベハインド公爵に放っていた殺気は、反乱軍の全軍にまで達した。
「1つ、王位簒奪に加担した事、
2つ、悪戯に戦火を広げ、国民を蔑ろにした事、
3つ、俺を敵に回した事だ!敵に回るなら覚悟せよ!無敵無敗の龍殺しの力を見せてやる!今なら降伏すれば命ばかりは取らん!潔く降伏せよ!」
反乱軍に動揺が走る。
「っく!どうあっても戦いは避けられない様だな、では戦場で遭い見えようぞ!」
そう言い残してベハインド公爵は立ち去った。
逃げたな…。
「ヴェル、すまない」
「いや、俺の方こそすまない」
「心強い演説だった」
陣に戻り作戦を説明して、戦いの準備を整える事にした。
こちらの軍は総勢35万に対し反乱軍は30万。数では5万の差があるが、これだけの軍勢だ。あまり変わりはしない。
となると、戦況を有利に進めるのは戦術だ。反乱軍は統率の取れた軍隊だ。対してこちらは義勇兵も含めた混成軍…如何に訓練しようとも差は歴然だ。
しかし、こちらは新戦術3人一組の兵で攻撃に当たる。うまく連携がとれればその威力は絶大だ。そのための訓練は、十二分に行った。やれる事は全て、やり尽したのだ。
あとは、こちらの勝利を祈って戦うのみ。その前に、ちょっと兵士達の士気を上げておく必要があるな。
そう思って、風魔法で声を拡声させる。
「皆の者、戦う前に心して聞け!我らが戦う目的は正義の為である!ベハインド公爵は王位簒奪を狙う残虐非道の悪である!
皆の者、周りをよく見ろ!今隣にいる兵達は家族であり、友である!家族を死なせるな!友を死なせるな!故郷に残してきた家族、友人、恋人を想え!
我等の勝利は今、目前にまで迫っている!我が指揮に従い、進んでは勇を振るい!引いては堅く守れ!さすれば諸君らに勝利を約束しよう!」
戦闘前の演説に兵達は『おー!』と一斉に掛け声を挙げる。士気は十分だ。後は、作戦通りに事を進めるだけだ。
「流石は、婿殿!名演説だのう」
「ここまで兵の士気を上げるとは…」
モンシア伯爵とグランネル子爵は感嘆している。
あんた等、此処で何してんのよ?セドリックも『うんうん』と頷いている場合じゃないよ?戦いが、もう始まっちゃうよ?
「はいはい。お爺ちゃん達、持ち場に戻りましょうね。」
2人の背中を押して戻るように促す。
「なっ!婿殿、年寄り扱いするとは…」
「そうですぞ、まだまだ若いもんには負けませんぞ」
「おい、ヴェル。僕はまだ年を取ってないぞ…」
はいはい、分かったから…。早く持ち場に戻って…。指揮官不在の所に、敵が攻めて来たらどうすんのよ。
年寄り扱いされた事に不満を漏らすも、持ち場に帰って行った。
「さて、始めようか…最後の戦いを。」
アレク、シルヴィ、エマ、カナ、ユイ、フレイムに最後の戦いの開始を告げる。
「おう。」
「「「はい。」」」
「ん」
「グギャ(うん)」
最後の戦いと聞いて元気な返事が帰ってくる。
「が、その前にもう一つ気合いを入れておく奴らがいたな。」
「…あれか?」
そう言って、アレクは前方で『フンス、フンス』と鼻息を荒くさせ、目を血走らせながら殺気を放つ集団がいた。
俺が鍛え上げた魔法士達だ。
「ちょっと…行ってくる」
いや、イッて来るの間違いかな?
「がんばって…」
「「「…」」」
アレクは疲れた顔でそう言った。そしてシルヴィ、エマ、カナは何も言わなかった。
そして、俺の言葉を今か今かと待ち構えている集団の前に出た。
「サー!ヴェルナルド隊長!準備が整いました。サー!」
「…諸君!時は満ちた!」
「「「「「「「「「「…」」」」」」」」」」
「返事はどうした!糞共が!」
「「「「「「「「「「サー!イエッサー!」」」」」」」」」」
「貴様ら、喜べ!ついに敵が現れた!」
「「「「「「「「「「ウオォォォォォォォォ!」」」」」」」」」」
「敵はどうする!?」
「「「「「「「「「「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」」」」」」」」」」
「お前らの存在意義は何だ!?」
「「「「「「「「「「殺害!殺害!殺害!殺害!」」」」」」」」」」
「よく言った!糞共が!王位簒奪を目論む蛆虫どもの体を切り刻め!」
「「「「「「「「「「切り裂く!切り裂く!切り裂く!切り裂く!」」」」」」」」」」
「俺からの命令はたった一つ!蛆虫共を地獄に送れ!」
「「「「「「「「「「サー!イエッセサー!」」」」」」」」」」
「行け!」
「「「「「「「「「「ウガアァァァァァァァァァァ!」」」」」」」」」」
俺の命令に戦場全体を響かせるほどの奇声を上げて持ち場に戻って行く魔法士達。
それを見ていた周囲の兵士達は熱気に当てられたのか殺る気が漲っていた。
「ただいま…」
「おかえり…」
「「「…」」」
そして、俺達だけは士気を下げた気がする。いや、もう何も言うまい…。
「ところで、ヴェル。プレリュード殿とエマニエル夫人の姿が見えないがどこに?」
ジャスティス城塞を出陣した辺りから2人の姿が見えない事に懸念を感じていたアレクは尋ねてきた。
「ああ、2人には別命を与えてるよ」
「何を?」
「内緒だ、後のお楽しみってところかな…」
「そうか…、それならいい」
「不安か?」
2人がこちら側の味方になって、いきなり姿が見えない事に不安を覚えているんだろうと思った。
「不安だったけど、ヴェルが信じて別命を与えているんだろう?だったら信じるさ」
「そうか、まあ期待してていいよ」
「そうする」
こうして最後の戦いが幕を開けるのだった。
脳筋の魔法士達の奇声と共に…。育て方間違えたかな?