41 生徒会
千里眼を使ってベハインド公爵の使用人を覗き見た翌日、研究室でアレクと待ち合わせていた。
「やあ、ヴェル。待ったかい?」
アレクはノックもせずに研究室に入ってくる。
お前の家か!と突っ込みを入れようかと思ったが、この研究室は元々、俺のものじゃない。一応、俺専用の研究室なのだが、研究の為に魔法学校から借りている部屋なので文句は言わない事にする。
魔法の研究だけに使っているわけではないがね。最近では、俺、アレク、シルヴィ、エマ、カナ、フレイム、ユイの憩いの場になっているのだから、自分の部屋のように扱ってくれても構わない。
しかし、ノックだけはしてほしいと思う。いろいろとまずい事があるかもしれないし、いろいろとまずい事をしているかもしれないのだから…。
「ヴェル?」
「いや、考え事をしてたから大丈夫だよ。」
「考え事?」
「ベハインド公爵の使用人の事とかね。」
千里眼で覗いてからずっとあの男の事が気になっている。奴の目的が知りたい。何の為に使用人に化けているのかだ。
「何かわかったのかい?」
「いや、魔法を使って顔はまでは確認しただけだ。」
「すごいね。そんな魔法もあるんだ。」
あるんだよ、アレク。盗撮みたいな魔法がね。これ、犯罪じゃね?
「師匠の残してくれた魔法だよ。」
「そうか。で、どうだった?」
「あの黒尽くめの男と同じ顔だったよ。だけど、そんなはずはないんだ。俺の目の前で死んだんだから…。」
「そうか。」
否定するように答える俺に、アレクは困惑して答えていた。
「あの使用人は魔法使いだ。」
「っ!本当か?」
アレクは信じられないと尋ね返す。
「ああ。千里眼で顔を確認したら、何らかの魔法で妨害されたよ。」
「魔法を使う使用人か。危なそうか?」
「ああ。危険だと思う。恐らく…、強い。」
「どれぐらい?」
「俺と同等、或いはそれ以上か。」
俺の魔法に気づき、妨害までしてきたんだ。魔法使いとして同等以上の力を持っていると思われる。
「っ!何か仕掛けて来そうなのか?」
「わからない。奴の目的がわからない以上、必要以上に近づかない方がいいと思う…。」
「そうか…。」
眉間に眉を寄せて答えるアレク。
「勿論、今まで以上に警戒しなければいけなくなるけどね。」
「頼りにしてる。」
人任せか!?まあ、守るのが仕事だからいいけどね。魔法学校を卒業するまでの約束だし、全力を尽くすよ。
「ああ、任せておいてくれ。」
何時になく真剣な声でアレクに答えた。
アレクは親友だ。殺されるのを黙って見てはいられない。だから、全力で守ってやるさ。
アレクを守ると改めて決意してから一ヶ月が経った。
ベハインド公爵側の情報を集めてもらっていたが特に何の情報も得られなかった。
あの使用人も使用人らしく行動しているらしい。
これは何かの前兆なのか?裏で何かを画策しているのか?と思っていたが、特に怪しい行動は今の所見受けられないと報告があったようだ。
しかし、警戒だけは緩めずにアレクと行動を共にしていた。
シルヴィにはエマ、カナ、フレイムを付けてあるし、人気の少ない所には行かないように注意しておいた。勿論、ベハインド公爵やあの使用人の事は話さないでおいた。余計な心配はさせないようにする為だ。
ユイには中級までの魔法を教え込んでおいたから、もしもの場合でも対応できると思う。
中級魔法が一番使いやすくていい。使い方次第では、上級よりも優れているからだ。それに、何よりもユイの経験を積むいい機会にはなるだろう。
これで何かあった時には、ユイも必ず力になれると思う。アレク、シルヴィ、エマは中級の魔法を特訓中だし、カナは上級を学んでいる最中だ。
こちら側の戦力を少しでも強化しておいた方が、今後のためになる。だから、スパルタで教え込んでいる。アレク達は『最近、厳しくない?』と非難してきたが、自分達のためだと納得させた。
それに、魔法を教えてくれと頼んできたのはアレク達だ。だったら、文句言わずに言われた通りに精を出せよと言いたい。
これだから最近の若いもんは…。あれ?俺ってじじぃ臭いな。全く、アレク達を見ていると小言が多くなって困る。
そんな事を考えていると、研究室にいつもの面々がやってきた。
アレク、シルヴィ、エマ、カナ、フレイムとユイだ。
ユイにはアレクと俺が行動を共にしない時にはアレクを守るように頼んでおいた。だから、アレクとユイのペア、シルヴィとエマとカナとフレイムのグループが自然と出来上がる。
「おかえり、皆。」
「ただいいま。」
「只今、戻りました。」
「ただいまですわ。」
「ただいま~。」
「グギャ(ただいま)」
「ん」
ユイはこの一ヶ月で死んだような表情はしなくなった。まだ感情を表情に出す事はできていないが、最初の頃に比べると大分、成長したような気がする。
「ユイ。そこは、ただいまって言うんだよ。」
「ん、ただいま。」
魔法の指導ばっかりしていて挨拶を教え込んでいなかった事に気づいた為、最近では少しずつ言葉も教え始めた。
「ところで、ヴェル。」
「何だ?アレク。」
最近、アレクは研究室に来るなり俺に泣きついてくる。
「もうそろそろ、ユイに僕の事をぱぱと呼ばせるのは止めさせてくれないか?」
最近、ストレスが溜まっていたので、アレクに悪戯して解消しているのだ。それを聞いた周囲の生徒は『やっぱり隠し子なんじゃ?』と疑いの目を向けてくるらしい。正直、笑える。
「仕方がないな。ユイ、こっちにおいで。」
「ん」
いつも『トテテ』と小走りに走ってくるユイを見ていると、何とも言えない母性本能が目覚め始める。ついつい、甘やかしてしまう。そして、いつも通りに頭を撫でる俺がいる。ユイもいつも通り気持ちよさそうに身を任せてくる。
何?この子、可愛い。抱きしめちゃいたい。しかし、シルヴィ達にあらぬ誤解を招くので、抱きしめたい気持ちを耐え忍びつつ話し掛ける。
「あの人の事は、これからおじちゃんと呼ぶんだぞ。」
「ん、おじちゃん。」
シルヴィ達に一斉に笑い声を漏らす。
「僕はまだ11歳だ!」
アレクは真剣に突っ込みを入れてきた。もうちょっと、お茶目心を分かってくれてもいいと思う。
「ごめんね。ユイ、アレクと呼んであげて。」
「ん、アレク。」
「呼び捨てで呼ばれるのもあれだけど、ぱぱとかおじちゃんと呼ばれるよりはましか。」
そして、いつも通りに研究室をお茶会の場に使う。
「ところで、皆に相談があるんだけど…。」
唐突に、アレクが相談を持ち掛けてきた。
「何だ?」
「何ですか?アレク兄様。」
「何ですの?」
「なになに?」
俺、シルヴィ、エマ、カナはアレクに答える。ユイとフレイムはお茶会の間にお昼寝中だ。
「来月、来季の生徒会選挙がある。皆には僕を応援してもらいたいんだ。」
生徒会選挙か、もうそんな時期なのか。
この魔法学校の生徒会長は全校生徒から選挙で選ばれる。そして、会長はその他の役員を指名して役員が決まるのだ。指名された役員は、自分を補佐する立場の準役員を1名ずつ指名できる。会長の補佐になるのは副会長なので準役員ではなく役員になるそうなのだ。
「勿論です。アレク兄様。」
「いいですわ。」
「いいよ。」
「こ・と・わ・る!」
俺だけ断ってやった。
「何でだよ?ヴェル。」
「アレクさん、俺を庶務にしてこき使うつもりだろう?」
「ソンナコトナイヨー。」
嘘臭せぇ。こき使う気満々じゃねぇか。
「アレク、ちなみに聞くが、役員には誰をどの役員にするつもりだ?」
「副会長にはシルヴィ、会計をエマ、書記をカナ。そして、ヴェルを庶務に…。」
「断る!」
こいつ俺を絶対、庶務にすると思ったよ。庶務は雑用係なのだ。一番面倒臭い事を行なう役員だ。
「頼むよ。ヴェル。」
「…。」
「この間、食事奢ったじゃないか。」
お前は関西人か!?いや、正しくは大阪人か?
人に物を頼んで断られた時に言う常套句だ。『この前、おごったったやん!』とか言って無理に頼み事を聞いてもらうのだ。これは何も強制じゃない。物事を円滑に進める為の言葉だ。決して、恩着せがましく言っているのではない。大阪ならではの風習のようなものだ。
友達が困っているなら助けてやりたいと思うが、アレクだしな…。面倒事を押し付けようとしているようにも見える。
…仕方がない。助けてやるか。こっちも困っている時はその魔法の言葉を使って協力させよう。ギブ・アンド・テイクだ。
「断る!」
だがしかし、断る!相手はアレクだ。大阪人じゃない。ここはアルネイ王国だ。
「…ヴェル…、言うよ?」
「喜んでお引き受けします…。」
この野郎!あれを出すなんて卑怯だぞ!
あれとは…、この間、千里眼の実験をしようと試した時の事だった。
『千里眼は歩いている視点でしか物を見る事ができないのか?』とのアレクの問いに実験は即座に始まった。
俺は千里眼でシルヴィ、エマ、カナを見てみたのだ。そう、下から…。ローアングルから見えた光景は素晴らしかった。
シルヴィの細くしなやかですべすべな足から神々しい程に光り輝くおパンツ様。
俺は平伏したさ…。
あんなにも神々しいおパンツ様を見たのは初めてだったからだ。先日、ユイの下着を選ぶ時にシルヴィが持ってきたショーツに似ていた。
いや、あれは恐らくシルヴィサイズに選びなおした下着だった。俺に履いているのを想像されて顔を真っ赤にしていたはずなのに購入していたのだ。
俺は即座に脳内ハードディスクに保存した。勿論、動画で…。
エマは想像していた通り大人の下着を履いていた。
ませた中学生が大人の下着を履いて妙な色香を出そうとしているようで興奮してしまった。細すぎず、太過ぎず、まさに理想のムチムチ感を体現した足から覗く大人の下着を履いたエマ。
鼻血が出たさ…。
これも脳内ハードディスクに高画質動画で保存したさ。
カナは程よく鍛えられた足から覗く綿製の緑と白の共演。まだ幼さを残す下着から大人へと変わる瞬間の発育したお尻。
涎が出たさ…。
俺の脳内ハードディスクは喚起して、喜びの声を上げたさ。
それをアレクに話してしまった。
突然、平伏して鼻血を吹き出し涎まで垂らしたのだ。『何事だ?』と心配されたから話してしまった。男なら分かるだろう?と思って話してしまったのだ。
その事を強請って来たのだ!この男は!いや、あれは俺が悪いんだが…。後悔しても後の祭りだ。
「ヴェル様。何かしました?」
「何やら悪寒がしますわ。」
「ヴェル君。僕達に言えない事してないよね?」
エスパーか!?俺の心の声をきいたのか!?
「イエ、メッソウモナイ…。」
声が上擦った。その瞬間、冷たい視線を浴びせ掛けてきやがった。しかし、俺は何事もないようにスルーしといた。バレたら俺の人生が終わりそうだからだ。
アレクよ…、覚えてろ。
「持つべきものは親友だね。」
「感心しない親友の使い方だな…。」
「何か言ったかい?ヴェル。」
「いえ、何でも御座いません。」
「よろしい。」
ここ最近、ユイにぱぱと呼ばせていた仕返しか?いいだろう…。目には目を歯には歯を仕返しには仕返しだ!倍返しだ!暗殺、毒殺なんてものは手緩い!弱肉強食の世界を思い知らせてやる。
「建前はこれでいいとして…。」
「建前?」
「うん。来期の生徒会長はほぼ決まっているんだよ。」
「決まっているの?じゃ、何で応援の頼みを?」
疑問をぶつけてみる。
「王太子である僕が名乗りを揚げて、王女のシルヴィ、龍を屠りし者の称号を持つ校内最強のヴェル、軍務卿の孫娘であるエマ、王宮筆頭魔法士の孫娘であるカナが僕の陣営に加わるんだ、誰も文句は言えないさ。」
それもそうだなと納得した。
名のある肩書を持つ人達から推薦されたとなれば、周囲の生徒も無視できまい。それに、アレクは人望があるしね。
「本題は来期から弟のグスタフが入学してくる。」
その言葉に俺とシルヴィに緊張が走る。エマとカナはよく分かっていないらしい。だから、事情を説明した。
「え?それって不味くない?」
カナが驚いて尋ねてくる。
「不味いなんてものじゃないよ。」
「これから毒殺、暗殺の頻度が増えてくるかもしれない。それどころか親しく付き合いをしているヴェルとその婚約者の命も狙われるかもしれないって事さ。」
「「…。」」
エマもカナも口を閉ざした。
「申し訳ない。」
アレクは深く頭を下げた。
「アレク、エマとカナは俺が命を懸けて守るさ。勿論、アレクとシルヴィもね。」
そう答えるとエマもカナも安心した様子だった。
「それでこれからどうするんだ?」
「まず、会長は僕、副会長にはシルヴィ、会計はエマ、書記はカナを指名してヴェルは庶務ね。」
「庶務は確定事項ね。」
仕方がない。俺は授業免除の特別性。時間ならいくらでもあるさ。
「ヴェルは庶務ともなればいろいろ忙しくなるが校内を好きに動き回れるからね。他の生徒から見れば、雑用で忙しいのだろうとカモフラージュできる。」
なるほど。好き勝手に動き回れる上に怪しまれずに情報を集める事もできるってわけか。考えたな、アレク。
「わかった。護衛の任務とは他に小間使い役まで手に入れたって事だな。」
「そうだ。」
「おいっ!敢えてもう一度言う。おいっ!」
冗談交じりに答えたが、本音が返って来た。
そのやり取りを見ているシルヴィ、エマ、カナは笑いを堪えるのに必死な様子だ。ジト目で見やると3人はポーカーフェイスを決め込んだ。
時折、頬がぴくぴくしているが…、まあ可愛いから許す。可愛い女の子はすごいね。何でも許したくなっちゃう。可愛いは正義だ!
アレクの会長推薦を応援して一ケ月、無事、生徒会長に信任された。
当初の予定通り、生徒会役員は俺達が指名されたが、役員補佐は危険だからと言う理由と情報が洩れる事を懸念して指名しない事にした。
周囲は少しざわついたが、次期国王になるアレクが将来の為の経験を積みたいとの言葉に、みんな納得したようだ。
さすがはアレク、人望があるな。ちょっと羨ましい気持ちと妬ましい気持ちが交差した。
ただ…、俺は庶務の補佐としてユイを指名した。ユイは学生ではないが俺達といつも一緒にいるから黙認されたようだ。
と言うか、ただ単にお手伝いしているユイの姿が可愛いからと言う理由だった。
やっぱり可愛いはすごいね。そして、ずるいと思う…。