51 強化訓練
魔法実技を終えて幕舎に戻るとモンシア伯爵を始め、クゼル将軍にアレク達がいた。
「婿殿…。あの訓練は厳しすぎるのでは?」
モンシア伯爵は訓練内容を見て絶句していたそうだ。それで、何故このような訓練をしているのかを聞く為に待っていたそうだ。
それはクゼル将軍もアレク達も同じだった。
「モンシア伯爵…」
「何じゃ?」
「貴方は甘い!それも馬鹿が付く程にね!」
「っ!婿殿、それは言い過ぎでは?」
クゼルは俺がモンシア伯爵に言った言葉を咎めるように答えた。
「では何故、あの魔法士達が他の兵士達を見下しているのを咎めなかったのですか?」
軍を統率する最高責任者が何もしないなど、言語道断だ。
「それは、グランネル子爵と相談してだな…。」
クゼルを庇うようにモンシア伯爵が答えた。
「人の所為にするつもりですか?」
「…。」
モンシア伯爵は痛い所を突かれたせいかバツが悪そうにしている。ここは更に追い打ちを掛けようと思う。俺がしている事への正当性を訴える為にだ。
「貴方は軍の最高責任者ですよね?」
「…如何にも…」
「なら、軍の統率を乱す者達を何故、野放しにしているんですか?」
「…うっ、うむ…」
肯定しちゃったよ…。いや、考え込んでいるのか?
「魔法使いは貴重だ。だから手放したくなかったのでしょうが、それでは軍は弱くなりますよ」
「申し訳ない…」
これはでは負け戦だ。こんなにも軍の統率をする者達が甘く、兵士達に戦う意思が感じられないからだ。
伯爵軍に到着してから数日、兵士達を眺めていて気付いた事だ。どこか他人事のように思えたからだ。訓練は継続して行っているが、反乱が起きた事への動揺と勝ち目がないと思い込んでいるようだった。
「それでは反乱軍に勝てない…。ならどうするか?答えは決まっている。徹底的に鍛えなおします。それがこの訓練の意味です」
「それは分かったが、あの訓練法は聞いた事がない」
そりゃそうだ。この世界にはないからね。
「徹底的に傷付けて心を折り、人格を否定する。その上で、指揮官を絶対的上位者であると思わせて命令に従わせる。だからこそ、軍の規律を遵守する強い兵が生まれるのです」
「ふむ…しかし、このような訓練方法は聞いた事がない。果たして効果があるのだろうか…いや、その前に潰れたりはせんか?」
「それもその筈です。この訓練方法はとある強国が用いる限られた精鋭を作り出す訓練法ですからね…。聞いた事が無くて当然です。それに、この訓練に着いて来れない兵隊など有象無象の雑兵。使い物になりませんよ?」
「そうなのか?」
嘘ですけど何か?効果があればいいんじゃないですかね?と思った。
「ええ。まあ、任せておいて下さい。彼等はどこに出しても申し分ない程の立派な魔法士にして見せますよ」
「あっ、ああ…」
『ふふふ』と不気味な笑みを漏らしながらモンシア伯爵に答えた。その場にいた一同は言葉を失ったが、俺に期待している目もしている様にも思えた。
そして、訓練は続いて行く。
「お前達をこれから徹底的に鍛えなおしてやる!覚悟しろ!」
「…」
無視とはいい度胸だ。
「返事は!?」
「はい!」
返事の仕方が違うよ?
「返事はイエスと答えろ!」
「イエス」
あれれ?声が聞こえないよ?
「声が小さい!」
「イエス!」
「口でクソたれる前と後にサーを付けろ!分かったか!このゴミ屑共が!」
「サーイエッサー!」
いい感じだ。この調子でどこまでも行ってやろうと思う。
「今から全員陣外10周だ!はっしれ、はっしれ、はっしれ、はっしれー!」
大声を出しつつ、手拍子で催促する。
「サーイエッサー!」
魔法士達は…面倒臭いので以降、屑共と表現する。
屑共は一斉に走り出した。俺も監視を含め、罵倒するために一緒になって走り出す。その光景を見ていたモンシア伯爵、クゼル将軍、アレク、シルヴィ、エマ、カナ、は目を丸くして唖然としていた。
唯一、ユイとフレイムだけは楽しんでいた様だった。
「どうした?屑共!遅いぞ!もっと全力で走れ!」
鈍りきってるな…この屑共…。11歳の俺の体力にも着いて来れないとは…。
「サーイエッサー!」
「お前ら屑共が俺の訓練に生き残れたら、全員が一流の魔法士となる!つまり軍神だ!聞こえているのか屑共!?」
これから地獄を見せてやる…。根性を叩き直して考え方そのものを変えさせてやる。
「サーイエッサー!」
「その日まではゴミ屑以下の存在だ!だがしかし、俺は慈悲深い!お前達をゴミ屑に昇格させてやる!最下等の生命体の部類だ!分かるか!?」
俺自身、何を言っているのか分かんない。
「サーイエッサー!」
「お前らは人間ではない。尻を拭いたゴミ屑をかき集めた値打ちしかない!お前らは厳しい俺を嫌うだろう!だが憎めば、それだけ学ぶ事がある!言ってる意味が分かるか!?」
「分かりません!」
ですよね?俺も分かんないんだって…。
「返事は全てイエスと答えろと言っただろうが!?爆風!」
口答えした屑を爆風で吹き飛ばす。それを見た魔法士達は無言だった。もう既に、目には光が宿っていない。死んだ魚の目をしていた。
「返事は!?」
「サーイエッサー!」
「俺は厳しいが公平だ!人種差別は許さん!人間、奴隷、魔族、獣人、エルフだろうが見下さん!全てに於いて、等しく!平等に!」
ここで一旦言葉を区切って大声を上げた。
「価値がない!分かったか!?」
自分で言っててなんだが、何だこのセリフ?正直、笑える。言われた方はたまったもんじゃないがね。
「サーイエッサー!」
「俺の使命は役立たずを刈り取る事だ!愛するアルネイ王国のゴミ屑共をだ!分かったか!?ゴミ屑共!?」
「サーイエッサー!」
「遅いぞ!全力で走れ!タマ落としたか!?」
「サーイエッサー!」
まじで!?それは大変だ!?早く拾ってこないと…。
「違う時はノーと言え!?」
「ノー!」
「口でクソたれる前と後にサーを付けろと言っただろうが!?」
「サーイエッサー!」
「健全な魂は、健全な肉体に宿る!魔術師と言えど、体を鍛えなくば戦場で直ぐに死ぬぞ!文句言う暇があったら俺に着いて来い!」
「サーイエッサー!」
こうして魔法士達の地獄の強化訓練が開始され続けるのであった。
ちなみに、この訓練法はどこぞの国のどこぞの軍曹が行っていた精鋭を作る訓練なのだそうだ。勿論、この軍曹は訓練を終えた兵士に銃で殺されていたのだが…。俺も気を付けようと思う。後ろからズドンと魔法を打たれたくないからな。
屑共に地獄の走り込みを行わせた後、全員に瞑想と魔力操作を念入りに行わせた。
以前にも言ったが、魔力を強化させる為、魔力操作は魔術の発動速度にも関わるからだ。彼等の魔力がこれ以上上がるか不明だが、魔力の成長が止まった彼等にも魔力が上がるか実験してみる事にした。
その後、初級から中級の魔術指導を行った。
「もっと頭の中で想像しろ!」
「サーイエッサー!」
攻撃魔法担当の屑共に指示を与える。
「一ヶ所だけに結界を集中させるな!全体的に壁を作る要領でやれ!」
「サーイエッサー!」
結界担当の屑共にアドバイスをする。
「もっと傷が治る過程を想像して治癒をしろ!」
「サーイエッサー!」
治癒魔法担当の屑共に要領を教え込む。全て、無詠唱でだ。戦場で詠唱しながら戦ってる暇はない。突撃されて近接戦闘になれば真っ先に魔法使いが狙われる。魔法使いが死ねば状況は不利になって部隊は壊滅するからだ。
始めは失敗の連続だったが、何度も何度も繰り返し行わせる事で失敗の回数が減って行った。元々は優秀な魔法使い達だったのだろうが、詠唱に頼り切っている段階で三流以下なのだと俺は判断した。どんな状況下でも、どんな環境下でも即座に魔法を発動できるようにしなければならない。そうしなければ、咄嗟の奇襲や襲撃に対応できないからだ。
魔法の訓練中でもへまをした屑が一人でもいれば、連帯責任として腕立て50回をさせていたのだ。嫌でも集中して、成功させようと行動するようになった。こうして、屑共強化訓練は日増しに厳しさを増していった。
そして、今日も訓練を終えて幕舎でお茶を飲む。
「それにしても、今日は疲れたな。」
「そのようだね。彼等と全力で走っているにも関わらず大声出しながら彼等より走っているんだから。」
「当たり前だよ。指導する者が、まずできている所を見せないと誰も着いて来ないさ。」
生前の俺がよく思っていた事だ。新人の看護師が仕事でミスをした時、先輩や上司の看護師に怒られていた。それは仕方がないと思う。ミスしたんだし、今後の将来のためにも指導する必要がある。しかし、その上司や先輩も同じミスををした時、笑って誤魔化そうとする。
その時、思った。お前もできてねえのに偉そうに言うなと…。だから、まずは自分ができる事を見せつけなければならない。他人ができる事は自分もできる。その逆もあり得るが、他人ができる事に、何故自分にできないのかを考えて行動すればできるようになるからだ。
「納得しました。ヴェル様があんなにも厳しくされているわけが漸く分かりました」
「そうですわね。あんなにも厳しいお姿を見たのは初めてで、困惑してしまいましたが、得心が行きました」
「びっくりしちゃったよ。」
「お兄ちゃん、恰好良かった。」
「グギャ(面白かった)」
「分かってくれて何よりだ。」
今日は疲れたので皆を返して寝る事にした。寝室で寝そべっていると気配を感じたので警戒した。しごき上げた彼等が仕返しに来たのかと思ったからだ。しかし、違ったようだ。
「ヴェル様、もうお休みになられましたか?」
「失礼致しますわね。ヴェル様」
「入るね。ヴェル君」
「3人共…、どうしたの?」
シルヴィ、エマ、カナだった。3人は少し顔を赤らめているが、少し不安そうな顔をしている感じにも見て取れた。
「えっと…、その…」
「あれですわ…。その…」
「一緒に寝よう。ヴェル君」
突拍子もない事をあっさり言ったカナに驚いた。
突然どうしたんだ?ああ、そう言えば金を運んで来た時に一緒に寝ようか?と言ってたっけ…。それでかな?しかし、大胆だな。これが若さか…と、どこぞの赤い服を着てサングラスをした大尉ばりに心の中に言葉を呟いた。
「いいよ、こっちにおいで…」
やった!可愛い寝顔を見るチャンスだ!いや、もしかしたらそれ以上の何か嬉しい事が起きても可笑しくない。これは神が与え給うた奇跡なのだ。
ちなみに、ユイとフレイムは区切られた隣の部屋で寝ている。だから、これは好機なのだ!
3人を寝所に迎え入れた事にドキドキが抑えられない。シルヴィ、エマ、カナは、突然押しかけて迎え入れられた事にホッとしている様子だ。さっきまで恥ずかしさと不安で一杯だった表情は、初めて寝所に訪れた緊張感の方が勝り、少し強張らせていた。
「怖くなったのかい?」
「はい、さっきまでは」
「さっきまで?」
「ヴェル様の隣で顔を見たら、怖かった気持ちが嘘のようです」
エマもカナもシルヴィに続いて頷いている。
嬉しい事を言ってくれる。シルヴィの屈託のない笑顔にどれだけ心が救われてきたか…感謝しても感謝し切れないかもしれない。
それは、エマとカナも同じだ。エマはいつもそっと寄り添い、夫を立てるように優しい笑顔を向けてくれる。
カナは出会った頃から元気一杯の笑顔を向けてくれる。
「それはこっちのセリフですよ」
「ヴェル様も不安なのですか?」
エマが尋ねてくる。
「ええ、不安ですよ。ここは戦場、人殺しをしなくちゃ生きて行けない…それも大量にね…」
人殺しのフレーズに3人は急に不安そうな顔をした。
「だけど、俺の傍にはいつもシルヴィ、エマ、カナがいる。それにアレクもユイもフレイムもね」
3人は一斉に俺の顔を覗き込んでくる。ちょっと近い。ドキドキしちゃう。美少女3人組も顔をこんなに間近で見れるなんて誘惑されてる気分だ。
ここはキャバクラか?と思ったけど邪念を払って続きを答える。
「シルヴィのいつも屈託のない笑顔、エマのいつも優しい笑顔、カナのいつも元気な笑顔を俺に向けてくれる。それだけで俺の心はいつも救われる、いつも元気になれる、いつも勇気をくれる」
俺の言葉に3人は、ぱあっと微笑みを浮かべ聞き入っている。
「だから、絶対に守って見せますよ。俺の愛する人達をね」
改めて絶対に守ると決心する。
シルヴィ、エマ、カナは絶対に守ると聞いて元気になってくれた。そして、愛する人達と聞いて顔を真っ赤にしている。
いつ見ても可愛いな。食べちゃいたい。でも成人して結婚するまでは、我慢我慢。それが最低限のマナーだ。親しき仲にも礼儀ありだ。そんな事で信用を失いたくは無いしな。
「さ、今日はもう遅いから皆で寝よう」
「「はい」」「うん」
顔を赤くしつつも、3人同時に答えた。
俺の右にはシルヴィ、左にはエマとカナが寄り添うようにくっついてくる。そんな3人のおでこに、そっとキスをして両方の腕で腕枕をする。
おでこにキスと言う行為に、3人は放心していたが、素直に腕枕された。
安心したのか気が抜けたのか分からないが、3人はすやすやと眠りについた。元気になってくれてよかった。
シルヴィ、エマ、カナ、そしてアレクにユイにフレイムが居れば俺は戦える。だから、絶対に守って見せる。
だが、今は理性と欲望の葛藤に勝利する必要があるな…。3人の美少女に、こんなにも密着されているんだ。もう一人の俺が、元気になる。
出会った時に比べて、胸もおっきくなったんじゃね?と考えては鼻息が荒くなるが、シルヴィの『んっ』と寝言を囁いたのに気付き冷静さを取り戻した。
静まれ、ジョニーよ。『おお神よ、悪しき心を払い給え…。』と念じ眠ろうとがんばる。しかし、がんばろうとすればする程、ジョニーが語り掛けてくる。
『俺の出番だろ?そうだろ?やっちゃえよ。』と…。
去れ…ジョニーよ…。お前の出番はまだ早い…。もっと、ゆっくり愛を育んでからがお前の出番だ。その時は、死力の限りを尽くそうぞと心の中に語り掛ける。
しかし、ジョニーはなかなか寝かせてくれなかった。だって…男の子だもん…。
これ、何の拷問?とは思ったが、精神力の特訓だと言い聞かせて眠る事にした。